小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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がじがじがじがじ

 実はひかりと二人だけで過ごす時間は付き合う前と今では大して変わらない。

 というのも自分が良く太田や佐竹とつるんだり、ひかりが町さんや雪さんと絡んでいたり、もしくはテツせんせーとお話していたり。そんな毎日でも充分にひかりとは話していたり、「無意識に惚気を挟まないで」と太田に言われることもある。

 何が言いたいかと言うと、現在進行形で俺の前にある光景はとても貴重なもの、ということだ。

 

「えへ~」

「え、えぇ……? 何、どうしたのさ」

「えへへ~」

 

 駄目だこいつ人の話を聞いていない。

 場所は小鳥遊家二階の一角、横で俺にしな垂れかかる女の子の部屋。先日モーニングコール(現実)を行ってからそんなに日も経っていない放課後、なんとなくで小鳥遊家の玄関を跨ぎ、だらだらと他愛ないお喋りをしていたら急に表情を崩してぐぐっと体重を押し付けてきて。

 それから数分、こうやって話しかけてもにへら、と笑うばかりで会話が成り立たない有様である。アルコールでも飲んだんですかね。

 控えめに言って可愛すぎて心臓がヤバイ。人の寿命と心臓の鼓動回数は関係あるなんて説が正しかった場合、このままだと今日で数年分くらい寿命が縮まる。ついでに言えばこの有様が急過ぎたので俺の体も緊張で縮まっている。

 

「ふふ~ん……ねぇ、ちょっとぐらい、良いよね?」

「な、なにが?」

 

 手と膝を使い、屈んだまますり寄るとそのまま手が俺の両肩を掴み、ぶら下がるような体勢になる。それに合わせて足を伸ばし、くるりと身体を回転させt、きちんと座っていたはずのひかりがあっという間に仰向けに寝転がってるような状態へ。

 下から見上げてくる彼女の姿、惚れた弱みの特効効果も相まって身じろぎする事すら憚られる。

 それでも頭の片隅は冷静なようで、しっかりと警鐘を送っていた。何かがおかしい、今までこんな露骨な甘え方はしてこなかったはずなのに。ああ、でも重力に従ってひかりの髪が足に落ちてきて、それがまた、良くて、おかしい思考が彼方へ飛ばされる。

 

「最近ご無沙汰でさ~」

「何の話!?」

「はむっと、ね~え~いいでしょ~?」

 

 ん? 『はむっと』?

 

「痛くはないからさぁ、ね?」

「おい」

「く~びっ!」

「やっぱりかぁ……」

「ちょっとがじがじするだけだから! ね~ぇお願い!」

 

 そんなにお願いされなくとも、頼まれれば別に構わない。でも腕やらなんやらを思いっきりすっ飛ばしていきなり首に来るとは思わなかったし、様子がちょっと違うようなそんなような。

 けれど小さくバタバタと足を揺らし身体を揺する姿に、深く考えることを止めた。ひかりのお願いはつまり神の宣告、俺の中で起こる抗議など無効。首を傾けて、噛みつきやすしように……

 

「ってちょっとストップ!」

「ほ?」

 

 あることに気付いた俺は慌てて首を手で覆い、ひかりの攻撃を阻止する。OKから一転してお預けを貰ったひかりはむくれて不機嫌になってしまう。

 下らないことだったら強硬手段に出るぞ、とその目は言外に語っていて、あれだ、獲物を狙う狩猟者のソレだった。

 

「汗! 暑くて汗掻いてるからちょっと抵抗が……」

「はるあきなら気にしないよ~? とーいーうーわーけーでー」

「あちょ」

 

 ひかりが身を乗り出す。片手で器用に身体を支え、首を隠していた俺の手を剥がす。その一連の流れは突然で、腕に力を入れる前にそれが自然であるかのように持っていかれてしまう。

 というか片側にひかりの重さがほぼ全て掛かってる。そっちにも意識を裂いていたから、わかっても対応できていなかったかもしれない。

 何はともあれ、無防備になってしまった首筋の末路はわかりきったものだった。視界の隅にあったひかりの顔が、見えなくなる

 

「がじがじ」

「っ」

 

 この、何この、何?

 吐息が、かかるのである。

 噛まれた部分が、湿っているのである。

 首の肌が、何度も何度も歯で押されるのである。

 ちくちくと、尖った歯が攻めの変化役になるのである。

 しかも、たまに首筋を温かくて湿ったものが這うのである。

 自分とは違う温かさを持つ濡れたモノが意識を集中している部分をちろちろと、不規則な線を描くのである。

 油断をすれば声が出そうだ。その度に我慢して、唇を噛む。ちょっと気持ち良い、これは長時間噛まれるとマズい。がじがじの緩急が良くも悪くも相乗効果を生み出している。

 

「ひ、ひかりさぁーん?」

「んー? んふふー」

「ど、どれっくらい続くんだ?」

 

 いつもより声が高くなっていることを自覚しながらも、それを直せない。なにせほぼ密着状態。肩にあった手は既に背中に回され、今度は腕が代わりに寄りかかるようになり、これだけ距離が近ければ呼吸をするたびにひかりの匂いが入ってくる。

 で、結局どれくらい続くんですかこれ。全身に力が入っちゃって無駄に体力を使う。

 

「わたしがまんぞくするまでー」

 

 俺の疑問にはきっちりと答えてくれた。一旦口を離して、流し目でそれだけ言って、再びがじがじする作業に戻ってしまったが。

 気持ち良いのは確かだが、今度はくすぐったくなってきた。首への息が原因だろうか。

 止めなければという思いと、別にこのままでもいいじゃないかという考えがせめぎ合う。

 ──結局、それからずっと首を占領されるハメに。終わる頃には若干の名残惜しさすら感じてしまった。

 時計に目をやれば、なんと一時間ばかり過ぎていて驚く。そんなに時間が経っていたとは思わなかったしよく一時間も耐えたと自分を褒めたい。

 

 

「わ、わたしはどうしてぇ……!」

 

 そして現在、かの小鳥遊ひかり嬢は自分のベッドに顔を埋め、足でベッドをひたすら叩いていた。リズムもなく、とにかく叩いて叩いて叩きまくる。

 長く息を吐き、とても満たされているのが誰にでもわかる面もちだったが、正気に戻ったと言うべきか、顔を伏せてするするとベッドの近くまで滑ると、そのまま奇声をあげてダイブして今に至る。

 

「うぅ……最近ひまりをがじがじしてなかったから溜まってたかも……」

「それでいきなり首を噛んでくるのか、最初は腕かと思ったんだけどなぁ」

「そ、その……」

「その?」

「春明はさ、私の事色々わかってくれてるじゃん?」

「まあわかることはね」

「我慢してる時にそんなことをふと考えちゃったら、もう歯止めが利かなくって」

「お、おぉそうか」

 

 そこまで気を許されてると考えれば悪くない。何より、ちょっと気持ちよかったし……とは言えないが、ひかりとほぼ密着状態でかつ良い匂いを散々嗅げたと思えばむしろメリットしかない。

 

「というか汗とか良かったのか?」

「匂いはしたけど、なんでだろー気にはならなかった、かな? むしろ男のコっぽいってゆーか」

「そ、そうですかい」

「あ! でもちょっとしょっぱかった!」

「その報告いるか!?」 

「あ、う、いるもん! 美味しかった!」

「そういうことを聞いてるんじゃないよ!」

 

 二次災害だった。顔から火が出るほど恥ずかしいとはこういうことを言うのであろう。男であるなら尚更、自分の首の味を聞きたいとは思わないはずだ。

 自分もベッドの近くへ行き、そのままサイドフレームに寄りかかって目を覆う。死にたい、と。

 

「次は歯止めが利かなくなる前にちゃんと申し出てくれ、腕ぐらい貸すから」

「反省してマス……」

 

 ここが小鳥遊家だから良かった。仮に、我慢に我慢を重ねた結果学校で爆発してしまったとなれば大惨事だ。

『お願いいますぐ春明の(首を)ちょーだい!』

『いきなり何を言ってくれてんの!?』

『もうずっとお預けされて、我慢できないんだってば~!』

 ……しばらくの間次の日から学校へ行くのが憂鬱になりそうな状況になるな。

 

「けどひまりさんをがじがじしてないってのも不思議だな。家にいる間とかちょっとした暇くらいあるでしょ?」

「そう! 聞いてよもお~~!」

 

 あ、これめんどくさいの踏んだ。

 頬を膨らませ、ここにはいない妹への愚痴を存分にまき散らす。

 

「ひまりったら、『お姉ちゃんには日下部さんがいるじゃない』とか『いつか解決しなきゃいけない問題だから、今のうちにがじがじしても良いと思う』とか言って!」

「もしかしなくても笑いながら言ってたり……」

「そーなの! そんなこと言われたらユッキーとかに頼るわけにもいかなしさぁ~……お陰でここ数日は歯が大変だったよー……」

 

 今まで我慢しても学校から家に帰るまでだったひかりが、限界

 不満そうにまあ、確かにひまりさんの言うことも一理あるが、それにしたって俺に一言くらいあってもいいのだろうか。

 

「歯が大変だったって?」

「なんてゆーのかな、歯の中が痒かったり歯ぎしりした時にもぞもぞが残って掻き毟りたくなったり」

「重症じゃねーか」

「その分たーくさんがじがじした!」

「そもそもさっさと言い出せばよかったじゃんか」

「それは、その……恥ずかしくてぇ……」

 

 おかげさまで心身ともにだいぶ体力がなくなった。残念ながら諸々のメリットを鑑みても定期的に腕を差し出す方が精神の安定はある。

 俺だって年頃の男子高校生、自分の彼女に妖艶な雰囲気を出しながら迫られて毎回我慢しきれる自信はない。

 ひかり自身の美貌と、まるで補正でも入ってるんじゃないかと疑わんばかりの空気。小説だったりで吸血鬼は魅了や拘束の魔法を得意とするのが多かったりするが、どうしてそれが得意かよく体験出来た。

 

「あ、でもね」

「今度は何だよ」

 

 急に、悪戯を思いついたのかひかりがベッドから起き上がってから隣に座ってくる。

 そのまま首をがじがじする直前の体勢──つまりは俺の両肩を持ってそのままぶら下がる状態だ──に。自然、目を合わせるには上目遣いになる。

 

「たまには首も、いいでしょ?」

 

 あー、もう、本当に俺の吸血鬼(バンパイア)はタチが悪い。全てわかって聞いてきた。

 断る理由もない、そもそも断るつもりもないのだから、頷くほかはない。

 一つ付け加えるならば、

 

「寝首を掻くような事だけは、やめてくれよなぁ」

 

 そのぼやきに、ひかりはそんなことはしないとしっかり約束してくれた。

 

 

 

 

 

 




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