小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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昼食の後に語りたい

 世界には亜人(あじん)と呼ばれる存在がいる。彼ら、或いは彼女らは絶対数も少なく滅多にお目にかかれない……はずだった。

 

 ――吸血鬼(バンパイア)亜人(デミ)なの!

 

 ところが入学式初日、突然絡んできた彼女はそう宣言したし、それから学校生活を送っていると更に、頭と胴が分離したデュラハンの亜人(デミ)、身体がちょっと冷たい(らしい)雪女の亜人(デミ)、人を催淫してしまうサキュバスの亜人(デミ)と四人もの亜人(デミ)が一つの高校に揃い踏みした。

 その中で春明は特に吸血鬼(バンパイア)の女の子と仲良くなり、惹かれ、つい最近事故で自分の気持ちを聞かれ、そのまま告白して彼氏彼女の関係になった。若干格好がつかないなと思わなくもないが、結末だけ見ればとても喜ばしい。

 それから数日、

 

「ねー暑いー!」

「日下部さんにでも引っ付いたらどうだ?」

「素っ気ないなぁ……」

 

 春明とひかりの雰囲気はいつもと大して変わっていなかった。佐竹から「あーお前らって、付き合ってるんだっけ?」と聞かれるくらいには以前のままに見えるらしい。

 

「ひかりを扇ぐと俺が暑くなるし」

「そこはほら、私に尽くす的な」

「俺は従者じゃないから」

 

 尽くし尽くされの関係が柄じゃないのはひかりもわかっているのだろう。軽いブーイングだけしか返ってこない。

 それにしても暑いというのは春明も思っていて、七月にしてはやけに気温が高い。春明の見た朝のニュースでは真夏日と言っていた。30度を越えればただの人間だって冷房の効いた家から出たくなくなる。日の光や熱さが苦手な吸血鬼の場合、それはより一層強く感じるのだろう。

 だからと言ってしょうがないな、とはならない。それをやれば待っているのは労働による疲労とさらなる体温の上昇だ。

 

「あ! じゃあお互いに扇ぐのはどうかな?」

「途中でやめたりしないだろうな」

「全然信用されてないー!」

 

 最初だけ真面目にやって、五分もすればその勢いがなくなって形だけ扇いでるように見せる、そんな確信があった。

 とは言え、こうもぐったりとしているとやはり申し訳なさもあるもので。日陰になる場所とは言え、休み時間に屋上まで来てもらって昼食を一緒に取ってくれた側としては、何かしてやらねばと思うのだ。

 だからまあ、扇ぐくらいなら良いだろう。

 

「ほ? 口では嫌だと言っても結局やってくれるんだ?」

「少しだけな、疲れたらやめるし」

 

 内ポケットから扇子を取り出し、腕を振ってそれを開く。あとは不真面目にそよそよと風を送るだけ。実に簡単な奉仕活動だ。

 

「扇子持ってるんだねー」

「持ち運び出来るから、俺は重宝してるよ」

 

 パタパタと風のお届けを始める。ただしその風は涼しいと言うのはいささか温すぎるもので、送られたひかりの方もしかめっ面のまま。

 

「涼しくない……」

「そらそうでしょ」

 

 何せ外である、日陰とは言え、暑い日の外である。そんな場所の空気で風を作ったところで、清涼感はほぼ0だ。

 もういいとぶっきらぼうに告げるひかりの言葉に腕を止める。体力を消耗しただけで何も変わっておらず、むしろ不快感でひかりの機嫌が下がっている気配すらある。

 どうにかしてご機嫌を取らねばならない。それが春明の役目で、否、やりたいことだった。

 とは言え――

 

「あーつーいー……」

 

 この完璧に脱力して外界からの刺激に反応することも面倒そうな様子に、どうご機嫌取りをしていいものか。

 

「あー、帰りにアイスでもどうだ?」

「私が食べ物で釣られると思ったら大間違いなんだからね?」

 

 この手は駄目らしい。顔が丸ごと別の方向を向いてしまった。流石に昨日使ったばかりの手段は通じないか。

 ちなみに前日の機嫌を損ねた理由は下校時に手を繋いでいるところを同級生にからかわれた結果、羞恥からかご機嫌斜めになった。赤みがかった頬はそのままに、手を振り払って早歩きになったひかりは実に可愛く、それでニヤニヤしていたら更に機嫌が下がったまでが顛末。

 もちろん、「昨日は釣られたよね?」などとは言わない。言えば事態がややこしくなるのは明白。思っていても語る必要がなければ語らないのも大事だ。

 

「じゃあ今度映画とか」

「春明が行きたいだけじゃないの?」

「そ、そんなことないし」

 

 割と図星だった。言い訳をするならば、映画そのものではなく、ひかりと行くことが重要なのだ。彼女が出来たらデートとかしたい。周りに可愛い彼女を見せびらかしつつ、二人で休日を楽しむ、最高のイベント。これをやりたくない男子などいるだろうか、いやいない。春明とて男子高校生、隙あらば誰かに彼女を自慢したいお年頃だった。

 すっと視線を逸らす。疑わし気なひかりと目が合えば、後ろめたいところがある春明としてはそのまま交錯を維持する胆力はない。

 

「ほらほら、他には他にはー?」

「もう楽しんでるだろひかり……」

「たまには私だって、虐めたくなるしー!」

「ほーん……?」

「な、何よ……」

 

 なるほど、どうやら自分は虐められていたらしい。それならば遠慮はいらない、これは防衛のための仕方ない反撃、自分は悪くない。

 

「好きな人を虐めて喜ぶとはずいぶんと子供らしい」

「それ自分で言っちゃう!?」

「そりゃあ彼氏だし」

 

 もちろん恥ずかしさがまったくない訳ではない。が、春明の言葉で混乱しているひかりがそこまで見抜けるはずもなく、ひかりのしたり顔も一瞬で崩壊、ポーズを決めて一歩後ろに下がる。

 右腕を斜めに、左腕はその下へ。見る人が見れば変身するんだな、なんて言いそうな姿だった。

 

「うぐぐ、なんか余裕で悔しい……」

「今の俺は余裕しかないからな」

 

 小鳥遊ひかりという恋人がいるのだから、好きな人が彼女なのだから。これで精神にゆとりが生まれないわけがない。

 

「ふーんだ! どうせ私は余裕のない子供ですよーだ」

「そんなに怒るなって」

「余裕がないから怒りまーす!」

 

 これは少し前に巻き戻ってしまった。

 

「俺が悪かったから」

「へー」

「ひかりさんはとても大人っぽいと思います」

「馬鹿にしてない?」

「してないしてない」

「声が違うもん」

「バレたか」

 

 心を込めていない言葉は響かない、流石に見抜かれた。やがて深いため息をひかりが吐いて、仕方ないなあと笑みを浮かべる。

 

「いーよ、映画で許してあげる」

「ん?」

 

 その脈絡の無さに、春明自身が思わず首を捻る。そうしたらひかりは「さっき言ったでしょ」と膨れっ面になり、そこで春明は「あぁ」と自分の発言を思い出すのだった。

 確かに、そんなことを言っていた。その時点ではスルーされてしまったから、そのまま忘れることにしたのだが、まさかここで返ってくるとは。

 

「何、その反応?」

「あ、いや喜んで行かせて頂きます」

 

 ジト目のひかりに慌てて返事をする。デートのチャンスを見逃しては男として許されない。

 行くのは決定、メンバーは自分とひかり以外有り得ない。そうなると次は何時にするか。

 

「いつ行こっかー」

「放課後でいいんじゃね?」

「えー……」

 

 こいつありえねーって顔だった。何も考えてないわけではなく放課後に直行というのも中々雰囲気は出ると思っていたのだが……春明はそう考えていてもひかりは違うようだ。

 

「じゃあ土日か?」

「うーん、土曜日は皆でプールあるし、日曜は、ちょっと……」

「ん? 何かあるのか?」

 

 そういうことなら土曜日は仕方ないが、日曜日の方で歯切れが悪くなっている理由がわからない。先を促してみるがやはり意味不明なうめき声をあげるのみ。

 土曜も日曜も駄目ならば結局映画を見に行くのは難色を示した放課後直行案しかない。そう伝えると、やっと教えてくれた。

 

「あーその、土曜日のプールってその、肌が一杯露出するじゃん?」

「うん、ちょっと覗きたいくらいだ」

「……その話は後にするけど、そうするとうん、日焼けがね? 身体が赤くなっちゃうの」

「へー……へー! そうかぁー!」

 

 口の端が釣り上がる。春明にとってそれは、「良い事」を聞いたようなもので。その様子にひかりも何を考えているのか気付いたのか、狼狽えながら「絶対に遊びに来ないでよね!?」と叫ぶ。「言われたら行けないなぁ」とは春明の言葉だが、声色からしてそんなことをまったく思っていないのは明らかで、ひかりは同じ言葉を繰り返した。

 

「ほんっとうに来ないでね!? 見られたくなーい!」

「行かないってば、ほんとほんと」

「こんなに人を信用出来ないのって初めてだよ!」

「ひかりに信用されなくて悲しい」

 

 悲しさの欠片も感じ取れない、ただの茶番だった。

 

「あ、あとお願いなんだけど」

「ん?」

「日焼けのことは皆には内緒にしてほしいの」

 

 曰く、気を遣われるのが嫌だ、遊びに誘われたりしなくなっちゃうかも。

 春明が自分に言ったのは良いのかと聞けばそもそも聞きだしたのはそっちじゃんと睨まれてしまった。ごもっともだった。

 

「それに、春明はそんな遠慮しないって思ってたし」

「お、おう」

 

 面と向かって言われると中々恥ずかしい。頬を掻いて目を逸らす。

 

「そ、そういう訳だから! 日焼けの話はおいといて!」

「いやそんな大声出さなくても……」

「私達のプールを覗きたいって言ったことについて何か言い訳する?」

「じゃ、今日はここまでで」

 

 昼食はとっくに食べ終わっている。時間も大分過ぎてそろそろ休み時間も終わる頃だろう。キリも良いのでここまで。さっと立ち上がった春明は離脱しようとして――その腕をガッチリと掴まれる感触を味わった。

 それが出来る存在は横に座っていた者のみで、顔を下に向ければ逃がさねーよと真顔のひかりがいた。春明は思う。あ、これあかん奴。

 

「覗きなんてさいてーだよ!」

「はい、その通りだと思います」

「私はともかく、ユッキーやマッチーも来るんだから!!」

「はい……」

 

 それから予鈴がなるまで、そこには彼女に叱られる情けない彼氏の姿があった。

 

 

 

――――

 

 

「ところで『私はともかく』って最初言ってたけど、夏休み中に期待してもいい?」

「……っ! き、機会が、あったら……」

「あ、顔が日焼けしてる」

「余計な事を言わないでっ!」


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