「キッドもついてこなくてよかったんだよ?」
野比のび太は街中を歩いていた。
後ろを振り返ると黄色いネコ型ロボットがいる。
アメリカの国旗を模したベストにテンガロンハット。
彼の名前はドラ・ザ・キッド。
ドラえもんの親友であり西部開拓時代で保安官助手として活動している。
今回、ドラえもんがドラミによって22世紀の病院へ定期健康診断のために強制連行された為にのび太の面倒を見るため期間限定で来ていた。
「お前は厄介ごとに最近、首を突っ込んでいるってドラえもんが心配していたからなぁ。仕方ないだろ」
「うーん、そんな無茶なことをした覚えがないんだけどなぁ。それに、僕よりも和人の方が無茶なことをしているよ」
「どっちもどっちだよ」
呆れたキッドの言葉にのび太は苦笑するしかない。
しばらくして目的の店についたのび太とキッドの二人。
やってきた店員へのび太は「先客がいると思うのですが」と伝えた時だ。
「おーい!ノビタニアン君!こっちだよぉ!」
大きな声にのび太はため息をこぼす。
店員へのび太は声の方を指さす。
「先客の人です」
のび太はそう言うとキッドと共に彼のいる場所へやってきた。
「やぁ、遅かったね!隣の……黄色いネコは知り合いかい?」
「そんなところです。菊岡さん、用件というのは」
「まぁまぁ、まずは座ってケーキを頼みなよ!ここは僕のおごりだよ!」
笑顔で話しかける男は菊岡誠二郎。
国家公務員のキャリアで総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、省内での名称は通信ネットワーク仮想空間管理課。通称『仮想課』の人間だ。
無秩序で氾濫状態にあるVRワールドを監視する国側のエージェント。
そんな人物とのび太がなぜ知り合いか?それはSAO事件が解決した直後、リアルの世界で目を覚ましたのび太や和人達に事情聴取をしたのがこの菊岡なのである。
その時に和人がユウキこと紺野木綿季の所在を教えることを条件にSAO内のことを話すという約束を取り付けたということを知って、お礼のために用事で動けない和人に代わってのび太が来ていた。
「じゃあ」
メニューを片手にのび太はいろいろなケーキを注文する。
菊岡に遠慮はするな。
それが会う前に和人から言われたことである。
普通なら遠慮するところなのだが、この男、時々、無遠慮というか失礼なところがあり、のび太も遠慮することを放棄していた。
机に並べられるたくさんのケーキ。
菊岡はほんの少し頬を歪ませながらそれを食べるのび太とキッドの二人を見ていた。
「いやぁ、おいしそうだね。そのミルフィーユ」
「それで?僕達にケーキをごちそうするためだけに呼んだわけじゃないでしょう?」
のび太の言葉に菊岡は頷きながら机に資料を広げる。
その一つを偶然目撃した主婦が口元をハンカチで抑えた。
写真の一つは明らかに死体。
キッドが見る限り、死後何日かは経過しているもの。
「これを僕に見せてどうするの?」
「ノビタニアン君、ゲーム内で人を殺せると思うかい」
「それはナーヴギアを付けた状態で?」
「いいや、アミュスフィアだ」
「それはないね」
首を振りながらケーキを食べるのび太。
「和人から聞いているけど、アミュスフィアは安全対策がしっかりされているから、そんなことはないって」
「でもね、ノビタニアン君。この写真の人はゲームプレイ中に死んだんだよね」
「死因は?」
「心不全さ」
「それなら持病とかも考えられるだろう?見る限り、不摂生な生活していそうだし、のび太も気を付けろよ?」
「僕は大丈夫だよ、ほら、最近はスグちゃんに誘われて和人と一緒に剣道をしているし」
少し筋肉も付いたんだよと腕に力を籠めるのび太。
「それで、なんだけどね?ノビタニアン君。実は心不全で死んだのは彼だけじゃないんだ」
「え?」
菊岡はさらなる資料を見せる。
それは警察が事件性なしと判断した人たち。
どれもが心不全、そして、共通点として。
「アミュスフィアを装着して同じゲームをしていたのさ」
「ゲーム?」
「君なら知っているんじゃないかな?ガンゲイル・オンラインというんだけど」
「あぁ、VRMMOで課金制があるけど、拳銃を使えるっていう。確か、そういうプロもいるんだとか?」
のび太も友人から何度もガンゲイル・オンラインをプレイしないかという誘いを何度か受けていた。
「まさか、菊岡さん、ゲームの中に犯人がいると思っているの?」
「その可能性があるのさ。それで、キミに調べてもらえないかなぁって」
「おいおい、本気で言ってんのか?殺人鬼がいるかもしれないゲームへのび太を調査へやるなんて」
「いやぁ、本当はうちでやりたいんだけど、予算とか制約とかがさぁ。その点で行けば」
「確かに外部協力者を使うという点は良いかもしれませんが、未成年を巻き込むというのは感心しませんね」
「「うわっ!?」」
真後ろから聞こえた声にのび太と菊岡は同時に驚きの声を上げる。
すぐ隣の席に紅茶を飲んでいる男性がいた。
彼が咎めるように菊岡を見ている。
「だ、誰ですか、貴方?」
「失礼、私はこういうものです」
警察手帳を見せる。
「け、警察?」
「杉下さん?」
驚く菊岡だが、のび太は相手の名前を呼ぶ。
「あぁ、やはり、のび太君ですね?大きくなりました」
「お久しぶりです!」
再会を喜ぶ二人に菊岡は尋ねる。
「ノビタニアン君、この警察の人知り合いかい?」
「はい、杉下右京さん、警視庁の刑事さんです。杉下さん、こちら菊岡さん、総務省の仮想課という部署の人です」
「あぁ、確か、VR関係の取り締まりなどを行っている部署でしたね。しかし、その役人がなぜ、のび太君を?」
「あぁ、その、彼は」
「僕がSAO生還者だからです」
のび太の言葉に杉下は目を丸くする。
SAO生還者。
それはあの最悪と言われたデスゲーム事件をクリアして無事に現実世界へ戻ってきた者達をいう。
「そうですか、のび太君がSAO生還者ですから、何かのVR事件の調査をさせようということですね?二年と言う時間をVRMMOにつぎ込んでいるから……しかし、それは未来ある若者の将来を狭めてしまうのではないですか?」
「それは、そうですが、何分、我々も制限というものがありましてねぇ。別に危険というわけじゃないんです。その世界の調査を頼むだけですから」
「あぁ、それでしたら、私も同行して構いませんか?」
「え?」
「杉下さんも?」
「実のところ、この事件、気になって調べていたところなんですよ。それに、まだVRMMOは体験したことがなかったので、興味があるんですよ」
「ま、まぁ、元々は警察が手放した案件ですから、再調査ということであれば、よろしくお願いします」
杉下によって終始ペースを乱された菊岡は半ば投げやりで参加を了承する。
その後、支払いを菊岡が済ませて(杉下の分の支払いもした)、のび太とキッド、そして杉下の三人は道を歩いていた。
「おや、ドラえもん君はいませんのですか」
「ちょっと、未来へ戻っていて」
「代わりに俺が来ているのさ。それにしても、アンタ、すごいな」
「何のことです?」
「あの菊岡って奴のペースを乱すわ。調査の参加を申し込むとか、自分のペースに持ち込んでいたじゃないか」
「どんなことでも気になってしまうのが僕の悪い癖でしてねぇ。あぁ、事件の調査の件ですが、改めて話をしましょう」
「はい……その、杉下さんがいてくれると心強いです」
旅の霊夫事件の事を思い出しているのび太に杉下は指を口元へあてる。
「不謹慎ながら、僕も少しワクワクしています」
野比家。
キッドと共に自宅へ戻ったのび太は机の上に置いてあるアミュスフィアを手に取る。
片手には前から知り合いに誘われているガンゲイル・オンラインのソフト。
色々なことが重なってプレイすることができていなかったが、まさかこういう形でプレイすることになるなんてとのび太は思う。
「しっかし、ガンゲイル・オンラインねぇ」
「キッドはやったことないの?」
「おいおい、俺は西部開拓時代にいるんだぜ?そんなゲームできねぇよ。つぅか、日夜、コイツでどんぱちだ」
キッドは四次元ハットから空気大砲を取り出す。
彼の愛銃ともいえるものだ。
「まぁ、興味はあるけど、俺はお前の面倒を見るようにドラえもんとドラミに頼まれているからな」
「軽い調査だし、大丈夫のはずだよ」
「のびちゃん!」
「なぁにぃ?」
一階からのび太の母親玉子が呼ぶ。
「晩御飯よぉ。下りてきなさい」
「はーい」