「そういえば、少し前にお二人はVRを体験しましたよね?」
その日、特命係の室内では青木が杉下右京とチェスをしていた。
ふと、思い出したように青木が尋ねる。
「えぇ、とても貴重な体験でした」
事件の調査とはいえ、VRを体験できたことは杉下右京にとって新たな発見だった。
事件の結果についてはなんともいえないところだが。
話を聞いて読んでいた雑誌を閉じて冠城亘が尋ねる。
「どうしたんだ?急にVRの話をするなんて」
「別に、ただ、VRをやるのなら、フルダイブもチャレンジしてみてはどうかなぁと思っただけだ」
「フルダイブ……青木君がいうのはアミュスフィアのことですかね?」
「アミュスフィア?」
「何も知らないんだな!冠城亘!」
小バカにする青木の態度に顔をしかめながら冠城は杉下へ尋ねる。
「それで、アミュスフィアというのは」
「VRMMORPGを使用するために開発されたアミュスフィア。安全にフルダイブできるということで、発売当時は話題になりました。キミも聞いたことはあるでしょう?SAO事件の事は」
「あぁ、警察も手を焼かされたあれですね?確か。ナーなんとかという機械で脳みそが破壊されるとかいう」
「ナーヴギアだ。冠城亘!」
SAO事件、ナーヴギアを開発した茅場晶彦が引き起こした最大の事件は警察の汚点ともいえる大事件だ。
プレイヤーたちをゲームの世界へ閉じ込めて、ゲームで死ねばリアルの体も死ぬというもの。
「当時は警察も開発者であり、事件の主犯である茅場晶彦を捕まえようと躍起になったのですが、結局見つからず、事件発生から二年と少し、閉じ込められたプレイヤーたちによって自力で脱出したことで事件は終わったのですよ。開発者である茅場晶彦の死という結果ですが」
「SAO事件中にナーヴギアの後継機で安全にフルダイブを楽しめるというキャッチコピーで作られたのがアミュスフィアだ。わかったか?冠城亘」
「ところで、青木君。どうして、アミュスフィアの話を?」
杉下の問いかけに待っていたという表情で青木は口を開く。
「安全にフルダイブをできるというアミュスフィア、それで人が死んだって聞いたらどう思います?」
「え?安全なんだろう?」
「えぇ、ナーヴギアは高出力の電磁パルスを引き起こして、人の脳を破壊するというものでしたが、アミュスフィアはその問題点を排除するためにセキュリティシステムが大幅に強化され、電磁パルスについても、出力は大幅に弱められたと聞いています」
「実をいうと、アミュスフィアで人が死んだというわけではないんです」
「え?どういうことだよ」
「黙っていろ、冠城亘。これから説明するんだ」
青木は持ってきていたパソコンの画面を起動するとある映像を見せる。
「これは?」
「ネット放送局【MMOストリーム】で一番の人気コーナー、今週の勝ち組さんというコーナーです。毎週、様々なVRMMOから勝ち組といわれるプレイヤーが選ばれるんです。今回はその中で特に過激と言われているGGOからのゲストでした」
「GGO?」
「そこは後で、問題はコイツです」
青木が指さすのはサングラスを付けた青い髪の男。
正確に言えば、これはプレイヤーが作成したアバターなのだが青木は説明せずにフンと鼻音を鳴らす。
「このゼクシードという男、GGOの中で嘘の情報を広めて自分が有利になるように活動をしていたらしく、ゲーム内でもだいぶ、嫌われていたんだが、そいつがこの放送中に死んだんですよ。ほら、ここ」
突如、ゼクシードは胸元を抑えた途端、急にログアウトしてそのまま姿を見せなかった。
「体調が悪くなったんじゃないのか?」
「ところが違う!後日、警察の方で死んだ男の部屋を調べてみたところ、あら不思議、ソイツはアミュスフィアを装着したまま心不全で亡くなっていたんです。そして、サイバーセキュリティー対策本部で僕が調べたところ!その男はゼクシードのリアルだとわかりました。そして」
停止していた映像を青木は再会する。
場所が変わって、どこかの酒場。
それはSF映画みたいに様々な姿をした人間たちがいる。
酒場の中心で怪しい恰好をした男が銃を構えていた。
「これが本当の力!本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖と共に刻め!」
――俺とこの銃の名は死銃……『デス・ガン』だ!
「お前、コイツが犯人だと思っているわけ?」
映像を見た冠城は青木へ尋ねる。
「警察は信じないだろうな。だが、ネットの海は違うぞ!死銃がゼクシードを殺したと騒いでいる」
「いや、偶然だろう?ただ単にゼクシードとかに苛立って発砲したらうまくいってあんな宣言をしただけってことも考えられる」
「気になりますねぇ」
青木と冠城の視線が紅茶を飲んでいる杉下へ向けられる。
杉下は青木が再生していた画像を繰り返し観ていた。
「この銃は本当に現実の人を殺せるのでしょうか?」
「え、右京さん?」
ニヤリと笑みを浮かべる青木に対して、冠城は目を丸くしていた。
立ち上がった杉下は上着を手にして外へ出ていく。
冠城はため息をこぼしながら彼の後を追いかけていった。
「フフッ」
青木は笑みを浮かべパソコンを手にして特命係を出ていく。
「特命係を出たと思ったらどうして、電気街なんですか?」
「アミュスフィアを手に入れるためですよ」
杉下は電気街へやってくるとアミュスフィアとソフトを購入する。
まさか、彼がゲームへ手を出したことに驚きながら後をついてきた。
この上司の突拍子もない行動はいつも驚かされているが、今回も驚いてしまう冠城である。
「おや?」
電気街を歩いていた杉下はぴたりと立ち止まる。
突然のことに冠城はぶつかりそうになった。
「どうしたんです?」
「キミは先に戻っていて結構です。用事が出来ました」
杉下はそう言うとある方向へ歩いていく。
首を傾げながら冠城は杉下が向かう方を見た。
目を何度も瞬きしながら、もう一度、確認する。
「あの、黄色いのなんだ?」