ロストソングやろうにも、データが消失……飛ばし飛ばしになるかと。
「うーん、これ、どうしようかなぁ?」
のび太の部屋。
道具の整理をしていたドラえもんは手の中にあるハート形の矢印が左右についた道具をみていた。
アベコンベ。
ハートの矢印にぶつかったものはすべてアベコベになる。
この道具の使い道に悩んでいた。
「あれ、ドラえもん」
「おかえり……あれ、ユウキちゃん?」
「やぁ、ドラえもん」
部屋に入ってきたのはのび太と紺野木綿季という少女。
長かった病院生活も終わり、彼女は姉の藍子と一緒に両親が住んでいた家に住んでいる。
住んでいるのだが。
「お姉ちゃんが病院で検査があって今日は帰れないからのび太の家でお世話になろうと思って!おばさんに許可はとってあるから!」
いつの間にか玉子に許可をもらっていたということにドラえもんは驚くが彼女の行動力の早さは驚かされる。
「そういうわけだから、今日はよろしくね!アミュスフィアもちゃんと持ってきたから」
カバンの中から取り出したアミュスフィアをみて、のび太は苦笑するばかりだ。
「じゃあ、今日はここでALOの攻略をしよう!」
「うん!」
二人はそういって布団を敷いてアミュスフィアを起動する。
ドラえもんもアベコンベを机に置いてアミュスフィアを装着した。
「「「リンク・スタート!」」」
三人が仮想世界に入った時、小さな揺れが起こった。
その際に机の上に置いてあったアベコンベが転がり落ちる。
アベコンベの先端が寝ている木綿季の頭にぶつかって。
「なぁ、ノビ坊」
ノビタニアンは仲間たちと共に砂丘峡谷ヴェルグンデの攻略をしていた。
シャムロックが先に攻略されていたりと後手に回っているが今のところ、順調だった。
そんなノビタニアンへサラマンダーのクラインが話しかける。
「ユウキの奴、やけに様子がおかしくねぇか?」
「え?」
クラインに言われてノビタニアンは振り返る。
今は洞窟内の探索をしているのだが、インプのユウキは先ほどから俯いていて表情は長い髪で隠れている。
「そう、かな?」
「アンタね。おかしいに決まっているでしょ」
二人で話をしているとリズベットが話しかけてくる。
リズベットがノビタニアンへ近づくとぴくりとユウキが反応した。
そのことに気付かないまま、ひそひそと話す。
「あんな元気爆発みたいなユウキがおそろしいくらい静かなのよ?アスナがいたら大慌てで心配するレベルよ!?」
「うーん」
首を傾げていたノビタニアンはぞくりと嫌な予感がして振り返る。
そこには紫色の剣を構えているユウキの姿があった。
「ユウキ!?」
驚いたノビタニアン目がけて、ユウキが剣を振り下ろす。
「ちょ、どうし」
「おい!ユウキ!何やってんだ!?」
「うるさいなぁ」
ぶつぶつといいながらユウキは剣を戻す。
「やっぱり、ノビタニアンを閉じ込めないと」
「へ?」
俯いていたユウキは顔を上げる。
その瞳は闇色に染まっていた。
嫌な予感がしてノビタニアンは走り出す。
「逃がさないよ!」
剣を構えて追いかけるユウキ。それから逃げるノビタニアン。
「どうなってんだ!?」
「き、キリト達に知らせるわ!」
別の場所を調べている仲間へメッセージを送り、リズベットはキリト達がやってくるのを待つ。
その頃、洞窟の奥へ逃げたノビタニアン。
「逃がさないといった!」
魔法を用いてステータスの底上げを行ったノビタニアンは身構える。
「みぃつけた」
ゆらりと長髪を揺らしてユウキが剣を構えてやってきた。
その姿はいつもの知る彼女と真逆だ。
「ねぇ、ユウキ。どうしたの?」
「別に……ボクは普通だよ?ただ、我慢できないんだ」
「我慢って、何が?」
「ノビタニアンが女性と話をすることが我慢できない!もっとボクをみてよ!ボクのことを気にかけてよ!我慢できない。他の女性と話をするなんて、ノビタニアンを独り占めするためにボクはこうすることにしたんだ。大丈夫」
ニコリと微笑んでユウキは地面を蹴る。
「痛みはないから!」
振り下ろされる剣を防ぐ。
事前にステータスの底上げを行っていたことと彼女の剣技を見慣れていたことから対処できた。
しかし。
「なんか、いつもより、速くて、重たい!?」
咄嗟に剣で受け止めたがユウキの速度が増している気がした。
これは、本当にヤバイかもしれない。
ソードスキルがないだけマシなのかもしれないが焦らし続けていれば、ソードスキルが使われる。
「よそ見は駄目だよ!」
笑顔で振るわれる剣。
腕に装着していたバックラーで剣を受け止める。
「ボクだけをみてよ!ボクをみてよ!ボク、ボクボクボクボクを!」
ぞっとするような冷たい声にノビタニアンは後ろへ下がろうとした。
下がってしまった。
「隙ありだよ」
ユウキの剣が輝く。
ソードスキルが来る!
ノビタニアンは咄嗟にヴォーパル・ストライクを放つ体勢になろうとした。
「遅いよ!」
紫色の斬撃がノビタニアンを襲う。
ヴォーパル・ストライクのような一撃必殺のような技ではない。連撃技だとノビタニアンは察する。
ヴォーパル・ストライクが打ち消され、多くの斬撃がノビタニアンの体を切り裂く。
攻撃を受けたノビタニアンは壁に叩きつけられた。
「リズ!ノビタニアンは!?」
洞窟内にキリト達がやってくる。
「洞窟の奥へ行ったんだけど……なんか、ユウキの様子がおかしいのよ」
「おかしい?」
首を傾げるキリトへクラインが話す。
「それがよぉ、いつもは明るいユウキがまるで全部が入れ替わったみたいに暗くなって、ノビタニアンに執着しているみたいなんだよ」
「入れ替わる?」
キリトの言葉にドラモンが考える。
「それになんか、独占欲とか……全部、ひっくり返ったみたいなのよね!アタシ達も止めようとしたんだけど……なんか、本気で殺されるんじゃないかと思ったわ」
「でも、ユウキがそんなことをするなんて何か理由があるんじゃ?」
リーファの言葉にみんなが考える中。
「もしかしたら」
「ドラモン、何か心当たりが?」
「実は、ユウキちゃんとノビタニアン君と僕は同じ場所でALOにログインしているんだけど……そこに秘密道具を置きっぱなしにしちゃっていたんだ」
「何の、秘密道具だ?」
「アベコンベっていう道具なんだけど、その道具を使ったものはすべてアベコベになっちゃうんだ」
「もしかして、そのアベなんとかっていうのがユウキの性格を真逆に変えているっていうの!?」
「どうすればいい?」
「僕が今からログアウトしてなんとかするから、少しの間、ユウキちゃんを足止めして!」
「よし、行くぞ!クライン」
「お、おうよ!」
「アタシ達も行くわよ!」
「はい!」
キリト、クライン、リーファ、リズベットが洞窟の奥へ向かう。
攻撃を受けて吹き飛んだノビタニアンにゆっくりとユウキは近づいていく。
「できれば、無駄な抵抗はしないでね。HPをゼロにしたくないから」
ブン!と剣を振るうユウキにノビタニアンは下がることしかできない。
さっきのユウキの一撃を受けた拍子に持っていた剣を手放してしまったのだ。
メニューから武器を取り出そうとすれば即座にユウキに切り伏せられてしまうだろう。
じりじりと下がるノビタニアンへ近づいてくるユウキ。
「ね、ねぇ、ユウキ。どうしてこんなことを」
「ボクだって、ノビタニアンに甘えたいんだ。抱きしめたいんだ」
「甘えたいって」
「だって、最近、ノビタニアンはシリカやシノン……ストレア達といちゃついてばっかりじゃないか!ボクなんか、全然、何にもできていないじゃないか!こんなの、我慢できないよ!」
心の中をぶちまけたユウキはそういうと剣を振り上げる。
「大丈夫だよ。独り占めしたあとは」
「待てよ」
後ろから聞こえた声にユウキは振り返る。
「キリトかぁ」
「ユウキ、お前はドラえもんの道具で性格が逆転しているだけだ。そんなことをすべきじゃない」
「うるさいなぁ、邪魔するならキリトでも容赦しないよ?」
向けてくる剣に対してキリトは二本の剣を構える。
「そういや、SAOでガチのぶつかり合いはしたことなかったな」
不敵に笑っているキリトとユウキがぶつかりあう。
「ノビ坊!大丈夫か!?」
駆け寄ってきたクラインがノビタニアンへポーションを飲ませる。
それを受け取ってHPを回復させた彼はクラインへ感謝してキリトへ叫ぶ。
「キリト!ユウキはOSSを持っているから気を付けて!」
「OSSだと!?」
クラインが驚く中、ユウキがにやりとほほ笑む。
その時、彼女の動きがぴたりと止まった。
同時にユウキの姿が消える。
身構えていたキリトは剣を下す。
「どうやら、間に合ったみたいだな」
「え、どういうこと?」
困惑するノビタニアンへキリトが話す。
「ドラえもんの道具の仕業かぁ……」
「ノビタニアン、一度、ユウキの様子を見てきた方がいいかもしれない」
「そうだね、悪いけど、一度、ログアウトするね」
そういってノビタニアンはログアウトする。
「のび太ぁ」
現実世界へ戻ると心配そうにこちらを見ている木綿季の姿があった。
「ユウキ!元に戻ったんだね!」
「ごめん!ボク、あんなことを」
「仕方ないよ。ドラえもんの道具が原因なんだから」
「それでも、ボクは」
「大丈夫!ユウキは悪くないから」
そういってのび太は彼女を抱きしめる。
「ごめん!本当にごめんなさい!」
涙を流し続ける木綿季の頭をのび太はなで続けた。
尚、今回の騒動の原因であるドラえもんは迷惑をかけてしまった木綿季へどら焼きを謝罪の品としてプレゼントして、彼女に謝り続けたという。
おまけ。
その日の夜、ユウキとのび太は同じ布団の中にいた。
「ごめんね、ボクの我儘に」
「いいよ、これぐらい。それにSAOじゃ、一緒に寝ていたでしょ?」
「そうだったね……でも、ありがとう。のび太」
彼の腕に抱き着きながら彼女は小さく呟く。
「大好きだよ。のび太」