「ヤバイ、迷った」
三十五層、迷いの森といわれるエリアでノビタニアンは迷っていた。
仲間の二人と森の中へ入ったはいいが、マップを見間違えたことによって自分がマップのどの辺りにいるのかわからなくなってしまう。
銀色のコートを揺らしながらがさごそと森の中を進んでいた時。
「悲鳴?」
すぐ近くから獣の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
ノビタニアンが走り出す。
しばらくして、酒瓶を抱えているゴリラのモンスター“ドランクエイプ”三体が一人の少女を囲んでいるのが見える。
少女は涙を流して動かない。
「ピナぁあああああああああ!」
叫ぶ少女にドランクエイプが拳を振り下ろそうとしていた。
「させない」
ノビタニアンはソードスキル“ソニック・リープ”を放つ。
一体に突き刺さったことを確認して、スキルをつなげるようにしてホリゾンを放った。
攻撃を受けてドランクエイプが消滅する。
三体がいなくなったことを確認して腰の鞘へ剣を収める。
「大丈夫?」
ノビタニアンは座って動かない少女へ近づく。
「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ。ピナぁ」
泣き崩れる少女の手の中には水色の羽がある。
それで、ノビタニアンは少女がビーストテイマーであることを察した。
泣いている少女の姿がかつての自分の姿と重なる。
ビーストテイマー関係のことで、ある情報があったことを思い出す。
「そのアイテム、名前はある?」
少女はアイテム名を読み上げる。
――ピナの心。
それを見て少女は泣きだす。
「あ、ま、待って、待って!えーっと、確か、なんだっけ、えっと、そうそう!プネウマの花!!そのアイテムを使うことでモンスターを蘇生させることができるんだ。確か、第四十七層の南にある思い出の丘って名前なんだ。そこに咲く花が使い魔蘇生に必要だって」
おぼろげな情報を引き出してノビタニアンは伝える。
その事に少女はアイテムを見た。
「……ほ、本当ですか!?……でも、四十七層……」
今いる三十五層から十二も上のフロアだ。
少女の顔色からして安全圏とはいえないのだろう。
「僕だけで行ってもいいんだけど、使い魔をなくしたビーストテイマー本人が来ないといけないんだ。加えて、制限時間があって、時間が経過すると心が形見になるって」
「そんな……!?」
目を見開く少女にノビタニアンはあることを提案する。
「これは提案なんだけど、僕と一緒にその思い出の丘へ行かない?持っているこの装備だと底上げができるはずだから、なんとかなると思うんだけど」
「……どうして、助けてくれるんですか?」
少女が尋ねた。
その目は疑うように揺れていた。
SAOの世界において、うまい話には裏があるといわれる。
特に女性プレイヤーに話しかける男には疑いを持たないといけないことを少女は知っていた。
「キミが親友に似ているからかな。助けてあげたいと思ったんだ。それが僕の理由」
ノビタニアンの言葉と目を見て少女、シリカは理解した。
彼はとても優しい人だと。
「ありがとうございます。私、シリカっていいます」
「僕はノビタニアンだよ。よろしく」
二人はそういって握手をする。
それから二人は地図をもう一度確認して、出口をみつけて街へ向かう。
迷いの森を抜けた二人は三十五層の街ミーシェへ到着した。
夕方だった空は既に夜空へ変わっている。
色々なことがありすぎて疲労していたシリカは宿へ戻ろうとした。その時にノビタニアンがどうするのかということが気になった。
「ノビタニアンさんは、その、どうするんですか?」
「そうだね、いつもの宿を使おうかと思ったけれど、今回はこの街の宿でも借りようかな」
「それなら私が使っている宿へいきましよう!あそこにあるチーズケーキはとてもおいしんですよ!」
「あ、シリカちゃん発見!」
「探したんだよ!今度、一緒にパーティーを組もうよ」
嬉しそうに微笑むシリカだったが、聞こえた声に動きを止める。
陽気に手を振ってやってくる男性プレイヤーにシリカは困惑した。
「あ、ご、ごめんなさい。私、しばらくこの人とパーティーを組むことになって」
「「あん?」」
「え!?」
二人してノビタニアンを睨む。
突然のことに目を白黒させてしまうが、シリカに手を引かれる。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫……それにしても、人気者なんだね~」
「そんなことありませんよ。ただ、マスコット扱いされているだけです。竜使いシリカって呼ばれて、浮かれて……そうして」
「大丈夫」
ぽんぽんとノビタニアンがシリカの頭を撫でる。
「必ず取り戻そうね。大事な親友を」
ノビタニアンの言葉にシリカは強く頷いた。
絶対にピナを取り戻す。
その決意を固めた時、防具屋から二週間参加していたパーティーが現れる。
先頭を歩くのは迷いの森で口論になった女性プレイヤー。
槍使いの女性はシリカを見つけるとわざとらしい反応をとる。
「あーら、シリカちゃんじゃない。無事に森を出られたみたいね~」
ムスッとシリカは顔を歪める。
女性プレイヤーは口の端を歪ませて笑う。
「あら、あのトカゲ、どうしちゃったの?あらら、もしかしてぇ」
「ピナは必ず生き返らせます!」
「へぇ、てことは思い出の丘へ行く気なのね?でも、いけるのかしら?貴方のレベルで」
「行けるよ。困難なレベルじゃない」
そう言ってノビタニアンはシリカを連れて歩き出す。
シリカ達の姿を女性プレイヤーは怪しげな笑みで見ていた。
シリカが利用している風見鶏亭の一階は広いレストランになっている。
窓際のテーブルでシリカと向かい合わせになるようにノビタニアンは座っていた。
シリカはぽつりとつぶやく。
「なんで、あんな意地悪言うのかな?」
「そうだね、どうしてあんな意地悪言うのか。僕もわからないや」
もし、ここに親友がいればこう言うだろうという言葉はある。
だが、
「僕としては意地悪をせずに仲良くできればいいね。キミともこうして仲良くできたんだし」
「はい!」
頷くシリカ。
その姿を見てノビタニアンは微笑む。
それだけのことなのにシリカは顔を赤くしてしまう。
「あ、あれぇ、チーズケーキ遅いなぁ!すいません!まだですかぁ!?」
「もう少し、話をしたかったなぁ」
宿屋の寝室。
シリカは下着姿でベッドの上で寝転がっていた。
彼女が思い出すのはノビタニアン。
白いコート、腰に片手剣と腕に盾を装備していた優しそうな少年。
レベルを聞くのはマナー違反だが、自分より高レベルプレイヤーなのだろう。
今まで接してきた男の人と違った。
男の人は女性プレイヤーであるシリカをマスコット、もしくはアイドルの様に扱ってきた。楽しいところへ連れていく。
素晴らしいアイテムをプレゼントする。
自分という個を見ずに女性プレイヤーで可愛いというステータスのようなものを見ているだけなのだろう。
だが、ノビタニアンは違う。
自分自身、シリカという存在を見てくれているように感じた。
今までになかった人。
話をしてみたい。
そう考えていた時。
扉がノックされる。
「シリカちゃん、いいかな?」
ノックした人はノビタニアンだった。
シリカは扉を開ける。
「……!?」
ノビタニアンは顔を赤くして背を向ける。
「え?」
しばらくして、シリカは顔を真っ赤にした。
室内が防音性でよかったと後に彼女は語る。
「ごめん、もう寝る直前だったんだね」
「はいぃ」
顔を赤くしているシリカにノビタニアンは申し訳なさそうな表情で謝る。
シリカはベッドへ腰を下ろしてノビタニアンは丸テーブルの傍にある椅子へ腰かけると、取り出した箱を机に置く。
「何ですか?」
「あぁ、これは“ミラージュ・スフィア”っていうアイテムだよ」
水晶をタップすると、大きな円形のホログラフィックが出現する。
綺麗な光景にシリカは目を輝かせた。
「ここが主街区。ここから移動して、思い出の丘へ向かうことになる。途中に面倒なモンスターがいるけれど、僕らならなんとかなるよ」
ぴたりとノビタニアンは動きを止める。
「ノビタニアンさん?」
「……誰!」
ドアを乱暴に開けるがそこに誰もいない。
階段を物凄い勢いで逃げていく人影がある。
「何ですか?」
「話を聞かれていたみたい」
「……え、でも、ドア越しの声は聞こえないんじゃ?」
「それには例外があってね。聞き耳スキルが高いとその限りじゃないんだ」
「そんな、誰がそんなことを」
「……まぁ、なんとかなるよ」
ノビタニアンは人影が去っていった場所を見て小さく笑みを浮かべていた。
ーーどうやら食いついたみたい、警戒よろしく~。
翌日、シリカとノビタニアンの二人は転移門を使って四十七層へ来ていた。
シリカは前日の装備と異なりノビタニアンから渡された深紅の服装になっている。
装備も底上げされているからこの階層のモンスターとも渡り合えるとノビタニアンは言う。
「わぁ~~」
目の前に広がる光景にシリカは驚きの声を漏らす。
花の街。
そういっても過言ではないくらい色々な花が転移門から一歩出た先に広がっていた。
「夢の国みたい」
「そういえば、この層はフラワーガーデンと呼ばれているらしいよ?前に来たときは、滅茶苦茶ユウキが騒いでいたような」
「素敵です!」
しばらく周りを見ていたシリカはあることに気付いた。
男女のペアばかりだ。
ノビタニアンはわかっていないが、シリカは気づいた。
この層はデートスポットとして有名なんじゃないかと。
そんな彼女に。
「シリカちゃん?」
ノビタニアンが不思議そうに尋ねる。
「い、いえ!何でもないです!」
疑問符を浮かべながらシリカと共にフラワーガーデンの中を歩き出す。
主街区から思い出の丘の入口へ続く道を歩く中で、ノビタニアンはシリカへ転移結晶を差し出す。
「これは?」
「シリカちゃんのLVと装備ならここのモンスターは問題ないんだけど、何が起こるかわからないから、僕が逃げろと言ったらそれを使って逃げて」
真剣な顔で言うノビタニアン。
シリカは戸惑いながら。
「でも」
「大丈夫。あくまで念のためだから」
にこりと微笑むノビタニアンの言葉に、おずおずとシリカは受け取る。
「行こうか」
ノビタニアンとシリカは歩き出す。
しばらくして、シュルとシリカの足に何かが絡みつく。
「わぁ、きゃあああああああああ!?」
シリカの悲鳴が響く。
ノビタニアンが振り返ると食虫植物に似た巨大なモンスターが現れていた。
そのモンスターの蔓によって宙づりになっているシリカ、彼女はスカートを片手で抑えていた。
シリカが下を見るとモンスターが巨大な口を開ける。
唾液の様なねちゃねちゃしたものを見て、顔を青ざめた。
絶叫しながらシリカは短剣を無造作に振り回す。
「いや~~~!助けて!ノビタニアンさん!助けて!見ないで、助けて」
「あとで怒らないでね」
目を閉じたままノビタニアンはソードスキルを繰りだす。
攻撃を受けたモンスターは消滅して、シリカは地面へ落ちていく。
ぎりぎりのところでノビタニアンがキャッチする。
「……見ました?」
「視ないように頑張りました」
頬を赤く染めて尋ねるシリカに同じくらい顔を赤らめて、ノビタニアンは答える。
二人はしばらく無言だった。
そんなシリカへ別のモンスターが狙いをつけようとする。
しかし、ノビタニアンのサポートを受けたシリカの短剣スキルによってモンスターが消滅した。
「あの、ノビタニアンさん」
「何?」
「森で会ったとき……似ている人がいたというのですけれど……誰のこと、なんですか?」
聞いてはいけないことかもしれないと思いながらもあの時の悲しそうで泣きそうな顔が気になって離れない。
ノビタニアンは少し間をおいて。
「あれは僕のことだよ」
「ノビタニアンさんのこと?」
「うん」
ゆっくりとノビタニアンは語る。
「これはリアルの話だけど」
ノビタニアンには大切な親友がいた。
ドジで臆病で何もできなかったダメダメな自分を変えるために手伝ってくれた大事な親友。
その親友との別れは唐突にやってきた。
約束を交わしてノビタニアンと親友は別れる。
「その親友と別れるときの気持ちとシリカちゃんの気持ちが似ていたと思ったら、放っておけなかったんだ」
遠くを見るようなノビタニアンへシリカはどのように声をかけていいか悩んだ。
「あの、その親友さんとは?」
「会えていない……どこかで会えればいいなと思うけれど。たぶん、もう二度と会えないかもしれないんだ」
「そんなこと、わかりませんよ」
シリカの声にノビタニアンは彼女を見る。
「もしかしたら奇跡が起きて、もう一度、会えるかもしれません!私はピナともう一度、会います!だから、ノビタニアンさんもあきらめないでください!」
「…………」
「あ、もしかして、失礼でした?」
「いや、ありがとう、そうだね。諦めたらそれで終わりだよね。うん、頑張るよ」
ノビタニアンの笑みを見たとき、シリカの顔が赤くなる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです!さ、いきま――」
一歩を踏み出したシリカの足元にモンスターが姿を見せる。
巨大な芋虫のようなモンスターに飲み込まれようとしていたシリカ。
その瞬間。ノビタニアンのソードスキル、ホリゾンタルによってモンスターが消滅した。
「大丈夫?」
小さく微笑むノビタニアンの姿に、シリカは顔を赤らめながらその手を取った。
思い出の丘へ二人は到着する。
そこには台座のようなものがあった。
「ノビタニアンさん!ない!花がないよ!?」
「え、そ、そんなぁ!」
驚きながらノビタニアンが台座をのぞき込む。
しばらくして、輝きとともに台座の中央に花が現れた。
シリカがおそるおそる台座に触れると
プネウマの花というアイテム名が表示される。
「これでピナが生き返るんですね?」
「うん!」
花を抱きしめるようにしてシリカは喜びをかみしめる。
「すぐに生き返らせたいだろうけれど、ここだと強いモンスターもいるから街に戻ってからにしよう」
「はい!」
シリカは涙を拭って頷いた。
幸いというべきなのか、帰り道はモンスターとエンカウントすることなく順調だった。
道中、ノビタニアンはどこかへメッセを飛ばしていた。
ノビタニアンの隣を見ながらシリカはその手を握ろうとする。
ぴたりと急にノビタニアンが立ち止まったことでシリカも歩みを止めた。
「ノビタニアン、さん?」
「そこに隠れている人、出てきてよ」
彼の言葉とともに近くの木々から隠れていた人物が姿を見せた。
その人はシリカの知っている人だった。
「ロザリアさん!?」
迷いの森でシリカを挑発して、三十五層の街においてアイテムを取れるのかとバカにしていた彼女がここにいることにシリカは驚く。
「私のハイディングを見破るなんて、なかなかに高い索敵スキルを持っているみたいじゃない」
「どうも」
「その様子からして首尾よくプネウマの花を手に入れたようね。よかったわ、シリカちゃん。じゃあ、その花を頂戴」
「な、なに言っているんですか!?」
「だってぇ、中々にレアなプネウマの花を手に入れるっていうじゃない。手に入れるのを待ってからいただいたほうが手っ取り早いでしょ」
にこりと笑うロザリアにシリカは恐怖した。
「悪いけれど、そうはいかないよ。ロザリアさん、いや、オレンジギルド“タイタンズハンド”のリーダーさんというべきかな?」
ノビタニアンの言葉にシリカは目を見開く。
「オレンジギルド!?でも、ロザリアさんはグリーンで」
ロザリアの頭上に表示されているアイコンはグリーン。
オレンジは他のプレイヤーを傷つけたら表示が変化する。
中には人を殺すレッドプレイヤーと称される者も存在している。
「オレンジギルドといっても全員がそうじゃないんだ。グリーンが獲物を見繕って、待ち伏せのポイントまで誘導するんだ」
「そんな、じゃあ、二週間、一緒のパーティーにいたのは」
「一番の獲物たるアンタや他の連中がどれくらい素晴らしいものを持っているか調べていたのよ。そうしたらレア度が高いプネウマの花を取りにいくっていうじゃない。それにしてもそこまでわかっていたのに一緒に行動しているなんて、アンタバカじゃないの?それとも本当に絆されちゃった?」
バカにするようなロザリアの問いにシリカが何かを言おうとしたとき、ノビタニアンが前に立つ。
「違うよ。僕の狙いはあなただよ」
「は?」
「十日ほど前にあなた達タイタンズハンドはシルバーフラクスというギルドメンバーを襲ったね?メンバー四人を殺してリーダーだけが生き残った」
「あぁ、そんな連中いたわね。儲けが少なくてつまんない奴らだったわぁ」
「リーダーだった人は毎日、最前線で攻略メンバーに敵討ちを求めていたよ。その人は連中を殺すことじゃない、捕まえることを望んでいた。仲間を殺されたのに……あなたにその気持ちがわかる!?」
「知らないわよ!バッカじゃないの!?ここで人を殺してもホントにそいつが死ぬ証拠はないのよ!それよりも、自分の心配をしたほうがいんじゃない?」
不敵な笑みを浮かべて指を鳴らす。
すると木の陰からぞろぞろとプレイヤーが現れた。
頭上のカーソルはオレンジ。
その数は七人。
「に、人数が多すぎます!脱出しないと!」
「大丈夫、問題ないよ」
ノビタニアンはそう言うと腰の剣を抜く。
「それに、僕だけじゃないし」
そう言うノビタニアンの言葉とともにシリカの後ろから転移によって二人の人物が現れる。
一人は黒衣の少年。
もう一人は民族的な衣装をまとった紫色が中心の少女。
「だ、誰?」
戸惑うシリカに対してノビタニアンがほほ笑む。
「遅かったね、キリト、ユウキ」
「ボク達も全力で来たんだよ!?」
「まぁ、ナイスタイミングだから勘弁してくれよ。ノビタニアン」
キリトの言葉に身構えていたオレンジプレイヤーの一人が呟く。
「キリト?ユウキ、ノビタニアン?黒衣、紫衣、銀衣に片手剣……まさか黒の剣士、紫の剣士、白銀の剣士!?あの三剣士か!?まずい、ロザリアさん、こいつら攻略組だ!!」
「こ、攻略組?ノビタニアンさんが?」
「そんな奴らがこんなところにいるわけないじゃん!そもそも、攻略組ならとんでもないお宝を持っているに決まっている!始末して身ぐるみ剥いじまいな!」
ロザリアの叫びにキリトが肩をすくめながら前に出た。
「死ねやぁああ!」
叫びとともにオレンジプレイヤーが前に出たキリトとノビタニアンへ襲い掛かる。
「ノビタニアンさん!このままじゃ、ノビタニアンさんが!」
震える手でシリカは自身の武器を構えようとする。
だが、目の前にいるオレンジプレイヤー達を前に恐怖していた。
「大丈夫だよ」
傍にやってきたユウキがニコニコとシリカに言う。
「よく見て」
ユウキの言葉に従ってノビタニアンやキリト達を見る。
オレンジプレイヤーの攻撃によってHPが減っていくが一定時間を過ぎると彼らのHPは元に戻っていた。
「え?どうして」
シリカの疑問はオレンジプレイヤー達の中にもあったようで、全員が驚きの声を上げる。
「ど、どうなっているんだ?」
「なんでHPが」
「全体攻撃で400ってところだな」
「ふぅん、それなら僕達を倒すことはできないね。キリトのレベルは78、僕のレベルは77、キミ達の攻撃じゃバトルヒーリングを持っているからすぐに回復して倒せないよ」
「なんだよ」
「そんな理不尽が」
「ありえるんだよ!たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく。それがLV制MMORPGの理不尽さなんだ!」
キリトの叫びに男達はのけぞる。
実力差を思い知らされたのか、男達は戦意を失い始めていた。
ノビタニアンはアイテムを取り出す。
「これは僕達の依頼人が全財産をはたいて購入した回廊結晶。転移先は牢獄だよ。これで全員牢屋へ跳んでもらうよ。逃げようなんて考えないんでね……コリドーオープン」
剣を構えるキリト達の姿を見てプレイヤーの人が諦めたようにゲートをくぐる。
一人、また一人と潜っていき、やがてロザリア一人だけになった。
「あなたはどうする?」
ノビタニアンが問いかける。
「はっ!それで勝ったつもり?言っておくけれど、私はグリーン」
一陣の風が吹き荒れる。
ブン!とロザリアの眼前に鋭い剣先があった。
視線の先にいたのはノビタニアン。
「甘く見ないでよ。僕達は三人で組んでいる……数日足らずオレンジになったとしても問題はない……試してみる?」
小さく微笑むノビタニアン。
笑顔から感じた怒気にロザリアは槍を落とす。
そんな彼女をつかんでコリドーまで歩いていく。
コリドーまで放り込まれる間、ロザリアは命乞いのようなことをつづけた。
しかし、ノビタニアンは表情を変えず、無言で放り投げる。
「ノビタニアン、やりすぎだよ」
キリトが肩をすくめながら剣を鞘へ納める。
「珍しく怒っていたみたいだね。クリスマスの時以来じゃない?」
「茶化さないでよ、ユウキ」
ノビタニアンはシリカへ近づく。
「ごめんね、シリカちゃん、巻き込んじゃって」
「い、いえ、その、ノビタニアンさんは攻略組だったんですね」
「うん。僕が攻略組だって知ったら怯えちゃうかもと思ったんだ。今回の騒動も最初から巻き込んでしまったようなものだし、僕が悪いんだけどね」
「……そんなこと、ありませんよ」
瞳に涙を潤ませながらシリカは首を横に振る。
「ノビタニアンさんはとても優しい人です!さっきは怖いと思いましたけど……ノビタニアンさんはとても優しくて、強い人です!だから……えっと」
ノビタニアンはシリカの頭をなでる。
「ありがとう、シリカちゃん」
あれから少しばかり時が過ぎて、シリカと向かい合うようにノビタニアン、キリト、ユウキの三人が立っている。
「行っちゃう……んですね」
「三日くらい攻略から離れてしまっているからな」
「そろそろ戻らないと大変なことになるかもね~」
「す、すごいですね。攻略組なんて、私なんか……足元にも及びません」
本当ならノビタニアンとついていきたかった。
彼と一緒にいろいろな世界を見て回りたい。
そんな気持ちを抱きながらも自分ではレベルなどを思い出して、その言葉を飲み込む。
「別にレベルがすべてじゃないよ?シリカちゃんは強いものを持っている」
「強いもの?」
「うん、心だよ」
ノビタニアンは自分の心を叩く。
「ピナを取り戻すために危険な場所へ向かったじゃない。それはこころが強くなければできないことだよ?」
「ノビタニアンの言うとおりだね」
「レベルだけがすべてじゃない。誇っていいことだ」
キリトやユウキからも言われてシリカは頬を赤くする。
「今度はピナも一緒で冒険しようね?」
「……はい!」
笑顔を浮かべてシリカとノビタニアンは指切りをした。
「(ピナ、目を覚ましたらいっぱい、いっぱい、お話しようね!とんでもない冒険のことと、お兄ちゃんのような素敵な人のことを)」