第一層の攻略から少しばかりの時間が過ぎた。
あれから最前線で戦うプレイヤー達は次々と階層のボスを倒していく。
そのうち、アインクラッド解放隊やドラゴンナイツ・ブリゲードと呼ばれるギルドなどが活躍していた。
彼らとは別に三人だけで最前線で挑むプレイヤーがいる。
「あ、キリトから連絡きたよ?」
夜道、出現するモンスターを倒していたノビタニアンはユウキの言葉に振り返った。
「キリトはなんて?」
「えっとね、帰りが遅くなるから適当に切りあげて帰ってくれってさ」
「そっか」
第一層のビーター騒ぎの後もキリト、ノビタニアン、ユウキの三人は行動を続けていた。
現在、キリトは自身の武器強化の素材を集めるために第十一層へ降りている。
「あ」
「……どうしたの」
文面を読んでいたのであろうユウキの言葉にノビタニアンはおそるおそる振り返る。
彼女の言い方でノビタニアンとキリトは何度か危ない目にあった。
大体が命がけだったことから今回もそれに等しい事態なのだろうか?
その事から不安げに尋ねたのだ。
「えっとね……あるギルドの手伝いのため、夜にレベル上げさせてくれって」
キリトが助けた月夜の黒猫団というギルド。
モンスターに襲われたところをキリトが助けたのだが、それが縁となって彼はそのギルドをレクチャーすることとなり、昼は彼らと共に、夜はノビタニアン達とレベル上げにいそしむ毎日となる。
ノビタニアンとユウキは夜にキリトと合流して経験値稼ぎに出ていた。
最前線のプレイヤーと差をつけられないためのLV上げ。
迷宮区の踏破に関してはノビタニアンとユウキの二人が行っている。
彼らが訪れたのはオオカミのモンスターが徘徊するエリア。
「あれ、先客がいる」
ユウキの言葉にキリトが視線を向けるとサムライのような風貌をしたプレイヤー達、その中で悪趣味なバンダナをつけた男がいた。
「クライン……」
キリトが第一層で知り合い、見捨ててしまった友達。
彼はオオカミモンスターを討伐すると一息つくように動きを止めて、こちらに気付いた。
「よぉ、キリトにユウキちゃん、後ノビタニアン」
「僕をおまけみたいにいわないでよ~」
「悪い悪い、こんな夜中に狩りか?」
「うん!」
「ユウキ、ノビタニアン、俺は先に行――」
「まぁまぁ、話をするくらいは問題ないでしょ?」
逃げようとしたキリトだが先回りしたノビタニアンが待ったをかける。
「俺は」
「ったく、まぁだ気にしているのか?」
クラインが呟いて近づく。
「俺は許されないことをしたんだ」
「キリの字、俺は気にしてねぇぞ」
「だとしても!」
キリトは顔をゆがめて離れていく。
「ごめんね、クラインさん」
「あの時のことは仕方ねぇっての……悪いな、ノビタニアン、チャンスをくれたのに」
「気にしないで。僕はなんとかしてあげたいだけだから」
「ユウキちゃんにノビタニアン、キリトのことを頼む。お前らが頼りだからな」
「任せてよ!」
「大事な親友だからね」
二人はキリトを追いかける。
それから三人は黙々と狩りを続ける。
夜ということで少しばかり疲労が溜まっているが、ノビタニアンとユウキは昼まで休むから問題ではなかった。
「そろそろ、戻ったほうがいいんじゃない?」
「そう……だな」
ノビタニアンの言葉でキリトは剣を鞘へ納める。
その時、メッセージが届いた。
キリトがメニューを開いて中を見ると、それは月夜の黒猫団のケイタだ。
内容はサチがいなくなったということ。
「悪い、ギルドの知り合いがいなくなったから探しに戻るよ」
「ボクも行くよ!ね、ノビタニアン」
「キリトの仲間だからね。僕も行く」
「すまない、追跡スキルで検索するからついてきてくれ」
キリトのナビゲーションを頼りにして二人は後に続く。
しばらくしてたどり着いた先は主街区から大きく外れたところにある水路。
その中でマントを羽織って、蹲るように座り込む黒髪の少女、サチがいる。
「サチ」
キリトの呼びかけにサチは顔を上げる。
「キリト……」
少女の顔はとても暗いものだった。
「みんな……心配しているよ」
そう言って笑いかける。
サチは視線を少し外して俯く。
「キリト……私、逃げたい」
疑問の表情になるキリト。
「な、なにから?」
「この街から……モンスターから、黒猫団から……ソードアート・オンラインから」
サチの言葉でキリトは表情を曇らせる。
出会ったときから戦うことに恐怖していたサチの抱えている恐怖はかなりのもの。
指導しているときもサチはモンスターと戦うことに恐怖していた。
いつかはこうなるのではないかと思った。
「サチ……さん?」
ゆっくりとキリトの後ろからノビタニアンが前に出る。
聞きなれない声に気付いたサチは不思議そうに彼を見た。
「はじめまして、僕はノビタニアン、キリトの友達なんだ」
「ボクはユウキだよ」
ノビタニアンはサチの前に座る。
「あなたは戦うのが怖い……んだよね?」
「はい……」
その質問で限界が来たのだろう。
サチの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていく。
「どうしてここから出られないの?なんでHPがなくなると死んじゃうの?こんなことに何の意味があるの?」
ため込んできたものを吐き出す。
戦うのが怖い。
みんなに置いて行かれるのが嫌。
「意味を知っているのは一人だけだと思う」
彼女が感情を吐き出す中でノビタニアンは呟く。
「私、死ぬのが怖い、怖くてこの頃、眠れないの」
嗚咽を混じらせるサチの手へユウキが手をのせる。
「そうだね、死ぬのは怖い、よね」
「あなたも……怖いの?」
サチの問いかけ。
ユウキはコクンとうなずいた。
「ボクも怖い。でも、戦うんだ。ノビタニアンやキリト達と生きて帰りたいから」
「大丈夫、キミは死なないよ、黒猫団は十分に強い。安全マージンも取れているし、無理やり前に出る必要もない。俺からもみんなに言うからさ」
話を繋げるようにキリトが言う。
「本当に?私は、死なずに済むの?いつか、現実に帰れるの?」
コクンとキリトは頷いた。
「キミは死なない」
「そうだよ!」
「一緒に元の世界へ帰ろう」
サチの問いかけに三人は答える。
その答えにサチは泣きながら何度も頷いた。
落ち着いた彼女を連れて三人は宿へ戻る。
先を歩くユウキとサチは楽しそうに話をしていた。
少し後ろをノビタニアンとキリトが歩く。
「ギルドの皆に自分のレベル伝えていない、よね?」
「あぁ」
キリトは小さく頷いた。
「その、俺は」
「わかった。言わないよ」
ノビタニアンの言葉にキリトは目を丸くする。
「どうして」
「言えない理由があるんでしょ?それにキリトが自分のレベルを隠してまで協力しているんだから……僕がそれを壊す理由はないよ」
「……“のび太”は本当にすごいよな」
「“和人”の方が凄いよ。あの時の僕を救ってくれたんだから」
二人ともリアルの名前を言う。
こうしているとあの日の出来事を思い出す。
自分たちがはじめて友達となった日。
「二人ともぉ!」
「早く戻ろうよ」
前から手を振るユウキとサチの姿に二人は急ぎ足で向かう。
数週間後、月夜の黒猫団が壊滅したという情報を鼠のアルゴからノビタニアンは知らされた。
「それは本当、なの?」
「あぁ、間違いないゾ。なんでも未開拓のエリアへ入ったパーティーがキー坊を残して全滅したらしい」
「……そんな」
「さて、ここからはオネーサンがサービスで教えてやる情報だ」
何度かユウキとともに手伝いとしてギルドのメンバーと顔合わせをした。
その時からキリトが彼らに目をかけている理由をなんとなく察する。
彼らの絆は強い。
その強さは攻略組に入れば素晴らしいものになるだろう。
まるであの頃を見ているようだった。
「死者を蘇らせるアイテムがあるらしいンダ」
「……もしかして」
ノビタニアンへアルゴが頷く。
「キー坊がこの情報を買った。他のギルドも狙っているゾ……」
「僕も買うよ」
「宛はあるのカ?」
「多分、だけどね」
現在、アインクラッドで流れている噂のクエスト。
クリスマスの夜、モミの木の下へ現れる“背教者ニコラス”。
それが持つ袋の中には命をよみがえらせる奇跡があるという。
この世界で死者が蘇るアイテムは存在しない。
本当に死者が生き返るというのなら誰もが欲しがる夢のアイテム。
キリトはそれで月夜の黒猫団員を蘇らせようとしているのだろう。
「オイ、どこへ行くつもりダ?」
「レベル上げだよ……多分、キリトはもっと危険なことをしていると思うから」
12月24日。
キリトが向かうフィールドは深い雪に覆われていた。
主街区はクリスマスムードだ。
この世界にきて一回目のクリスマス。
周りは幸せな日々を送っているのだろう。
本来なら――。
「いや、やめよう」
考えようとしたことをキリトはやめる。
自分に幸せなんて必要ない。
そんな資格はない。
脳裏に浮かんだ二人のことを思い出しながらもキリトは首を横に振りながら目星の場所まで走る。
しばらくして、キリトは立ち止まる。
「つけてきたのか」
ワープポイント。
そこから現れたのは――。
「クライン……ノビタニアン、つけてきたのか?」
「違うよ。僕をクラインが尾行したんだ」
キリトの質問に答えたのはノビタニアン。
よくみるとクラインの傍にユウキの姿もある。
「キリト……一人でボスに挑むの?」
不安そうな表情でユウキが問いかける。
表情を変えずにキリトは―。
「あぁ、これは俺一人でやらないといけない」
「キリトよぉ!ガセネタかもしれねぇモンのために命を懸ける必要はねぇだろ?!俺らと来い!蘇生アイテムはドロップさせた奴のもので――」
「黙れよ。邪魔をするなら容赦しないぞ」
キリトが剣を抜く。
本気だとわかり、身構える中、一歩を踏み出す者がいる。
「やっぱり、お前が俺の邪魔をするんだな……ノビタニアン」
「キリト、僕は君に死んでほしくない」
剣を抜いてノビタニアンは言う。
「俺はそんな言葉をもらう資格なんてない!邪魔をするならお前でも斬る!」
「仕方ないね」
「ま、待て!」
クラインの静止を聞かずに二人は同時にぶつかり合う。
鍛えられた剣が派手な音を立てる。
ソードスキルを使わないまま二人は剣をふるう。
「僕は君がいたからここまで来れた……僕はキリトと現実世界へ戻る!!」
「俺にそんな言葉をもらう資格はない!俺は、サチを……みんなを守れなかったんだ!」
繰り出された一撃にノビタニアンは雪の上を転がる。
起き上がるとともに振るわれた一撃がキリトの顔をかすめた。
「だからってキリトが自分の命を投げ出すことは間違っていると思う!だから、僕と一緒に戦おう!」
「無理だ!俺は……サチを救えなかった俺が誰かと一緒なんて!」
派手な音を立てながらキリトは剣を振り下ろそうとする。
剣の先を見切ったノビタニアンが盾を構えたのを見て後ろへ下がった。
互いに譲れない。
譲れないからこそ。
「本気を出す」
「やっぱり、そうなるよね」
わかってはいた。
二人は剣を構える。
今までの切り結びでは済まない。
ノビタニアンとキリトはソードスキルを使うつもりだ。
その姿に流石のクラインが本気で止めに入ろうとしたとき、無数のワープポイントが現れる。
「どうやら、クラインもつけられたみたいだ」
「え!?」
クライン達も武器を構える。
現れたメンバーを見てクラインパーティーの一人が悪態をつく。
「げっ、聖竜連合か。レアアイテムのためならヤバイことも平気でするらしいぞ」
「どうする?」
「……キリト、ノビタニアン!」
ユウキが前に出る。
「二人とも、行って!!」
「ユウキ?」
「……お、おいユウキちゃん!?」
「やらないといけないことがあるんでしょ?こんなところで立ち止まっていちゃだめだよ!ここはボクが足止めするから!」
「あー、くそったれ!ここは俺たちに任せろ!」
叫びながらクラインも刀を抜き放つ。
少し戸惑っていたキリトだが。
「行こう!」
ノビタニアンに手を引かれて奥へ走り出す。
目的地の場所へ到達して、二人は互いのアイテムを確認する。
「俺は、お前に助けてもらう資格なんて」
「友達なんだ、命の危険のある戦いを止めないなんてわけはないよ……大事な親友だから」
それから小さくノビタニアンは呟く。
「親友と離れるなんて……嫌だよ」
その時、頭上から鈴の音が鳴り響く。
上から何かが落ちてきた。
赤を基調とした上着と三角坊、頭陀袋を担いで、右手には斧が握られている。
“背教者ニコラス”。
噂のクエストは本当だったという証明だった。
ニコラスは声にならない叫びをあげる。
「……うるせぇよ」
「キリトは死なせない」
剣を抜いて走り出すキリト。
ノビタニアンも走る。
咆哮しながらニコラスと二人の剣士はぶつかりあう。
頭の中でレッドゾーンになっているHPバーが目に付く。
傍では膝をついているノビタニアンの姿がある。
キリトはどのくらいの時間が経過したのかわからない。
だが、目の前で砕け散るニコラスの姿を見てキリトは理解した。
自分達がニコラスを倒したのだ。
表示されているアイテム欄を確認する。
――還魂の聖晶石。
現れたアイテムをタップする。
それを見たキリトは目を見開く。
確かにアイテムは死者を蘇生させる力を持っていた。
しかし、
「対象が消える十秒以内……」
キリトが手に入れたアイテムの効果は過去死んだ者に使うことができない。
如何なる手段を用いても死者は還ってこないことをキリトは思い知らされた。
「……そんな、こんなことって」
崩れているキリトへノビタニアンが近づく。
彼の表情から望んだアイテムではないと気付いたのだろう。
「和人……」
「こんなことないよ……こんなものぉぉおおお!」
泣き崩れるキリトをノビタニアンは優しく抱きしめた。
かつて泣いていた自分を受け止めてくれたように。
キリトの中の感情が落ち着くまで抱きしめ続ける。
落ち着いたキリトと共にノビタニアンが戻ると、クライン達は疲労困憊といった感じで座り込んでいた。
「キリト!ノビタニアン!」
無事に戻ってきた彼らを見てユウキは喜ぶがキリトの表情で歩みを止める。
「蘇生アイテムは?」
聞いてきたクラインにキリトはアイテムを投げた。
「いいの?キリト」
「次にお前の前で死んだ人に使え」
そう言ってふらふらとキリトは歩いていく。
「キリト!」
クラインは大きな声を上げる。
「キリト……お、お前はぁ、生きろよ!頼む、生きてくれよ!!」
キリトは何も言わずにその場を去っていく。
ドサリとすぐ後ろで大きな音が聞こえた。
「ノビタニアン!?」
ユウキは倒れたノビタニアンへ近づく。
「ごめん、僕……限界」
「もう、ノビタニアンは無茶しすぎだよ。ボクだって、二人と一緒に戦いたかったんだよ。なんで二人だけで無茶するのさ!ボクだって……ボクだって、仲間なんだからね!」
ボロボロとユウキが涙をこぼす。
疲労で動けないノビタニアンの頭を膝の上へユウキは載せた。
「ごめんね、キリトのことを放っておけなかったから」
「……今度からはボクも一緒だからね!」
「うん、そうだね」
話を聞きながらノビタニアンはゆっくりと意識を失う。
『メリークリスマス。キリト』
聞こえるのはサチの声。
『キミがこれを聞いているとき、私はもう死んでいると思います。もし、クリスマスまで生きていたらこれは削除する予定だったんだけど……本当のことを言うと、私、始まりの街から出たくなかったの、こんな気持ちのまま戦っていたらきっといつか死んでしまうよね?それはだれの責任でもない。私自身の問題です。怖くなって逃げだしたあの日に、キミやノビタニアンさん、ユウキちゃんからもらった言葉があったよね?もし、私が死んだらキミは自分を責めるでしょう。だから、これを録音することにしました。
それと、私、ホントは君がどれだけ強いか知っていました。キリトが自分のレベルを隠して私達と戦ってくれている理由を考えたけれど、私にはわかりませんでした。でも、すごく強いんだってわかったとき、すごく安心しました。キミは本当に私たちを守ってくれるんだって思えたから。私は怯えずに生きることができたんだよ。もしも私が死んでも二人は頑張って生きて、この世界の最期を見届けて、この世界が生まれた意味、私のような弱虫が来ちゃった意味、キミと出会った意味を見付けて、それが私の願いです。大分、時間が余っちゃったね。どうせだから歌でも歌おうかな?赤鼻のトナカイです』
澄んだ歌声が室内に響く。
その歌声はキリトの中にあったモヤモヤしたものを消し去る。
『キリト、忘れないでね。あなたは決して一人じゃない。ノビタニアンさん、キリトと一緒にいてあげてね。ユウキちゃんはキリトを支えてあげて……でも、ノビタニアンさんとユウキちゃんの二人は多分、お似合いのカップルになると思うからこういうお願いは困るかな?それじゃあ、お別れだね、キリトと出会えて、一緒に居られて、友達になれて本当に良かった。ありがとう、さようなら』
話を最後まで聞いたキリトはまた泣き出す。
サチは自分を恨んでいなかった。
そのことがわかっただけでもキリトにとって救いといえるだろう。
再び、彼は歩き出す。
自分を支えてくれた友たちと共に。