「キリの字。東の森の噂、聞いたか?」
エギルの店、もとい宿屋でキリトがくつろいでいるとクラインが話しかける。
「噂?」
「おう、なんでも東の森に妖精が出るらしいぜ」
あくまで噂の領域を出ないらしいのだが攻略のために東の森へ出ていたプレイヤーが金髪で背中に羽をはやした妖精をみたという。
妖精はプレイヤーの姿を見ると慌てて森の中へ消えていったらしい。
「NPCのクエストか?」
「わっかんねぇんだよなぁ。それでお前達、東の森へ行くっていっただろ?何か見つけたら教えてくれってことだ」
「わかった、注意してみるよ」
クラインにそういってキリトは部屋からやってきたノビタニアンをみる。
「おはよう~」
「ノビタニアン、寝坊だぞ」
「ごめんごめん」
装備を整えてキリトとノビタニアンはフィールドへ出る。
あれからシリカとリズベットの二人もエギルの宿で生活をしている。現在は町中のクエストでレベル上げを試みているらしい。
キリトがアルゴに頼んで情報を集めて勧めたという。
ユウキとアスナは二人でレベル上げをしている。
今回は男女別々の行動。
キリトとノビタニアンはモンスターを倒しながら東の森へ足を踏み入れる。
「ここに妖精がいるんだよね?」
「クラインの話によるとな」
エリュシデータと第七十六層のショップで購入した片手剣を構えてキリトとノビタニアンは森の中へ入っていく。
二刀流の情報が公表されてから、キリトは隠すことなく二つの剣で攻略をしていた。
その方がより早くこのゲームをクリアできるだろうと考えたからだ。
昆虫系のモンスターが現れるも二人のソードスキルで倒される。
「妖精、いないね」
「見間違いだったのかもなぁ」
キリトが首を傾げていると森の奥。
太陽の光が差し込む場所。
その中に立っている人の姿があった。
それだけならプレイヤーかNPCだと判断するが、二人の目はその人物の背中。
光を受けて反射している小さな羽。
羽がついているその姿はまさに。
「妖精!?」
ノビタニアンの叫びに妖精は振り返る。
長い金髪が揺れる中、少女は二人の姿を見ると目を見開く。
「お兄ちゃん……」
目を見開いていた少女はキリトの手を取って喜びの表情を浮かべていた。
対してキリトは困惑するばかりだ。
「えっと、キリトは妖精さんの妹がいたの?」
「い、いや!?もしかしたらそういうクエストかもしれないぞ?それにしてもこの妖精、とても綺麗だな」
「何を言っているの!?私だよ!私!」
「いや、私っていわれても身に覚えがないし」
「私だよ!直葉だよ!」
「は!?スグ!!?いやいや、ありえない、スグじゃない!だって、ここまで胸大きくないし」
キリトの言葉を聞いた直後、少女は拳を繰り出す。
拳を受けたキリトは数メートルほど吹き飛び、地面へ倒れた。
「キリト……」
「いってぇな!おい!」
顔を抑えながらキリトは睨む。
少女は自分の胸元を抑えて顔を赤くする。
「そりゃ、二年もあれば私だって成長するよ!のび太さんも!私だよぉ!桐ケ谷直葉だよぉ!」」
「え!?どうして、僕のリアルの名前を……?って、本当に直葉ちゃん?」
「はい!」
にこりとほほ笑む金髪ポニーテールの少女はノビタニアンの質問に大きく頷く。
「仮にスグだとしたら、俺とノビタニアン……いや、のび太について知っていることを答えてくれ」
「えっと、桐ケ谷和人がお兄ちゃんの名前でしょ……野比のび太さん、お兄ちゃんの一番の親友でドジで間抜けっていわれていてテストはいつも赤点、スポーツもダメ。得意なのは射撃とあやとり、0点のテストの隠し場所は」
「ストーップ!もういいから!僕のことをこれ以上いわないでぇ!」
涙目ながらにノビタニアンが止めに入るが間違いない。
目の前の金色の妖精はキリトの妹だと。
「もう、こんなのユウキに聞かれたらからかわれちゃうよ……それにしても直葉ちゃん……なら、どうしてそんな髪を染めているの?」
「え、あ!?そっか、これ、ALOのアバターだった!」
くるりと自分の体を見て直葉はポンと手を叩く。
「ALO?」
首を傾げるノビタニアン。
「とにかく、詳しい話を聞きたいから俺達の拠点としている場所へ行こう……そうだ、スグ」
「なぁに?」
「この世界ではリアルの名前は厳禁だから、俺のことはキリト、のび太のことはノビタニアンと呼んでくれ。それでスグのことは」
「リーファだよ!」
「リーファ、とにかく町へ行こう」
「うん!」
二人に会えたことが嬉しいのかにこにこと直葉、もといリーファはキリトとノビタニアンの左右の手を掴む。
「懐かしいな。これ」
「昔はみんなで一緒に歩いていたもんね!」
嬉しそうにほほ笑むリーファ。
「本当にお兄ちゃんに会えた……よかった」
「え?」
「何でもない!」
首を振るリーファに二人は首を傾げながらもアークソフィアへ歩み始める。
「あれ、なんだ?」
街へ戻ったキリトが空を見る。
他のプレイヤーも何事かと見上げていた。
「え、なに?」
戸惑うリーファ達の上空が歪む。
どす黒い波のようなものが起こり、そこから何かが落ちてくる。
「くそっ!」
「キリト!」
キリトが落下する影をみて駆け出す。
「届け!!」
両手を伸ばして落ちてきたものを受け取りながら地面をスライディングする。
少し遅れてノビタニアンがやってきた。
「人……!?」
「あぁ」
「え、何?」
「キリト君!これは?」
「なになに?落とし物~?」
街へ戻ってきていたのだろうアスナとユウキがやってくる。
ノビタニアンがキリトの腕の中にいる少女を見た。
「女の子?」
「キリト、どこで拾ってきたのさ~」
「いや、空から落ちてきたんだよ……それよりも騒ぎが大きくなる前に宿へ行こう。リーファも」
「あ、うん!」
「うわっ!羽がついている!」
ユウキはやってきたリーファをみて驚きの声を漏らす。
いろいろと質問しようとするユウキに待ったをかけてキリトが宿へ歩き出した。
「あの子はまだ寝ているから先にリーファについて話をしておこうと思う」
宿に集まったのはキリト、ノビタニアン、アスナ、ユイ、シリカ、リズベット、リーファ、エギル、クラインだ。
「リーファはリアルの俺の妹なんだ」
「は!?」
「キリの字、お前に妹がいるのは聞いていたけれど、向こう側、現実の世界にいるはずだろ?」
「そうなんだよ。でも、リーファはここにいる」
「付け加えておくと僕とキリトで本物かどうか確認したからそこは安心してね」
「キリトの妹かそうでないかはともかくとして……なんで背中に羽なんてあるのよ?」
リズベットの質問に答えたのはリーファだ。
「実はこの体はALOっていうゲームのアバターなんです」
「ALO?」
リーファの話によると彼女の体はSAO以降に作られたVRゲームソフトのアバターだという。
そして、そのゲームをプレイ中にどういうわけかSAOの世界へ飛ばされたらしい。
「俺達が閉じ込められた後にVRが作られているのか、信じられないな」
「そうだね。普通はなくなると思ったんだけど」
誰もが驚きを隠せないようだ。
「でも、その羽は?」
「あ、ALOでは空が飛べるんです」
「嘘!?」
「凄いです……」
リズベットとシリカが驚く。
空を飛べる。
SAOにおいて、空を飛ぶことはできない。
飛行モンスターにしがみついて、飛ぶということはできるがそれはまた別の話だ。
「いいなぁ、空を飛べるなら飛んでみたいよ!」
羨まし気に答えたのはユウキだ。
「そうだね。空を飛べるなんて。めったにできないことだよ」
アスナも同意する。
「でも、この世界じゃ飛べないみたいなんです」
「なぁ、ユイ。これはどういうことなんだ?」
「おそらくですが……カーディナルに何か異変が起こっているのかもしれません。さっきの人も……もしかしたら別のゲームで巻き込まれたのかもしれません」
「おいおい、それはとんでもねぇことだぞ」
クラインが驚きの声を漏らす。
もし、リーファのように他のVRゲームをプレイしている人がSAOの世界に引き込まれているとしたら。
これは中だけの問題ではなくなってしまう。
ユイの言葉にキリトは思案する。
その時、後ろでのそりと音がした。
全員が振り返ると空から落ちてきた少女が目を覚ます。
「ここは……」
「あ、目を覚ました――」
「きゃっ!」
覗き込んだキリトをみて黒髪の少女は拳を繰り出した。
「ぶっ!?」
衝撃を受けてキリトは後ろへ座り込む。
「あ、アンタ、何よ!」
「落ち着いて、もう、キリト君、女の子に不用意に近づいちゃだめだよ」
アスナがキリトへ注意した。
「まぁ、仕方ないわね。アンタのような黒づくめじゃ怪しまれるのは仕方ないわね」
リズベットが苦笑する。
「いや、心配したから、それにしても変か?」
キリトは自分の格好を見る。
「おにい……キリト君、昔から服にこだわりとかなかったよね」
「うーん、私は似合うと思いますよ」
「ボクはどっちでもいいや」
シリカは賛同してユウキはどうでもいいと答える。
「おい、それよりもその子、話を聞くべきじゃないのか?」
「おう、その通りだな……ん?」
エギルの言葉で全員が落ち着き、クラインが話しかけようとした時。
起き上がった緑や黒の衣装をまとったショートカットの少女はまっすぐにある人物を見ていた。
「ん?」
見られていることに気付いたノビタニアンがベッドの上へ腰かけている少女を見る。
ふらふらと立ち上がった少女は――。
「え、どうし」
迷わずにノビタニアンを抱きしめた。
「のび太君」
リアルの彼の名前を告げて。