ドラえもん のび太と仮想世界   作:断空我

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09:朝霧の少女

「……ふぁ、もう、朝なのね」

 

アスナは目を覚ます。

 

すぐ隣には無垢な笑顔を浮かべる夫、キリトの姿がある。

 

クラディールの事件から数日。

 

事件の後、キリトとアスナは夫婦となり、ノビタニアン達が使っている家で療養していた。

 

攻略からも少し離れて二人は新婚生活を満喫している。

 

ノビタニアンとユウキも少しの間は気を利かせようということなのか、家を空けてくれていた。

 

メールによればそろそろ戻ってくるという。

 

「キリト君……」

 

目の前で幸せそうに眠る夫の姿を見る。

 

キリトとアスナが結婚すると言ったとき、誰もが祝福してくれた。

 

特にノビタニアンとユウキはとても喜び、隠し持っていたというS級食材を結婚祝いと送ってくれるほどだ。

 

「そういえば、私、知らないな」

 

 目の前にいる少年は何歳で今まで何をしてきたのだろうか?

 

 おそらく、ノビタニアンへ聞けば答えてくれるはずだ。

 

あの二人は付き合いが長いという。

 

リアルの詮索はマナー違反であるため、アスナは深く聞かないでいるがあの二人は自分とは別の強いつながりのようなものが見える。

 

 それは何なのか、少しばかり気になった。

 

「男の子に嫉妬しているわけじゃないよ。うん」

 

 決してあの二人の仲に嫉妬しているわけではない。

 

 自分に言い聞かせてアスナはキリトが目を覚ますのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の目が信じられないよ?」

 

 ノビタニアンは目の前の光景にただただ呟いた。

 

 親友が結婚したということでしばらくあの家で生活させてあげようということでユウキと二人で七十五層の宿で生活を行い、久しぶりに第二十二層の“みんなの家”(命名、ユウキ)へ戻ってきた二人を待ち構えていたのは。

 

「パパ……」

 

 キリトの後ろで不安そうに隠れている小さな女の子。

 

 白いワンピース。

 

 腰にまで届く黒い髪。

 

 大きく黒い瞳は不安そうに揺れていた。

 

「ユイ、さっき話しただろう?この人たちがこの家で一緒に生活しているノビタニアン、ユウキだ。二人とも、この子はユイ。俺とアスナの子だ」

 

「事前にメールで受け取っていたから衝撃は少ないけれど……うん、そっくりだね」

 

 宿から家へ戻ると連絡した時に、森で迷子の女の子を拾ったというメッセをキリトからもらっていた。

 

 この“ユイ”という少女が迷子の女の子なのだろう。

 

「よろしくね!ボクはユウキ!」

 

「僕はノビタニアン、キリト……パパの親友だよ」

 

「ユイ、です。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

 

「ユイちゃん、よくできました~」

 

 その姿を見てアスナはほっこりした笑顔を浮かべていた。

 

「完全に親バカになっているよ」

 

「これがあのアスナなんて、少し信じられないや」

 

 

 ユイの頭をなでて微笑んでいるアスナの姿を見て、二人は苦笑するしかなかった。

 

「あ、いけない。二人とも……!」

 

「そうだった、大事なことを忘れていたぜ」

 

 アスナとキリトは互いを見て二人へ言う。

 

「「おかえりなさい!」」

 

 ポカンとしていた二人だがすぐに笑顔を浮かべて。

 

「「ただいま」」と返した。

 

 

 

「なんというか……ユイちゃんって、二人と似ているよね」

 

 リビングのソファーでラフな格好でくつろいでいたノビタニアンは楽しそうにキリトに遊んでもらっているユイを見て呟く。

 

「似ているって?」

 

「ユイちゃん、キリトとアスナさんと似ているなぁって」

 

「え?」

 

 ノビタニアンに言われてユウキは注視してみる。

 

 腰まで届く黒髪はアスナと似ている。

 

 目元あたりもキリトとそっくりだ。

 

 確かに二人を組み合わせたみたいな姿をしている。

 

「結婚したらこんな子が生まれるのかな?」

 

「さぁ?」

 

「そうだ!」

 

 名案を思い付いたというようにユウキは手をたたく。

 

「ボクとノビタニアンも結婚しよう!」

 

「「ぶぅ!」」

 

 紅茶を飲んでいたキリトとアスナは同時に噴き出す。

 

 ユイは首を傾げて。

 

 ノビタニアンは。

 

「フリーズしてる」

 

「驚きのあまり気絶したか」

 

 紅茶の入ったグラスを片手に持ったまま動きを止めている。

 

 ユウキは頬を膨らませた。

 

 そんな二人を見ていたユイはノビタニアンを指さし。

 

「ノビおじちゃん」

 

 続いてユウキを指して。

 

「ユウキおばちゃん」

 

「「ぷっ」」

 

「ちょっと二人ともぉ?」

 

「ごめんごめん、まさか二人がそう言われるなんてさ。なんか思い出しただけで笑いが」

 

「ごめんねぇ……くす」

 

「もう!ノビタニアンもいつまでぼけっとしているのさ!」

 

「ハッ!?僕は何を……」

 

 それから落ち着いたノビタニアンは尋ねる。

 

「二人はこれからどうするの?」

 

「ユイを連れてはじまりの街へ行こうと思う」

 

「やっぱりそれしかないよね」

 

 SAOがデスゲームと化して戦えない者の多くは一層のはじまりの街にいる。

 

 ユイについてそこへいけば手がかりがあるかもしれない。

 

 そもそもユイについては謎が多い。

 

 ステータス画面もアイテムとオプションが存在するだけで、何よりも目に付くのがユイのネームを現すところだ。

 

 ユイ/Yui-MHCP001Xという謎の表示。

 

 何かのシステムバグかもしれない。

 

 急ぐ必要があるとキリトは考えていた。

 

「わかった、僕も行くよ」

 

「でも、お前たちは攻略が」

 

「友達の子の問題だよ?放っておけないよ」

 

 力強く言うノビタニアンにキリトは「すまない」と頭を下げる。

 

 この世界に囚われる前から付き合いがあるから、お互いの考えていることが嫌でも分かってしまう。

 

「ありがとう、ノビタニアン」

 

「当然だよ。友達なんだから」

 

 キリトは親友の言葉に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじまりの街。

 

 SAOがデスゲームと化してから軍が拠点として使用している場所であり、街にはいまだに三千人以上のプレイヤーが生活をしているという。

 

「そのはずなんだけど……」

 

「こんなに寂しいところだったか?」

 

「みんな、お昼寝しているのかなぁ」

 

「ノビタニアンじゃあるまいし」

 

「それどういう意味!?」

 

 ユウキの言葉にノビタニアンが突っかかる。

 

 二人がもめている横でキリトは街を見渡す。

 

 NPCの姿はあるけれど、プレイヤーは一人もいない。

 

 どういうことだ?

 

 キリトはただただ、困惑するしかなかった。

 

「とにかく、人を探しましよう」

 

 そうして歩き出して十分後。

 

 

 

 

 

 

「誰も、いないね?」

 

「もしかして、ここは、はじまりの街に見せかけた眩惑の惑星だったりして」

 

「げんわく?」

 

「ノビタニアン、そういう冗談はやめろ……あの枯れ木の化け物を思い出したよ」

 

「ねねね、眩惑の惑星って?」

 

「あー、また今度な」

 

 街の散策を続けながらも人が見つからないことに様子がおかしいと思い始めた時、少し先の道から叫び声が聞こえる。

 

「行ってみよう!」

 

「あぁ!」

 

 彼らが叫び声の場所へたどり着くと、シスターの格好をした女性プレイヤーと重厚な鎧をまとった数人のプレイヤーが道をふさいでいた。

 

「あれ……」

 

「ブロックだな」

 

「ブロック?」

 

「システム外でプレイヤーが通れないようにする手段だ。昔のRPGだと道をNPCがふさいでいると通れないっていうのがあっただろ?それと同じだ」

 

「なるほど……じゃあ、あれはNPC?でも、あれって」

 

「プレイヤーだね」

 

 ユウキの言葉通り道をふさいでいる連中はプレイヤー。

 

「子供たちを返してください!」

 

 女性の訴えにリーダー格らしき男が笑う。

 

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。ちょっと社会常識を教えてやっているだけだ。これも軍の大事な任務でねぇ。何より市民には納税の義務がある」

 

 女性と男の会話からして連中の後ろに子供たちがいるのだろう。

 

 実際、姿は見えないが声が聞こえた。

 

「サーシャ先生!」

 

「先生!」

 

「お金なんて全部渡しなさい!」

 

 サーシャ先生と呼ばれた修道服の女性は言うが、返ってきた言葉は恐怖と不安が混じってた。

 

「先生、それだけじゃ、ダメなんだ!!」

 

「あんたら、ずいぶんと滞納しているからな。装備も置いていってもらわないとなぁ。防具も全部」

 

 鎧のプレイヤーの言葉に修道服の女性が怒りを込めて叫んでいる。

 

 鎧のプレイヤー集団が小さな子たちを通せんぼして悪さをしていることは明白だった。

 

「……うん」

 

「限界だ」

 

「あ、二人とも」

 

 すらりと立ち上がった二人を見てキリトが慌て始める。

 

「え、キリト君!?」

 

 戸惑うアスナの前でノビタニアンとユウキは剣を抜く。

 

 二人は同時に駆け出す。

 

 俊敏に重点を置いているユウキがすぐにノビタニアンを抜いて走る。

 

「あ、なんだ、てめ――」

 

 リーダー格の男が言葉を発する前にユウキの剣が輝く。

 

 ソードスキル“ホリゾンタル”を受けて男は派手に吹き飛ぶ。

 

「いきなり何を」

 

「危ないよ」

 

 剣を上へ向けたままくるくると舞うように動きながら、ユウキは警告を飛ばす。

 

 数秒の間をおいてノビタニアンのソードスキルが通過する。

 

 彼の得意とする”ヴォーパル・ストライク”によって残りのメンバーが左右に倒れこむ。

 

「ほら、行っていいよ」

 

 ユウキに言われて茫然としていた子供たちはサーシャの下へ走る。

 

「サーシャ先生!」

 

「もう大丈夫よ、早く装備を戻して」

 

「貴様らぁ、解放軍に喧嘩を売ってただで済むと!」

 

 起き上がったリーダー格の言葉にサーシャは子供たちを守るように立つ。

 

 少し遅れてキリトとアスナがサーシャたちの前へ。

 

「悪いけどさぁ」

 

 殺気立っている男達は振り返る。

 

 そこには長い髪を揺らして剣を構えるユウキが挑発し、ノビタニアンが静かに剣先を向けていた。

 

「喧嘩を売るなら強い相手にしなよ。そんな弱い者いじめなんて最低だよ?」

 

「そうそう、ボク達を倒してからだ」

 

 剣を向けてノビタニアンとユウキが言う。

 

「上等だ。貴様らをぼこぼこにしてすべてひんむいてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解放軍の連中は身ぐるみを剥がされて地面へ捨てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ないところを助けていただいてありがとうございます」

 

「いえ、俺達はたまたま通りがかっただけですから」

 

「それでも、貴方たちがいなければ、この子たちはどうなっていたことか」

 

 サーシャと子供たちが住んでいるという教会へキリト達は来ていた。

 

 お礼をしたいという彼女の言葉に甘えてやってきたのだ。

 

 教会の中にはたくさんの子供たちがいて、元気に騒いでいた。

 

「それにしても、SAOって年齢制限があったと思うんだけど」

 

 騒いでいる子供たちはどう見ても十二歳前後、もしくはもう少し下だ。

 

 年齢制限が設けられているこのゲームにおいて、こんな小さな子たちがいることにアスナは驚いている。

 

 アスナの疑問に答えたのはキリトだ。

 

「子供は好きなことに年齢制限とか守ろうとしないものさ」

 

「そういうものなのかな?」

 

 首を傾げるアスナ。

 

 サーシャははじまりの街や他の階層で迷っている子供をこの教会で保護して育てているという。

 

「あのぉ」

 

 おそるおそるアスナはある場所を見る。

 

「二人、止めなくていいかな?」

 

「いいだろ?やりすぎていたし」

 

 キリトの視線は子供達でもみくちゃにされている二人へ向けられていた。

 

 たくさんの子供達の中心、そこでは顔を引っ張られ、もみくちゃにされているノビタニアンと一緒に暴れているユウキの姿があった。

 

 はじまりは軍の連中に襲われていた男の子がノビタニアンへ叫んだことが切欠だった。

 

 彼らが攻略組であることを察した子供たちは興奮して群がり、ユウキは楽しそうに。

 

 ノビタニアンは子供たちにいじられていた。

 

「あのぉ、この子、ユイちゃんっていうんですけれど、どこかで見たことないですか?」

 

「……申し訳ありません。いろいろな階層を見て回っていますけれど、見たことはありませんね」

 

「そうですか……」

 

「ん?」

 

 ユイに関する情報が途絶えたことでどうしようかと考えていた時、教会へ誰かがやってきた。

 

「サーシャ、大丈夫か!?」

 

 扉を開けて入ってきたのは長身の女性。

 

 装備を見てキリト、ノビタニアン、ユウキは身構える。

 

「あ、待ってください!彼女はユリエール、解放軍に属していますけれど、彼女は親友ですから大丈夫です!」

 

 サーシャの言葉で三人は武器を下す。

 

「改めましてユリエールといいます。ギルドALFに属しています

 

「ALF?」

 

「AincradLeberationForce。アインクラッド解放軍の略です」

 

「もしかして、さっきの仕返し!?」

 

「いえ、むしろよくやったと言いたいくらいです」

 

「へ?」

 

 ぽかんとするユウキ。

 

 キリト達も事態に困惑してしまう。

 

「事情があるみたいですけれど……お聞きしても?」

 

「はい、実はその件も踏まえて相談したいことが私の方でもあったんです」

 

「こちらも自己紹介を。俺はキリト。こっちは妻のアスナです」

 

「アスナです」

 

「ノビタニアン、キリトとパーティーを組んでいます」

 

「ユウキだよ!この二人とパーティー組んでいるよ~」

 

「今日は四人にお願いがあって参りました」

 

「お願い?」

 

 真剣な表情のユリエールにキリトは尋ねる。

 

 ユリエールは事情を説明する。

 

 アインクラッド解放軍は二十五層のボス攻略で多大な被害をだしてから内部強化に努めていたのだが、キバオウの横暴なやり方によってトップを務めるシンカーとぶつかりが起こり。

 

 七十四層の戦いにおいてトップギルドからの苦情を受けて、キバオウを排斥する動きが始まったとき。

 

「キバオウはシンカーと一対一で話し合いをしたいと迷宮へ呼び出したのです」

 

「街じゃないの?」

 

「それって」

 

 アスナの言葉にユリエールは頷く。

 

「はい、罠でした……キバオウはシンカーを迷宮で置き去りにしたのです。丸腰で話し合おうという言葉を信じた彼は転移結晶も何も持たないまま迷宮に閉じこもっています。お願いします!シンカーを、彼を助けてほしいんです!」

 

「……その、シンカーさんが迷宮に閉じ込められてどのくらい?」

 

「今日で二日目です」

 

「……どうする?」

 

 ノビタニアンがキリトへ尋ねる。

 

「助けようよ!こんなこと見過ごすなんてできないよ」

 

「ユウキの言うとおりね。私も賛成」

 

「……そうだな、俺も行こう」

 

 罠かもしれないと考えたがノビタニアンも最後は頷いた。

 

「パパ、ママ、私も、行きます」

 

「ユイ?」

 

「ユイちゃん、ダメよ。危険だから教会に」

 

「大丈夫です」

 

 力強いユイの言葉に戸惑いつつもキリトは頷いた。

 

「わかった。ユイは俺が守る」

 

「はい、パパ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド第一層。はじまりの街における最大施設、黒鉄宮。

 

 黒光りするこの建物はベータテストにおいては死に戻り。

 

 HPが0になったプレイヤーが蘇る場所とされていた。

 

 デスゲームとなった現在は生命の碑が置かれており、すべてのプレイヤーの名前が記されている。

 

 命を落としたプレイヤーの墓参りとして利用されることを除けば、奥の施設は軍が管理していた。

 

 その黒鉄宮、地下に続く階段があった。

 

「まさか、第一層にこんなダンジョンがあるなんて知らなかったなぁ」

 

「上層攻略の進み具合で解禁されるダンジョンかもな」

 

「なんか、裏ボスでもでてきそうな空気だね!」

 

「やめて、ユウキ。それはフラグだから」

 

「このダンジョンは六十層相当の難易度だといわれております」

 

 ユリエールの言葉にアスナは注意深く周りを見る。

 

「何が起こるかわからないから注意しないとね」

 

「索敵はしっかりやるからな」

 

「任せて」

 

 盾を実体化させてノビタニアンが前に出る。

 

 キリトも私服から攻略用のコートと二本の剣を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらおらおらおらおらおらぁ!」

 

「いくよ!行くからね!行くよぉぉぉぉぉおおおお!」

 

「おかしいなぁ、タンクの役目が全く必要ないや」

 

「……攻略組というのはここまですさまじいものなのでしようか」

 

「いえ、あの三人が例外なだけです」

 

 震えるユリエールにアスナは小さく首を横へ振る。

 

 巨大なカエル型モンスターの大軍。

 

 それらをキリトの二刀流が、ユウキの片手剣のスキルが。

 

 攻撃をノビタニアンが盾で防いで次々とモンスターを狩っていく。

 

 短い間に倒したモンスターの数は二けたを超えている。

 

 目の前の一方的な蹂躙はユイの教育によくないなぁとアスナは思っているとキリトがやってきた。

 

「なぁ、アスナ!これって調理できるか!」

 

 キリトは両手に抱えた大量のドロップアイテムを見せる。

 

 カエルの肉だ。

 

 それを見たアスナは顔を青褪める。

 

「ひっ!」

 

 悲鳴を上げてキリトから離れる。

 

「え?どうしたんだよ?この程度、平気だろ?」

 

「戦うのと食べるのでは全く違うの!!想像するだけで震えが……」

 

「ホントーにキリトはダメダメだね。ついでにノビタニアンも」

 

「ちょっと僕を罵倒する理由は!?」

 

「ふーん」

 

 ユウキはカエル型モンスターへとびかかる。

 

 キリトはアイテムをしまってアスナの頭をなでた。

 

「ごめんな」

 

「ううん」

 

「パパとママはとっても仲良しなんですね」

 

「いや、ユイも一緒で仲良しだぞ」

 

「そうだよ!ユイちゃん!」

 

「パパ!ママ!」

 

 嬉しそうにほほ笑むユイを二人は抱きしめる。

 

「ほほえましいですね」

 

「僕たちはいつも“あれ”を見ているんですけどね」

 

 苦笑するノビタニアン。

 

 羨ましそうにユリエールは言葉を漏らす。

 

「いいなぁ、私もいつかシンカーとあんな風に」

 

「もしかして、シンカーさんとユリエールさんって」

 

「……はい」

 

 顔を赤くしてユリエールは頷く。

 

「ねぇねぇ、ユリエールさん!シンカーさんって、どんな人?」

 

「そうですね、とても優しい人です。ここへ来る前はMMO攻略の大手サイトの管理をしていました」

 

「そうなんだ。ねぇ、少し聞きたいんだけど。人を好きになるってどういう気持ち?」

 

「え?そ、そうですね……苦しいですけれど、暖かくて気持ちいいものですよ」

 

「ふぅん」

 

 ユウキとユリエールが会話をしている傍で戦闘は続いている。

 

 ユリエールが話をしている横でキリトとノビタニアンが剣をふるう。

 

 粗方、敵をせん滅し終えたところでキリトが尋ねる。

 

「ユリエールさん、このあたりの敵を相手にするのはアンタのレベルじゃ、きついんじゃないか?」

 

「はい、私一人だと確実に無理です。今の軍はかなり弱体化しています。残された精鋭で挑んだとしてもここに来れるパーティーはかなり限られているでしよう」

 

「軍はこの場所を知っていたんだろうか?」

 

「いえ、どうやらキバオウ一派の者が偶然発見したようです。狩場を独占しようとしたようですが……ここのレベルが高すぎて、見つけられないようにしただけのようです」

 

「そんな場所へシンカーさんは一人で行ったの?」

 

「実は斥候が奥へ行き、回廊結晶を設置したんです」

 

「それなら奥まで行けるよね」

 

「そのせいで今回の犯行を行う気になったようで……キバオウも最初は軍を立て直そうと頑張っていたのですが……ぁ!」

 

 ユリエールは声を上げる。

 

 遠くに人影が見えた。

 

 その人は精一杯に手を振っていた。

 

 あの人がシンカーなのだろう。

 

 駆け出すユリエール。

 

 その時、ユイが警告する。

 

「パパ!怖いものがいます!」

 

「っ!ユリエール戻れ!!」

 

 キリトが叫び、ノビタニアンが弾丸のように飛び出す。

 

 驚いて振り返るユリエールの背後。

 

 ゆらりと巨大なモンスターが姿を見せる。

 

 ボロボロのローブに身を包み、手の中には巨大な鎌があった。

 

 髑髏のモンスターは鎌を振り下ろす。

 

「っ、そぉ!」

 

 その攻撃は狙いをユリエールにつけた。

 

 だが、刃をノビタニアンの盾が防ぐ。

 

 爆音と共に二人は派手に吹き飛ぶ。

 

「ノビタニアン!!」

 

「嘘だろ……」

 

 驚くキリト達の中、土煙の中からふらふらとノビタニアンが姿を見せる。

 

 ユリエールも無事らしく、彼の後ろで倒れていた。

 

 再び攻撃を繰り出そうとする死神モンスターにユウキがソードスキルを纏った一撃を繰り出すも、死神は信じられない速度で攻撃を躱す。

 

「二人とも大丈夫か!?」

 

 その間にキリトが駆け寄り、ユリエールを連れて離れる。

 

「ノビタニアン、敵の姿を見たか?」

 

「うん、死神タイプ……でも、カーソルが真っ黒だった」

 

「まずいな、俺のスキルでも看破できなかったから、九十層クラスの敵だろうな」

 

「なら、むやみに戦うべきではないわ。安全地帯を目指しましょう」

 

 アスナの指示に全員が頷く。

 

 ノビタニアンが盾役として挑発を繰り返し、アスナたちが安全地帯を目指す。

 

 その時、死神モンスターは自らの影の中へ消えていく。

 

 突然のことにノビタニアンが驚きの声を漏らした。

 

「モンスターが消えた!?」

 

「なに!?」

 

「キリト君!」

 

 アスナの叫びにキリトが上を見る。

 

 影から姿を見せたモンスターの鎌が迫っていた。

 

 鎌の刃がキリトへ迫る。

 

 アスナはキリトを守ろうと抱きしめる。

 

 ユウキやノビタニアンが急ぐも間に合わない。

 

 迫る衝撃に構えた時。死神の前に光の玉が現れて、死神は大きく後退する。

 

「一体、何が」

 

「パパ!ママ!」

 

「ユイ?」

 

「ユイちゃん!!」

 

「パパ、ママ。私、すべてを思い出しました」

 

 光の玉はユイだった。

 

 小さく言いながらユイの手の中には炎の剣が握られていた。

 

 身の丈を超える剣をユイは死神へ振り下ろす。

 

 炎の刃は死神を焼き尽くしてしまう。

 

 モンスターが消えると炎の刃がなくなり、ユイは地面へ落下する。

 

「大丈夫か、ユイ?」

 

 落下したユイをギリギリのところでキリトが受け止める。

 

「パパ……私が指す方向へ、連れて行ってください」

 

「……わかった」

 

 案内された場所には奇妙な機械があり、それに触れたユイの顔色がよくなっていく。

 

「大丈夫、か?」

 

「はい、先ほどの戦闘で通常与えられている権限以上の力を使ったために、私だけではもう体を維持することができませんでした。そのため二つのMHCPの助けを借りて、今の状態を保っているのです」

 

「ユイ、ちゃん?」

 

 ユイはぽつりと話し始める。

 

 ユイの正体。

 

 彼女はプレイヤーではなく、SAOの根幹をなすカーディナルシステムの一部であるメディカルヘルス・カウンセリングプログラムであり、人の精神をケアする役目を負っていたという。しかし、人の精神はデスゲーム開始時からとてつもない負の感情を生み出し続け、次第にシステムに負荷を与えていたという。

 

「そんな中で、今までと違う、負の感情ではないものを持った人たちを私は見つけました。それがパパとママ……ノビおじちゃんとユウキおばちゃんでした」

 

 彼女が今まで見てきた負の感情ではない。

 

 この世界で幸せな感情を持っていた彼らに会いたいと望んだ。

 

 親のようなものだと思い、キリトとアスナをパパ、ママと呼んだのだ。

 

「パパ、ママ、ごめんなさい。私はもうすぐ消えます」

 

「なっ!?」

 

「そんな!」

 

「無理なアバターの生成と先ほどの戦闘のせいでカーディナルに異物として判断されて消去されようとしています」

 

「そんな!いや、いやだよ!」

 

「そうだよ!これからじゃないか!みんなと……ユイちゃんのパパとママと一緒にいろいろなところを見て回ろうよ!僕やユウキも一緒に」

 

「ユイちゃん、そうだよ。みんなで一緒にいろいろなものを」

 

 泣きながらユイの消滅を拒む。

 

 しかし、その間にもユイの体は崩壊を始めていく。

 

「(何も……何もできないの?僕は……こんな時、ドラえもんが)」

 

「駄目だ!」

 

 キリトは叫ぶと置かれていた機械へ手を触れて操作をしていく。

 

 その動きに困惑しているメンバーをおいて、キリトはユイへ尋ねる。

 

「ユイ!ユイの管理者としてのIDを俺に教えてくれ!」

 

「はい、私の、IDは、ユイ……です?」

 

「間に合えぇえええええええええええええ!」

 

 ユイが消えるのと同時にキリトが操作を完了させる。

 

 しばらくして、キリトはコンソールから一つの宝石のようなものを見せた。

 

「宝石?」

 

「キリト君、それは?」

 

「ユイのプログラムをシステムから切り離して、ここへ移した。ユイは休眠状態だけど、この中にいるんだ」

 

「ありがとう、ありがとうキリト君!」

 

「間に合ってよかった……いつか、いつか一緒にユイと俺達が一緒に暮らせる日が来るまで、しばらくのお別れだ」

 

 キリトとアスナは互いの手で“Y・U・I”へ触れる。

 

「ユイ、聞こえるか?どんな姿になってもユイは俺とアスナの大切な娘だぞ」

 

「ずっと一緒だよ。ユイちゃん!きっとまた会えるよ」

 

 

 


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