「思念?」
「はい、正確には残留思念といいます」
残留思念…現実離れしたその言葉は俺の体に馴染みにくく感じた。
ファンタジーやサスペンスの、あくまでも創作物にしか現れないような単語は現実味を帯びない…しかし、俺は<現実離れ>のした経験をついさっきまでしていた。
「…思念って…あの、心みたいな…?」
思念という単語が聞きなれないため、俺はぼんやりとしたイメージでファリニスに聞いてみた。
「独創的な世界の話だとそういうことになります、そして思念論のなかでもそんな認識で大丈夫ですね」
細かい言葉の意味を知らないが…同じく意味が通るのならそれでいいか、と俺は納得して座り直す。
「思念論の中で言う<思念>とは、人などの生命を持つものすべてに存在している意識のようなものです」
「意識…か」
「はい、学術的に生きているもの…動物はもちろんのこと植物や岩などの動きを見せない者達も含まれており、大なり小なりの思念を彼らは持っている…これは、思念論の基礎とも言えます。」
要は、どんな物も思念を少なからず持っているということです…とファリニスは簡潔に後で締める。
そしてから、ファリニスは続けて話す。
「思念は生命体が生きている限りは活動をし続けます、人や動物であれば脳と呼ばれる場所にその思念を宿して…無機物的な者たちであれば、またどこか別の場所に、です。
しかし、この思念はとあるきっかけで体から離れます…そのきっかけがなにか…わかりますか?」
ファリニスは、俺に答えを求め問いかける。
思念は生命体があるかぎり、その活動を止めない…まぁ俺たちがこうして会話できる以上当たり前だよな、生きてる証拠ってことか…
生きてる…?
「きっかけは…生命体が、死ぬこと?」
こくんと、彼女は頭を頷かせる。
「そうなんです、生命体の活動の停止…つまり死亡すると思念は人で言う脳の部分から離れて、体から放出されるんです。
何らかの事情があって体から思念が放出されることを、思念論の中では<乖離>と読んでいます。」
難しい…と、顔をしかめたまま俺はテーブルに目を落とす。
すると、いつのまにか…ほんとうに気がつかないうちに、紅茶が注いであった。
「お…ぉ?いつの間に…」
「ふふっ、その紅茶は飲んでもらっていいですよ。小難しい話をしてると頭がパンクしちゃいますから…ちょっと休憩しましょうか。」
「あぁ…助かる、いやわりと本気で…」
空っぽの頭のなかに知識と記憶が入り交じってへんなのが生まれそうだった…ここは、ファリニスの提案を迷わず受けた。
若干レモンの香りのする紅茶を一口含み、何気なしに辺りの引き出しを開けたりもしてみる。
(うわぁ…引き出しの中ぐっちゃぐちゃ、記憶ないうちにやたらめったら荒らしたっけな…)
少しだけ行動を後悔する、もしくは少しでも早くファリニスに会えていればと運命をちょっとばかり呪う…ほんとに、ほんのちょっと。
「あんなことがなけりゃ、今頃はゆったりとしたつきでも眺めて」
窓から見えた月を一瞥してそう呟いただけ
青の夜空と濃度のある黒の雲に映えた月が見えただけ
月のすぐ横に、窓のすぐそばに
月と同じ金色の目のなにかが
怪しく蠢いた。