慧香サイド
「・・・・・・・・・ローレさん。この本、不思議ですね」
私達は今、細かい検査を終えて輝夜さんのラボに隣接している書斎に来ています。
輝夜さんとケリウスさんはデータをまとめるらしいので今はラボに篭っています。
その書斎の中の本棚にあった『人と竜の新話』という本を見つけたので少し読んでました。
「たしかにその本は謎が多いよ。
なんせ著者不明な上に出版元不明、おまけに一冊しかないのに『続く』って書いてる。
ほんとに不思議な本だよね、それ」
輝夜さんの本なのでちゃんとあった場所に戻してから、書斎の中にあるテーブルに戻って来るとアンディさんがサボテンの花をつまんでいました。
「・・・・・・・・・・・・・・・(モゴモゴモゴ)」
「・・・アンディさん、飲食は控えたほうがいいですよ?」
「・・・・・・・・・・・・フゥ、食った食った。
そうは言ってもな、腹が減ったら解決法は食うしかねぇだろ?」
「アンディは、もう少しアグナのことを見習った方がいいかもねぇ」
ローレさんが本を片手に隣の席に座りました。まぁ、確かに書斎の中で飲食をするよりはいいですけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、何でさっきから頭に本を乗せて座禅してるんですか!?」
この書斎に入ってきてからアグナさんはすぐに大きな植物図鑑を五冊持って来て頭の上に乗せて、かれこれ40分も座禅をし続けているんです。
凄いですけどぉ、書斎に来たなら本を読みましょうよ!
『ホイホーイ!おまたせー♪♪みんなラボに集まってねぇ♪』
「それじゃ、輝夜さんの所に行こっか。ほら、アンディも行くよ」
「しかたねぇな、アグナそろそろ行くぞ」
すると、アグナさんは頭に図鑑を乗せたまま立ち上がって、それを戻しに行きました。
なにげに凄いバランス感覚ですね・・・・・・。
「そういえばローレさん。何でアンディさん達を呼び捨てにしてるんですか?」
「それは、これから仲間になるんだから呼び捨てぐらいするよ?
さん付けするのってなんか他人行儀だし」
「じゃあ私は「慧香ちゃんはちゃん付け確定だから」なんでですか!?」
輝夜サイド
「ん~、終わった終わった!これで三人には正式に対転生個体特別処理局のメンバーとして一緒に依頼をこなすようになったわけだけど・・・・・・」
「やはり、これで『ディスカード』との戦力差が縮まるとは思えませんね」
そうなんだよねぇ。
『ディスカード』・・・・・・捨てるという意味の単語から取った敵対勢力の転生者達のことがどうしても気がかり。
どう足掻いても転生者の七割は自身の我欲の為にその力を振るってるからね、どうしてもこちら側の転生者だけでは対処し切れないよ。
「それに加えて、近頃は『エルキメデス』や『音忌一派』もドンドンこちら側を攻撃してきていますし・・・・・・」
「アイツらホントしつこいよ!
・・・・・・・・・・・・・・・アイツらの攻撃で何人死んでるんだよ、全く」
悔しくて涙出てくるよほんとに。
ロビン、白咲、うっちゃん、アカネ、ハルスギー、言峰、ラウサス・・・・・・・・・・・・・・・。
「━━━━━━━死んだうち60人の名前は覚えてる」
「・・・・・・・・実際に死亡したのはサクラさんを合わせてちょうど60人です」
サクラさん、なんであなたが死ななきゃいけなかったんだよっ!
アンタまだこの世界で夫見つけるって言ってたでしょうが!
サクラさんだけじゃない、そのほかの全員が何かしらの『夢』があったはずなのに!
「・・・・・・輝夜さんのその優しさが、局長が副局長に貴方を指名したんだと思います」
「気休めはよしてよリン君、戦場に数えるほどしか立ってない私が副局長になるなんて烏滸がましいよ」
・・・・・・あぁ、今の自分の顔がどれだけ歪んでいるかが見なくてもよく分かる。
初めて戦場に立って、初めて友達を見殺しにして、初めて復讐心に任せて虐殺して、その後からもう人を殺すのが嫌になったんだよね。
「━━━━━ユウ・・・・・・」
私が初めて、そして最後に見殺しにした親友の名前だ。
ユウとは前世からの馴染みだった。
そのユウを殺された時の私の姿は今でも心に刻まれている。
アグナサイド
書斎から再びラボに移動してみると、輝夜とケリウスが中の机に座っていた。
「あ~、みんな入って入って、そんじゃこれから対転生個体特別処理局の隊員になる三人には幾つかの決まり事を言っておくよ。
━━━━━━そ~れ!!」
すると天井から大きな掛軸が6本垂れ下がってきた。
「一・仲間を思いやり、自身を愛せ。
二・日々の研鑽、努力を怠るべからず。
三・戦地において、常として心を殺せ。
四・友と仇を定め、己が信念を築け。
五・死せることを、頑なに拒め。
六・死にゆく者への手向けは勝利のみ。
以上、対転生個体特別処理局・六箇条。この契りをここに結んでもらいたい」
いつも見せているおちゃらけた雰囲気など微塵も感じさせないような強い眼差しを輝夜が向けてきた。
その目に映っているのが情熱なのか野心なのかは計れないが、請け負うのならばそのしきたりを守らなければならないだろう。
「・・・・・・わかった。その契り、俺ら3人で受けさせてもらう」
「━━━━━それじゃ、三人には今の世界についての大まかな構図を知ってもらうよ」
輝夜が手を叩くと掛軸が一斉に巻き戻り、天井にしまわれて行った。
輝夜は皆のかけているテーブルに大きな世界地図を広げた。
「今大陸にある特別処理局の支部は各大陸ごとに4ヶ所ある。
その中の新大陸にあるのがモガの村、タンジア、ユクモ村、そしてロックラック。
この四つと旧大陸の主要都市にある特別処理局は正常に機能してる。
でも、もう一つの未知の大陸に関しては大砂漠近辺の集会所以外は『ディスカード』っていう敵対勢力の転生者達によって支配されてる。
そこに、黒い龍の復活が重なっててんやわんやって感じなの」
「黒い龍・・・・・・ですか?」
「おいおい、そいつはミラの先生達のことじゃねぇだろうな?
だったら無理だ、あの人達には勝てる気がしねぇ」
それには全くの同感だ。
ルーツ先生やバルカンさん、ボレアスさんに転生者が挑んで開始六秒で焼失、又は消失したのを目の当たりにした時はいろんな意味で背筋がゾッとした。
「ミラ三家のことじゃないよ。
━━━━ゴア・マガラって聞いたことある?」
「ゴア・マガラか・・・・・・・・・聞いたことのない名前だな。
アグナはどうだ?」
「俺にもその名に心当たりは無いな。
で、そのゴア・マガラってのはそんなに強いのか?」
「そりゃ、竜じゃなくても『龍』を冠している竜族ですからねぇ。
転生者からの目線を持ってもかなりヤバイですし」
黒い龍、ゴア・マガラか・・・・・・ジエン老師の言っていた
『龍脈が暴れている』とは、その龍が現れたからかもしれないな。
「幸い、ゴア・マガラは未知の大陸を根城にしているようで、その他の大陸への移動は今の所観測はされていません。
しかし、先の『ディスカード』とゴア・マガラの影響で未知の大陸の生態系はもう限界にあります」
「リン君の言う通り、このままじゃいずれ未知の大陸は完全に死地となってしまう。
そうなったら、また『ディスカード』が集まってしまうし、ゴア・マガラの勢力を上げてしまうことになる」
つまり、未知の大陸にいる転生者とゴア・マガラの討伐が俺らの任務ってわけか。
しかし、いくつか腑に落ちないな。
輝夜やその他の転生者はいわばこの世界を外側から見ていたもの。
なぜ、そうである彼らが一度見たものに対して手こずるのか。
そして、未知の大陸にいる転生者の集団は果たして、本当に生きているのだろうか。
何にせよ、殺しがあるのだけは変わりないがな・・・・・・