やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 意図したわけでは無く区切りがなかっただけですはい。

では、どうぞ


ひしひしとした、部屋の中

「で、何故に私はここへ?」

 

「シオンがこうなったの、私のせい。だから、私が何とかする」

 

「一日も掛からず治りますけどね?」

 

 生活感が見られ無い、空き部屋と言われれば信じてしまいそうな部屋。木造の床、壁は落ち着く雰囲気を醸し出しており、備え付けであるクローゼットやベット、机や照明などが部屋にある目立ったものだ。 

 誇張して質素、だろうか。こういったことに興味を持たなそうだから、仕方がないと言えばそうなのだろうが……彼女も見たまま少女である。もう少しばかり、彩っても良いのではないだろうか。

 まぁ、私が口出しすることでは無いのだが。

 

「あ、椅子でお願いします」

 

「うん」

 

 ぐだぁと背もたれに胸から寄り掛かり、ふぅと一息。

 次いで目を部屋に続々と入ってくる人たちへ向けた。

 

「アイズの、部屋……初めて入ったな……」

 

「私は二度目ですけど? まだまだですねワン吉」

 

「テメェどんな耳してんだあアァン!?」

 

 ぼそっと本当に小さく呟いたワン吉の言葉に、気になって思わず突っ込む。その距離は、部屋の奥から扉。異常に騒がしくなる部屋で、聞き取れたことに驚くのは仕方あるまい。何せ私は獣人では無いのだから。

 

「さて問おう、どうしてこうなった」

 

 漸く静まった押し寄せる人波、一人部屋なこともあって何分広いわけでは無いこの部屋で、この密度、正直暑苦しいまである。

 とりあえず、来た人全員を挙げようか。

 ベットの上に三人、アイズとヒュルテ姉妹。ベットの横にある机の椅子に寄り掛かっている私の隣に立つのはティアだ。私の対面に座るのはフィンさん、一歩ベットから避けているのは、恐らく無意識的なものが大きいだろう。両脇に並び古参三人が揃う、と思いきや、リヴェリアさんは何故か先程から私と2M以上離れることがない。部屋の中央には、委縮していながらもなんとか気を紛らわせようとこそこそ言葉を交わす準幹部たち、一人異様に落ち着きの無いポニーテールのエルフがいるが、温かい目で見守っておくべきか。フィンさん以外の男性陣、ワン吉、ラウルさんはドア付近で寄り掛かっていた。とても動きに落ち着きがないのは、緊張の体現か。

 見慣れた顔ぶれだ。だが人数は十を超える。再度言うが、暑苦しい。

 因みにだが、細目のまな板女神は芋虫になって宙吊りのまま抗っていたが、それが正しい対応だと思ってしまうのは全面的に()の女神が悪い。

 

「君は当事者だからね、一応。最も剣を交えていた相手でもあるから、その立場としての意見を聞こうと思ってね、この会議に参加してもらうことにした」

 

「それはいいのですが……何故にアイズの部屋?」

 

「君を今日はここから出しらくないらしい。全く、珍しく言った我が儘がこんな内容だったとは、僕も驚いているんだよ」

 

 治療院を連れ出されて、されるがままに黄昏の館へと入った時から何か企みはあるだろうと踏んではいたが、まさかそう言うことだとは。まさか介護でもされるのだろうか? 羞恥で死ねるぞ?

 だがその心配はないか。感覚がある程度戻りつつあるから、明日(あす)にでもなれば歩けるようにもなるし何なら刀も振れるようになっているだろう。

 

「そうですか。じゃ、まぁ暑苦しいのでさっさと終わらせましょう。暑苦しいので」

 

「二回言う!?」

 

「えぇ。なので抱き着かないでいただけますかね。暑いです」

 

 渋々、と言った感じで引くが、始めから抱き着くのは止して欲しい。暑いし、何よりも胸の辺りが苦しくなるのだ。原因は不明だが、感じたくないものであるのに変わりはない。

 痛みには弱いのだ。精神的にも、肉体的にも。

 

「で、結局のところ話すのはあの怪物のことで?」

 

「それだけじゃないけど、それが聴ければそれでいいかな」

 

「わかりました。では、思いつく限りを。気になったことがあったら、その時々で」

 

 あの時は正体など殆ど気にしていなかったが、今振り返ってみればかなり異常な存在だ。彼等も当事者であるのだから、ある程度しておくべき。それに、今後現れた時の為にも。

 そんなこと、あってほしくなどないのだが。

 

「まず一つに、強いです。正直に言って【猛者(おうじゃ)】程でしょう。私が保証します」

 

「……否定できないね」

 

 やけに実感がこもっているのは、自らの必殺技をまんま返され、且つ殺されかけたことによるものか。あれはかなり応えたのだろう。

 実際の異常性を目の当たりにしていないはずの彼等彼女等も、何故か重い表情。始めに感じた圧の奔流、それを思い出しているのか。私たちですら怖気づくほどのものだ、仕方あるまい。

 

「単純な潜在能力(ポテンシャル)は流石モンスターと言うべきものでした。私が本気を出すまで、多少遅れをとった程です。加えて知性を持っています、それも言語知識を得るほどの。お陰で荒くも剣技と言うものが成り立ち、姑息(こそく)な手段、(から)め手……厄介な攻撃まで仕掛けてきました。先読みも鋭く、面倒な程に」

 

「モンスターはあたりまえの条件として基本人の潜在能力(ポテンシャル)を超えている。あのモンスターは特筆して当てはまった。だがシオン、気になるのはそれに君が追い付けていることだ」

 

「やっぱり訊かれますか……それ」

 

 予想はできていた。だがどう答えたものか、アイズの視線もかなり痛い。

 (エアリアル)の効果、で片が付きそうだが、アイズはLv.6、私はLv.2だ。そこに明らかな差があるのも拘らず、私はアイズに追い付く、どころか超しているのだ。身体能力で。 

 答えは簡単【ステイタス】の限界突破をしているから。だがそれは、簡単に話していいことではないし、聞く側も生半可な覚悟ではいられない。何よりここには一応神がいる。

 

「ふふんっ♪ それはね、シオンがステイタ――――」 

 

「ティ~ア?」

 

「ひっ」

 

 何を口走ろうとしたのかは定かではないが、その単語が出るのと得意げな時点で嫌な予感がしたのだ。止める理由には十分である。体が満足に動かせないので、圧で黙らせたのだが……やり過ぎたか?

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「――――――アイズ」

 

「うん」

 

「あんぎゃぁぁ!?」

 

 鈍い音を立て、床に転がるティア。腹に一発、それで事足りる。

 壊れたように同じ言葉を震えながら繰り返されるのは、正直気味が悪い。早々に黙らせるべきと言うのは、アイズと意見が合致したらしい。

 

「寝かせる?」

 

「ご自由に。そのくらい、五分もすれば起きるでしょうから」

 

 精神的なものなら彼女はとことん効くのだが、肉体的な外部接触による気絶ならば、ものの数分で回復できる。それも気絶させた側の加減度合いによるところがあるが。

 

「では、気を取り直して続きを。奴の知性は、もう人間と相違ないものといえました。そここそが大問題です。どうしてそれほどの知識を得られたか、知性があるのか、知能を有したか」

 

「可能性としては、怪人(クリーチャー)と言う線が挙げられるけど」

 

「それは無いです。断言できます」  

 

 怪人とは、私たちの定義として半種融合(ハイブリット)の、例とするならばレヴィスたちのことを示す。レヴィスは一概には言えないが、オリヴァスや『睡蓮』は元々人間だ。そこから死して、『彼女』という存在によって、生き返らされた。魔石を核とした、モンスターのような存在として。

 だが違う。あの怪物は魔石を核とはしているが、人間から変わった訳では無い。自身をモンスターと認めたし、その自覚を持っていたことに不思議はあるものの、初開口時のあの異形さは、明らかにしてモンスターだった。考えられるものとして、怪人と言う線はない―――――

 

「―――――ですが、似通った存在であることは、確かでしょう」

 

 あともう少し言うなれば、『彼女』とやらを中心に動いていないことか。彼の怪物はひたすらに自らと渡り合える強者を探していたように思える。そんな、目をしていたと思い出せる。

 地上の破壊を目指す彼女らは、アレほどの戦力を見逃すはずがない。だがそれは、仲間であったらの話だ。仲間でないのなら、知らぬ存ぜぬもあり得る。

 

 

 

 この時気付けというのは、彼らにとって酷な話だった。そのモンスターが『彼女』という存在を中心にしていなくとも、仲間であったことに。そして、結果して地上を破壊することを、仕向けるようにしていたことに。 

 見落としに気づくことなく、そのまま進む。

 

 

 

「では少し方向性(ベクトル)を変えて、能力についてです。先程も述べましたが、やはり全てが異常でした。フィンさんやアイズは見られ無かったでしょうが、怪物の治癒能力は特に。ヤケクソになって何度も木端微塵(こっぱみじん)にしていましたが、刹那後には元通りです」

 

「私も見ていたが、本当にその通りだった。骨すら残さず消し飛ばしていたのにも拘らず、魔力が集合して魔石を成し、核として同じ怪物を作り出した。何度も何度も、限りなく、な。不死身かと、途中から疑い続けていたほどだ」

 

 ()の【九魔姫(ナインヘル)】ですら、こういうのだ。確かにあれは不死身だ、死ぬことは無いだろう。それは曲げようのない事実であった。

 だからこそ、当然のようにこの質問は出る。

 

「あの~、素朴な疑問なんスが……ならどうやって倒したんスか?」

 

「ハッ、知れたことを。死なないのなら、消せばいい」

 

『は?』

 

 いや、あのー、そんな冷ややかな目を向けないでいただけますでしょうか。

 何一つ可笑しなことは言ってないだろう。方法はこれしか思いつかないのだから。

 容易でないことは確かなのだが。それはしみじみ解らせられている。

 

「まぁ、私のように神技が使える人間な世界単位で見ても片手の指で足りるでしょう。ですからそこが危険なのです。可能性としての域を脱しないことですが、また、同じ存在が現れる可能性がある」

 

「―――――――ッッ!!」

 

「そのとき、どうでしょう? 私のように人外的能力を持ち合わせている人が、その怪物を消すことはできるでしょうか? 答えは否。私ですら、同じことができる確証はない」

 

 懸念すべき点はそこにある。いくら考えても無駄になりそうだからあくまで可能性だが、確率論にゼロはない。ならばまた現れないと言う確証が得られる道理も無い。

 

「その時、一体どれほどの犠牲が払われるのでしょうかね。最悪地上まで来てしまったら、血で染まりますよ。寸前まで奴の存在を私ですら感知できなかったのですから」

 

 【猛者】が出張ることで何とかなりそうだが、あくまで彼も人間、それは前回の死闘で証明している。ならば人外の領域に片足を浸している私でも手古摺(てこず)る相手に楽勝できるわけがない。

 そもそも、【猛者】が出張るいわれが無い。

 

「ま、あくまでそちらの方は可能性。気に掛け過ぎても滅入ってしまうでしょうから、片隅にでも置いておきましょうね」

 

 いっくら考えても仕方ない。たった一度の開口だ。得られる情報も少なかったし、外見が変わった時があったことから、見かけでの特定も期待できない。期待もしたくないが。

 出現階層の特定不可、推定Lvは6~7。攻撃方法も変幻自在。種族すら不明、名称など未決定。未知(アンノウン)であるのだから、どうしてやろうか本当に。

 

「さて、いくら考えてもどうにもならない事は放っておき、別の話でもしましょうか」

 

 あの怪物のことはもう終わりだ。私ばかり情報を流すのも腑に落ちないし、どうせフィンさんもあっちの方について話したいだろう。そう、『穢れた精霊(デミ・スピリット)』についてだ。詳しく聴いてないし、宙吊りになる一応神にも聞いておきたい。

 

「どういった感じでしたか? 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』とやらは」

 

 そう切り出すと、どこか暗くなる一同。触れた程度にしか聴いていないが、苦戦死闘を強いられたのは消耗度合いから見ても分かりやすかった。

 

「厄介だったね」

 

「あぁ、物理攻撃もさることながら、魔法による攻撃も行う。防御能力も中々のものだった」

 

「ほほぅ、道理であの消耗……手応え的には推定どれ程で?」

 

「見たところによると、『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は成長する。一概には言えないけど、僕たちが戦ったのはLv.5以上といえるね」

 

 事前情報として芋虫型のモンスター、つまりは巨蟲(ヴィルガ)を食していたことは知れている。正確には、その中の魔石と推測されているが、細かなことは追々。

 物理攻撃・魔法攻撃が強力。しかもカタイとは……一度()ってみたいな。

 いや、今は私欲こそどうでもいい。

 

「直接物理攻撃を与えた感触は?」

 

「ふつうの触手は柔らかかったけど……花びら、かな? ちょっと堅かった」

 

「ちょっとくらいなら全然問題なし、か」

 

 魔法()を使ってそれなら少し面倒だが、最硬質金属(アダマンタイト)よりかは柔いだろう。なら余裕で斬れる。

 

「魔法の方は」

 

「かなりの魔力量だ。堕ちたとしても精霊、流石と言うべきものだった」

 

「属性など系統。できれば詠唱文はどうでしたか? 断片的でも良いので」

 

「ん? 何故そんなことを訊くのだ?」

 

「気になるからですよ」

 

 それが分かれば、元の精霊がどのような存在だったかも知れる可能性がある。それに事前情報があれば、たとえ魔法を行使されてもその場ですぐに解体ができるかもしれない。

 つまりは魔法の無力化。近頃はティアの魔法に実践したか。

 

「炎・雷・地・光。雰囲気から察して他にも使えるだろう。超広範囲から一極点集中の凝縮型、超長文詠唱から短文詠唱、それに加えて超高速詠唱まで行っていた。私の結界も破られてしまった程だ」

 

「ほぅ、リヴェリアさんの結界が……強度は知りませんが、まぁ水準としては解りやすいですかね」

 

 単純な話、魔法で『穢れた精霊(デミ・スピリット)』に勝てるのはティアしかいない訳か。他属性攻撃に多種多様な魔法。速攻まであると見た。相当に面倒だっただろう、対応にも苦行を極めたか。精霊はそもそも一人間が対応できる相手では無いのだから仕方ないのか?

 だがこの情報で大抵は予想できた、あとは―――――

 

「――――代行者……」

 

「今何と」

 

「え、あ、えぇ?」

 

「ですから、今何と言いましたか。しっかりと言ってください、大事なことです」

 

 考えの途中、ぼそっと呟かれた声に逃さず反応する。

 ただ聞き間違えの線は消さない。確認は必須事項であった。

 

「早く言ってください、レフィーヤ」

 

「急かされなくてもいいますぅ! 代行者ですよ代行者! 私はそう言いましたが何かぁ?」

 

「それは分かりました。で、その代行者とは何のことを示しましたか」

 

「何って……詠唱文ですよ、初激の詠唱でそんなことをいっていたなぁーって思い出しただけです。それがどうかしたんですか」

 

「喧嘩腰ですがその情報が頂けたので見過ごしますよ……代行者、ねぇ……なるほど」

 

 絞れた。『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は闇系統の精霊、もしくはそれに近しい力を持った存在。代行者、というのがキーワードとなる。

 まさかここまで繋がって来るとは……これは本当に大問題だぞ。いろいろな意味で。

 

「神ロキ。一応神である貴女に訊きますが、精霊を人為的に作成することは可能ですか」

 

『―――――!?』

 

「……シオンたん、それ本気で言っとる?」

 

「えぇ、勿論」

 

 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は一応精霊。それはアイズが証明している。そしてその精霊はアリアを欲したことから『彼女』の下で動いたことは確実。つまりレヴィスと関りがあり、もっと言えば闇派閥(イヴィルス)全般とまで広がる。その中には勿論【カオス・ファミリア】も含まれ、つまりは精霊の人体実験といった精霊関連の知識が豊富の可能性が浮かび上がる。

 そこで懸念したのが、精霊の生産だ。そもそも、人間型の精霊を何体も集めている時点でかなり可笑しいと思っていたのだ。そうそうお目にかかれる存在でもないはずの精霊が、あれほど集まっているのに。集められていることに。だがそれは、創ったと言う事ならば成立する。

 

「――――簡単な話、できるで。ただしやろうとは思わんことやな」

 

「詳しく」

 

 吊るされたままの神ロキは今までの抗いを止め、顔を上下逆転で私へ向けた。その糸目をまじまじと見つめて、一言告げ、逃さず聴く。

 

「精霊がそもそも神が創り出した地上への贈りもんちゅうことは知っとるやろ? でもなぁ、神だからと言って天界のものは地上へ持ち出せないんや。だから、精霊は子供達で言う昔、古代に()()()創られとった。地上のもんを使(つこ)うてな」

 

「だから、借りに同じ原理に従えば創れなくはない、と。ただし」

 

「せや、普通はできへん。核を創ること自体無理に近いねん。他は、せやな、シオンたんでもできるくらい簡単やけど」

 

「核、ね。――――あぁクソ、逆にできそうじゃん」

 

「どゆことや、それ?」

 

 ティアが被害者となった人体実験。その中で鍵を握るのが精霊核だ。あいつらはそれを無理やりにでも取り出し、強引にティアへ移植した。つまりは核の在りかを知っている。

 微精霊や準精霊――能を持ち能動的に行使できる微精霊――は自然界を探せばぽんっと出て来るほど、沢山存在している。そして個々人にそれぞれ核が備わっている。 

 つまりは、だ。核を取り出し、融合させ、ティアのような精霊を産みだせるほどのモノに作り上げれば……あとはできるわけだ、簡単に。

 だがこれを(さら)け出して言う訳にはいかない。

 

「いえ、何でもありません。とりあえず欲しい情報は得られました。ありがとうございます」

 

「うーん、ま、ええか。隠し事くらい誰にでもあるわな」

 

「えぇ」

 

 言及されなくてよかった。これは意地でも黙秘するしかないのだから。

 ティアにも関わることだし、加えて私にも関わっている。不味い理由で。

 

「では、防御能力のほう――――」

 

「来た」

 

「はぃ?」

 

「来た来たきたきたキタぁぁァァァ! 帰ってきたでぇぇぇ!」

 

 話を続けようとした矢先、ぱっと上げられた神ロキの真剣そのものの顔を見て、紡いでいる言葉を切る。だが発した内容は意味不明で、もっといえば、次いで来た叫びも理解不能だ。

 

「おっ帰りぃっぃぃぃぃィぃ!」

 

 一瞬でロープを解き、鬼神の速度で部屋を出ると、数秒後にはそんな叫び声が反響して届いた。

 一体どういう神経をしているのだろうか。確かに誰か変わった気配が近づいてきていはいたが、よく神ロキが気づけたものだ。こんな気配ここで感じた事は無いし、新しい眷族だろうか。

 ……いや、待て、この気配、どっかで―――

 

「ロキ様ッ、ちょ、止め、うわぁ!」

 

―――ヤバイ、聞き覚えがあるぞ、しかも最近。

 

「おーいみんなぁ、とりあえず先に紹介しとくで。新しい眷族(家族)の、―――いい加減名乗らん?」

 

「いや、私は何も望んでここに―――――――――」

 

「―――――」

 

 部屋へと放り込まれた彼女を目で思わず追っていると、そこで神ロキから紹介が入る――かと思いきや今まさに名前を訊くと言う前途多難さ。

 それにちょっと呆れてていると、転んで顔を床に埋めていた彼女が飛び起き、反論の声を上げるが、それは途切れる。何故か、まさに目を合わせている私が原因だろう。

 

「あ、あはは、これは幻想。そう、私が勝手に幻視しただけなの。でなければ、そんなはず……」

 

「人を幻影呼ばわりするのは止めてください。奇しくも同じことを思っていますけど」

 

「……シオンなの?」

 

「はぁ、残念ながらそうですよ。アストラル」

 

 オラリオ、実に狭し。もう少し運命率を何とか操作できないものか。

 偶然にも程があるだろう。何故寄りにもよって、こうなるんだ……

 

 そんな嘆きは露知らず、時は一方的に進む。  

 絶対に面倒な、すぐ後の未来へと。

 

 

 

 

 

 


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