やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 逆に長くなりました。

では、どうぞ


第十振り。争乱騒乱踊れや躍れ
波乱の先にはもう一波乱


 やべぇ……めっちゃ体重い……

 筋肉の質量や、着けている装備の重量。元々阿保みたいに重いのだ。

 だがそれで人並み以上に動けているのは、体重移動や力の分散など、技術あってこそ。

 極論、それがなければ歩くどころか、立ち上がる事すらできない訳なのだ。

 今は装備一つ着けておらず、ただ自分の重さだけでこうなっていると言う、まんま駄目な状況なのだが。

 

「……動けん」

 

 早く動きたい。この気持ち悪いベットの感触から解放されたいぃ……

 第一何故ベットに寝ているのだ。いや確かに気絶はしたのだろう。明らかにここは地上であるし、誰か――といってもアイズ等数名の内に限定しているのだが――が運んでくれたのだろう。

 だからと言って何故毎度毎度のことベットなのだ。床でいいだろう?

 うだうだ心中叫んだところで、どうせ何一つ変わらないのだが。

 周りには誰もいない。さて、どうやって降り……転ばればいいだけじゃん。

 

「ごふっ」

 

 転がることくらいなら何とかできたが、落下が諸で鼻面から衝突する。

 鈍い音を立てて、木材質の申し訳程度にやわらかい床でまたもや寝そべる。ベットよりかは幾分かマシ、何ならこのままでいいと言える。

 

 どたばたどたばたと、音が聞こえた。

 足音だ。ひどく荒くて、慌てているように思える。それはこちらへと向かっているかのように、次第に大きさを増していった。

 十も秒を刻まぬうちに、バキッと心配になる音を立てて、誰かが部屋へと突入してきた。

 まぁ、気配でその人物のことは判別できているのだが。

 

「……大丈夫?」

 

「えぇ、ちょっと体が重すぎるのと、疲労感が半端でないことと、鼻が痛いという異常がみられるだけなので……、ま、大丈夫です」

 

「それって大丈夫じゃないよね⁉」

 

 膝を折り曲げてしゃがむアイズに胡乱気(うろんげ)な視線を向けられながら、自身の解っている容体を声に出して吟味してみた結果を述べる。すると突っ込み担当であるティアがつかさず滑り込む。

 

『というかお二人さん? しゃがんでいるせいで、丸見えですよ?』

 

 という喉元まで出てきた言葉は、すっかり呑みほしておいた。 

 言葉に出したら絶対に死にかける。今碌に動けないから尚更。

 

「で、一体全体どういう事?」

 

「なにが?」

 

「全部。気絶してたか何かしらで、程五時間記憶に欠落が見られるので」

 

 ここが何処だか分からないし、その空白の時間に何かあったかもしれない。というかあったのだろう。後ろに控える方々の視線がいつも以上に一歩引いているように感じるし、何よりもドアの向こう側に彼女がいることに気が引き寄せられる。

 

「じゃ、わたしからするね。下着で目の保養しながらじっくり聞いててね♪」

 

「?――――!」

 

「あはは、自覚犯ですかですかそうですか」

 

 爆弾発言で手痛い視線をじっくりと感じるが、それよりも目は、顔を赤くしてすぅーと背を向け始めるアイズへと向かった。いやぁ、天然犯は反応が初々しく、やはりかわいい。

 目はアイズへ、気は廊下へと向かう中、耳はティアへと傾けていた。

 

 

   * * *

 

 情報を総合し、時系列順で現場再現を脳内でしようか。

 ティアから聞いた情報は、欠落場所が幾度も見受けられたが、あえて言及はしなかった。話したくないことを無理やり聞き出すのは、拷問のときだけで言い。

 じゃあ、始まりだ。ティアが感じた、約()()()の出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりシオンの息が荒くなった時から嫌な予感はしていたのだ。アイズ(あの女)が殺されたのは明白、なのに屍を奪い取ったシオンは、ゆっくりと寝かせ、そのまま聞いたことのない口調で言い放った言葉に、全身が逆立った。

 結界の出力を全力より上の本気へ、そう本能が勝手に行動させた。

 だが精神力(マインド)を考え無しに使うのは良くないと本能から理解している。自然と、大気中の魔力(マナ)を使用した。

 最大濃縮の、超高密度結界を三重に張る。自分を含めてシオン以外の全員に結界を張るには、これくらいの出力が限度だから。

 シオンにも張ろうとは思ったが、それは詠唱開始時にはとっくに目視不能の領域まで至っていたため、張ろうにも定まらない座標の所為で無理だった。

 だがその結界は、張った瞬間、外側一枚が全て、粉々に砕けた。

 知覚するのと同時に二重を一重へ凝縮した。外側一枚分の余力で、それくらいはできたから。

 それでギリギリ、何とか持ちこたえていた。刀を振るっただけでこれなのだから、一体結界を解いたり、ましてやあの斬撃に中りでもしたら……ひとたまりも無いだろう。あの怪物のように。 

 突然叫び出したシオン、嘆いている、そう思えた。

 だが、突然その動きは停まる。間髪入れず、怪物はシオンの懐へと飛び込み胸へと指先を向かわせる、貫手(ぬきて)と思われる構えをとった。次の瞬間シオンの体に腕が通り、手には赤黒いナニカ――――いや、心臓が、脈打ったままぷしゅと少量の血を吐きだしていた。

 柔らかく握り、腕を体から引き抜く。血は、大きく秒を刻んで、噴水のように吹き出た。

 

「――――――ぁ」

 

 もはや、現実逃避すら追い付かなかった。

 だがシオンは、倒れることなくその場で立ち、ふらふらと刀を掲げて、無造作に、ありえない程適当に振り下ろした。

 あんなの、剣に関して素人である私ですらわかる程、意味のない斬撃だ。

 

「――――――――ぇ?」

 

 視界が一瞬視界と判らなくなった。それは明けると、唖然(あぜん)とした声を出してしまう。

 シオンは振り下ろした刀を地面に突き刺したまま、ふらふらと意識を彷徨わせていた。

 理解などとうに及ばず、ただ情報だけが入って来た。

 刀が突き刺さる先は、驚くほど綺麗に斬れ――――いや、消えていた。斬れた痕などなく、本当に、消えているかのようだったのだ。直線状に、奥は見ることが出来ない程深く、暗い。

 峡谷がすっかり出来上がっていた。たった一回の、正体不明の斬撃によって。

 

 バタッと、乾いた音が低く耳を震わせるまで、ただ茫然(ぼうぜん)としていた。

 そこからが、戦闘以上の大波乱。

 

 

 

 

 さて、これが戦闘中から戦闘終了までの流れらしい。殆どそこあたりは私の記憶とは違いなかったのだが、ただ一つ、斬撃では無く神技だと言いたかったが、ぐっとこらえておいた。

 では、私の知らない、先といこう。

 

 

 

「シオン! ねぇシオン! 返事してよ! ねぇ!」

 

 真っ先に駆け寄った。隣でついさっき生き返ると言う異常を見せつけて来たあの女など気にせず、誰彼構わずただ愚直に、シオンの許へと。

 愛刀を突き刺したまま、その下で目を閉じるシオンは、笑っていた。

 (おぞ)ましいまでに血を脈無く垂れ流し、血の気は着々と薄れていく。

 頭を抱きかかえ、無駄に揺らし、眼前の現実を否定しようとする。だが、無情な世界はそれを素知らぬかのように、何一つ変えることなく、ただ見え透いた未来へと進んで行く。

 嘆いた叫んだ願った。はっと気づき施し始めた治癒術も、意味もなさないことを理解しながら、続ける。

 周りの人たちは役に立たないとはっきり斬り捨てる。気がぽかんと抜けているから、わたしが何とかしなくてはならない。

 でもどうするべきなのか。今の全力をもってしても、消えた心臓は取り戻せない。

 

 どうするどうするどうする……

  

 焦燥はつもりに積もって、どうしようもなく冷静でいられなくする。

 

「誰か……助けてよ……。私の命を引き換えでもいいから……シオンを、助けてよ……」

 

 終には他人任せにまでなった。形振りなど構っていられなかった。

 自分も最大限に努力する。液体操作で心臓の代りを成したり、これからどうすればいいかも片や考えていた。でも、決定的に行動が遅く、血は足りなく、知識も足りない。

 溢れ出ていた血は、そこかしこにまき散らされていたはずなのに、一滴たりとも見当たらない。だから、これ以上血を減らさないようにするしかなかった。

 

「嫌、いやだよ、シオン……いなくならないでよ……この程度で、死なないでしょ? ねぇ、大丈夫なんだよね? 本当は全然問題なくて、ただわたしの反応を面白がって見たいだけなんでしょ? いつでもそんなの見せてあげるからさぁっ……早く目を開けて、安心させてよっ……じな、ないで……」

 

 堪え切れない、溢れる涙。眼前の事実は変えようがない。シオンはあれでも人間なのだ、摂理には逆らえず、死んでしまう。今まさに、薄れる熱が物語っていた。

 もぅ、絶望的だ。何もかも終わりなんだ。シオンの人生も、私の願いも、生きる意味すらも。

 

「シオンは……死なせない」

 

「貴女に何ができるの!! 何もできないくせに、何もしてないくせにっ!! ただ助けられてばっかりで、なんにも返してないくせに!! シオンがなんでこんなことになってるかわかる⁉ 全部、ぜんぶ! 貴女の所為なの! 貴女が馬鹿みたいに突っ込んで、あっけなく殺されたから! シオンが、死にそうなのも……ぜんぶ……」

 

 激情に駆られ、心のあまり叫び散らした。こんなことをしても意味がないと分かり切っていても、言わずにはいられなかった。 

 ぬけぬけとそこに立ち、いけしゃあしゃあと、軽はずみにそんなことを口にして、然も当たり前のように生きている、この女には。言ってやらないと気が済まなかった。

 

「一つだけ、可能性はある。本当に、小さな可能性で、最大の賭けだけど」

 

 ふと黙り込むわたしたちの横から、小さく、努めて発しているような声が届いた。(にら)みつけた先には、ドワーフの男(ガレス)に支えられる見た目少年の中年がいた。

 だが、それが誰かということは関係なく、わたしはただその希望に縋った。

 

「なに⁉ 早く言って!」

 

「わかっているとも。【ディアン・ケヒトファミリア】の、【戦場の聖女(デア・セイント)】……彼女なら、何とかできるかもしれない……世界最高峰の、治癒術師だからね……」

 

「その人はどこにいるの⁉」

 

「地上さ……だから、賭けなんだ。届けられるかが、わから―――――」

 

「【術式展開(スタート)】!」

 

 最後まで聞かずに、『地上』と言われた瞬間から集め始めた魔力(マナ)で術式の用意を始めた。わたしはシオンに助けられていたから、その恩返しとして。死力を尽くして、助けると。

 別に、座標固定は必要ないのだ。安全性・確実性を顧慮して、ただ一度きりの為にある。

 つまり、本来関係ない。そもそもそんな時間がない。

 工程を八割以上省略する。安全確認などいらない。

 飛ぶ先は、バベル。正確な場所を知れてない今、それが賢明。

 

「飛べぇぇぇぇぇェ!!!」

 

 魔法式なんて、未完成のままだった。半ばやけくそだが、成功しなければ結局全てが終る。なら、賭けに出たって問題ない。

 もぅ、恐怖はただ一点。シオンが居なくなることだけだったから。

 

 光った視界。白光で判別不能な中を体感時間数秒漂う。そして、辿り着いた。一秒にも満たない。

 

「『デア・セイント』はどこに居るの⁉ 早く案内して! ――急いで!」

 

「わ、私がしよう。……こっちだ」

 

 エルフのおばさん(リヴェリア)が一早く衝撃から回復し、ふらつきながらも走り出す。その後をシオンを魔法で持ち上げて、血を流させず運びながら追い立てるように走った。

 段々と速度は上がり、一分とかかり白が目立つ場所へとたどり着いた。 

 そこの中に居るのだと知ると、迷惑かどうかなど気にせず、突入した。

 

「『デア・セイント』はどこ! 早く来て!」

 

「……私ですが、なに―――――シ、オン?」

 

「ぇ、知り合―――そんなことどうでもいい。はやく、早くシオンを治して! できるんでしょ⁉ 私にできなくても、貴女なら!」

 

「――――ごめんなさい」

 

 ぽきっ、と何かが音を出して荒く折れた気がした。大轟音を立てて、支えを無くした他のナニカも崩れていく気がした。

 全てが、終わった気がした。

 

「私にも、無くした心臓を戻すことはできません。それに――――」

 

 次に告げられた語は、聞きたくも無い、今まさに目を逸らしている、事実だった。

 

「もぅ……(かた)まっています……」

 

 最大限の配慮だろうか、言外にだけで告げた。

 シオンが、死んだことを。

 

「いや……いやぁぁ……」

 

 力無く、倒れ込んで、一度作り出した涙の防波堤を、決壊させた。

 止めどなく、限りなく、悲しみがあふれる。わたしの内にあった大切なものが、それと共にあふれ、流れ、地に染み、消えて逝った。

 

「……ぁ、そうだ、まだ、まだできるかもっ」

 

「え?」

 

 目の前の女性が突然、興奮した様子で慌てだした。何か判らず、空っぽへと一途に進む中で呆然として声を漏らした。

 

「ねぇ、シオンの刀―――いえ、『一閃』はどこにあるの? 彼の愛刀、わかる?」

 

「あい、とう? ―――――あ、置いてきちゃった。もぅ、終わりかな……」

 

 心が居場所を失ってしまった。原形から変わってしまった。

 諦めているのだ。もう、終わりだと。

 

「シオンは⁉」

 

 ふとそこに、神風の勢いで同じくダイナミックに入って来た金髪金眼の、あの憎むべき女がいた。

 その手には、鞘に納められた刀が、二刀。

 

「アイズ……いえ、話は後よ。『一閃』を貸りるわ」

 

「あ……」

 

 迷いなく忌むべき女から一刀、布が解れている箇所が多々見られる刀を執った。

 

「やるしか、ない。私が、助けるからね」

 

 にこやかにシオンへ笑いかけると、彼女は迷いなく、その絶対に抜いてはならないと念を押されていた刀の柄を握り、抜けないように留めていた紐を解いて、ばっと、抜いた。

 

「ガハッ」

 

 瞬間、(おびただ)しい量の血を吐き出し、刀を支えにしてようやく立っているような姿勢になった。それで終わらず、苦しみに悶え、それでも刀を離さず、悲鳴を押し殺していた。

 片方の手で刀を握る方の腕を掴み、肉がつぶれるほど強く握る。

 何故そこまでしているのか、なぜそんなことをしているのか、全く分からなかった。

 

「だい、じょうぶ。まだ、いける。しょうきは、うしなわ、ない……」

 

 酷くなる一方の彼女を虚ろなめで傍観しながら、心が空虚になっていくのを任せる。

 

「のろい、を、まわす!」

 

 彼女の気配が豹変した。でも、どうでもいい。

 シオンに近寄って、ただ、意味も無く、シオンを眺めていた。清々しいまでの笑顔を。

 

「う、ぅぁ、あぁぁ、アァァァっっ⁉」

 

 異様な叫び、(ほとばし)る絶叫。

 そんな醜態を晒しながらも、彼女は異様なまでの執念か、それで正気を残していた。 

 

「あと、すこし。たいりょうの、ち……」

 

 彼女は、そう言うと同時、ばたっと、地面へ崩れた。シオンの手の届く距離、そこへ。

 

「まだ、まだ、だめ……もう少し、あとちょっと……」

 

 這いながら、必死に進む。美貌と呼べる顔を歪め、ただ刀を抜いただけなのに満身創痍(そうい)となる状態で、彼女はシオンの頬へ触れた。

 

「ごめん、なさい。ゆるして、ね。こんな、ことしか……」

 

 そして、その瞬間だけ、わたしは心を取り戻した。嫉妬と怒りで。

 

「何を⁉」

 

「――――――」

 

 彼女は自らの唇でシオンの唇を覆い隠した。その内側で、何が行われているかは分からない。

 その状態で、力尽きたかのように彼女は刀を放した。そして、その刀はシオンの手へを柄を落とし――――

 

――――意志ある力で、ぎゅっと握られた。

 

 

「ぇ?」

 

「自己再生開始。内臓部位損傷多数、再生開始。心臓部位の修復―――完了。些少痕――修復完了。筋肉構造および骨格の修復開始。脚部―――完了。腕部―――完了。胴体―――完了。頭部―――完了。細胞全補強――――――完了。修復を終了する」

 

 トーンの全く変わらない。気持ち悪いくらいに揃ったメゾソプラノの声が、シオンから聞こえた。シオンの声であるはずが無いのに。

 入り口に挙った先程のメンバー。その全員が、硬直した。

 ただ目の前の異様な出来事に、だけではなく、異常なまでの濃密な気配に。

 

「ふぅ、随分と無理するねぇこの子。あと少しで死んだろうに。ま、感謝しとこうかな」

 

 やはり、声を発しているのはシオンだ。だけど、シオンじゃないと直感的に悟る。

 姿はそのものと言えようか。髪色肌色身長変わらず、ただ少しふくよかな部分が見られるのは、一体どういうことなのか。それに、あの血のように紅い目はなんなのか…… 

 思いがけぬ衝撃により、消えかけていた心が、一時の復活を得た。

 

「誰っ」

 

「ん、ボクに名前なんて無いし、第一に教える義理も無いから教えない。でも、一つだけ言うと、ありがとね。この人、ボクにとって大事な拠り所だから、消えられると困るんだよ」

 

 口調すらも違う。シオンの口調にしっかりとした定まりはないが、これだけは、一人称の時点で別人であることを明確にしていた。

 

「あ、そうそうそこの金髪のお嬢ちゃん。大丈夫だった? 諸に刀握って呪い回ってたと思うけど」

 

「……なんの、こと」

 

 すっかり警戒を露わにする立ち位置不明の女。腰の剣にまで手を添えていた。

 まさか斬るつもりだろうか。

 

「んー、ま、いっか。解らないならそれで。んじゃ、皆さん、今後とも主をお願いね。あ、そうそう、しっかりと生き返らせたから、一回は、というかもう何回も死んでるんだけど、まぁ結果して生き返らせたから、そんなに悲しむことはないからねー。じゃ、またいつか」

 

 独壇場でぺらぺらと喋る謎の憑依者(ひょういしゃ)。するとどうだろう、別れを告げたと思うと途端力を無くしたかのように、ばたっと、無造作に倒れた。

 気配は元通り、無に近い感じ取り難いものとなり、だがそれでも生きていると言える証拠だった。しっかりと呼吸を行い、律動が耳をすませば聞こえて来る。 

 

「……なんだったの」

 

 その疑問は、拭いきることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 これが、ティアのお話の内容をまとめたものだ。その後四時間程ぐっすりと眠っていたらしい。

 いくらか疑問は残っているが、訊いても無駄なのは話しを聴いている間の反応で理解している。無駄なことはしない主義だ。

 それにしても、まさか何度も死んでいたとは。自覚があまりなかった。

 確かに死んだと呼べることは多々あるが、死の基準が曖昧でわからん。

 だが結果として生きている。細かいことは後々考えて、今はそれだけでいいと思った。

 

「はぁ……そっかぁ……そうだったかぁ……」

 

 最後に溜め息一つ吐いた。生き返れたことも、死んだことも正直どうでもよいのだが、ただ今の話の中で聞き捨てならない事柄が、二つ三つ存在した。

 

「いくつか訊きます」

 

「うん、いいよ」

 

 すっかり目を腫らしているのは、話しながら泣き叫んでいたから。それだけのことをしてしまったのは思うところがあるが、その気持ちは胸元をいろいろ汚されたことで吹き飛んだ。

 

「まず一つ。アイズ、本当に刀を握って、問題なかったですか? 例えば、見たことも無い物を幻視したり、視界が真っ赤に染まったり、喉が異様に渇いたり……」

 

「――――大丈夫、だった。でも、気なったのが、『一閃』が軽すぎたこと、かな?」

 

「……そうですか」

 

 異常が無いのならいいのだ。それに、『一閃』が軽いのは、単にあの神技を使った所為で刀を消耗させたからだろう。ため込んだ血を相当使ったか。

 まぁ、それは後々また溜めればいいだろう。

 

「では二つ目……その前にアミッドさん、入って来てください」

 

『!』

 

 廊下に佇む気配が揺らいだ。それはちょこんと小さくなり、おずおずと部屋へ入ってきた。

 

「……やっぱり」

 

 椅子の腰掛で体を支えている私は、入って来てすぐの彼女を見ることが出来た。 

 目視で、確認する。懸念は残念ながら当たった。

 

「変異、してますね。体が」

 

「――――――」

 

 無言のまま、目を逸らして、こくりとだけ頷いた。

 私が指摘した変異、それは仕方のないものだと思う。草薙さんからも言われていた、呪いを体に取り込むことは、自らを変異させることになると。

 私は性格が変異した。狂いきったものへと。

 そしてアミッドさんが変わったものは―――――

 

「――――右腕と、右眼、ですかね」

 

 眼帯と長袖によって隠しているが、私にはわかった。 

 恐らく、惨状と化している。壊死していないだけ奇跡だろうか。

 全く別の物へ変わった訳では無く、近しいが異なるモノへと変異したのだろう。

 証拠に、右腕はだらりと力が入らないように垂れ下がり、右眼は必要なく隠すことは無いだろうから確定。

 

「―――これくらい、後で治せます。それより……」

 

 しどろもどろの様子となった彼女、一体何を考えているのだろうか。

 頬を赤らめ、目を更に逸らして―――かと思いきやそれはアイズへと巡らせていただけだった。

 何故か―――今察する。

 

「それは私が訊きたかった三つ目です。アミッドさん――――しました、よね?」

 

「……はぃ、ごめんなさい。ですが、その、必死だったので……」

 

 何を、とは言わない。言わない方がいい。

 別に気にするつもりはない。ただ、故意的に不埒(ふらち)な目的でしていたかどうかを訊きたかっただけだ。

 

「でも……とっても気持ちよかった、です……」

 

 そうとだけ言うと、しゃがみこんですっかり赤くしてしまった顔を隠していた。  

 その様子に、三人が反発した。そう、三人が。

 

「アミッド、ずるい。緊急じゃなかったの?」

 

「そうですよ! 今はこの人と同意見です。何で味わっているんですか!」

 

「その通りだ。緊急なのにも拘らず愉しむとは……うら―――不埒だ。恥を知れ」

 

 糾弾というか、ただ非難し責め立てているだけなのだが。

 一体何をそこまで怒るのだろうか。

 というかアイズ、ずるいと言うならいつでもしましょうよ。アウェイですよ?

 

「ごめんなさい……シオンの初めてを、私なんかが……」

 

「アミッドさん、自分を貶めないで下さい。それに、私は初めてではありませんし」

 

『え?』

 

 見事に同調した声、次にそれは詰め寄る顔となり、更に合わせて一言。

 

『詳しく』

 

「あ、はい」

 

 何故か、問いただされてしまった。

 と言っても単純なことで、村に居た時やって来たお祖父さんの知り合いに『ディープキス』をたっぷり一分間されただけなのだが。

 

 

 どうしてか、それで呆れられた理由が分からなかった。

 

 

 


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