やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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   今回の一言
 意図した訳でなく、内容が薄くなりました……

では、どうぞ


そこには、何一つなかった

 闇に包まれ、灯りなんてものがない。そんな場所が初めて見た場所だった。

 産まれた、ということと、進まなければ、ということだけが、その時の全てだった。

 闇は晴れることなく、ただちょっとの灯りがある薄闇へと変化した。

 そこで『ナニカ』と会った。それが何なのかはよく憶えていない。

 ただその存在は、知識と理性―――つまるところ心を与えた。外ならぬ『わたし』へ。

 それからは、少しばかり本能に従って動いた。その内に学んでいく。

 戦い方や、己の遣い方。時折見るようになった人間から知る言葉、自分が人間に近いと言う事への衝撃。

 

 望んで、自らを異形物(モンスター)の見た目にした。

 その分使える戦法も増えたし、厄介で失礼な間違いをされることもなくなった。

 

 人間と初めて出会ったのは、人間で言う『深層』と言うところらしい。とても危険で、立ち寄る人など少ないのだとか。

 つまり、『深層』の同胞は強い。更に、比較的に『冒険者』も深層の方が強いようだ。

 だから深層で自らの力を上げた。何の為かは分からない。ただただ、そうするべきだと思って。

 そしてそれは、知らぬうちに欲望と化した。強者と戦い(を殺し)たいという、残忍なことに叶えることが容易ではない欲が。

 

 ただただ求めて戦い続けていて、とある冒険者から情報を得た。

 

『強い奴なら地上にわんさかいる』と。

 

 『わたし』が訊いたことに、そう答えたのだ。地上とは、この『ダンジョン』という『わたし』の住処より上にある、とても広大な場所だそう。

 『わんさか』の意味は分からなかったが、断片的に理解する。

 気になって仕方なかった、早速そいつの始末を終えると、壁中(へきちゅう)を潜り、急いで向かった。

 基本的に移動は、力も溜められる『ダンジョン』、つまりは『わたし』を産みだした『母親』と呼べる存在の中に潜っての移動だった。

 その方が速いし、何より下手に攻撃されない。

 

 だが、地上へ向かう途中、見つけてしまった。

 ゆったりと、無の状態で『中』を移動し続けていると感じ取った、あの濃密な『ナニカ』

 少しばかりの興味が湧いて、その者を観察していた。無である私が、無意識的に。

 その者は、とても強かった。今まで出会った誰よりも。

 戦いたかった、誰にも邪魔されずに。殺してみたいと思えた、興味が湧いたから。

 だが、常にその者の近くには、誰かしらいた。一人でいることはあっても、そのまま戦ったら邪魔をされるであろう位置に、必ず誰かがいた。

  

 イライラした。ムカついた。早く消えて欲しいと思った。

 でも一向に消えてくれる様子はない。だから、自分で消そうと思った。

 狭い通路で天井から出れば、邪魔ものどもは押し潰れるに違いない。

 そう思っていたのに、誰一人として潰れることはなった。

 あの者が助けのが。寸前に、全員を。

 出てきたときにはもう三人だった。イライラで我武者羅になった一撃を放ったものの、それはあの者の腕を掠めただけで、なんら影響のないように見えた。

 だが結果からして、『わたし』の登場はあの者を一人へ近づけることが出来た。

 

 邪魔がまだ五人残っているが、どうせ殺せばいい。弱いだろうから。

 せめても、モンスターの姿のまま殺そう。それに、人間に近いあの姿がバレてしまったら、一気に戦ってる人間は弱くなるし、その情報が洩れでもしたら、今後に関わる大惨事となる。

 だから早めに終わらせよう。モンスターでいられる短い時間で、存分に愉しもう。

 

 そう、思っていたはずなのに―――――

 

 

―――――強かった。いや、強すぎた。

 

 想像を遥かに超えた。人間のくせに、自分を治す事だってできている。

 攻撃が全然当たらないし、中ったとしてもすぐに回復されている。

 その間に攻撃しようにも、小賢しい邪魔ものどもが本当に邪魔をしてくる。

 イライラするイライラするイライラする!

 ムカつくムカつくムカついて堪らない!

 

 だから、あの小さな男を殺せた手応えがあったときと、その後すぐにやって来た女を殺したのは、とても気持ちよかった。

 漏れ出た笑みを、隠すことはできなかった。

 

 けど、何でだ。なんでなんだ!

 

 なんで追い詰められている⁉ 何故こうも殺されそうになっている⁉

 邪魔者をあと三人殺して、あの者と―――強者と戦って、殺すだけなのに。何で!

 

 いきなりあの者の動きが変わった。気づいたら腕が無くなってた。

 それは女を殺した直ぐ後のこと。

 

 何が何だかすら分からない。何故ぽんぽんと自分の部位が舞っているのかすらも。

 必死に逃げ惑うかのようになっている。『わたし』に殺されるはずの強者に、何も分からずその圧倒的なナニカで、理不尽に、ほぼ一方的に、やられ続けている。

 なんで、こうなるんだよ……

 

 

 

 モンスターの叫びなど、彼は知ることも無く、一点の感情に駆られ、動いていた。

 

 

   * * *

 

 神技、それ即ち神の御業なり。

 一端の人間ごときが扱うどころか、気づくことすらできない、いわば最強の技。

 それを、()()()()()()()()

 ()()()()教わっている。()()()完全に脳に焼き付いている。するべきことは明白。

 私が教授された三種の神技、その内の一つ、【ラスト・オニムス】。たったの一刀、それこそが全てを斬る。

 武器を、人を、大地を、天を、命を、魂を、存在を、記憶を、全てを斬る。

 それに例外などなく、己すらも、振るう刃すらも含まれている。

 両刃(もろは)の剣とはまさにこの神技。ただ、扱えたのならの話だが。

 

 神技から―――神からしてみれば、私は結局一端の人間、有象無象に過ぎない。

 扱おうとすらおこがましいのだろう。一向に撃てる気配がしない。

 

 なんで、何で撃てないんだよ……いい加減、思い通りに動けよ!

 

 嘆きなど聞いてくれるはずも無い。だってそれ自体は、全くの無形なのだから。

 ()()()()()()()()()()。捉えるなど到底不可能な()()

 それなら、此奴(こいつ)を今すぐにでも、消せるはずなのに……なんでっ。

 

 

 

 彼は自身の矛盾に気づけていなかった。

 無で放たれ無を告げ無で終える、それこそが【ラスト・オニムス】と名付けられた神技。

 その技そのものが、確かに全てを消す(斬る)ことのできるものだった。

 だがそれは技であって、斬撃では無い。

 そもそも、その神技に型などなかった。無と言う型しか。

 だから動きも、撃ち方も、定められることはないのだ。

 だが、彼は愚直に祖父(大神)から教わったものを、そのまま真似しようとしていた。

 それでは永遠に不可能だと、未だ知ることなく。

 

 

 

 もう、何度斬った。既に一万など超している。

 息も荒れて来た。腕だけではなく身体そのものが重い。ずっしりと、刀の重さを受ける。

 一向に放てない神技、消えるどころか、死ぬ気配すらない怪物。

 対応されつつあった。苦し紛れながらも、着々と斬撃を防がれている。

 そう、防がれているのだ。でも確かに殺す一歩手前まで届いているだろう、だがそんなことはどうでもいいのだ。消せていない、その事実のみが私の焦燥を募らせ、どす黒い殺意の塊となった刃を粗雑に荒らしていく。

 圧倒的有利な状況だ。なのに、なのになのになのになのにぃぃ! 何故だ、何故こんなにも簡単なことが出来ない。たった一刀、それだけだろう? なぜ放てない、何故、この復讐の殺意は届かない。

 

 決死の形相で逃げ惑う怪物など心情など知るか。もう逃げ道など三度目の斬撃でなくなっている。この籠の中で後は、此奴を消すだけなのだ。

 すっかり風変わりしたこのルームのことなどどうでもよい。さっさと、言うことを聞け。いい加減に、目の前の存在してはいけないものの存在を、消してくれ……

 

 嘆いても喚いても、心中で繚乱(りょうらん)としている感情の渦に取り合ってくれることはない。

 これしかないのにも拘らず、だ。怪物を跡形もなく消す手段は。

 神技に挑戦する最中で何度も斬り刻んではいるが、全て回復されているし、剣圧によってひしゃげさせることなど致死の攻撃を与えても、元通り。

 この怪物は殺す事すらできない。どれにしろ結局、消すしか、この神技を使()()しかないのだ。

 

 何度も外し、何度も失敗し、されど何度も立ち直って、ただ愚直に()()()()する。 

 

「いい加減にしろっ!」

 

 不合理に対して、ついに声にまでなって露わとなった。

 

「消させてくれよっ……斬らせてくれよっ……」

 

 (いぶか)し気な視線を感じるが、知ったことではない。

 

「全てを斬る斬撃だろうがっ、()()()()()()()なんだろうがっ……」

 

 何かが引っかかった。喉元まで出て来て、それは今まさに放った意味のない斬撃(殺意)とともにどこかへと戻っていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 はっと、気づいた。今この瞬間は殺意すらも吹き飛び、呆けてしまう。

 そうだ……何もかも、前提条件すら間違っていたのだ……。

 言われていたではないか。『これは剣技では無く、神技である』と。

 そもそも斬撃などではないのだ。そもそもこれは、動きなどないのだ。

 定型化なんてされていないのだ。無形であり、それそのものも無である。

 名なんて最初から仮初だった。有を斬り裂くこともできず、それどころか何かに触れることすらない。

 ただ、消すのみ。それができるのが、【ラスト・オニムス】という名で呼ばれている、神技の相称なのだ。

 

「ギュヒャァッ」

 

 ぐちょ、っと音がした。骨が軋む音がして、全身に激痛が走る。

 自分の中で、脈打っているはずの律動が失せているのはすぐに理解した。

 でも、そんなことは気にもならなかった。

 

「ははっ、そういうことか」

 

 心臓を刳り貫かれて、もう既に死ぬ寸前である中、嬉しくて、笑った。

 とち狂ったわけでは無い。ただ純粋に、嬉しかったのだ。

 私の心臓を手に持って、後ずさっているあの怪物を消すことの兆しが見えたのが。

 神技―――神の領域を、理解できたかもしれないということが。

 

「簡単じゃねぇか」

 

 

 なってない、基本すら守れていない形で、彼は愛刀を切先を天井に向け、大きく高々と振り上げた。

 笑みを浮かべたまま、殺意すらなく、彼はすうっと何にすら逆らうことなく、刀の重さだけで愛刀を振り下ろした。

 

「斬」

 

 小さく、やわらかく、自然と出たかのようにただそれだけを、透き通らせて告げた。

 その瞬間、否、時間と言うものすら無く、彼の眼前にあったはずの存在は霧消霧散となる。

 

 

 これは神技だ。剣技では無い。

 ならば刀を使うこと自体が可笑しいのだが、一番これが想像しやすかった。

 仮名【ラスト・オニムス】、それは無そのものであった。

 斬る事ではない。ただ消すのだ。今の今まで剣技と勘違いをしていたが、これは消すためだけのもの。全て、万物問わず、存在しないモノすらも、消す。

 それには己も含まれ、そして、その技そのものも含まれている。それが私の見解。

 殺意や憎悪、斬ろうと言う、消そうと言う意思を籠めて、ずっと放とうとしていた。

 だが、間違いだ。そんな意志すらも、この神技には込めてはならない。放とうと言う事すらも、それは意志となり、無では無く有となる。

 だから何もない技を放たなければならない。矛盾した、技ですらない技を。

 矛盾なら、私の得意分野であった。幾重にも矛盾し、狂気にまで堕ちた私の。

 技とは剣技とする、それにとっての無とは、型すらなっていない別のもの。

 目的とは、眼前を消す事。刃が落ちた先は、全てが消える。

 矛盾を今ここに創り出す。裏をかいた屁理屈によって成り立つ、ずるをした神技。

 

 

 それこそが、今の光景であった。

 

 

 私を散々苦しませた怪物など、もう無かった。ただ刀が落ちたその軌道の先は、ぽっかりと、無くなっている。

 縦に深々と、横幅2M程縦幅では30Mすら超えているか。奥行など、暗くてよく分からない。

 無で終えた戦いは、あったはずの怨嗟(えんさ)すら、私には無かった。

 ただ体に力が入らなくなり、バタンッと体が地面へ投げ出され、もう力など入らない。 

 

 そういえば……心臓が貫き盗られて……

 

 

 ぷっつり。

 

 

    

 

 


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