やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

95 / 162
  今回の一言
 戦闘シーンは本当に難しいよマジで⁉
 
では、どうぞ


生まれた怨嗟は彼へと繋がれる

「……へぇ、変わってますね。知性があるとは驚きです」

 

「ソノワリニワ、オドロイテナイ。オマエ、ウソツイタ」

 

「嘘じゃないですよ。人の心情を感じ取ることは、できないようだ」

 

 白の怪物(モンスター)は一度ならず二度も、言葉を発し、かつ会話を成立させた。

 片言でしかないが、確かに。

 気配だけでは無い。知性と言う概念ですら、このモンスターは他のモンスターとかけ離れている。

 私と同等程の身長に見えるが、猫背を正せば優に2Mを超すだろう。それにあの長い髪、地面についてもまだ伸びているほど長い。いつぞやの私のように。透明の目には私を刺す異様な殺意が(うかが)える。

 何とも変わっている。しかも、知性があるなら理性がある。相当に厄介だ。

 

「……ティア、リヴェリアさん。魔法用意。何でもいいので最大火力で。私も撃ちます」

 

「了解した」

 

「おっけー。シオン、頑張って」

 

「はいよっ――――!」

 

 勝手に指示を出し、怪物目掛け全力で踏み込み、一閃。

 小手調べなどしている余裕はない。一刀一刀殺す気で放つ。

 キンッ! と甲高い音が鳴った。少しの驚きが生まれるものの、それを無視して詠唱を始める。

 

「【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 後ろに小さく飛び、距離を取りながら詩を紡ぐ。終りを導く死の詩を。

 怪物は追って私を襲ってきた。

 その手には、先程まで無かったはずの真っ白の大剣。狭く薄い、斬る事に特化した。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 大剣を受け流し、斬り返しながらも一次式を完了させる。

 これはまだ攻撃にならない。そして待機させることもできる。

 迫りくる大剣を鍔迫り合いに持ち込むと、また声を掛けられた。

 

「マホウジャナイノカ。ドウデモイイガ」

 

 何度驚かされれば良いのだろう。このモンスターは魔法の存在を知っている。

 いや、知る機会はある。だが、それは訪れていないはずだ。この怪物は先程産まれたばかりのはず、ならば知り得るはずが無い。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として(もたら)された。ならば劫火を齎したまえ】

 

 斬り合いながらの並行詠唱。だが敵の刃は速い。高速詠唱を合わせることは流石に無理があった。安定させて詠唱を完成させるのは必然時間を要してしまう。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい】」

 

「【神技鉄槌(ミョルニール)】!」

 

 ふとそこで、背後から(おびただ)しい量の魔力を感じ取り、飛び退く。

 完璧にあったタイミングで、怪物に雷光が落ちた。それは色合い鮮やかに変色し、多種の効果を与えている。

 ティアの魔法だ。最大火力で放たれているから相応にダメージを与えられているといいが。

 

「【さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 続き私も放つ準備を終える。第一射、最大火力の(ほむら)を。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 ティアの魔法で今も尚足止めを受ける。私の視界内にはあの怪物しかいない。

 指を鳴らすことはしなかった。そんなことをしている余裕は瞬時にして無くなったから。

 

「おぃおぃ、ティアの魔法で無傷かよ……」

 

「アンナノ、ヨワイ。オマエノケンノホウガ、ツヨイ」

 

「剣じゃなくて刀だけどなっ!」

 

 私の魔法を受けながらも難なく動き回る怪物に苦笑いしか浮かばない。魔法耐性でもあるのだろうか、ならば魔力の直接攻撃ではなく、間接的攻撃ではどうだろうか。

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 氷片が飛び散るこの合わせ技(コンボ)。音速レベルで飛礫(つぶて)となるのだから、生身が受ければただでは済まない。斬り付けた感触、氷片は貫通できるはずだ。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

 気のせいだろうか、段々と敵の刃が重くなってきている。私の動きに対応してきているのだろうか、ならば早々に決着をつけるべき。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」

 

 そこで敵の動きが少し変わった。チャンスとは思わなくとも斬り込むと、懐へ入り込んだ瞬間、私を弾いたのは大剣では無く、対で二本の短剣。

 そこから果敢に攻めかかって来た。重さは効果が無いと学び、ある程度の重さと手数での勝負を決め込むつもりだろう。ならばこちらも手数を増やすのみ。 

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

 

 鈍色と漆黒の残光が軌道を作り出す。もう既に燃え盛る炎の範囲からは外れていた。だが問題ない、戻せばいいだけのこと。

 大剣から短剣に替わったのは、恐らく変幻自在の武器、ということなのだろう。無形であり有形、定めた形になると言う事か。

 それにしても、面倒な太刀筋だ。力任せに振るわれて、速度と重さと手数だけが稼げている。鋭くはないが、容易に対処できるものでは無い。無駄は多いものの、目だった隙は無いのが更に面倒。

 証拠にフィンさんたちの援護がまだ期待できない。今はありがたいが、後々きつそうだ。

 

「【ヴァ―ス・ヴィンドヘイム】!」

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

 

 凛とした砲声と、無感情に告げる終わりの声が重なる。

 瞬前(しゅんぜん)私は斬撃とは反対方向から、全力の蹴りで赤く輝く紅蓮へ突き飛ばした。ジャストで怪物は、その中心へと降り立ち、そこへ効果が訪れる。

 天井と地面から周りと同一色の塊が挟み込むように現れ、球状に包み込んだ塊は次の瞬間、中から溢れ出る蒼白い炎で粉々に砕け散った。

 

「ティア結界!」

 

「言われなくても!」

 

 簡易的な巨大結界で、皆の身を護らせる。私はその結界からは外れ、全力の邁進。飛礫(つぶて)飛び交うそこへと突っ込んだ。 

 一弾も食らうことなく怪物へと一刀撃つ。だがそれはキンッとまたもや、甲高い音を鳴らした。

 

「ふざけんなよオィ!」

 

「キャキャハッ、アブナイアブナイ、ヒャハッ」

 

 無傷、であった。正確な表現として、私が斬ったはずの痕も見られず。

 髪がゆらゆらと(うごめ)いている。恐らく、あの一本一本が触手のように動かすことが可能なのだろう。それに加え強度は鉄など優に超す、感触的に最硬質金属(アダマンタイト)。今弾き返されて分かったが、かなり厄介だ。

 

「ゼンインデコロシニコナイノカ。コワイノカ、ヒィヒャハッ」

 

「馬鹿々々しい。ただ、待ってるんだよ」

 

 そう、気配を殺して、飛礫(つぶて)が止んだ今、機を待っている。

 居場所は全て捉えている。後は立ち回りやすいようにするだけ。

 

「かかって来いよ怪物(バケモノ)。同じバケモノが相手してやる」

 

「イイ、イイイイイッ! コロスッ! オマエハツヨイ!」

 

 速度が上がった、まだ余力があるのだろう。底知れぬのは十分な不利となる。

 此方も余裕があるからまだしも、どうしたものか。

 

 こちらは初手でしか傷を負わずに、段々と敵に傷を蓄積させられてはいるが、目に見えて回復されている。自己修復能力は自分はとても便利だとしても相手に使われると嫌になる。 

 

「荒いな」

 

「ヒヒッ、シネ、シネェェェ!」

 

 武器を何度も変え、人外の能力をいかんなく発揮し変幻自在の攻撃を生み出す。対処は難ありとて、可能な範囲を抜け出せない。一体、先程の殺意や気配は何だったのだろうか。

 不思議なまでに弱まっている、のだろうか。それとも、相手も機を待ち続けているのだろうか。その為の温存か。

 首だけは刈り取れない。心臓部も斬り付かせてはくれない。そこが弱点だと知っているのだろう。それ以外はからっきしの防御だが、重点的なところは抑えている。能力に頼った方法だが、それが最善手なのだ。

 

「そろそろ攻めましょうか……」

 

「ナンダ、ナニカスルノカ、ヤッテミロ、ドウセヨワイ」

 

「強さに固執すると痛い目見ますよ」

 

 同方向からの横薙ぎで狙うは胴体でも首でもなく、硬い髪。あえて、そこを狙う。

 一閃の重さは尋常じゃない。今までは直撃を避けられていたが、髪ということもあって油断していた。斬撃では無く、殴打に近いこの有効打を。

 

「ぞりゃっ!」

 

「グヒッ」

 

 小さく声を上げて、紙屑のように吹き飛ぶ。嘆きの大壁(たいへき)へと一直線に高速で飛んでいく白色の塊を、ある拳が捉えた。白い塊が返される。

 

「何ちゅう重さじゃ、折れるかと思うたわ!」

 

 怒声が飛んでくるのは、高速で戻ってくる白い塊と同じ方向。力でゴリ押しの彼の得意分野で、ただ殴り飛ばすのみ。ダメージを与えることが目的だ。

 本当に与えられたかどうかは知らないが。 

 

「次っ!」

 

「人使いが荒いね君はッ!」

 

 フィンさんの二柄が直線で煌めき、心臓部目掛けて放たれるも、やはりそう易々と殺せるほど弱くない。髪で槍に巻き付き、引き寄せてフィンさんを蹴り上げた。

 負けず劣らずの速さで天井へ吸い寄せられる。相当なダメージを負うだろうが、気にしてなどいられない。

 (わら)い嘲り、隙を見せた怪物に一閃、脚を飛ばす。

 

「ギャッ?」

 

「もう一本!」

 

 返し走らせ肩口へ、だが対応は早く前へと出た髪で弾かれ、だが相応に怪物も弾かれる。

 バランスを崩したのは、やはり怪物の方だった。

 そこに命を刈り取る刃が二つ、怪物へと迫った。急所目掛けての一撃が。

 

「ヒハッ」

 

 視認不能な程の斬撃を見て、怪物は不敵に笑った。それに初めに感じた寒気が走る。

 体が勝手に動いた。

 鈍色の線は直角に折れ、一直線に向かうのは下すもう一つの刃。思い切り弾いた。

 驚きを隠さない目に苦しみながら、もう片方の手で漆黒の軌跡を描くと、それは本当にギリギリだった。

 片腹を深々と抉られ、漆黒の刀を握る右腕は吹き飛ばされる。所々に孔が開いた。

 地面から伸びた、針のような先端をした白色のナニカによって。

 

「シオン⁉」

 

「気にするな!」

 

 アイズがそれに気づいて悲痛な叫びを耳へ届かせるも、アイズが無事ならそれでいい。

 私の身体などいくらでも治る。だから大丈夫だ。

 そう目で伝えながら、致し方なく後退する。

 

「ヨク、キヅイタナ。イツモワコレデオワッタ」

 

「興味深いことを言いますねぇ……」

 

 ギリギリで納めた『黒龍』を一瞥し、一閃を正眼に構える。

 そのまま、呪いを回した。今ここで吸血鬼になる暇はなくとも、修復くらいはできるか。でも接合では無く修復だ、時間はかかる。

 鋭い痛みが走った。先の無い肩口から最優先に。

 

「……オマエ、ニンゲンカ」

 

「だったらどうなのでしょうね。言ったはずですよ、『怪物(バケモノ)の相手はバケモノがする』と」

 

「ソウカ、オモシロイ!」

 

 始めて動揺を見せた怪物。だがそれは私の様子で一転し、高揚した風に見える。

 正直今はかなりキツイ。同時進行で精密作業を幾つも並行している。ふとした拍子に崩れかねないのだから、かなり危うい。

 

「シオン、援護する」

 

「治癒は必要?」

 

 そこへ金と銀の光が、私の邪魔にならない前へと現れた。

 片や正面の怪物を相対し、片や魔法を用意している。

 

「援護だけお願いします……治癒はいりません」

 

「本当に?」

 

「えぇ、自力で治しますよ……」

 

 ティアの魔法でも、無くなったものまでは治せまい。なら自分で直した方が手っ取り早いし煩わせる手間も無い。

 目の前の敵の邪魔さえなければ、三十秒で全回復できる。

 

「リヴェリアさん! フィンさんの治療を! ガレスさん! その二人を守ってください! 私たちは攻めます!」

 

「了解した! ガレス!」

 

「わがっとるわい!」

 

 古参三人組を纏めさせておけばあそこは一先ず危機は免れるだろう。それに集中砲火で果敢に攻め立てれば、致命傷を負ったフィンさんも回復できる時間は稼げるはず。

 

「アイズ、斬り込みますよ。ティアは物理干渉系の魔法で援護を。問題は?」

 

「わかった」

 

「わたしも大丈夫」

 

「よし。んじゃ、行きますかっ!」

 

 そのタイミングで、腕も完全再生を終える。所々に空いた穴は無視だ、そのうち治る。

 本調子とはいかずとも、それをカバーできるアイズがいる。何ら問題ない。 

 

「「【目覚めよ(テンペスト)】――【エアリエル】」」

 

 風を呼ぶ二つの声が重なる。二人は風を(はし)らせ、急接近して死を告げさせる刃を向かわせた。だが一刀程度では弾かれるのはもう理解している。

 だから、斬れるまで続ける。最高速の連撃を。

 目まぐるしく入れ変わり、たとえ返されたとしても、たとえ反撃されたとしても、片方がそれを補い、片方が更に追撃を与える。

 何一つ話した訳では無いコンビネーション。流れを感じ取って動き、自らが操る風の動きに合わせて刃を走らせる。三つの刃が織り成すその剣戟は、さながら一人の手で創られた、一刀だけの剣舞のよう。

 着々と傷を与える。ティアの物理攻撃も、目に見えて効果が表れるようになってきた。

 

「はぁ、もう潮時かぁ」

 

 ふと、聞いたことのない、誰かの声が聞こえた。

 それは不思議なことに、白い怪物しかいない方向から聞こえる。

 

 バンッ! と大きく地面が割れた。否、盛り上がった。

 

 それは二人の刃を阻み、剣戟に刹那の停滞を言い渡す。

 ぱっと退いて、半身で背を合わせながら、盛り上がった地面の方向を(にら)み構える。

 煙が舞い影が朧気(おぼろげ)に捉えられる程度の中、確かに気づく。

 

 変わってた。姿そのものが。

 

 粉塵が晴れ、その実態が影のみならず露になる。

 

「一体どうしたらそうなるのだか……」

 

「おかしい……気をつけなきゃ……」

 

 色素の無かった体に、色合いが生まれた。それだけではない。

 性別といえようか、それが目に見えて判った。女だ。人型の体系は変わらずとも、より人間に近づいた――――いや、そのものに成ったかのように見える。

 モンスターが人間に変化(へんげ)する。あるいは人間がモンスターに成っていた。

 あってはならないことだ。

 

「もう少し()()で力をつけて来るべきだったか……あの姿のまま勝てたらよかったのに。君たち強すぎない?」

 

「さぁ、それはどうだろうな。一つ訊くが、お前はなんだ。人間か、モンスターか」

 

「君たちで言うところのモンスターだよ。ま、この姿を見られたからには、死んでもらうけどね」

 

 怖気が走った。血流が一気に加速し、対し感じる熱は遠のいていく。

 (はし)った。止めなくてはならないと思って。何を、とまでは考えていない。

 

「ゼェェリャァッ!」

   

 大音量の気合を置き去りに、初速の風すら措いて、走った私は鈍色の刃を下段から振り上げた。次には後ろに弾かれる、私が。

 正体不明の怪物も確かに飛ばすことはできた。だが先程とは比にならない程小さな距離。

 地面が大きく砕け散るのも露知らず、反撃をしようとする怪物目掛け、一条の光が迫った。源は、振り切った姿勢で不的に笑う、回復済みをフィンさん。

 

「軽いんだよ」

 

 だが、その槍は容易く見破られ、少し軌道から体を逸らした怪物は、すっと伸ばして手で槍を掴んだ。でも衝撃を殺したわけでは無い。そのままずるずると地面を削りながら飛んでいくと、ふとその動きは停まり、身体を捻った。その動きに槍は付いて来て、ふと手が開かれる。

 

 槍は、引き寄せられるかのように、その先端を主へと向けた。

 

「―――――ッ」

 

 声は聞こえなかった。槍に心臓を貫かれ、フィンさんはまたしても吹き飛ぶ。そして、壁へと(はりつけ)にされてしまった。ぐたぁっと、力無く身体が垂れさがる。

 

「クソッ」

 

 あの程度で死ぬ(たま)とは思えないが、もう戦えはしないだろう。

 リヴェリアさんが手当てに向かっているし、あとは任せるしかない。

 

「アイズ⁉」

 

「―――――ッ!!」

 

 それはきっかけとなった。独断専行の、アイズの斬り込み。怨嗟(えんさ)によって生まれた、隙ありし鈍った剣。あんなの、効くはずも無い。

 止めようと思った、だが、手は服を掠めて(から)を掴む。

 

「君も、全然弱いね。死んでよ」

 

 言いながら、アイズの剣を指一本で()()()()()。鋭さを失った剣は、その後ぱっと横へ曲げられた指と共にずらされ、もう片方の手に気づけば握られていた大剣が、ずばっ、と、音を立てて地面と直角の線を描いた。

 遅れてついて来る、多量の鮮血。

 私の視界が、明滅し、軽く暗転した。

 

「―――オン⁉ ―――――ン! ―――――――――シ――」

 

 荒れた叫び声が響いた。それは寸でのところで意識を保たせた。

 固く握りしめる両拳。力のあまり震える腕は、もう制御すらできない。

 

「悪いティア。全力の防御魔法を私以外に頼む」

 

 ギリギリの理性で、そうとだけ告げた。返事なんて聞かなかった。

 極限まで加速した世界(意識)。その中で私は一人、その速さで動いた。

 

「あらっ」

 

「――――――」

 

 その無音での斬撃は、さながら同時に斬撃が飛んだかのように錯覚する。

 斬り刻んだ怪物の腕、空中でゆっくりと動くアイズを掴んで即座に後退し、多量の出血で『即死した』彼女寝転がらせた。

 

「使わせちゃったな……」

 

 パリンッと小さく(ひび)割れた音が、彼女の裂かれた胸元で光る宝石から鳴る。そしてそれは淡緑(あわみどり)色の結界らしきものを作り出した。

 加護(グラシア)の効果。まだ残っていてよかったと心底安堵する。

 そしてその安堵は、強烈な殺意へと変換された。

 

「覚悟しろよ正体不明(イレギュラー)の怪物。今の俺は……ちょっと歯止めが利かねぇ」

 

 

 無駄な物を、彼は全てその場に投げ捨てた。

 たった一刀、『一閃』のみをだらりと下がる手で執り、眼帯すらも外す。

 静かに、開いた眼。それは金でも緑でもなく、真紅。

 筋肉がうすらと隆起した。尋常ならぬ剣気が空間すらも歪めるがごとく拡散する。

 

 

「イイネェ、来なよぉ、殺してあげる」

 

「殺す、か。そうか、甘いな、お前」

 

「は?」

 

 ふと、コマ送りのように、彼は消えた。何人たりともそれには気づかない。

 一陣の強風が吹き荒れ、破壊力を持って、空間(ルーム)を軽々と破壊した。

 

「俺は、消すよ」

 

 始めて、怪物は震え上がった。その殺意に、心地良いと感じていた、ずっと向けられていたその圧に。    

 快感などではなく、備わった本能から呼び起こされた、恐怖で。

 

「――――――ッッ!」

 

 全力で飛び退いた。そのとき鋭い痛みが走る。

 四肢が、どこにも見当たらなかった。消えたのだ。

 自覚するとすぐに修復する。何の問題も無く、元通りになった。

 訳が分からず、はっと顔を上げると、そこは自分がいた筈の場所。だがいるのは自分ではなく、殺したくてたまらない、強きモノ。

 そしてその場所は、どういう訳か、消えていた。跡形もなくばっくりと。敵が立つ、その場所以外が。

 

 切っ先が、態とやっているかのように、ゆっくりと自分へ、向けられた。

 全てが叫ぶ、『死ぬ』と。

 

「神技――――【ラスト・オニムス】」

 

 生まれて初めての圧倒的理不尽が、怪物を襲った。

 

 

 

   

 

 

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。