やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 次回きつそう……

では、どうぞ


気付かぬ殺意は露わとなる

「ぁ、シオン。どこ行ってたの? 反応がなかったから、場所も分からなかったし……心配してたのに」

 

「ごめんなさい。ちょっとばかりの急用でしてね」

 

 野営地に戻ると、そこは『昨夜』に勝り慌ただしい。ワン吉が帰って来てたことだし、薬の分配もとっくに終わって、本当に今日中に帰ることになったのだろう。流石フィンさんの予測だ。

 その手伝いをしようと向かった矢先、遇えたのがアイズ。直ぐに襲ってくることはなかったから、本当に反省して自重しているようだ。

 だが反応がなかったとは当たり前のことではなかろうか。一度あって、そのまま近くにいるのだ。遠く離れた訳でも無いのに、そんなことはないはずなのだが……まぁ、そのあたりはいいだろう。

 

「そうそう、何かお手伝いすることはありますか?」

 

「……ない、のかな?」

 

「何故に疑問形」

 

「私が手伝おうとしたら、全力で断られちゃって……」

 

「あー」

 

 納得してしまう自分がなんとも言えない。実際言ってしまうと、アイズは器用の様で不器用である。どれくらいかと言うと、調味料に触っただけで料理が駄目になってしまったレベル。

 どんなレベルだよ……自分で言っててわかんねぇ……もはや原理すら不明である。

 

「あ、そういえばティアは? 完全に忘れてました」

 

「流石に憶えててはあげようよ……天幕の中で休んでる。疲れた、のかな?」

 

「ずっと治療にかかりきりだったのでしょうね。労いの言葉でも掛けておきましょうか。じゃ、アイズ。また後で」

 

「うん、また」

 

 なんやかんやといろいろあり過ぎて、ティアについて完全に意識外だった。彼女はずっと意識の中というより中心だったろうけど、別に良いだろう、少しくらい忘れていたとしても。

 アイズに手を振りながら背を向け歩き出すと、それに小さくとも振り返されてにやつく顔を抑えきれない。だが何とか口元を隠して、ティアがいるであろう片付けられていない天幕へと入る。 

 中にははメイド服姿でぐっすりと地にぶっ倒れる銀髪の幼女がいた。

 寝息は立てているし、心臓の律動も感じとれる。死んではいないようだ。

 

「……でも、起こすのは悪いですかね」

 

「そんなことはなーい!」

 

「うおっと」 

 

「避けられた⁉ 完全に不意打ちだったのに⁉」

 

 立ち去ろうとして直ぐ、後ろから発せられた声。それと共に飛んで来る小さな体。

 私の潜めた声一つで、飛び起きることができたらしい。どんな感覚をしているのだか。

 勿論避けはしたのだが、そこまで驚かれることだろうか。

 

「その様子だと、まだ余力はあるようですね」

 

「えっへん。上位精霊を舐めないで欲しいな、力ならありふれてるもんっ」

 

「ではどうしてぶっ倒れていたのでしょうね」

 

「うぐっ」

 

 わかりやすいまでの強がりだ。はっきりと浮かぶ目の下の(くま)。ゆらゆらと軸が定まらない様は、明らかに疲れている証拠だ。

 かかりっきりにしていたことは最善と思っていたが、彼女の精神力(マインド)は計算に含んでいなかった。心中悪いと謝罪しつつ、後悔は全くしていない。

 

「ティア、ちょっとおいで」

 

「? なになに、何かしてくれるの?」

 

「ふふふっ」

 

 不吉に笑って、何をしようとしているのかは悟らせない。今ので若干後ずさった感じは中々よい反応だ。

 

「や、優しくしてね? 私も、その……頑張るから」

 

「違うわ。私をどんな人だを思っているのですか、酷くありません?」

 

「ち、違うの! ただちょっと願望が混ざっただけで……」

 

 それに、休ませようとしているのに逆に体力を使う行為をするなど、わかりやすく本末転倒だ。

 まぁその意図に気づいていないのだから、彼女にそんな考えなどなかろうが。

 

「……なにをするの?」

 

「えぃ」

 

「きゃふんっ⁉」

 

 おそるおそるの様子で私の前に座ると、瞬間飛ばした手刀。

 勿論肉を断つのが目的ではなく、意識を刈り取るのが目的。威力を全て衝撃へと変換し、神経へと直接伝えた。それで脳への電気信号は遮断されて意識は暗転するだろう。

 ばたっと前屈みに倒れる彼女の肩を持つと、優しくそのまま仰向けへと姿勢を変えさせた。

 枕が無いのもかわいそうだから、仕方なく、仕方なぁく膝を貸す。ただ正座だと彼女には高すぎるから、脚は伸ばした状態となるが。

 

「……こう見ると、本当に幼女にしか見えないんだよなぁ……」

 

 あどけない顔立ちに、まだ成長途中のように見える体躯(たいく)。心臓の律動する間隔、呼吸の回数。どれをとってもただのカワイイ幼女にしか見えない。

 だがそんなのではなく彼女は精霊だし、なんらな幼女では無く実を言えばロリである。

 何故かと言えば簡単なことで、精霊が自我を持つのにかかる時間は、アリア曰く平均して600年。ティア自身13歳と言っているが、そこを足して613歳ほど。

 何十倍も、彼女の方が年上だったりする。

 

「ま、そんなこと気にしてないでしょうけどね」

 

 むしろどうでもいいと思っているまである。

 

 寝息をうっすらと立てる彼女を一撫でして、愛おし気にしている自分に少しばかりの驚きを受ける。

 仕方ない事か。これだけ可愛いのだし、誰だってそう思うだろう。

 だが私は限度を弁えているし、彼女が望もうとも手を出す気は毛頭無い。以前一緒に入ったお風呂は私が悪いのではなく彼女が悪いのだ。決して私は故意的に何かをしたわけでは無い。断じて、だ。

 

「このまま待ちますかね」

 

 あと数時間はあるだろうから、彼女が休む時間も十分にとれる。

 潮時に起こせばいいだろう。何かしらの呼びかけはあるはずだ。

 

 その時までじっくり、彼女の眺めていたのだった。

 

 

 

 無情に高まる胸中を無視して。

 

 

   * * *

 

「みんな! 後は迷宮の孤王(ゴライアス)を討伐し、帰還するのみだ! だが気を抜くな! たとえ僕達でも、油断すればこのダンジョンに簡単に狩られる! 気を引き締めて、帰還にあたる!」

 

『おーーー!』

 

 猛々しく意の籠った雄叫びが、然も嬉し気に響く。

 二時間ほどの休憩後、準備を終えたようで呼び出しが来て、何やら会議に参加させられた。それは私が同行するから必要なことだそうだ。

 そこでリヴェリアさんがやけにちらちらとこちらを見ては目を逸らすを繰り返していたので、周りからは不審がられていたが、私からしてとても面白い光景でった。

 ニヤリと笑ってやった時のあの顔は、特に。

 因みに、その内容の大半が階層主(ゴライアス)討伐について。何でも私とティアがその隊に組み込みたいとのことで、快く承諾した。

 

「先遣隊が精鋭組! 先程発表したメンバーで階層主(ゴライアス)の討伐を行う! 三分以内で終わらせるぞ!」

 

「そんなに時間はかからないと思いますがね……」

 

 ゴライアスはただの巨人。その低度に殺される私では無いし、手古摺(てこず)ることも無いだろう。どうせ秒で終わる。ちょっと首を飛ばすだけだ。

 

「ゴライアスの討伐後、ベートを向かわせる! 後続隊はベートと共に帰還! 嘆きの大壁(たいへき)前で落ち合おう!」

 

『おーーー‼』

 

 意気揚々としているが、そこまで興奮することだろうか。

 まぁそれは別にいい。

 ただ気になるのは、この場にベル含めヘスティア様やリューさん等々の姿が見られないことだ。

 水晶群のある場所に妙なことに気配が密集しているが、何かあるのだろうか。

 

「シオン、何考えてるの?」

 

「いえ、何でもありませんよ。どうせなんとかなるでしょう」

  

 ベルもそこら一端の冒険者に後れを取る程弱くはない。心配は無用だろう。それも、ベルがその異変に関与していたらの話だが。

 

「先遣隊! 前へ!」

 

 十七階層への入口へ背を向けているフィンさんに呼ばれて、私とティアをはじめ、首脳・幹部・準幹部一同が前に出る。【ヘファイストス・ファミリア】の参加は、一身上の都合よりなくなったそうだ。

 何でも経費がどうたらこうたら……っとそんなことはいい。

 

「行くぞ!」

 

 そうフィンさんが叫ぶと、軽く走り出す一同。だが私は一つ溜め息を吐いて、普通に歩き出した。

 (いぶか)し気な目を向けられるが、別にそこまで急ぐことでもない。

 

「ティア、魔法用意。範囲狭小(さいしょう)、属性炎雷(えんらい)麻痺(まひ)させるくらいの火力」

 

「りょうかーい」

 

 ティアも後から歩き出し、それに合わせて私が指示を投げる。

 これで、所要時間が五秒で済む。

 

 坂道を上がり切ると、そこではもう進撃を開始していた。

 ワン吉とアイズが斬り込みを務めている。

 

「【貫く麻痺弾(ライジング)】」

 

 これでも初見のゴライアス。その()()()にちょっと驚き。 

 だが意に返さずティアは魔石(心臓部)目掛けて麻痺弾を撃ち放った。

 

 即座にその効果は明白なものになる。

 身震いしたゴライアスは、可笑しなまでにその動きを停止した。

 

「はい、終わり」

 

 そしてそれは死に等しい。抗うことも無く、ゴライアスは首に一筋の光を通した。

 その光とは、刃の残光。尋常じゃない重さを誇る『一閃』の亜光速に至る斬撃。

 一直線に跳んだ私は、居合いの要領で斬った。そして着地したのはゴライアスの額、跳んだ勢いを反転させて更に蹴って跳躍する。

 するとどうだろうか。いとも容易くその頭は胴体からころりと落ち、多量の鮮血を噴出しながら、数秒の時を経て灰となり、魔石をゴロンと落とした。

 

「ほい、ワン吉、報告報告」

 

「―――――――」

 

「?」

 

 何故か皆が絶句している。フィンさんまでもが、だ。

 そこまで可笑しなことをしたのだろうか。ゴライアスくらい、この程度で終わるだろうに。

 それとも何か、ゴライアスは実はめちゃくちゃ皮膚が硬くて、斬る事が容易ではないとかか? まだ『ハード・アーマード』の方が外皮的には硬いのだが……

 

「す、すげぇ……」

 

 ふと聞こえたのはラウルさんの声。そこには感嘆が含まれていた。

 不思議と首を傾げると、更に感極まった声が掛けられる。

 

「凄いじゃないッスか! どうやったんスか⁉ ゴライアスをこんな簡単に……」

 

「……流石シオン、だね」

 

「あ、ありがとうございます? それで、ワン吉、固まってないでさっさと報告に行ったらどうなのですか」

 

「……チッ、わぁがってるっつーの」

 

 ラウルさんが詰め寄ってきて、そこにアイズも加わる。

 アイズに褒められるのはとても嬉しいのだが、ここにいつまでも留まる訳にはいかないだろう。早々にワン吉が報告へ向かうべきだ。

 

「少し待ちますかね」

 

「うん。そうだシオン、さっき魔法って……使ってた?」

 

「使ったのはティアですよ。麻痺させて一息に殺せるようにしてもらいました。お陰でとってもいい的でしたよ」

 

 まぁ本当の所を言えば、人型モンスターは電気に弱い。何故かと言えば筋肉硬直が原因で動けなくなるのだ。要するに麻痺しやすいということ。元々光系統電気属性のティアにとっては得意分野。それに、炎属性も含んでいたから刃もいい感じに通りやすかった。肉がちょっと焼けてくれたお陰で。

 でもそれがいったいどうだと言うのだろうか。魔法を使わなくても、アイズもやろうとおもえばできるだろうに。

 

「……そっか」

 

 含蓄のあるその返しは、今一意味がくみ取れなかった。不思議に思い再度首を傾げていると、今度は他の人たちが挙って話しかけて来る。

 その間にも、ワン吉は後続部隊と合流し、今に迫って此方(こちら)へ向かっていた。

   

 それを質問攻めの対処を行いながら確認していると、ふと突然、ナニカを感じた。だが消える。

 そして次には今までにない、(おぞ)ましいまでの怖気が走った。それは寒気となり、背中を突き刺す。

 

「――――ふざけんなッ」

 

 走り出した。そう吐き捨てると、周りに囲む人たちを意に返さず。

 今感じたのは予兆だ。そう確信できる。

 それでいて、ただならぬ敵意だ。感じ取れない訳がない。

 

 しかもそれが感じるのは、今まさに後続部隊が通行中の、十七階層へと続く十八階層からの通路。

 完全に、ヤバイ。

 

 第一に優先したこととは、ギリギリ出しても問題ない最大速で、通路内の全員を避難させることだった。実力者の多い、階層主の居たあの空間へ。

 だが、それも完全には終わらなかった。人数が多すぎたのだ。

 残り三人。そこで起きたことは、(ひび)割れ続けていた天井が破壊された事。そして、謎のナニカがその姿を顕わにしたこと。

 そして、その敵意、殺意、戦意。全てを私たちへ向けてきたこと。

 

「ウゥッリャァッ!」

 

「―――――ッ⁉」

 

 奇声を発し、攻撃してきた人型生物。不幸中の幸いか、それは抱える三人に(あた)らず私の腕だけで済ませられた。亜音速で人を抱えながら動く今、刀など握ることすらできない。だから避けて、ギリギリでその三人をあのルームへと投げ飛ばした。

 悲鳴が上がるが知ったことではない。崩れてしまった通路は、いずれ修復するだろう。

  

 全員、助けられた。あとは、逃がすのみだ。

 眼前に迫りくる脅威から、異常なまでの強さを誇るモンスターから。

 今の一手で判らせられる。あいつは強い。

 速度、重さ、軌道、読み、人間としか思えない攻撃。

 色素を感じない真っ白な体。より目立つあの殺意に(たぎ)っていた目。

 

 絶対に、逃してはくれない。なら、私が殺すのみ。

 相手もそれを望んでいるかのように、私のみにその全てを向けている。 

 【猛者(おうじゃ)】にも負けず劣らずの気迫。さて、どうしたものか。

 

「フィンさん、早々に撤退してください。……死にますよ」

 

 冷酷な声でそうとだけ告げる。目をひたすら、からがら逃げたあの通路へ、やってくるあのモンスターへと向けたまま。

 

「君の実力は知っている。僕独りだと負けてしまうことくらい強いことも。だが……あれは無理じゃないかな」

 

「【勇者(ブレイバー)】が何弱音吐いてんだよ。怖いならさっさとアイズ連れて地上に戻れ。その方が私としても、非常に助かりますから」

 

 引き絞ったようなフィンさんの声。それに反発してさっさと逃げてもらえるように催促する。

 この広い空間でも、これだけ人がいれば巻き込まれない道理はない。

 

「シオン、私も戦う」

 

「駄目だ」

 

「いや」

 

「――――ッ」

 

 尚近づく気配で(はや)る気持ちが、焦燥(しょうそう)を募らせる。

 隣に立って抜剣するアイズに拒絶される。だが、戦わせてはならない。これは、人間が相手するようなものでは無いのだから。

 

「……無理は、しないでくださいね」

 

「シオンの方が、絶対無理するもん」

 

「あたりまえです」

 

 そうとだけ言葉を交わすと、とうとう姿を現した。あの、バケモノ(モンスター)が。

 アイズも退()いてくれる気配がない。仕方ない、か。

 

「戦えるLv.6だけが残れ! 他は逃げねぇと……殺すぞ」

 

 本気の殺意を振り()いた。でも、実際そうなのだ。本当のことなのだ。

 死ぬのではない。私が殺すことになる。

 剣戟に巻き込まれて、死ぬ羽目に。

 

「フィンさんッ! 頼みますッ!」

 

「承った! ティオナ、ティオネ、ベート! 全員を引き連れ直ちに帰還しろ! 後から、追う」

 

「で、ですが団長!」

 

「行くんだ!」

 

「―――――ッ、全員! 団長に従って! 逃げるわよ!」

 

 今こうやって、会話できていることが不思議だ。指示出しの時間を、態と与えているかのように。

 残ったのは、Lv.6と私、そしてティアのみ。嫌々ながらも、他の人たちは撤退してくれたのだ。

  

「ハナシワ、オワッタカ」

 

『 ⁉ 』

 

 戦いの開幕は、摩訶(まか)不思議なその現象からだった。

 

  


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