やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 すみませんが前回続き2.5話分ほどに分けさせていただきます……申し訳ない。

では、どうぞ


妖精、それは語り手

 見られてしまった……

 表情には出さないようにしているが、内心ちょっと恥じらいでいる。

 自身の不注意が引き起こしたことだし、彼も故意に(のぞ)いたわけでは無いと言っていたのだから全て自分に責がある。仕方のない恥じらいは隠すべきだし、彼にとやかく言うのもそれは可笑しいことだ。

 だがしかし、裸を異性に見られたのなどいつ以来か。あのときは確か、皆で一緒に叱っ――――

 

―――――やはり、思い出してしまう。

 

 今まさに、その仲間たちの弔い場、そこに向かっているからかより一層と思い出が(よみがえ)って来る。といっても、屍すらそこには存在していないのだが。あるのは救援を呼んで戻った時に残されていた、見紛うはずもない仲間たちの得物。もう何年も前から手すら加えてなくて、今ではすっかり錆びてしまったが、それでも尚仲間たちの武器に触れる勇気が、私にはどうしても生み出せなかった。

 

 私がその武器を拾い、皆好きだったこの十八階層で墓を作った。といっても、砂山にその武器と目印の旗を刺しただけの子供が作るような砂墓(すなばか)だったが。

 そこに何も無いことは神降りしこの地の人々は誰もが判る、摂理のことだ。死んだ人間、その魂は天界へと送還されて、全てを無に変えられると転生させられる。でも、参らずにはいられない。それが薄々、自分の為にしていることだと気づいていながら。

 それで罪を『仲間の為』と思い込ませることで、安らぐ自分に嫌気が差しながら。

 

「……ダンジョンが、揺れてる?」

 

 突如のその言葉と、瞬次(しゅんじ)に訪れた振動により、巻き付いていた思考の(いばら)から解放される。   

 確かに、隣の彼が呟いた通り地が揺れていた。だがそれよりも引っかかるのは、度重なって上がるあの砂煙、そして数々の塊だ。

 しかもそれは仲間たちの墓に近い場所から上がっているのような……

 

「あはは……あれシオンだ」

 

「……今何と?」

 

 様々な可能性を危惧し始める中、隣の彼が苦笑と共に洩らしたことは、とても聞き捨てならず、だが信じ難くて再度の確認をしてしまうほど。

 いくらなんでも、ありえるはずがない。いくら彼が常識の埒外だからと言って、アレほどの破壊と、今まさに訪れる揺れはLv.2が到底実現できることでは無いのだ。

 ない……はずなのだ。

 

「え? あ、あれがシオンがやったことだって……」 

 

 だが、返答はただの現実。否定では無く隠しようも無い肯定。

 何故か頭が痛くなり、それと同時に訪れた否応なき心の痛みが何かと追及する前に頭に手を添えて(かぶり)を振った。

 

「……とりあえず、行きましょう」

 

 シオンが暴れているのかどうかは観に行けば判りそうだが、正直死地に赴くのとなんら変わらない、いや、それより恐ろしいことになりそうだから、それは止めておこう。

 どっちにしろ、その方向に向かっていることになるのだが。

 

「あ、あの、リューさん? あんまりそっちに行くのは……」

 

「大丈夫です。元々、目的地があの方向でしたから」

 

 何一つ大丈夫な要素が無いのだが、それは見て見ぬふりをしよう。

 それに、彼に逢えるのなら、『夜』にしてしまったあの愚行について謝罪を申さねばならない。いや、逢うなどとおこがましいか。私程度、そのように想ってはならない。

 

 擦れた何かの音が聞こえたが、それは握る自身の両手にいる窮屈そうな花々。無意識か、知らないうちに力が籠っていたようだ。供えの花なのだから、丁重に扱わなくては。

 

 生い茂る森の枝木を避け、足元にも少しばかり注意を払いながら進む中、不思議なことに振動も、舞い上がる塊も砂塵(さじん)も鳴りを潜めた。

 本当に彼だとして、彼が暴れるのを止めたのだろうか。それならありがたい、あの砂塵が止んだ辺りに仲間の墓があるのだから。壊されでもしたら、どうなってしまうかわかったものでは無い。  

 颯爽と揺らめく葉を掻き分け、後ろの続く彼のことも考えて道を作り進み続けると、くたびれた旗が目に入った。それこそが、仲間たちの墓の目印であり、証拠の一つ。

 ほんの少しか重くなった足を動かし、根を踏み土を踏み開けたそこへ出ると。幾時か呆然(ぼうぜん)としてしまった。続きこの光景を見た、彼と同じくして。

 

 眼前に広がるのは、確かに墓だ。私が作ったはずの墓。だが、これほどまでに美しく、目を奪われるものだっただろうか。

 先程の破壊の影響か、ひらひらと宙を舞う花びらや葉。多色のそれらで彩られた世界に、一際美しさを(もたら)しているのは背を向けしゃがみこむ()()()()か。

 色()せて見える服を着て、髪を後ろの高い位置で一つに(まと)めるのは漆黒のリボン。印象的に浅い色が全体にあるお陰で、より目が行ってしまう。それは彼女の金と白の珍しい髪。

 まさか彼以外にもあの一風変わった髪色を持ち合わせる人がいたとは。

 

「……シオン?」

 

 見()れていた光景に驚きを浮かべたのは最後のことだった。隣の彼が呟いたまさかの名前によって、更なる驚きと微かながらに湧き出る歓喜が勝ったから。

 

「え、な、なにを? まさか、そんなはず……本当に、シオン、なのですか?」

 

 だが、そんな本能より理性が否定を開始する。だが最後にはそちらも諦めてしまった。

 否定するうちに思い当たる節が多いことに気づく。今までのことを総合して、更にそれが強まったのだ。もはや今で確信に至る。

 

 ゆったりとだが全く自然すぎる動作で、気づいたら彼は立ち上がっていた。

 その足元に置かれる花、足と足の隙間から見えたそれで、今まさに彼が何をしていたのかもわかる。

 

「……はは、どうしてこう何度も接近されますかね……どれだけお気楽何だか」

 

 失笑や自嘲、様々な感情混じりの声が、尚背を向ける彼から放たれた。

 真意が掴めず首を傾げてしまうが、それを知る前に彼は言葉を紡ぐ。

 

「ここの時間帯的には『こんにちは』ですかね。ベル、リューさん」

 

 振り返って彼――――シオンはにこやかに微笑むと、ただ普通に挨拶の言葉を投げる。

 さっきまでの感情など見えることはなく、どうでも良くなって今まさに胸の内から込み上げてきた感情に塗り替えた。

 

「シオンさん、どうしてここに?」

 

「リューさんこそ、どうしてここへ?」

 

 彼はここが私の墓だと知って来た。という淡い幻想は今の言葉で粉々に砕け散ってしまったが、それは別にいい。

 

「仲間たちへ、少し用がありまして」

 

 そうとだけ告げると、彼はどうしてか、ほんの僅かに目を見張った。

 直ぐにそれは見えなくなり、そっと微笑み紡いだ言葉で、今度は私が目を見張る番だった。

 

「なるほど、ここにいる方々はリューさんの仲間たちでしたか。道理で、似ている訳だ」

 

 納得したかのように墓を見遣った彼の言葉を私は納得などできようはずもない。

 道理? 似ている? 

 一体何の道理だろうか? 何と私が似ていると言うのだろうか?

 いや、分かり切ったことではないか。どのように考えても、彼が示しているのは私の仲間たちだ。

 でも、どうして……

 

「ねぇシオン、僕一人で措いてかれてるんだけど」  

 

「不服ですか?」

 

「正直言っちゃえば」

 

「なら自分で理解することですね」

 

「それができないから困ってるんだけど⁉」

 

 疑問は疑問のまま終わってしまい、聞くに及ばず思考から脱せられた。

 二人が始めた漫才じみたことによって現実へと戻された私は、戸惑いを隠すと、目的を果たしに彼へ。いいや違うはずだろう間違えるな。改めて、仲間たちへの墓へ向かった。

 花を一つの武器(一人の仲間)に一本ずつ供え、瞑目する。それで少しの間思わなかった、仲間との思い出、仲間たちの顔がすらすらと浮かんできた。

 楽しかったことや、辛かったこと。時に分かち合い、時に喧嘩し、至福の時と言えたあのファミリアでの出来事。全部が全部、余すことなく思い浮かんだ。

 

「はは、嬉しそうだ」

 

「……何を?」

 

 瞑目する私の隣から届いた声は、またもや真意の掴めない謎のこと。

 今度こそ聞き返し、それにかれは答えてくれた。

 

「あぁごめんなさい、とても喜んでいるものですから。でも、悲しんでもいるかな」  

 

「……それは一体どういう……」

 

 やはり何を言っているのか分からない。もどかしい気持ちはどうしようもなく、彼に聞いてもまた理解の及ばない答えが返って来るだけだろうから、それを晴らす術も無い。

 

「ねぇリューさん、ここにいる方々の話を、聴かせてはくれませんか?」

 

「……何故?」

 

 純粋な疑問だった。彼が聴こうとする理由も分からないし、そして何故、それほどまでに悲し気な顔をするのかもわからない。

 様々な理由を籠めた言葉は、一体どれだけ伝わっただろうか。

 

「……ちょっとの、興味ですよ。()()()がどんな()()を掲げていたのか、気になっただけです。話したくなかったら別に―――――」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 自制が利かず言葉を遮って叫んでしまった。一歩引いて控えていた彼まで驚かせてしまった事を、冷静になった胸中で謝罪しつつ、彼に訊いた。

 

「どうして……女性だと、わかったのですか? どうして、正義を掲げていたと、知っているのですか?」

 

「あ」

 

 彼は自分の失言に気づいたかのように、口を塞いで苦笑いを意味ありげに浮かべた。

 だっておかしいのだ。彼がオラリオへ来た時にはもう彼女たちは帰らぬ人となっていたし、私の所属しているファミリアを知らないはずの彼は、彼女たちが正義を掲げていたと知っている訳がないのだ。

 第一、彼女たちについて訊いた時点で、知らないことは明白。

 

「……リューさん、ここにいる方々の話を、聴かせてはくれませんか?」

 

「シオンさん、同じことを言っても無駄ですよ。何故ですか? 答えてくれるまで私も答えません」

 

「あ、あの~? 僕は? ねぇねぇぼくはどうなってるの? どういう扱い?」

 

「少しお静かに願います。今大事なところです」

 

「あ、はい」

 

 完全に邪魔者扱いになってしまっているが、仕方ない。それよりも今は彼の不自然について追及するべきなのだから。

 優先度的に切ってしまった彼はさて扨措(さてお)き、本当に疚しい事があるのか目を逸らす彼に詰め寄って、自分の行動に恥ずかしさを憶えて一歩下がってしまう。 

 一人演劇を繰り広げているようで更に恥ずかしくなるが、それで彼の気は変わってくれたようで、どこにその要素があったかは分からずとも、溜め息一つで話してくれるようになった。 

 

「可笑しな話と言われるかもしれませんが……わかるのですよ、この武器たちから発せられる気配で、何となくですけど、持ち主がどういった人間なのかが」

 

「なっ……」

 

 あっけにとられてしまうほどの、常識外の事実だった。彼が語ったことと言うのは。

 勿論嘘っぱちの可能性もあるが、私はそんな可能性一毛たりとも取り合うことはなった。彼の言うこと全てを、私は疑問こそすれ否定することは無いだろう。端からその気が無いのだから。

 

「例えば、この双剣の主。とても潔い人で、明るく、だけどお転婆さんで大勢の人に迷惑をかけてそうですけど、芯ともいえる強い意志(正義)を持っていた。死ぬまで、いえ、死んでからもそれは消えていないようです。全く、変わった人だ」

 

 静かな笑いを刺さる双剣へ投げると、彼は双剣を一撫でして、正否を問うように私へと目を向けた。

 一瞬高鳴った胸を意志で押さえて、もう既に()きれたような驚きが出てくることはなく、答えを返した。

 

「……大正解です。アリーゼは――――その双剣の持ち主はそういう人でした。とても明るく、潔くて、完璧と言って譲らなかったです……皆から慕われる団長で、私の手を初めて取ってくれた人。前を向いて生き続け、まっすぐで純粋な正義を、曲げることなく掲げ続けていました……」

 

 思い出す、知己の顔。誰よりも多く、私は彼女と接していた。あまり人に近づきたがらなかった私の手を引いて、無理矢理にでも連れだしてくれたことは今でも感謝している。お陰で今の居場所に残れていると言っても、過言ではない。

 そうだ、この機会に彼に聴かせてみようか。どうせ彼女たちについて語る間にも終局点となるところだ。少しくらい話の順番を変えたところで問題ないはず。

 

「……シオンさん、それとクラネルさん、少しばかり、私に独白の時間を与えてください」

 

 でも、面と向かって話す気にはなれなかった。どうせ、私の素性を知ってしまったら、彼らは私に見切りをつけてしまうだろうから。そのときの顔を、私は直視できる勇気がない。でも、願わくば、()にだけは嫌われたくはない。見捨てられたくはない。

 それでも聞いてもらいたいという矛盾して理解不能な意志がある。だからこうして、第一声を放った。

 

「私は……要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

「――――――ッ⁉」

 

 

 

 背を向けている彼らのことを、見ることはなく。

 

 

       




 数時間前に確認したら、UA20万突破してた! 予想外にここまで行けたことにびっくりの私です!
 
 

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