ソード・オラトリア一巻ネタバレ注意
では、どうぞ
物語を読む声が聞こえた。優しく、透き通った、聞き覚えの無い声。
でも、不思議と耳に馴染む。
目の前には物語が絵描かれた本。頭上からはそれを読む声。
不意に、物語を紡いでいた声が切れる。もう、名残惜しくも物語が終わっていた。
『この物語は好き?』
その問いに私は
『私も、あの人のおかげで幸せだから』
笑む。とても美しいその顔。形容するのに相応しい言葉が見つからない。だが美しい。ただそれだけは言えた。
でも、あの人とは誰だろう。わかるようでわからない。姿が浮かぶが
そしてまた微笑み、言う。
『あなたも素敵な
その言葉に何故か私は頷いていた。
さっきまでとは異なり、薄暗く居心地の悪い雰囲気。あまり長居したくないと思わせる情景。
怪物の
その声は残響し離れない。こびり付くように耳で残留する。
空が見えない、周りは
そこで私は
反撃しようとする。だが思うように体が動かない。そこで気づいた。
私は今、恐怖で涙を流していた。白く
そして何より、腰を抜かしていた。その場から動こうにも動けない。
あり得ない。こんな無力であるはずがない。
そんな私を露知らず、関係ないと言わんばかりに黒い影が近寄る。
そこで私は無力だった。何もできない、非力なニンゲン。
影が、歪な爪を振りかぶる。
次に走ったのは私に迫る爪の光ではなく、綺麗で鋭い銀の光だった。見慣れたように思えてしまうその光、
私の前で怪物が崩れ落ち、代わりに青年が現れた。
黒い襟巻に薄手の防具、銀の長剣。一目で強者だと理解させられる体つき。戦って勝てるか定かではない。
普段なら警戒する、だが私はその青年に飛びついていた。
彼は私を
彼を見上げると、心配させないようにか、無理をしているのがわかる不器用な笑みを浮かべる。
そんな彼を見て一層強く抱き着いていた。
甘えるような私に彼は言う。
『私は、お前の英雄になることはできないよ』
既にお前の
私は青年の言っていることが理解できなかった。私に母親はいない。
そんな私の考えをなど気にしないかのように青年は続ける。
『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』
その言葉が合図のように、全ての光景が遠ざかっていった。
* * *
瞼をゆっくりと上げる。映る光景は記憶に無く、殺風景な光景。
記憶に整理をつける。何度となる夢、その中でもあの夢は初めてであった。
夢の中ではどうしてかわからないことも、覚めれば理解できるようになる。
頭を振って、一つ嘆息。
「ここは……」
体を起こし見渡す。ダンジョンに居たはずだが、私はベットの上に寝かされていた。
ベットの横には愛刀の刀。着ている服は
とりあえず、外へ出ようとベットから降り着替える。少し体が
必要な物を持ち、ドアを開けるとそこには数名の人が居た。私はこの人達を知っている。少し驚いて一歩引いてしまったのは仕方ない。
「お、目を覚ましたようだね」
【
「大丈夫か?
【
「立ってるということは大丈夫なんじゃろ」
【
【ロキ・ファミリア】のLv.6が揃っている。古参組の超有名人。普通はお目にかかる事すら困難で、こうして対面することなどあり得るのだろうか。
それと
「大丈夫?」
私の思い人、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。首を傾げているその姿は実に愛らしい――じゃない。
どういうことだ、思い出せ。何が起きたらこうなる。
確かダンジョンでミノタウロスを倒してて……逃げたのを追って……ベルが襲われているのを助けようとして……あ、そこでアイズ・ヴァレンシュタインさんと遇ったんだ。それでどうこの状況に直結するんだ……えぇっと――
「小僧、何とか言わんかい」
「あっ、すみません」
って、小僧? ちょっと待てどういうことだ。
私のこの容姿だ。誰が見たって女に見えるのは当たり前、だがしかし、男に見られるなどそうないことだ。多少なりとも警戒し、疑うのは仕方ない。
「私が男だと分かったんですか?」
「あはは、最初は女性かと思ってたんだけどね……着替えの時に、ね……」
あぁ、なるほど。それなら強制的に理解させられるはずだ。見てしまったのなら仕方あるまいが……
「……お見苦しいものを見せてしまって申し訳ございません」
流石に頭は下げてしまう。一人一人謝意を籠めて。
余計な迷惑を掛けてしまった……どうお返ししたものやら。
「いや、気にすることは無い、気づけなかった僕たちが悪い、こちらこそ間違えて悪かったね。謝るよ」
「いえ、いいですよ。間違われることにはもう慣れましたから。それより、どういうことですか? それと、ここは何所ですか?」
謝れたら立場がない。どれだけ人が良いのだか。
いろいろ感謝はするべきなのだろうが、今はそれよりも、だ。
「ここは、バベルの三階、魔石換金所の隣の医療室だよ。あと、どういうことと言うと?」
「一介の駆け出し冒険者に過ぎない私の所に、何故、【ロキ・ファミリア】の幹部であるあなた方が居るのかの理由が聞きたい、ということです。【勇者】」
あえて警戒を露わにして、嘘は吐かせないようにした。そんな人柄には見えないが念のためだ。
「フィンでいいよ。あと理由だけど、君に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか。答えられることなら答えますよ」
「ありがとう。じゃあ聞くけど、君は何だい?」
「
あはは、思わず漏れる苦笑。確かに私は半ば人ではないのだ。あまり実感はわかないが、お祖父さんから伝えられていることが事実ならばそうなる。
「やはりそうかい、改めて聞くよ、君は何だい?」
「【ロキ・ファミリア】の方々には教えても大丈夫ですね。私は精霊……いえ半精霊です。因みに言うと風属性のね」
無為に言いふらしたりはしないだろうし、アイズ・ヴァレンシュタインさんになら知ってもらった方が良い。
驚きに目を見開くのは見逃さなかった。だが、その理由を聞くまでには至らない。
「そうか、だからアイズの血に強く反応したのか」
「反応?」
聞き捨てならない単語に聞き覚えの無い単語が繋がり、首を傾げて聞き返す。理知的な双眸を正面に受け。だが慄くことはない。
「あぁ、君は
「あぁなるほど。あの異常な吐き気や熱はそれが原因ですか。ですが、どうして
どうやら【九魔姫】は彼女が精霊の血を持ち、且つ風属性であることを知っているらしい。何故かと言うところまではしらないが、今はそれ以上に気になる突っかかりをそのまま訊いた。
「それは私にもわからない、アイズは分かるか?」
「たぶん、わかる」
「説明できるか?」
「……その人は、今回の反応が初めてだと思うから、それが原因」
そうも心配するのは何故か、とは思ったが。どうやら会話が苦手らしい。言葉を探しながら話している感じに見て取れた。
「なるほど、慣れですか」
「うん」
「と言うことは、慣れるまで私はアイズ・ヴァレンシュタインさんに会う度に
この懸念通りならばかなり危うい。具体的に言うと私の精神に異常をきたしてしまうレベル。
「それは無い。私とは一度反応したから大丈夫。それとアイズでいい」
「わかりました。つまりこれからアイズさんと会っても大丈夫だと言うことですね」
「うん」
よかった……毎回なっていたら彼女に私の剣技を見せることができなくなってしまうところだった。何よりもこれからも会うことを大丈夫だと肯定されたのがかなり嬉しい。というか本当に
「――そういえば、動けない私をここまで運んでくれたのは誰なんですか?」
「あぁ、アイズだよ」
目を向ける。こくんっ、と恥ずかしげもなく頷かれた。然も当たり前のことをしたと言うかのように。
「……そうですか、
「また?」
「いえ、お気になさらず。ありがとうございましたアイズさん。それでは失礼します」
「うん。またね」
「はい」
アイズさんへの借り、増えてしまった……いつになったら返せるのか……
またね、とは非常に嬉しいお別れだ。次が楽しみでたまらない。
気分よく、彼女たちに背を向けた。
* * *
「なぁフィン、彼をどう思う?」
「うーん、そうだねぇ……親指の疼きが半端じゃないこともあるし、少し警戒するべき存在なのは確かかな」
「いい体つきだったしの、相当の実力者じゃわい。駆け出しと言っとったが、にわかに信じがたいの」
彼が去った医療室前で古参組三人がそれぞれに意見を交わす。
一人混ざっていない金髪の少女は、思案顔でいた。
だがしかし、あっ、と思い至ったように声を漏らす。
「どうしたアイズ?」
「あの人の名前聞いてない……」
残念そうに、しょんぼりしたのを彼女たちは珍しそうに見た。
書いて思ったけど、ガレス必要だったかな……?