やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言。
 常にアイズとリューさんについて考えてました(下心)。

では、どうぞ


嬉々、それは危機

「――――これで大体落ちたかな……」

 

 悪戦苦闘とはまさかだった。髪相手にこれほど手古摺(てこず)るとは、笑えない話である。

 でもよかった。お陰か髪は自分でも驚くほど綺麗な黒髪になっている。吸血鬼の自己修復能力は凄まじいから。本当に、染みた色を落とすだけで輝きを取り戻し艶やかな髪になってくれた。

 うん、と誰が見ても満足げな表情で頷く。といっても、誰かいるはずなど―――――

 

「ひゃっほーぃ!」

 

「―――ッ⁉」

 

 背後からの楽し気な声と大きな水飛沫。振り返る間もなく咄嗟(とっさ)に飛び退()き、愛刀を抜き身で構えた。 

 自分の不覚を認めつつ、動揺などしている暇もなく周囲の気配探知を真っ先に執り行う。

 

―――――その数概ね三十以上。

 

 誰かまで数瞬の内に識別できる余裕はない。集中力をそちらに回すわけにはいかないから。

 どうする、反応していた気配は包囲網を組んでいるようにも思える立ち位置だ。その中でも存在感のある気配がこぞって密集しているのが目先の茂み。――――嫌な予感がする。

 

「だからっ、いきなり飛び込むな馬鹿ティオナ⁉」

 

 その名前とその声、そして現したその姿で誰かが判り、そして今まさに、絶体絶命と言えるレベルのピンチを迎えていると知らされる。

 ティオナさんの名を呼んだのはその姉、ティオネさん。つまりヒリュテ姉妹がここにいると言う訳だ。それが現す可能性として、近くにいる方々が【ロキ・ファミリア】である可能性が有力。

 しかもティオネさんは全裸だ。そしてここは湖。考えられるのは彼女等が水浴びをしに来たと言う可能性。

 

――――結論、ヤバイ。

 

 何をとっても、どう総合しても、結局ヤバイ。何がやばいかと言うと、今まさにこの状況が最もヤバイ。

 

「あら、先客がいたのね。ごめんなさい、私たちも使わせてもらいたいのだけれど、いいかしら?」

 

 その目はまるで、肯定するなら武器を降ろして、と言外に告げているように思えた。

 敵対するのは最悪手だ。私を目撃する輩が増えてしまう。それは避けたい。

 抜き身の『一閃』を鞘に納め、尚も集中も警戒も切らさない。ここでその両方を怠ってしまえば、多くの意味で不味いことになる。

 

「きもちぃー! あ、こんにちグハッ……」

 

「え?」

 

 水中から姿を現したティオナさんがいつものような元気で私に目を向け、挨拶をしようとでもしたのだろうか、だがその言葉は続かずに吐血と共に途切れてしまった。

 理由を解らず(いぶか)し気な視線を向けていると『な、何だアレ……デ、デカい……』と呟いたお陰で何となくわかる。

 

「……まだ、諦めちゃだめですよっ」

 

「グハッ」

 

 つい(あわ)れに思ってしまってにこやかに話しかけると、抑えられるモノが無い胸は大きく弾み、それが更にダメージを与えたらしい。先程よりも酷く吐血した。

 

「あちゃー。この子のコンプレックスだから、仕方ないのよ」

 

「ですね、あはは」

 

 失笑を浮かべてしまう。諦めてはいけないと言ったが、正直希望薄。それ以上の成長はあまり見込めないだろう。ドンマイとしか言いようがなくなりそうだ。

 

「おぉ! これは凄いじゃないか!」

 

「ぐぬぬ……確かにそうですけど……本当に凄いですねっ全くっ」

 

 下段の方からは更に声が聞こえて来る。しかもそれは【ロキ・ファミリア】の団員では無く、別ファミリアの団員と、我が主神の声。

 下段と上段はそれほど差がある訳では無い。少し深めの下段から軽く跳ぶくらいで視界内に入るレベルの差だ。双方簡単に相手方も(うかが)うことが出来る。

 ヒリュテ姉妹は何故かこちらに来たようだが、他の方々は下段の方で水浴びを楽しんでいた。

 流石と言うべきか、その光景は美形ぞろい。中々に良い光景で、絵に納めたら男性を主によく売れるだろうと別の方向(ベクトル)で不埒なことを考えてしまう。

 

「――――――な」

 

 視線を巡らせている中、偶々引き寄せられた人物。いや、それは必然かも知れない。

 もう一つある10M程の滝の近くで水浴びをしている彼女―――アイズを見つけたのは。

 

「――――あ」

 

 私の視線に気づいたのだろうか。背を向けていた彼女が加速された時間の中ゆっくりと見える動きで振り返り、その姿を隠すことなく示し、目があった瞬間間抜けに声を出した。

 

 その状態で固まる二人。その中でも(彼女)は眼前の世界で一・二を争うすんっばらすぃ光景を目にひたすら焼き付けていた。

 でも集中は切らしていないのだから、中々のものだと自分で感心する。

 

「あぶなっ」

 

「―――――ッ⁉」

 

 だが突然、その状態は一転した。

 下段に居たアイズが俯いたかと思うと、私の目ですら霞むほどの速さで移動したのだ。

 右から迫った気配を頼りに手で受け止めると、更に迫った下からのアッパーも掴み止める。

 

「ア、アイズ? いくらなんでも危ないですよ? 私でなければ死んでますよ?」

 

「みた」

 

「へ?」

 

 小さく呟いたその単語らしき言葉の意味がつかめず、呆けた声を出してしまう。

 いけしゃあしゃあとしている私に対し、迫り私を攻撃した人物、アイズは荒い息のままはっと顔を私に見せた。

 ひどく真っ赤に染め上げ、歯を噛みしめ、目に涙を浮かべている彼女の顔を。

 

「私の裸、にゃにも言わずに見た!」

 

「はぃ?」

 

 戸惑っているのか、混乱の様子で噛んですらいるアイズは更に顔を真っ赤にすると、次の瞬間発してはいけない魔法名(コトバ)を発した。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

「ちょ、アイズ⁉」

 

 ティオナさんの声は届いてすらいないのか、ただ一点、私の見つめ続けるアイズ。

 そのまっすぐな目に込められているのは、羞恥の感情。

 いつまでも、そのいつも見せてくれない可愛らしさを(さら)け出す彼女を見ていたいが、周りに迷惑が掛かりそうだし、早々に居なくなるべきだろう。

 

「―――――ッッ!」

 

「じゃ、私は失礼しますね」

 

 一発強い空中回し蹴りで顔面を狙うがそれは腕一本で簡単に防ぎ、一応言葉を残して蹴った後の(あらわ)になった姿勢(絶景)を完全に記憶した後、亜光速で自分の荷物等をかっさらって湖を後にする。

 名残惜しい感は否めないが、まぁ仕方ないだろう。それにいい機会だった。多くの人に目撃されずに済んだのは結果的に良かったことだし。

 

「はぁ……最高過ぎるでしょ……アイズの裸……」

 

 完全なる変態発言。でも本当にそうだった。

 あの肌理細やかな一見病的にまで見える白い肌は舐めまわしたくなる。形の良い二つの小山を手で蹂躙したい。ありとあらゆるところを弄りまわしたい。

 想像するだけでぞくぞくする。でも駄目だ、あの反応を見る限りアイズはまだそれを望んでいない。それほどまでの関係には発展してない訳だ。

 

「次の目標は、アイズとあんなとことできる関係に発展する。よしっ」

 

 変な目標を定め、別の場所へと移動するのだった。

 来た方向から響く轟音と悲鳴は気にすることなく。

 

 

  * * *

 

 きもち……わる……

 集中を切らして自動的に肉体を原型に戻すと、瞬間的の訪れる嫌悪感。

 意識の中で全て行っている所為で、その反動も嫌と言う程感じてしまう。

 逃れることのできない代償。だがこれは、アイズの裸を見れたことを思えばチャラにして良い程度のものだ。いや、お釣りが来てしまうかもしれない。

 

「っはぁ……はぁ……でも……辛いことには、変わりない、ですね……」

 

 胃から込み上げて来る胃液は喉で止まって中途半端と言う最悪を与え、強烈な痛みは全身のありとあらゆるところで熱と混同して襲い掛かる。

 平衡感覚すら失いかけたが、地に手をついて、()いつくばる事だけは避けられた。そんな無様は誰がいなくとも(さら)したくない。

 感覚の入れ替えと言う空白の時間もあったが、それが最も楽だったと言えようか。その後襲った違和感は半端では無いのだが。

 

「とりあえず、着替えますか……」

 

 変化直後の今、全裸だったのだから何か着ている(はず)も無い。

 さっさと取るのは黒の色が少し荒んだ細めの長い布。あの日ぐっすりと気絶していた私にアイズが巻いてくれた眼帯だ。気持ち悪いとでも思われそうだが、今も尚使い続けている。

 染みた血をよく洗っていた所為で、()せて見える白色は、元の色とは程遠くとても純白とは言えない。下着等を忘れず着た後は、上に着るのがその戦闘衣(バトル・クロス)だ。色落ちの激しいそれを着るしかないのは単に着替えがそれしかないから。

 すっかりと肌を隠す長袖長ズボンはサイズがぴったりで肌が(こす)れたりもしない。だが伸縮性と耐久性もちゃんとあるので、本当に戦闘の為だけに作られ、デザインは二の次なのだろう。別に構わないのだが。

 腿にホルスターを巻き付け、腰には対一刀で刀を帯びる。右手には漆黒の手袋をはくと、左の薬指には指輪だ。揃う物は存在しないが、まぁこれは気分的なものが大きい。 

 黒光りする最硬質合成魔伝導金属(ディル・ミスリル)製の靴を履いて、気分転換にホルスターに入れていた眼帯が無くなった時用の長々とした変え布で髪を纏める。後ろから見ると判ると思うが、リボンの形で結んでみたのだが、ポニーテールはやはり『セア』の時限定の方が良いだろうか。

 いや、どうせ数時間程度の気分転換だ。何ら問題ないだろう。

 

「今度こそ……誰もいません、よね?」

 

 自分の探知能力に自信を失いかけているのは、最近よく気づかぬ内に接近されてしまうから。

 だが今回は本当に問題なさそうだ。今からやるのは鍛錬、誰かを巻き込んだら確実に殺す自信がある。一刀一刀が刀に直接触れなくとも、直線上に居れば圧で斬れるか潰れるのどちらかだ。

 他人様を無闇矢(たら)に意味も無く殺す気はない。それは流石に可哀相だから、死ぬ意味ぐらいは与えてやって、せめても苦しめて殺さないと――――

 

―――っと、危ないアブナイ。

 

 これ以上は考えないでおこう。剣に没頭だ。訂正、半分警戒を払いながらだ鍛錬だ。

 始めから全力で行こう。まずはこの邪魔臭い木々を吹き飛ばしてから。

 

 二刀を抜き放ちその場で二回転。たったそれだけで開拓は完了だ。

 漆黒と鈍色の軌跡が残光となって僅かだが見える。跡形も無く破壊して、盛大に響いたであろう轟音はどうしようもない。

 広く(ひら)いた土地は『アイギス』など優に超え、地面を踏みしめる感触も中々良い。流石ダンジョンと言える。いくら破壊しても問題ないのだから加減もいらない全力を出せる。

 後々【ロキ・ファミリア】の方々が挙って来そうだが、その前に終わらせてしまえばよい。

 

―――――一時間できれば、上出来だから。

 

 全力でそれほどの間動けることなどそうそうない。羽目を少しくらい外しても良いだろう。

 

「ひゃっほぅ! ハハッ! さいッこぉー!」

 

 楽しくて仕方ない。ただ全力で動けて、ただ全力で刀を振るえることが。

 破壊されている周りなど知ったことか。荒地になるならなってしまえ。どうせ治るのだろうし、私の知ったことではない。

 舞い散る葉の一枚一枚を斬り刻み、飛び回る岩石や鉱石、水晶なんかも至れり尽くせり。斬ってくれと自分から飛び込んできているようにすら感じるが、実際は私が自分勝手に刻んでいるに過ぎない。

 エルフなんかが今の光景を見たら大激怒しそうだ。『森を大切にしろ!』とか『自然を尊べ!』とか説教されそうで、考えるだけで面白い。   

 

「うぉっと」

 

 だが、やり過ぎるとこうなる。

 踏み込みの力すら乗せた刃を走らせると、もう崩壊寸前だった地面は見事なまでに(ひび)割れ、落盤してしまった。かなりの厚さを持っていたはずなのだが、ここまで大きな風穴を空けられるとは……我ながらに大したものだ。全く、限度と言うものを弁えていないことが明白となるが。

 20M程の直径を誇る穴は正直言うと早々に修復を求めるが、ダンジョンはそこまで有能じゃないし、このあたりの修復力から推定して3・4時間は軽くかかるだろう。

 少し移動しながらか。そうも考える前に無意識で行動に移しているのだが。 

 

 そうやって、段々段々と破壊し続けていく。本来の目的では無く、副次的に。 

 途中で落ちて来る果実は美味しくいただいている。粗末に扱うのはよろしくないのが食べ物だ。見つけたからには食べたくなるものだし、どっちにしろ朝食も摂ってないのだから丁度良い。

 腹も満たし欲望も満たし、満足に至るのはあとどれくらいだろうか。

 

「ん?」

 

 思わず出た声、それはふと引っかかった疑問が主な原因だろう。 

 視界内に映り込んだ、種類の統一しない武器たち。

 不格好な砂山に刺されたそれらは、とても自然的なものには思えない。

 無尽蔵に破壊する二刀は即座にその行為を止め、鞘の中で己の回復に勤しみ始める。

 

 あのまま気づくことが無かったら、この人工物まで破壊していただろう。

 何となく気になったそれは、周りが全く破壊の影響を受けていない。幸いか、見つけることが出来たのは、遠め目で木々の隙間からだった。無事での済んでいるのはそのお陰だろう。

 あれは一体何なのだろうか。よくよく考えてみると、墓のようにも思えるが、だとしたら死して屍すらない冒険者のだろうか。

 地上には冒険者用の墓地がある。それを態々ここに作るのは、屍の断片すら回収できなかったからか、もしくは他に理由があるかもしれないが。まぁ、それは墓だった場合だが。 

 

「……いや、これは確定ですかね」

 

 確かに墓だ。それも、多くの人々の。

 間近に迫って漸くわかった。この武器たちは『諦めていない』。強く気高くその気配を揺るがし、強い意志を持っていた。それは感情―――魂と呼べるまである。それほどまでに生き生きとしているのだ。

 ここに取り残されているのが、可笑しなまでに。

 信頼を預けている証拠だろう。命を懸けた証拠だろう。武器に宿った思念(おもい)が語ることを追求すれば更に不思議に思えるのだ。ここに残っていることだ。

 だがそれは、主を失った武器となれば説明がついてしまうのだ。強制的に、回避できない死と言う事柄を当てはめてしまえば。

  

「……好い、方々だったのでしょうね」

 

 今は()(すた)れてしまっている武器たちを見るだけで何となくわかる。使い手たちの性格、性質(たち)、色々なことが。

 誰かも知らない他人のことだ。だが手向けの花くらい供えても、文句を言われることはなかろう。

 ダンジョン内には多くの花が存在する。とりあえずは、それくらいのものを置かせてもらおうか。

 適当に走り回ると見つけたのは、咲き乱れる霞草(カスミソウ)に酷似した白色の花々。それらを摘むと十何本かの束にして、墓場へ戻る。

 円状の墓であるためどこが正面かは見当もつかないが、一際生命力のある双剣、そこを正面とすることにして束を供えた。

 

「……あなた達も、早く逝った方が良いですよ。もう全て、役目は終えたはずです」

 

 答える声は無いと変わっていても、語り掛けてしまうのは何故だろうか。

 

 静かに目を閉じて、この武器たちについて考えてみた。

 こうやって、武器について考えるのも中々面白いもので、色々なことが見えて来る。

 

 前に佇む双剣は、凛々しくひたすらにまっすぐ。

 誰よりも強くあろうとして、誰もを守ろうとしていたかのような思念(おもい)をしみじみと感じる。 

 だが奥深くに眠っているのは、憎悪と愛、だろうか。

 死の間際まで側にいたのか、その憎悪は主から流れた自身を殺した相手への殺意のようなものの気がする。いや、それだけでこんな色濃いものに成り得ないだろう。その前から、ずっと続き注がれ隠されていたものだ。

 この不思議なまでの温かさを秘めたものが愛だろう。その憎悪を押し消すまでに大きいのだが、どこか儚げで脆い。武器に主が注いだ想いと、武器が感じ取っていた主の想いか。ただこれは一人二人へのものなどではない。多くの、数多の人々へ贈っているものだ。

 主だったのは……女性だろうか。誇り高き高潔さ、そんな面影を瞼の裏で幻視できるほどだ。何かと言えば、正義に生きたような人間だ。でもその結果が、これのように思える。

 

「悲しき、世界の摂理。相変わらずクソみてぇに無情だな」

 

 吐き捨ているようにすらなってしまうのは仕方ない。どうして死ななくてもいい人ほど死んでいくのだ。それがたとえ命を失っていなくとも、消えていくのはなんでなんだ。

 いや、考えてもどうせ仕方のないことなのだ。死は必ず訪れる。それが魂の送還か、存在の消滅かという違いに過ぎない。

 でも、やっぱりこういう人は、死んでほしくないと思ってしまうのは止められない。正義を掲げ、自分を賭してまでも誰かを助けるような善人には。

 そう、例えば、彼女のような――――――

 

「……シオン?」

 

「――――ッ⁉」

 

「え、な、なにを? まさか、そんなはず……本当に、シオン、なのですか?」

 

 ふと振り返ると、そこには今まさに思い浮かんだ彼女、リューさんが、ベルと共に佇んでいた。

  


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