やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 ティアもチート化計画始動。

では、どうぞ


到達、それは深層

   『ちょっと深層行ってくる』

 

 ホームへ戻った私たちは、その言葉通りの為に準備をしていた。

 深層までとなると、流石に日帰りは二人では無理に等しい。私一人だと単に突っ走り、近道(ショートカット)をすれば余裕なのだが、彼女はそのような蛮行についてこれないだろうから。

 と言う訳で、ベルたちに一応置手紙という形式で伝えることにしたのだ。

 

「ねぇシオン~どれ着ればいいと思う~?」 

 

戦闘衣(バトル・クロス)ですよ。今から深層に行くのですから」

 

「は~い」

 

 よくもまぁ初ダンジョン、しかも深層アタックでこうも抜けた声が出せるものだ。普通ならある程度緊張するものだが、流石ティアと言うべきか。

 ティアの服は計十一着。金庫に入れるとティアが取り出せなくなるから、道中の寄り道で購入した6万程―――店主が泣くほど値下げしてやったが―――のクローゼットに入れてある。流石にそれだけあれば迷う気持ちを理解できるが、今回はあくまでダンジョンでの戦闘目的だ。戦闘衣(バトル・クロス)以外衣服は必要ない。

 

 今回のアタック、主な目的は資金収集と暇つぶしだ。

 予定到達階層は三十七階層。そこまで行けば十二階層のルームより純度の高い魔石も採取できるはずだ。大体ティアのことも考えて二日三日で帰ってこれるだろうか。

 そして暇つぶし、といっても簡単なことだ。本当に暇である。

 戦って鍛錬もできながら、暇もつぶせる。ついでに資金収集もできるのだから、一石三鳥といえそうだ。こんな言葉は存在しないのだが。

 

 持ち物は簡単に、必要最低限。

 携行食(けいこうしょく)に水、ランタン状の魔石灯。ティアに持たせるサポーター様のバックパック。一応念のためにタオル。それに回復薬(ポーション)類、解毒剤も用意した。

 武器は安定だが、40C程の暗器(あんき)として使っている短剣は、ティアに持たせる事にしている。

 他にもいくらか必要な物を持っている。省かせてもらうが、

 

「シオーン。どう?」

 

「おっ、可愛いですね。似合ってますよ」

 

 元々彼女は精霊であって神のように容姿端麗であることは勿論、それ以上になぜだろうか、メイド服が似合う。気が変わることは無いといえるが、愛でたくなるほどには可愛いのだ。

 

「では行きましょうか。深層に」

 

「はーい」

 

 にこにこと上機嫌に頬を緩ませついてくる姿は、本当に従者の気があるのか疑わしくなる。

 だが、別にいいだろう。それが年相応の反応なのだから。

 

 

―――――そうだよね?

 

  

   * * *

 

「―――ダンジョンって、こんな簡単なの?」

 

「中層だとこの程度でしょうね。大体一撃です」

 

 五時間ほどかけて辿り着いた階層は二十三階層。順調と言うよりかは、速過ぎるペースだ。普通の観点からしてみれば、大体この階層まで一日かかる。

 それはモンスターの処理に手古摺(てこず)ったり、魔石を回収したりと時間を掛けているからなのだが、中層程度の魔石は正直安い。ドロップアイテムも稀少(レア)でなければ殆ど意味がないのだ。

 あくまで、私からしてみればの話だが。

 回収など時間を掛けずに突っ走れば、安全に進んでもこのくらいで着けるのだ。

 その証拠に、バックパックに入れたドロップアイテムは希少品しかない。

 

「あ、そうそう。聞くの遅れましたが、防具無しでも大丈夫ですか?」

 

「確かに遅いよね……大丈夫だけど。魔障壁(ましょうへき)の方が防御力も高いし。それに、シオンに一杯買ってもらうのが、なんか情けなくなってきて……」

 

 どうやら彼女は負い目を感じてしまっているようで、必要の無いことを気にしているようだ。

 そもそも、無一文なのだから負い目もこうも、仕方のないことで一周できるはずなのに。

 

「別にお金くらいはどうでもいいですよ。今日稼ぎますし」

 

「どうやって?」

 

「あれ、言ってませんでしたか。モンスターの魔石やドロップアイテムを採取して、それを換金するのですよ」

 

「あー。だから回収してたんだ」

 

 彼女はどうやらこういった知識を持ち合わせていないらしい。知っていると思い込んで知らせなかった私も悪いか。

 

「ま、今の内は兎に角殺していればいいですよ。魔石を気にし始めるのは三十七階層からでいいですから」

 

「はーい」

 

 勧告はしておいて、さらっと遭遇(エンカウント)した『デッドリー・ホーネット』の群れをウェルダン程で焼き殺す。本当に瞬殺なのだから、流石精霊だ。

 彼女の技術向上(スキル・アップ)の為にも、今後も雑魚処理は彼女に任せようか。

 端からそのつもりのティアは、意気揚々と胸を張っている。『まかせてね♪』とでも言いたげだ。

 

 その通り、下層までの雑魚共は任せることにした。

 

 

    * * *

 

「うわぁ……キレイ……」

 

巨蒼の滝(グレート・ウォール)でしたか、何階層も連なる瀑布ですね。実際見たことは無かったですが、素晴らしいものです」

 

 広大な、緑玉蒼色(エメラルドブルー)に輝く滝は見るに美しい。絶景とも言えようか、情報通り、いやそれ以上の素晴らしさだ。

 本来、一定以上の基準に達していない冒険者は下層の情報を教えられないが、私にはミイシャさんと言う強い味方がいる。彼女から粗方の情報は入手していた。

 ここは気になっていた場所の一つだが、期待をいい意味で裏切ってくれた。

 

「さて、態々遠回りするのも面倒ですし、飛び降りますか」

 

「え? ちょっとまって、流石にそれは無理があるよね? 死ぬよ?」

 

「あの洞窟が二十六階層へ繋がります。そこまでの近道ですよ」

 

 今持っている服は、予備の一着のみ。しかもティア分は、予備が戦闘衣(バトル・クロス)ではなくただのメイド服なのだ。それでは戦い(にく)いだろう。 

 だから服を濡らすなどと愚行はとらない。水に落ちるのではなく、地面に着地するのだ。

 

「それに、ちょっと厄介なのがいそうですから」

 

 別方向、少し変わった気配のする場所を見据え、そう呟く。

 

「どういうこと?」

 

「いえ、気にしなくてもいいことですよ。どうせ、関わることでは無いですから」

 

 恐らく『強化種』あたりだろうか。まだ十二階層ルームで遭遇(エンカウント)するやつらの方が強いから、然したる興味も無いのだが、本来放置すべきものでは無いのだろう。

 まだ若い、いってしまえば、雑魚に実力に見合わぬ武器を持たせた感覚だ。 

 そんな奴に時間を取られる必要はない。

 

「では行きますよ。捕捉される前に」

 

「が、がんばる」

 

 約120Mの落下。これくらいなら、受け身を取るまでも無く着地ができる。ティアは魔法を使う気が満々のようだが。

 そして、一っ飛び。

 勿論のこと余裕の着地だ。だが、ここで問題が起こる。

 

「ごめんシオン! 見つかった!」

 

「ありゃまぁ。ドジっ子ですねぇ」

 

 ティアが必要量を見誤って、空中に飛び交うモンスターに捕捉されてしまった。

 滞空中のティアを風で引き寄せて、背後から迫っていたモンスターから回避させる。もう攻撃は始まってしまった。 

 

「あ、ありがと」

 

「それよりも、一旦離れてください」

 

 指示するとすぐに従い、私の背後へ跳んだ。そこは洞窟、ある程度安全だろう。

 

「ほいっ」

 

 音速を超して襲い来るモンスター、『緋燕(イグアス)』を斬り捨てる。群れを成してはいるが、これほどの和人は思ってもいなかった。情報にもないことから、異常事態(イレギュラー)なのだろう。

 他にも『セイレーン』『ハーピー』もこちらを狙っていた。総数でざっと80は上回るか。主に『イグアス』のせいで。

 

「かかって来なよ。私には鈍く見えますから」

 

 それに反応したかは知らないが、四方八方怒濤(どとう)の勢いで走る緋閃(ひせん)。更には超音波や歌による異常状態(デバフ)。どれも一身で、一刀で迎え撃った。

 

「弱い弱い」

 

 残酷なまでに余裕な様子で。

 馬鹿の一つ覚えのようにしか攻撃をしない『イグアス』など端から敵でもないし、滞空しながら引け腰の鳥頭共は、剣圧で潰せる。

 

「さ、流石シオン……」

 

「ま、この程度なら余裕ですよ」

 

 洞窟から顔を出し、改めて驚いているティアを引き連れ、更に下層へと向かうのだった。

 

 ぽちゃん

 

 一段目の滝壺(たきつぼ)、そこから聞こえた水の跳ね音を無視して。

 

 

   * * *

 

 コツコツと響く、感覚の狭い一人分の足音。子供用の革靴は、靴底を白濁色の床に踏み出す度に小さく音を鳴らしていた。

 早いうちに辿り着いた三十七階層。所要時間約十三時間と言う怒濤のスピードだ。

 途中でティアの為に休憩(レスト)を取ったが、やはり体が明らかに子供である彼女は、体力も減るのが早い。今では少し肩で息をしていた。

 

「ティア、あと少しで貴方は休んで良いですから、頑張ってくださいね」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 目的地は三十七階層と大雑把に言ったが、本当はその『闘技場(コロシアム)』に用があった。今のところ、ダンジョン内で最もモンスターの産出率が高い場所なのだ。なんでも湯水のごとく湧き出て来るらしい。

 そして、偶になのだが、ここからは希少金属(レア・メタル)も見つかるらしい。

 

「ここですね。ティア、到着です」

 

「ほ、ほんと? 休んでいい?」

 

「あの場所辺りは安全でしょうから、そこでなら構いません」

 

 切先で指し示しながらそう言う。そこは大空間の端、高台となっている場所だ。20M程の高さがあるため、大概は問題ないだろう。『迷宮の孤王《モンスターレックス》』さえ出なければだが。

 

 ティアは一つ頷くと、モンスターを無視して一直線に高台を登った。それだけ疲れていたのだろう、無理をさせてしまったようだ。

 ティアは長い間休ませてあげることにして、私は群がるモンスターを見据える。

 

「さて、ノンストップと行こうじゃありませんか」

 

 それに応えるかのように、モンスター共は私に殺意を向けて来た。

 興奮しそうになるのを抑え、静かに抜刀。同時に斬り捨てるのは、大群の前衛部分だ。

  

「かかって来な、根競べといこうじゃないか」 

 

 柄を握ってない片手で、掌を上に向けて四本の指を握り開く行動を二度ほど繰り返す。

 明らかな挑発、人間には効果抜群だが、モンスターはどうだろうか。

 いや、自明の理だった。わかりやすい程に怒っている。

 

 そこから何時間の単位で、私は無双していたのだった。

 

 

   * * *

 

「大量大量♪」

 

 馬鹿みたいにばらまかれた魔石やドロップアイテム。まだ消えていない死体。

 白濁色の床だった筈が、赤色や赤黒色の割合が大体を占めるほどまで変貌している。いずれ戻ろうが、それまでにどれ程の時間を要するか。

 ルームには、生きたモンスターが一体たりとも見受けられない。殺し過ぎたか、将又(はたまた)破壊しすぎたか、どちらにせよモンスターの遭遇率(エンカウント)が皆無といえるまでに減ったのだ。

 根競べは、私の勝利である。

 

「……シオン、わたしの目には途中からどちらが怪物(モンスター)か判らなくなってたんだけど。どうすればいいのかな?」

 

「別にどうでもいいのでは? 結局人間も怪物(モンスター)も、紙一重の関係なのですから。敵か味方かで判断すれば気にする必要なんてなくなりますよ」

 

 軽口を交わし、ティアから水を貰う。

 人外と言えるまでの体力ばかである私にとって、まだ肩で息をするレベルには達していない。精々多少心拍が上昇して、血の巡りが速くなっただけだ。

 四時間ぶっ通しで蹂躙(無双)して、結果がこれだ。常識とは何だったか。

 

「あ、ティア。ドロップアイテム回収してもらえます? 魔法使ってもいいので」

 

「はーい」

 

 そう指示すると、指を一度鳴らして、そこから上下左右動き回る手。

 何故そんなことをしているか、それはルームを見てみれば分かろう。

 ドロップアイテムだけが浮かび上がり、こちらへとゆっくり向かってきているのだ。

 

「で、どういう原理?」

 

「ばらまかれている血から錬金術で鉄を創って、それをドロップアイテムにくっ付けるの。あとは電気を使ってゆっくり運んでるだけ」

 

「ティア万能説が浮上しそうですね……ありがたいことですけど」

 

 まさか錬金術まで使えるとは思わなかった。厳密に分類すれば、錬金術は魔法では無いのだ。なのに使えるとは、少しやり方が気になるが、深く詮索はしないでおこう。

 多分魔法の応用化だし、彼女にしかその方法はとれないだろうから。

 

「ねぇシオン、お腹すいた」

 

携行食(けいこうしょく)で我慢してくださいよ……結構な量持ってきたはずですけど」

 

「確かに残ってるけど……シオンの料理が食べたいぃ」

 

「駄々こねるな。地上に帰還したら作りますから。それまで我慢」

 

「うぅー。わかったぁ」

 

 訂正しよう。彼女は万能などでは無かった。我が儘だって言うし、見た目の年相応に可愛らしい一面もある。一長一短があって人間らしいか。人間じゃないけど。

 

「シオン、満杯になっちゃった」

 

「ありゃ? ドロップアイテムだけで?」

 

「うん」

 

 確認してみると、一杯となり入り切らなくなっている。

 相当量殺していたが、まさかこんなになるとは思ってもいなかった。

 

「……では、一旦十八階層へ戻り、換金を済ませますか」

 

「え、地上じゃなくてもいいの?」

 

「一応は、難癖付けられて格段に下回った価格をつけられるのが当たり前ですけど」

 

 リヴィラの街はそう言ったところだ。まぁ逆に言いくるめてしまえば、物凄い価格を突きつけられるのだが。

 

「じゃあ、地上のほうがいいんだよね?」

 

「まぁ、そうですけど。時間が余計にかかりますし」

 

「大丈夫、多分ニ十階層まで行ったらできるから」

 

「何が」

 

多次元相互干渉型異空間転移(テレポート)

 

 マジかよ、そう言うことすらできずに唖然とした。

 つまりは時間と言う概念を飛び越え、自分が特定の地点に飛べると言うこと。神の御業といえることだ。

 

「……ちょっと待ってください。それができるなら、何故それで逃げなかったのですか?」

 

 ちょっとした疑問だ。そこまでのことが出来るなら、簡単に逃げられたはずなのに。

 

「あー、それはね。これはある地点から特定座標への移動なの。その座標を設定するには、直接確認しないといけないし、発動まで五分くらいかかるから、その間にバレちゃうの。だからできなかったんだぁ」

 

 何となく理解する。つまり、見たことある場所にしか飛べない、ということか。

 やはり万能なあり得ないらしい。それでも十分すぎるほどに凄いが。

 

「で、その地点と言うのは?」

 

「あの廃教会前、一つしか設定できないからそこだけ」

 

 そこなら誰かに見られる心配もする必要はないか。

 

「で、成功率は?」

 

「100パーセント。今まで何回か戦闘で試したことあるけど、全部成功してる。自分にじゃなく相手にしか使ってないけど」

 

 それでも、その確率なら問題なさそうだ。それに、ちょっと体験してみたい。

  

「では、それで帰りましょか。さっさと行きましょう」

 

「はーい」 

   

 流石に多くなり過ぎた荷物の大半は、私が持つことにした。

 それにしても、心躍るモノである。はやく体感してみたいものだ。

 

 

   * * *

 

「とうちゃーく」

 

「おぉ、眩暈(めまい)と嘔吐感と全身が潰されるような不快感に耐えれば凄いものですね」

 

 ようやく解放された不快感、霞む視界で映るのは、輝く蒼色の残光。

 その先に広がる見覚えのある景色だ。廃れた石造りの建物が並ぶ通り。

 

「えぇっ⁉ そんな感覚だったの⁉ わたしそんなに気持ち悪くなかったよ⁉」

 

 吸血鬼化の時より酷かった。いや、痛みを感じた分吸血鬼化の方が酷いか。

 驚かれたと言うことは、ティアはそうでもなかったらしい。

 

「さっさと換金しに行きましょう。その為に来たのですから」

 

 そんなのはいずれ気にしなくなる。無視して行動に移るべきだ。 

 

「あー、あとね。できればシオンの料理も食べたいかなーなんて」

 

 彼女が地上への帰還を言い出した時から薄々感づいていたが、やはりそれが目的であった。そんな恋しくなるほどのものだろうか。

 

「別にいいですよ。換金してからですけど」

 

「わーいっ!」

 

 断って機嫌を損ねられても面倒だし、私もやはり空腹だ。

 いつもなら摂っている朝食も今日は取れていない。既に時間は過ぎてしまっているのだから、仕方のないことなのだが。

 

「で、おいくら?」

 

 考えている内に着くギルド本部。ティアもはやる気持ちのお陰か、私の後を追って数秒の遅れで辿り付けた。

 

「130万8100ヴァリスだよ」

 

「な~んだ。その程度か」

 

 最高で一度の換金によって八桁到達した身としては、この程度なのである。

 それは正確に言えば、『シオン』ではなく『テランセア』なのだが。

 

「じゃあ、朝食取ってさっさと戻りますか」

 

「やったー!」

 

 微笑ましい彼女と共に、まだ深層探索は続く。

 

 

    

 

 

 


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