やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 頑張った、こだわったよ、ただひたすらに。

では、どうぞ


第九振り。ふざけた二人は遥か深く
入団、それは精霊


 

「で、シオン君。説明は勿論あるんだよね」

 

「下手にされるよりは私がした方が良いですしね」

 

 着替え、夕食を摂るなどいろいろした後、斯くして戻ってきたホーム。

 そこで待っていたのは飢えたかのようにのたうち回る二人、ベルとヘスティアだ。

 いたたまれず話しかけると、飛びつかれ縋らる。そして『お腹すいたぁ』の一言。

 『自分で作れよ』と突っ込んだが、如何せん、その考えに至らなかったらしい。頭の空っぽさに呆れていると、ここで登場したのがティアだ。彼女にもおかわりを要求されたのだ。

 速さ重視の簡易料理だが、この程度でも満足するのだから、一体どういうわけなのか。

 終えた食事。そして今に至る。

 

「彼女の名前はティア、昨日この上で出会った幼女です」

 

「もしかして、あの時の?」

 

「正解です。因みに何となく気づいていると思いますが、彼女は精霊、まぁ上位精霊の端くれですね」

 

「端くれって……否定はしないけど」

 

 ベルは何となく気づいたようだ、ならある程度説明を簡略化できる。

 ソファに座るティアをとりあえず立たせ、自己紹介するように促す。 

 

「初めまして、上位精霊のティアです。好きな物はシオンの料理、好きなことはシオンに撫でられたりくっついたりすること。最近嬉しかったことはシオンに助けられたことで、それとそれと―――――」

 

「あーあー。そのあたりで止めておきましょう。もう黙っていていいですよ余計なこと言わないでください」

 

 少し発言させたらこれなのだから、正直危機感を拭いきれないが、そこは追々。

 

「で、シオン君。結局どういうこと?」

 

「どうもこうも、彼女は勝手に私に付いて来ているだけで、本当のことを言えば私の知ったことででは無いのですよ」

 

「うん、だからわたしのことはシオンの犬とでも――――」

 

「黙れと言いましたよね?」

 

「は、はい」

 

 調子に乗りそうな彼女を鎮めるのには(いとま)がない。本当に疲れそうだ。

 

「……それでですが。彼女はこれでも上位精霊な訳で、それが解ればそこら中から引っ張りだこ、となります。それで、彼女が私に羽虫のように纏わり憑くのなら、対策を考えた訳ですよ」

 

「うぅぅ……」

 

「彼女は【ヘスティア・ファミリア】の団員としてギルドに登録だけはして、私の『めいど』というものになってもらえば良いのではないかと」

 

 『めいど』というものは、お祖父さん曰く、最高の『もえ』であり男が一度は持つべきもの、らしい従者のことだ。

 私の『めいど』と言うことは従者でありつまり、実質私のものだ。

 世間ではそう思われる。

 結論を言えば、彼女が下手に手を出されることはもうなくなるのだ。

 手を出せば、世にも恐ろしい報復があると言うことも、世間に知れ渡っているだろうし。

 主に神会(デナトゥス)の所為で。

 それに、【ヘスティア・ファミリア】の団員となれば、誰かにちょっかいが掛かる可能性はより一層と少なくなるはずだ。今は弱小であろうと、後に凄いことになるだろうから。

 それは今はどうでもいいことで。

 

「どうです? ヘスティア様」

 

「う~ん、ボクは別に反対をする気は無いけど……ベル君はぁあ聞くまでもないみたいだね」

 

 どうしてか、ベルはこの話に肯定的だ。先程から妙に気張っているし、目には気力が(たぎ)っている。一目瞭然な程にベルは意気込んでいた。

 何にとまでは言及する気にはなれないが、大方ティアの境遇を脳内妄想で上方修正の物語風に想像しているのだろう。それで何か思っているに違いない。

 なんともまぁ、ベルはベルだな。

 

「では、決定ですね。ティアはこれから【ヘスティア・ファミリア】の団員兼私の専属『めいど』です。明日『めいどふく』を買いに行きましょうね」

 

「え? なに? メイド服? シオンってやっぱり特殊性癖なんじゃ……」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 特殊かどうかは知らないが、異常であることは確かだろう。

 特殊=異常でない。これは一応述べておこう。

 

「明日が楽しみですね~いろいろな意味で」

 

「シオン君、(いじ)めちゃだめだよ?」

 

「いじるだけで終わらせますよ」

 

 といっても、それは彼女(ティア)の反応次第なのだがな。

 

 

   * * *

 

 異様に重い刀を振るには、絶妙な重心もとい体重移動が必要不可欠。そして、ある程度の筋力も必須事項だ。更に言えば、条件反射を超すほど体に動きを染み込ませている必要があるし、タイミングを流れに乗せなければ、今の『一閃』を振ることはおろか、持つことすらできない。

 故にそれは極限の鍛錬(追い込み)となり、鍛えるにはもってこいなのだ。

  

 そして今日は、その極限は限界を段々と遠のかせている。

 超えることによって。

 

「【(かせ)となりゆるは世界の芯なり】! 【重力結界(グラヴィティ)】!」

 

「上等っ!」

 

 最大で八十一倍まで圧縮し、結界内にそれを閉じ込める魔法。

 今現在はそれを最大圧縮で加えて【破錠解放(リミテット・バースト)】という魔法を強化する魔法で効果を底上げしているのだ。

 結界は私自身に纏わるように張られ、どんなに速く動いても結界から抜けることはない。

 

「ゼイヤァっ!」

 

「ひゃうっ⁉」

 

 途轍もなく重い体、自身の頑丈さのお陰で潰れることはないが、踏み出す一歩に少しでも見誤れば、たった一歩歩くだけで簡単に周囲への破壊行為となる。  

 だからこそ、一刀の重みは尋常じゃない。

 すべての重みは刀へと流し、そこから放つのだ。それによって被害は最小限に抑えている。

 最小限に、だ。

 

「【電雷(でんらい)よ我が身に纏いて災いを払え】! 【雷鳴の調べ(レイ・ウェスティオ)】!」

 

 彼女は埒外(らちがい)なことにいくつもの魔法を同時行使できる。最大で十二は可能だそうだ。つまりこの程度の魔法の同時行使は容易くこなし、且つ多少鈍くなった私の攻撃を必死で逃げることもできるのだ。

 しかも高速・平行詠唱も可能ときたものだ。都市最強魔導士(リヴェリア・リヨス・アールヴ)も超すのではないだろうか。恐ろしいことだ。

 

「ハァァッ!」

 

「ぐはぁっ」

 

 等速で移動し続けるのは精々超音速が限度。だが刀の速度は重さも相俟(あいま)り最低が光速になるというギャップの激しい状態で、一刀入魂した斬撃を怒濤(どとう)の勢いで見舞うのは、常人の域を脱していると言える証拠だろうか。 

 

「ちょっ、まっ、速い速いっ!! 抑えて⁉ 死ぬから⁉」

 

「この程度で死ぬならそれまでですっ!」

 

「ひいぃいっ⁉」

 

 自分の力を駆使して逃げ回る彼女を、ただひたすらに殺す気で追いかける。

 寸前で捉え髪先を斬り、燐光のように空気中に輝きながら散る銀髪。横薙ぎの凄まじい剣圧が彼女を捉え、容易く吹き飛ばすが、彼女は空中で姿勢を整え壁に着地することで大概は免れている。

 自身に掛けた防御結界のお陰でもあろうが、彼女はまだ致命傷は負ってない。

 なら、追い詰めたって何ら問題ないだろう。

 

「ペースあげますよ!」

 

「はぃィっ⁉」

 

「そい、やっ!」

 

「うわぁぁぁぁっん!! 鬼だぁ! 鬼だよこの人ぉ⁉」

 

「何とでも言ってなっ!」

 

 喚く彼女を意に返さず、更にペースを上げる。といっても速度事態は上がってない。ただ数を増させただけだ。

 

 次第に泣き言をほざき出す彼女に、刺激される本能が更に彼女を追い詰める。

 絶叫という悲痛な嘆きが無惨に轟きわたる明け方、漸く陽は目を射し、その剣戟に終わりを告げた。

 

「ぜぇェ、はぁァ……死ぬっ、ほんとにっ、しぬっ……」

 

「その程度ですか? 私の従者は。呆れ果てますね」

 

「ご、ごめんなさい……頑張る、から。見捨てないで……」

 

「まだ、見捨てませんよ。まだ、ね」

 

 いやらしくそう焦らして、彼女を諦めさせずに、抗わせる。

 諦めることは無いと知っていながら、彼女が嘆き苦しみそれでも尚縋る姿か何故か愛おしく、どうしても見捨てようとは思え無くなってくる。

 そうだからこそ、苛め抜きたくなってしまう異常者であることは、もはや肯定のしようしかなかったのだった。

 

 

   * * *

 

「と言う訳で、登録お願いします、ミイシャさん」

 

「シオン君、幼女誘拐は良くないよ……」

 

 と言いながらも、すっと書類を渡してくるミイシャさん。彼女の言うことは本当のことが多いが、このような軽口の時は大体冗談である。偶にそれを本気で言う時があるが。

 

「ティア、読み書きはできますか?」

 

神聖文字(ヒエログリフ)なら……」

 

「ミイシャさん、それでの登録は……できないですよね判りました」

 

 普通は神聖文字(ヒエログリフ)だけ書ける人などいないだろうから、そこは対処のしようがないのだろう。彼女の訝し気な目を見ればわかる。

 

「って、これ前に私が書いた用紙と違うような……」

 

「あぁそれね、前にシオン君と弟君に渡した用紙ね、その……珍しいことにエイナがミスって、結局後から書き直したの、代理で。まぁ名前と性別、それと年齢と所属ファミリアしか記載してないけどね」

 

「ほぅ、そうでしたか」

 

 意外なことだが、正直どうでも良いことだ。

 それに、この内容を記載するとなると、殆ど空欄になっただろうし。

 

「えっと、冒険者登録とファミリア入団報告でよかったよね?」

 

「はい、問題ありません」

 

「じゃあ、入団の方持ってくるね、その間に何とかよろしく~」

 

 適当な投げやりは相変わらずだ。でもそれは丁度良い。

 

「ティア、必須記入事項は四つ、名前、所属ファミリア、年齢、性別です。その他諸々は白紙で構いません。本来記入するべきなのですが、ギルドは管理上それだけあればいいはずなので、余計に記入しないでください。これはあんまり人前で言えませんけどね」

 

 といっても、これを聞いたのはミイシャさんであり、彼女に聞かれても問題は無いが、彼女(ティア)が本当の『わけアリ』というのをあまり知られない方が良い。

 

「……どうかくの?」

 

「こう」

 

「あっ……え? ……うん、わかった」

 

 正直面倒だ。試すついでにやってみたが行動から察するに成功の様だ。

 共通語(コイネー)に関する今必要な情報を彼女の脳に送った。彼女は戦闘能力からみても、処理能力は中々のものだ。このくらいの情報なら問題ないはず。

 それに、案外簡単に成功した。

 自分の中に送る情報を思い出して構想し、それを纏めて一つの情報体と考える。その情報体を投げつけるようなイメージで飛ばすのだ。そうすれば送ることが出来た。 

 

「……覚えるの早いですね」

 

「ただ憶えて写しているだけだからね。意味は正直わからないけど、神聖文字(ヒエログリフ)と結び付けてもらえたからそこから結び付けて書けばいいだけだし、っと間違えた」

 

「おい」

 

「だいじょうぶだいじょうぶ。そいっと、はい、消えました」

 

「乱用するなよ……」

 

 丁寧に精霊の力を使って、水を浮かび上がらせたあとそれを水蒸気に一瞬で変え、更にはそれを凝縮してインキに戻す、という無駄な技術力。

 あと数文字で間違うのだから、なんというか腑抜けだ。 

 

「はい、持ってきたよ」

 

「ナイスタイミング。ティア、次はこれです」

 

「はいはーい」 

 

 といっても、こちらの方―――ファミリア入団の書類はアンケートのような物。

 名前に所属ファミリアといった基本事項と、その他諸々。例えば主神についてや、入団の経緯。主にファミリアについてだ。

 

「――――よし、ちょっと待て」

 

「え、なんで?」

 

「それ以上書くな。いえ書かないでくださいお願いしますマジで」

 

 早口でまくし立てた訳、それは単に彼女が書き進めていた内容にあった。

 ~入団経緯~

『シオンのメイドになるため』

 

 あぁこれは事実だし、そう書けとも言った。だがその先が問題である。

 

『そしてシオンの最も近くにいることで外敵共を排除し、虫を寄せ付けないようにすること。そして、私が一生シオンの隣に立つことでシオンのパートナーとなり、果てには子――』

 

 の所で止めさせた。止めさせることが何とか出来た。

 彼女が私に好意を抱いていることは判りやすさから知っているし、受け入れる気は無いが理解している。だが、ここまで重症とは思ってもみなかった。

  

「ミイシャさんこれでお願いします」

 

「え、うん、わかったけど……シオン君、やっぱりそういう趣味じゃ―――」

 

「無いです」

 

「あ、はい」

 

 彼女に勘違いされるのはいろいろな意味で問題だ。情報の塊である彼女は、私以外にも情報の売買を行っているのだ。というか、彼女は本業はそっちとまでも言っていた。 

 私は理由をつけて、大概無料で情報をもらっているが。

 

「ではティア、さっさと次に行きますよ」

 

「はーい」

 

 疑わしい視線は尚ミイシャさんから向けられるが、釘を刺しておくべきだろうか。

 とりあえずそれは後だ。

 今はティアの新たな服を見繕うべき、といってもメイド服と決めているが。

 彼女が今着ているのは主に私の服、私にはぴったりなのだが、彼女からすればかなり大きめとなる。シャツだけでも膝あたりまで到達していた。

 傍から見れば、かなり変な服装(ファッション)だ。全体的にぶかぶかなものを着ているのだから。

 

 

 と、考えている内に着いてしまう裏通りの服屋。

 第八区画北部。ギルド本部からそれほど離れていない場所だ。

 ここは私のお気に入りの店。様々な物がそろっており、全種族対応だ。

 子供用から大人用。果てには私のような高身長の客用のサイズも、並べられてはいないが、同じ種類で自身のサイズを頼むと裏方から持って来てくれるのだ。

 

「店主~、いますか~?」

 

 開口一番そう口にする。ここの店主は気まぐれなので、『開いてるよ~』という札が下がっていても、店にいない時があるのだ。

 全くの不用心だが、不届きな輩は何故か現れないらしい。それか彼女が【フレイヤ・ファミリア】の半脱退冒険者であることが原因か。証拠に看板には【フレイヤ・ファミリア】の(エンブレム)が彫られているのだ。全く、恐ろしいものだ。だからこそ品揃えは豊富なのだが。

 

「お、クラネルさんだ。今日は何をご所望で?」 

 

「おはようございます。店長、今日はこの子のメイド服をお願いします。三着ほど」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 一応彼ティアも敬語は使えるようで、恭しく一礼をしながらそうお願いする。

 その様子を見た店長は、うんと一つ頷くと、彼女をじろじろと見始める。

 

「な、何?」

 

 その行為に不信感を抱くのは仕方の無いことで、若干引いている。物理的に。

 

「あんまり動かないでね、ズレちゃうから」

 

「え、ど、どういうこと?」 

 

「サイズを目測で計って、ピッタリの服を見繕っているのですよ」

 

「よし、じゃあ何種類か持ってくるね~」

 

 気の抜けた声でそう言い残し、ちゃっちゃとどこかへ行ってしまう。

 そこで一息()くのはティアだ。やはり落ち着かなかったよう。  

 

「ほいっ、クラネルさん。こんなのどう?」

 

 早々に戻ってきた店長は、五種類のメイド服を差し出す。

 

 純白が基調となり、もうしわけ程度にある黒のレースは、短いスカートの裾や三分袖にから見えている。薄桃色のエプロンは、短めのスカートまで伸びていて、ギャップを見せるためか、正反対の漆黒のカチューシャがセットの一着。

 

 長々として振袖がある、何かと極東の着物に近い感じの上部に、膝丈程のスカート。どちらも清楚さを感じる濃紺色が基調だ。その上にうっすらとくすんだ白色のエプロン。腰辺りとなるだろうか、その場所で帯がリボン結びとなっていて、エプロンを腹部で()めている。端に一対となって小さな百合の花ような飾りの付いた薄めの黒色をしたカチューシャがセットの一着。

 

 漆黒が基調、肩口がはだけるその服は、胸元が白布で覆われ、小さくピンクのリボンが付いていた。首を巻くようにフリル付きの襟があり、喉前で細い漆黒のリボンによって留められてる。五分ほどの袖元にも小さくリボンが付いていて、締め付けを調節できるようだ。こちらは膝にも達しない際どいスカート、だが肌を露出を抑えるためか、ハイソックスがガーターベルトで()められるようになっていた。エプロンは胸より下からで、軽くフリルをはためかせている、やわらかな白色。一端に少し大きめの紅いリボンが付けてある漆黒のカチューシャがセットの一着。

 

 大々的に見せるのは紺碧(こんぺき)。長袖の先は白色の袖。襟が付いた、胸元で一時分かれ腹部で合流するエプロン。それはスカートまであり、フリルもひらひらとさせている。襟を一周する細く赤いリボンと、背後で結ぶ大きめのリボンによって、そのエプロンは()められていた。スカートは膝まで伸びておらず、腕に対し脚は惜しみなく(さら)すような構造。そしてフリルが付いた純白のカチューシャがセットの一着。

 

 ロングスカートに長袖、潔癖のように肌を隠す構造の服。主体として鴉のような黒色、袖や裾の内側からはみ出させてある雪のような白いフリル状の布は、ほどよいギャップを与えてくれる。肩を一周し、長々と覆い隠すエプロンは勿論のこと下部まで伸びており、先は黒い一条のラインが引かれていた。腹回りを帯のように巻くエプロンの()めは、腰で大きくリボン結びをされていた。同じく黒色のリボンが両端に付けられ、髪に留めやすくしている同じく白色のカチューシャがセットの一着。

 

  

「……普通に迷いますね」

 

 どれも中々良い服だ、ティアに似合いそうだし、流石店長と言うべきだろうか。

 私にはないセンスだ。だからこそ服屋を態々やっているのだろうが。

 

「いっそ全部買っちゃたりする?」

 

「いえいえ、在庫が無いでしょう」

 

「あるよ、勿論」

 

「「あるんだ」」

 

 意図せず被った声。まさかこれほどまでとは思ってもいなかった。

 確かに品揃えは異常な程多かったが、一体どこから仕入れてどこに収納しているのだろうか。

 

「因みにお値段?」

 

「えーと、全部三着ずつで56万1600ヴァリス。クラネルさんだからちょっとまけて50万でいいや」

 

 適当だな、と突っ込みたくなるのを一応抑える。

 これでも彼女の厚意だ。そういった行いはよろしくない。

 ただ、三着ずつ買う気は無いのだが。

 

「流石に三着は多いので、二着ずつでお願いします。代金は?」

 

「37万4400ヴァリス、まけて35万でいいよ」

 

「了解しました。三分ほど待って頂けますか? 代金を取ってきますので」

 

「いいよ~その間に用意しておくからさ」

 

 普通はこんな即決していい額では無いだろうが、残念なのか喜ばしいことなのか、まだまだ金はある。

  

「あ、そうそう。この子の戦闘衣(バトル・クロス)も用意していただけませんか? 余分に20万程持ってきますので。因みに同じくメイド服のような感じで」

 

「いいよ~用意しておくね」

 

 彼女にも一応必要となるだろう。近いうちにダンジョンへ潜らせるつもりなのだから。

 ティアにはここに残ってもらい、さっさと店外へと出ると、飛ぶ。

 勿論向かうはホームだ。数秒の内に着くのは少し自重するべきだろうが、やはり素晴らしい風のお陰である。

 相変わらず自分で作ったのに自分が手古摺(てこず)る開錠。そこから取り出すのはお金だが、中身がさらに多くなったせいで、相応に要する時間は増えてしまう。

 55万きっかり持ったところで、施錠してホームを後にする。流石に時間が掛かったので戻りは飛ぶの一択だ。

 

「到着」

 

「ふふふっ、四十八秒遅れ。女性に時間で嘘を()いたねぇ?」 

   

「私は三分ほどと言いました。きっかりそうとは言ってません」

 

「ありゃ、これはやられた」

 

 保険をかけておいてよかった。前にこれで酷い目に遭わされたのだから。

 前は十分で戻ると言ってしまい、結果かかったのが約十一分。今と同じように到着すると言われ、罰ゲームを食らったのだ。

 ひたすらやらされる、女装の地獄を。

 

ティア(彼女)戦闘衣(バトル・クロス)は?」

 

「これだけど、どう?」

 

 もう既に持っていた衣服を差し出す店長。

 

 所望通りのメイド服。脚が動かしやすいように膝よりまでのスカート、腕も関節の動きを邪魔しない三分袖。風の抵抗が伴うフリルなど余計な装飾は付けられていない。

 その代わりだろうか、このメイド服には刺繍(ししゅう)が見受けられた。 

 韓紅(からくれない)の生地、触ってみると良く解る、肌触りが良く伸縮性も良い。それはスカートまで使われていて、そこには濡羽(ぬれば)色の糸で右胸元に薔薇(バラ)の花があり、茎がスカートまで伸びていた。肩にも刺繍は施されていて、椿(ツバキ)繊細(せんさい)に表現している。

 エプロンは控えめな白色。これにも無駄にフリルなどは無く、余計にはためかないよう留められるようになっている。背で交差させて固定し、更にリボン結びで紐は留められた。

 襟は同じく白、それもやはり調節ができて、これまた韓紅のリボンだ。

 カチューシャには小さなく細かな薔薇(バラ)の花が端に並べられていて、それは美しき紅色だ。だが、生えている根本は黒色と、ちょっと変わっている。

 それらがセットとなった一着。

 

「問題なし、ティアも大丈夫ですか?」

 

「たぶんね。シオンに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、頑張るから」

 

「そうですか。では店長、結局代金は?」

 

「えっへん。合計で43万ヴァリス、これでもまけたんだからね?」

 

 案外安いものだ。私がオーダーメイドを頼んだ時は、容赦なく七桁を言い渡したのに。

 何故かは知らないが、まぁいいだろう。

 

「どうぞ。43万です」

 

「はーい……うん、ちょうどだね。こっちも、どうぞ」

 

「どうも。さて、帰りましょうか」

 

「荷物持つ?」

 

「では、半分お願いします」

 

 一人で全部持てるのだが、彼女は一応従者という立場になる。こういう気は大切だ。

 それを尊重し、それでも比較的軽めの服を持たせる、といっても無意識のうちにだが。

 

 中身を見て、再度嬉しそうにする彼女を微笑ましく思いながら、ホームへとゆっくり帰る私たちであった。

 

  


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