やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 不完全燃焼ですごめんなさい……

では、どうぞ


反響、それは狂笑

 

「……存分に、()り返して、復讐を遂げてください」

 

「うん」

 

 シオンがそう言うと、わたしに抱えていた子を渡してきた。

 それを受け取ると、シオンは私に背を向けてしまう。

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

「ぜん、ぜん……だい、じょうぶ、じゃ、ない……」

 

「そう。じゃあ、ここに少し寝ててくれる?」

 

「おい、てくの……?」

 

「ううん、違うよ」

 

 右側に居るあいつら、鮮明に焼き付いた、憎いものの顔。

 わたしのことは多分認識できてないのだろう。他の人たちがいる中で、毎日毎日真っ先にわたしに飛びついて来たあの糞共が、わたしではなくシオンを見ているのだから。

 

「君は助ける。でも、わたしはやりたいことがあるから」

 

 自分の中から殺意があふれ出て来るのがわかる、バチッ、バチッと弾ける音が出てきた。

 もう抑えていられない。速くアイツらを、苦しめたい、殺したい、もう二度とわたしの前に現れないように、消してやりたい。

 復讐を、今までの怨念を、今晴らすんだ。

 

「じゃあ、待っててね」

 

「わか、った」

 

 彼女を柱に凭れさせ、私は憎き糞共に向かって行く。

 あえて、中指に嵌めていた指輪を外し、自分を認識できるようにしてやった。

 

「!……もしかして、ティアちゃんかい⁉ あぁぁっ! 嬉しいよ、僕達が恋しくて会いに来てくれたんだね!」

 

「黙れ、糞が」

 

 手刀を作り、そこに少量の風と熱から生み出す炎の刃、それで調子に乗っている糞を肩から腰に掛けて切った。

 口調が汚くなっている。シオンにはこんなの聞かせられないや。

 

「ふざけたこと考えてんじゃないよ。わたしが、お前たちに会いに来た? ハッ、おめでたい頭だね。私は会いに来たんじゃない、終わらせに来たの」

 

 一旦炎と風を解き、その手で(はりつけ)になっているゴミの頭を跳んで掴み、そのまま引っ張って地面に打ちつけた。

  

「お前ら全員、滅ぼしてやる。苦しめてやるっ。わたしたちが今までずっと感じていた、絶望をっ、恐怖をっ、苦痛を! 全て返してやるっ! 今までの所業、せめて後悔しながら、消えて見せろ!」

 

 もう一度、強く頭を打ち付けた。

 

「【時を告げる(リミット)】!【今戻りたり(リターン)】!」

 

 わたしの力で二度も打ちつけたら、簡単に死んでしまう。

 だけど、そんなこと許さない。

 絶対に簡単になんて死なせない。死んだって生き返らせてやる。

 わたしは治癒魔法だって使えるんだ。苦しめ、治し、また苦しめてやる!

 繰り返し味わえ! 死という恐怖を! 絶望を! 

 

「わたしたちが味わってきたのは!」

 

「ぐはっ! やめっ、やめてくれ!」

 

 喚く無惨な糞を一蹴し、飛んでいきそうなソレを氷を大気中に生成して衝突させ、勢い止まったソレの胸に手を当てる。

 

「【透過せよ(インビジブル)】」

 

 自分の腕をその胸から通過させ、心臓まで辿り付かせた。

 

「やめっ」

 

「この程度じゃ割に合わない程のっ、屈辱だったんだぞ!」

 

 そしてその心臓を掴む。優しく、壊れない程度に。

 

「ぎゃぁぁぁァァぁぁっぁ⁉ あぁぁあぁっ⁉」

 

 内部を直接攻撃される、痛み、押し潰れそうな苦しみ。シオンが言っていた、『人間は何よりも内部が弱い。それが内臓であり、脳であり、心であり、何であったとしても』と。

 その通りだ、この苦しみよう、実に滑稽。

  

「最後に、プレゼント。味わえ、クズ」

 

 そこで詠唱を始めた。

 煩く鳴く憐れなゴミ以下、いや未満の存在。そいつの心臓をぎゅっと握り締め、弾けさせた瞬間、発する魔法名。

 

「【停滞が生みし、永遠の(おもい)――――我は光の精霊なり】」

 

「【万里の定着(インフィニット)】」

 

 その魔法、すなわち禁忌なり。

 対象を永遠に留め、停滞の彼方へ送る最悪の魔法。

 復讐の時を願い、思い続け、その為だけに編み出した、禁断の技。

 それは、痛みや苦しみ、絶望と言う感情まで永遠に感じさせる。

 此奴は今と言う時で切り取られ、止まったのだ。

 心臓を握りつぶされた時に感じたものと、わたしに感じたことと、死と言うある種の救いが手の届きそうで届かない、憐れな状態で。

 

「これが、酬いだ。わたしたちからの、復讐だっ」

 

 そういって、既にぐったりと横たわり、血すら流さない廃棄物を一蹴して視界から外した。

 

「次は、お前だっ!」

 

「ひっ」

 

 一番嫌いな、この糞男。

 わたしに一番酷いことをした。わたしを一番穢した。わたしを一番、痛めつけた。

 正直トラウマだ。でも、今日で終わる。何もかも、全て。

 

「【水よ収束せよ(コンバージェンス)】! 【凍てつけ(フリーズ)】!」

 

 水蒸気が収束され、それを水へと変換し、水の収束体を作り出す。それを分割し、凍らせることで拳ほどの氷の弾丸を作り出す。

 それを、魔力によって糞男に飛来させる。

 全身くまなく、急所だけを外して。

 

「ぐがぁっ! 止めろ! 俺に逆らう気か⁉ 俺の奴隷の癖に⁉」

 

「妄想は頭の中だけでしろ、糞が。だけどよーくわかったよ。お前がわたしにそんなことを想ってたって」

 

 道理で扱いが酷いわけだ。あいつは甚だしい勘違いの塊だ。

 さっさと終わらせよう。いつまでも見ていると不快だ。

 

「お前は苦しめて停滞すらさせないで殺してやる。地獄から二度と出て来るなっ」

 

 氷の弾丸を足場にして、糞男の頭を掴み、その場で停止する。

 

「がぁぁァぁぁァァッッ⁉」 

 

 やがて叫び出した。当たり前だろう。

 生体電流を無茶苦茶に動かして、脳内のありとあらゆる構造が、理解しながら壊されていくのだから。

 私は元々雷を扱えた上位精霊だ。この程度のこと、造作もない。

 ただ、強制されてできなかっただけだから。

 ぷっつりと、あっけなく切れた悲鳴。でも、まだ生きている内部は壊し切れてない。

 

「もういいや、死ね」

 

 魔力を使うのすら勿体なく感じてきた。だから、握りつぶす。最大の力で。

 グチャッと潰れ、気持ち悪い感触が手に伝わる。シオンから貰った服も、汚してしまった。

 

「後で謝らなくちゃ」

 

 場違いなことを思い、残りの三人に目を向ける。

 

「じゃあ、次ね」

 

「ひっ」

 

 もうこいつらに、生きる希望なんてない。

 あるのは、満ちた絶望と、新鮮な苦痛と悲鳴。

 そして、死と言う結果だけだった。

 

 

   * * *

 

 あぁぁ! 楽しい! 楽しすぎる! 

 苦しむ姿を見るのが最高だ! 涙を垂れ流し、神へ懺悔している糞を、そのまま痛めつけるのが楽しくて仕方がない!

 あぁあぁあぁぁ!! 実にっ! 実に素晴らしい!

 飛び散る血が糞のものであっても鮮やか過ぎる! 砕ける骨の感触が心地いい!

 声にならない阿鼻叫喚の嵐を一心に浴びていると、興奮でオカシクなってしまいそうだ!

 抑えられない、抑えきれない!

 欲望が、本能が、理性までもが! 滅ぼせと言っている! 楽しめと言っている! 殺しつくせと言っている!

 絶望で埋め尽くせと昂っている! しつこい程に、血を、肉を、骨を! まき散らせと言っている! 素晴らしき景色(惨劇)を作り出せと叫んでいる!

 

 ただ殺すだけじゃないのだ。()り方など無限にある!

 ただその中から選ぶだけだ! 相応しい、殺しを! 罰を! 刑を!

 私の欲望を満たせるだけの、死に方(ストーリー)を!

 

 全身の皮を剥いでやった! 見開くその目を()()いてやった!

 四肢を素手で千切ってやった! その肉を嫌がる糞に喰わせてやった!

 ゆっくりじっくり炙ってやった! 足先から段々と長い時を掛けて斬り刻んでやった!

 やったやったやったやったやってやった!

 

 でも、もういなくなっちゃった。

 全部、死んだ。全部、殺し終えちゃった。

 つまんない、もう終わり? まだだよね? まだ続きがあるよね?

 もっと見たいよ、散って行く命を、絶望する糞どもを。

 満たしてくれる、沢山の血を。

 

「シオン、終わった?」

 

 瞬間私は背の刀を抜いて、その声の主の首筋を、ほんの僅かに斬っていた。

 

「……ぇ?」

 

「ぁ―――――――ごめんなさい。ちょっと歯止めが利かなくなっていたので」

 

 危なかった。あと少しで、彼女、ティアまで殺してしまうところだった。

 刀を納め、数歩後退して距離を取る。

 

「―――大丈夫だよ。シオンだから、全然」

 

「そうですか」

 

 彼女の服は、惜しみなく血で濡れていた。

 銀髪にも血を浴び、だがそれでも失わない輝きは、場違いな程美しい。

 この惨状と復讐の空間には。

 

「―――すごい、ね。これを独りで()ったんだから……」

 

「そうでもないですよ。普通です」

 

 心が段々落ち着いて来た。興奮も治まってきている。

 やがて深呼吸し、良い匂いに感じてしまう血の香りを感じた。

 

 改めて、自分を見てみる。

 傷一つ無い。だがその代わりに髪は赤黒く染まり、着ていた常闇と見紛う程の漆黒の長衣外套(フーデット・ロングコート)は、そこに淀んだ赤色を加えていた。

 背に在る刀は、その重さをより一層増している。相当量の血を吸っているからか。

 

「ティア、私はこの後も【カオス・ファミリア】を掃討します。最後まで片付けたら、終わりです。貴女はどうしますか?」

 

「勿論、ついてく。まだ私を穢したゴミを片付け切れてないから」

 

「因みに、後何体?」

 

「八体。全員殺すまで、私も終わりじゃないから」

 

 不敵に笑い、自身の調子を確かめるかのように手の開閉を繰り返す、()る気満々のご様子だ。

 それを微笑ましく見てしまう私は、感性がおかしいのだろうか。 

 

「で、その精霊、どうします?」

 

「ん~、とりあえず全治癒かな」

 

 ティアが私に肩を貸していた精霊を差し出し、平手をこの精霊に向ける。

 瞬間、魔力がどよめき始めた。

 

「【我は慈悲の光を(もたら)す、光の精霊なり。我はその慈悲を持って、万人を(いや)そう】」 

 

 この場に似つかわしくない、聖女のような輝き。美しいが、それは彼女が面倒そうにしていなければの話であって、完全に台無しである。

 そもそも、この光景の中それを求めるの事態がちゃんちゃら可笑しいことなのだが。

 

「【嗚呼、嘆き悲しむ人々に、静かなる安らぎを。治癒の光をもって、忘れ難き傷を過去のものへ】」

 

 向けていた平手を私の胸に納まる彼女に添え、そこから魔力を伝えると共に発す。 

 

「【無に帰す光(トワイライト)】」 

 

 物騒な名前だが、効果が見当違いに著しい程のものなので気にしないでおこう。

 確かに全回復といえようか、魔法にしてはという前置きが必要だが。

 治りはした。外傷は見受けられない、感触的に内傷も治っているだろう。

 だが、おっとりと遠くを見ている目は、ぼんやりと焦点が合っていない。

  

「……目までは、難しいかな」

 

「仕方ないですね、どれくらい見えますか?」

 

 自分の体に起こったことを驚いている精霊を立たせて、そう問いかける、

 数秒何も答えずに、身体の様子を確認するように動かして、程なくして答える、 

 

「……朧気だね、薄闇が覆ってる、というのが適切だよ。見えにくいよ、ほんとに」

 

「いえ、それだけ見えれば十分ですよ。動くことは?」

 

「普通に走るくらいならできそう。戦うのは……照準が合わないから危険」

 

「では、引っ込んでいてくださいね。邪魔になりますから」

 

 無慈悲に引き離しているが、偽りようのない事実である。

 彼女の魔法も使えば、虐殺のレパートリーは増えようが、それはつまらない。

 私が()りたいのだから、他人には邪魔されたくなにのが正直な気持ちだ。

 

「ティア、貴方も大丈夫ですね」

 

「うん、速く殺したくてうずうずしてる。ねぇ、もう行こ? どうせ見つけてるんでしょ?」

 

「ふふっ、その通りです。行きましょうか」

 

 その通り、私はこの部屋の愚物を処理している時から、次なる処分対象を定めていた。

 うっとうしい雰囲気が臭いと共に漂っているのだ。その所為で嫌でもわかる。次に向かう場所で何が行われていて、精霊たちがどんな目に遭っているか、

 勿論のこと、その精霊たちに自意識どころか、生物の尊厳すらないのだろう。

 心底虫唾が走る。相変わらずのふざけっぷりだ。 

 

「……走るのかい?」

 

「えぇそうですよ。あ、超音速くらいは出せますよね。一応確認しておきますが」

 

「……逆に聞くけど、出せるもの? それって」

 

 『えっ』と思わず声を出してしまう。いや、私にとって当たり前すぎて忘れていた。

 普通は無理なのだ。超音速どころか、亜音速すらも。

 

「あはは、これは仕方ないですね。途中まで私が運びますよ」

 

「……迷惑、になるのかな」

 

「私は貴女に命令されましたから、『地上まで逃がせ』って。そこまでは何とかしますよ」

 

 見えてはいないだろう、だが、私は笑いかけた。

 雰囲気だけでも伝われば、罪悪感は消えるだろう。それは彼女が感じることではないのだから、無駄に気負われても此方が苦しくなるだけだ。

 

「……シオン、私が運ぶ」

 

「これまたどうした。ティアの身長では碌に運べないでしょうに」

 

 突然の介入。意味ありげに頬をぷぅと膨らまし、訴えかけてきたのはティアだ。

 

「なんか、いや」

 

「なに、ものの数秒のことですよ。その程度何を思っているかは知りませんが、我慢してください」

 

 取り合っている暇は正直ない。あと少しで限界が来る、その自覚はあった。

 後先考えず暴走するよりは、考えて楽しみながら暴れたほうがよっぽどいい。

  

「失礼」

 

「ひゃっ」

 

 短くに断りは入れ、抱き上げる。

 その姿勢はいわば、『お姫様抱っこ』というやつだ。実に効率的な運び方である。 

 

「ごめんなさい。でも、貴女を運ぶ効率的な方法はこれしかないので」

 

 適当に説明もとい言い訳をし、一応彼女にも納得してもらおうとする。

 こういったものは、純情な乙女の心には響くらしいから。

 彼女が現在純情かどうか、それは問題にしてはいけないことである。

 

「……アストラル」

 

 ふとそこで、呟きが耳へ入り込んだ。

 

「私の名前、属性は星。一応、これくらいは」

 

 星属性、確か占いを中心とした『星読み』ができる、稀少(レア)属性。確かティアにも埋め込まれていたはずだ。

 もしかすると、その属性の所為でここに連れられたのかもしれない。

 

 と、そこまで考え思考を放棄する、こういうことは考えたって無駄だ。

 

「ティア、行きますよ」

 

「――――ふんっ、わかったっ」

 

 何処か投げやりの様だったが、気にするまでもない。

 絶対的にこの『お姫様抱っこ』が原因だ。ティアがあからさまに好意を示してくるのだからこれくらいは解ってしまう。

 

 先程と同じく魔法名を三つ連なり発して、飛び出した。それを刹那的に追う形となるが、すぐに追い返して私が導く形となる。

 移動速度に手に抱えるアストラルが驚いている姿が心情に合わず面白く思う。

 そんな中で近づく異臭、それにた二人が鼻を塞いだ。嫌なことを思い出しそうなのだろう。

 

「ティア、先に言っていいですよ。貴方が復讐したくて堪らないヤツを、殺せ」

 

「―――うん、ありがと」

 

 一気にギアを上げ、直線の道を突っ切っていく。

 この先から臭いが漂うのだ。それをティアは追っているのだろう。

 

 つんざく音が轟いた。

 

 同時に反響する、絶叫。断末魔と共に届く魔力の残滓(ざんし)

 直ぐに始めたのだ。私もそれに交ざりたくてたまらない。

 

「アストラル、一旦ここに居てくださいね」

 

「分かった」

 

 もはや阿鼻叫喚の巣窟と化した壁が破壊された部屋からは、嗅ぎなれた血の匂いまでも交ざり、一呼吸だけで眩暈が平衡感覚を蝕もうとする。

 でも、そんなの露知らず。ただ惨状を作り出すために動いた。

 また始める、虐殺(ジェノサイド)だ。

 

「はっ?」

 

 間抜けな声を出して、派手に中身をぶちまけた服すら着てない淫獣(オス)がいた。 

 部屋にはそのほかにも、十四―――今十三か、それだけの獣が居た。

 そして、鎖で拘束され、枷に囚われ、だらりと死んだような精霊も。

 

 あぁあぁぁぁあぁぁぁ! 不快極まりない!

 何だこの部屋の臭いは! 何なんだこの部屋の雰囲気は!

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!

 

 煮えくり返る程の怒りが抑えきれない、荒れ狂ってしまう刃が止まらない。

 ただで殺さないと思っていだ。でも、無理だ。

 

「お前らは! 今すぐ消えろぉっ!」

 

 叫ばずにはいられない。分かっていても、見てしまったから。

 歯止めが壊れた、多分もう止まらない。

 幸い、ティアが楽しそうに甚振っている五匹は、復讐対象だろう。

 その下には、三個の廃棄物も転がっている。

 あの五匹も終われば、彼女の復讐も最期を告げるはずだ。なら、もう私が暴れてもいいだろう。

 

 ある一匹に、断罪の煉獄を扱いし刃を貫いた。

 ある一匹に、無へと誘う柄を握らせた。

 ある一匹に、残酷なまでに、死を与えた。

 一匹一匹、着実に、確実に、長い長い一瞬で、全てが全て、消えていく。

 狂いだす精神、昂り限界を知らない狂気、殺意、興奮。

 見せしめの解体は、恐怖に滲み竦み叫び散らす愚物を見るのが堪らなく嬉しい。

 派手に飛び散る鮮血を全身に浴びることで、頬が染まっていくのが感じ取れる。

  

 今すぐにと言った、だが無理だ、楽しまずにはいられないのだやはり。

 一つ前よりは適当だ。先程の方が余程楽しかった。

 

 その証拠にほら、もういなくなっちゃった。

 舌なめずりをひとつ、口の周りに垂れる血を口に含む。

  

 満たされる感覚を得た、全身が熱いくらいに次を欲している。

 感覚が異常な程鋭くなる、血流の流れる音すら聞き分けられるほどに。

 

「ミツケタ」

 

 にたぁとおぞましい笑みを浮かべているのを自覚しながらも、抑える気などない。

 二階下にまだいる、まだあまってる、まだ殺せる、まだ浴びれる、まだ飲める。

 速く、速く速くはやくハヤクッッ! 

 

―――その()を、散らさせてくれ。

 

 形振り構わず、飛び出した。

 

 自身の一挙手一投足が止まった様に遅い。もっとだ、もっと速く動けっ! 

 

 我慢なんてできっこない、とにかく血を、血を、血を、血をくれっ! 

 

 抑えられない吸血衝動、まるで渇いた吸血鬼のよう。

 

 ニンゲンをやめてこの衝動が満たせるのなら、そんなもんすぐやめてやる、

 

 さぁ! だから出ておいで、死ぬしかできない愚物どもよ! 華々しい血の貯蔵体よ!

 

 咲いておくれ、目の前で、彼岸から見える景色のような紅い華よ!

 

 あぁ着いた、着いたぞ! 漸くだ、ここまでどれ程かかったっ!

 

 だがそんなの関係ないっ、さぁ早く、散るがいいっ!

 

「ハハッァァァハァハハハッァハァハハッッ!!!」

 

 狂気に溺れ、壊れ歪み原型すら見えない笑み。

 それは一体誰だろうか、この赤いカガミ(血だまり)に映るのは誰なんだろうか。

 全身真っ赤な狂人、鈍色に輝く凶刃を執ったおぞましきナニカ。

 

 溢れ出しているモノは、既にない。もう、何もかもが終っていた。

 こべりつきまだ固まってすらいないモノ。

 まき散らされた、どんなものかすら判別できないモノ。

 飲み込まれた、どんなものでも美しい紅い液。

 

 惨状、そんな言葉で事足りるのだろうか。いや、無理があるだろう。

 生易しい言葉でなんて表現できない。それ程の光景がある。

 

「フフッ、フハハハハハハッ、アーッハハハッハハハッッ」

 

 高笑い、その中で一際異様な存在。

 もう、何が何だか分からない。何をして何のためにここに来たのか忘れた。

 

 もう、そんなことどうだっていいや。

 

 ゆったりと、段々、段々と小さくなる狂笑(きょうしょう)

 それが存在の意識が彼方のとんだ証拠か、それとも、飽きして見限った結果か。

 ただ、()きたことは無いだろう。それだけはいえる。

 歪み淀み腐った、でも残酷なまでに輝きがそれを隠す目を見れば。

 

 誰にも気づかれること無く、崩れていくのは何だろうか。

 だたそれだけを、やがて気付かなくなる彼は考えていた。

 


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