下手に想像しない方が身のためだ。
では、どうぞ
「さぁ、召し上がれ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
スプーンをぎこちなく握り、ゆっくりと向かっていくのは半透明のスープ。
色鮮やかな野菜に、輝いてすら見える少し高めの鶏肉。あっさりとした味にはしてあり、脂分も過度に含めていない。急に多くの量を食べてももたれさせないようにしている。栄養の調整もばっちりだ。
逆手に握ったスプーンでその汁を
スプーンが口に触れ、掬われていた汁が流し込まれると、重なり響いて聞こえる金属音しか音が無い料理場に、そっと喉を通る微かな音が加わった。
「おい、しい……」
ぽろりと出てきた誉め言葉。琴線に触れたかのように打ち震え、途切れながらもしっかりと出した本心。
おいしいなんて、心の底から言ったことは無かった。
本当の意味も知らなかったし、何のことかすら興味も無かった。
でも、自然と出てきた。
今まで勝手に言わされ、ゴミ共を満足させるがためだけにあった言葉。その意味を本当に理解できた。
こういうものなんだって。
「ありがとうございます」
それに存外無感情に答える声。感情と言葉が全くかみ合っていない。
少しは手を加え、腕によりをかけたが、私自身満足してないのだ。
彼女と同時に食べた、別皿の同じスープ。自分ではもう少し美味しく作れたと思っている。
幾年か前、本気で料理を作って食べたときは、自分で作りながら自分で感動してしまった程だ。『ナルシスト』のように思えるだろうが、実際そうだったのだから。
そのため、今の結果に私は満足していない。
彼女がまたスープを掬って、啜った。
無言で、何度も何度もその動作は繰り返され、その度に打ち震われている。
「おいしいっ、すっごく、おいしいっ」
何かを食べながら言葉を発するのはあまり感心しないが、今は口を出す気にはなれなかった。
彼女の頬を辿る、二筋の光を見て。
次第には鼻をすすり、行儀の悪さがどんどんと悪化していく。
でも、何も言わない。
満足そうに、幸せそうに頬を
早くもスープを飲み干し、空になった皿にスープを置いて、彼女は私に目を向けた。
晴れ晴れとする彼女は、そしてこういった。
「ありがとうっ、シオン。初めてだよ、おいしいって感じたのっ」
「それはよかった。いくらでも食べていいですよ。冷めないうちに」
「うんっ」
元気よく頷き、そそくさとスプーンを握って他の料理に手を伸ばし始める。
私もそれに合わせ、ナイフとフォークを持ち直す。
子供らしい笑顔を浮かべて楽しそうにする彼女を眺めながら、水が流れるかのような速度で、テーブルに並べられた料理はたちまち平らげられていった。
より一層と、彼女の表情を鮮やかにして。
* * *
余談
「おなかすいた~」
「だよねー」
「君たち、やる気を出さんかね。せっかくここを使えてるんだ。集中したまえ」
「でも
「恐らくここを買い取った方が料理場を使っているのだろう。気にはなるが無視して頑張りまえ」
「はぁ~い」
* * *
片付けをさっさと終わらせ、誰と出会うことも無く『アイギス』を後にした。
そして向かうのは、八分けの第七区画、その西部方面だ。
一応彼女も身体能力が高く、見たところLv.4並。屋根伝いの最短距離移動もなんら問題なかった。
認識阻害の方は彼女はできず、私が頑張るしかなかったのだが。
第七区西部方面へとたどり着くと、そこからは彼女の案内だ。自分が逃げてきた場所を戻っている形なのだから、精神的な心配はあるが、彼女の決意であり意志であり復讐だ。邪魔する気も口出しする気もない。
それに、案内してもらうことで
余談だが、途中寄り道をしておいた。ちょっとした用だ。
「で、その
「それは分かんないけど。私が逃げた時に通ったのがここ。でももう直されたみたい、私は破壊して出てきたから」
「仕事の速いことで、感心するねぇ」
今は薄暗い地下水路のある壁の前、そこにいた。
視界不良を訴えることはない。私たちはそれだけ夜目が利く。
地下にあるらしい
詳しい構造は彼女も知らないそうだが、地下と言うことは理解していたらしく、脱出の際は兎に角壊しては上へ上へと向かっていたらしい。
ここから【カオス・ファミリア】を探すのは面倒そうだ。探知範囲内に人間の気配は無いのだから。
『アリア、
『少しくらいなら知ってるわよ、送る?』
『できれば
『わがままね、いいけど』
数瞬の時を経て、脳内に情報が流れ込んできた。
次々、次々、溢れんばかりに段々と押し寄せて来る。
流石にオーバーヒートになりそうだったが、眩暈と頭痛だけで済んだ。
代償分の情報は得られた、一応全部憶えることも。
やはり、記憶だけはもはや『絶対記憶』の領域だ。
『これくらいよ、役に立ちそう?』
『ばっちりです。というか、
『さぁ、知らなくてもいいことだし』
それを最後に、アリアとのその接続が切られた。気を利かせたのだろうか、それとも、これから私が行うことを、あまり見たくなかったのだろうか。
「さて、ティア。指輪は付けてますね」
「うん。でもこれに何の意味があるの?」
「
彼女は一応ここから逃げた身なのだ。見つかったら何をされるかもわからないし、最悪捕まる可能性もある。だから念を入れておいただけだ。
「相手の位置は分かりますか?」
「ここより下。天井三つ破ったから、それよりは」
「了解しました。なら同じ方法を取りますか」
「え? それって……」
「ぶっ壊す」
目の前の壁に漆黒の
派手な音を立て、男三人が通れるほどの風穴が出来上がると、先に広がる通路が更に奥へと繋がっていることがわかった。
「指痛いですね……」
「殴るからでしょ……何で刀使わなかったの?」
「次からは使いますよ。ただ
「そんな軽い気持ちでやること? まぁいいけど。さっさと行こ。直ぐに殺したい」
「感情がまるっきり現れてますよ。同感ですが」
互いに目を合わせ、目線を切ると奥へと進む。
十数歩進んだところで彼女に止まってもらい、右腰に下がる刀、『黒龍』を薄闇の中で煌めかせた。
抵抗は強いものの、斬れないことはない。粉々にすることは流石に時間が掛かるだろうが、ある程度斬って床を抜かせる程度は一瞬も掛からない。
「ほわぁっ!」
変な悲鳴が聞こえ、床は階下へ崩れ天井が崩落跡と成った。
彼女はどうやら足を滑らせて落ちてきてしまったらしいが、風でうまく着地はできていた。一応彼女はある程度の属性は使える。世界構成因子は勿論のこと、そこから枝分かれする事細かなものまで。
「……シオン、危なかった」
「貴女が足を滑らせただけでしょう。それに着地しているのですから問題ないですし。さ、進みますよ。直進して一つ目の角で曲がります。そこでもう一度床を破壊しますので」
「わかった」
彼女に伝えた通りの道順を辿り、床を破壊。
なぜこうするかといえば、相手の死角を突いているのだ。
ここには至る所にと言っていい程、トラップがあり、更に言えば『幻想の目』という
既に音で気づかれているかもしれないが。そこは念のため、というやつだ。
それに、奇襲の方が感じる恐怖の質が各段に異なる。
と、そんなことを考え舞ている内に三層目の床を破壊した。
「人の気配がしますね」
「あの嫌な臭いもする。臭くてドロドロで、気持ち悪い、あの臭い。あぁぁっ! 絶対殺してやる……今までの復讐、散々遊んだ対価を払ってもらうからね……」
過去の苛立ちが再発したのか地団太を踏み始め、目を一色の殺意に変えていく。
私はそれを見て、手が、腕が震えていた。背中に差している刀の柄を握る右手を左手が必死で押さえている所為で。
本能のままに動こうとする右腕を、理性の左腕が必死に抑えているのだ。
考えてみれば分かることだ。私が吸血鬼化してただで終わる訳がない。
抑えられなくなって、暴れて、果てには戻れなくなるのみ。
「憤りも分かりますけど程々にね。私が爆発してしまいそうになりますから」
「え? あ、うん、ごめんなさい。もう少し抑える……」
殺意の鳴りを一時潜めさせ、しゅんとする彼女。
可愛らしくて正直撫でてあげたいが、今はそんなことしている場合ではない。
――――なんで撫でたいなんて思ったんだ?
まぁそれはいいとしよう。
「さて、ティアはどうします?」
「どうって?」
「私はこれから
私はあくまで私のためにここに来たのだ。彼女にいらぬ恐怖を抱かせる必要も無いし、最悪巻き込まれる危険性がある。このままついて来ることの利点といえば、彼女を一人にしないで済む、ということだけ。
「あ、心配してくれてるの? ふふっ、嬉しいな~。でも大丈夫だよ? わたしのトラウマは、ここで消えるんだから。何か新しいトラウマができても、すぐに消えちゃうんだから」
そう言って彼女は、笑いかけてきた。
狂気の滲むその笑顔、酷く美しいその微笑み。
自然と安心感が胸に滑り込んだ。それは彼女が『強い』人であることがわかったことへの喜びか、
そんなことはどうでもいい。ただ私はすべき事をするのみ。
「ふっ、そうでしたか。なら、遅れないで下さいね、私は速いですよ」
漏れ出る笑み、それを彼女に向けて注意しておく。精霊の力を使えば追いつけなくもないだろうが、それは彼女が精霊の力を使った時であって、使っていなければ意味が無い。
それを悟ったのか、彼女に向かって風が吹いた。だが、弱い。
「あ、あれ?」
何故か彼女も首を傾げている、いつものように力が操れていないのだろうか。
「……あ、そっか。そういうこと」
「で、どういうことですか?」
自己完結を済ませてしまった彼女に、繋げて聞く。このまま疑問を放置すると首の辺りが
「シオン、というよりアリア様のせい。
要するに、アリアの影響で力が満足に扱えないと言うことだ。
風が自由自在に扱え過ぎていることがずっと不思議だったが、そういう事だったのか。
「なるほど、では他の力を使っては?」
「使えなくもないけど……風は無理だしなぁ。光で何とかするしかないのかなぁ」
「因みにどれくらいの速さが出ます?」
「最大で超音速くらいかな。それ以上出すと多分わたしの体が引き千切れちゃうし」
「解りました。では超音速に合わせますね」
私は最大で光速、刀は超光速まで出せる。まだ【ステイタス】との感覚のズレが生じていて本当の力は出せていないが、超音速レベルは簡単に出せるのだ。
「じゃ、いきますよ」
「うん――――――【
魔法名を彼女が口にすると、その意味ごとの変化が生まれた。
身の回りに淡く力強い光を纏い、次なるはそれが弾け、ビリビリッと細やかに音を鳴らし、終いにはそれが大きく弾け、砲撃のような速度で彼女は走り出した。
それに刹那遅れ私も飛び出す。
――――そしてここで解説しよう。
彼女の精霊の力は大きく分け三種類あり、一つは動作のみで扱える力、一つは魔法名を口にするだけで使える力、言うなれば速攻魔法。一つは詠唱を入れる力、一般的な魔法だ。
因みに、感情が昂ると勝手に行使されるのが、動作のみで扱える精霊の力だ。比較的弱い力だから配慮と警戒さえしてれば何ら危険性などない。
と、人の気配が明確になって来たので戻ろうか。
「みつけたっ」
「じゃ、私はお先に」
「ふぇッ⁉ 先行っちゃうの⁉」
広々とした迷宮を、最短ルートから迂回し、それに向かうように壊し、進んで行くことでようやく近づく人がとにかく沢山いる部屋。
ざっと三十五人くらいだろうか。手練れは――――武道関連では無し。
一人異質な存在が居るが、それが【
部屋に繋がっているであろう扉らしきものを斬り、勢いそのまま跳び蹴りを撃つことで亀裂が生じて瞬時に扉が吹き飛ぶ。埃によって煙が舞う中、私は突入した部屋を疾駆した。
一瞬。相手にとっては、たった、と思う事すらできなかっただろうか。
音がして気づいたら動けなくなっていた、という感覚だろう。
実際こいつらは動けないだろう。なんて言ったって、壁一面に
一人一人、十分な刃渡りの刃を壁の僅かな隙間に埋め込んで。
「これが、【廃精霊】ですか……」
だが、一人だけは違った。
燃えるような短い赤髪に、豊満な胸。すらっとした体躯に、無感情の真っ赤な双眸。
布切れ一枚と言うまさに奴隷の扱い、彼女もまた、体中が傷つき、穢れていた。
今は床に押し付けられ、完全に動きを封じているが、何時精霊の力を行使するか正直ひやひやしている。
「だ……れ……」
だが出てきたのは詠唱でも魔法名でもなく、痛々しい擦れた声。
「シ、シオン……速いって……追い付くのがつら……その子、精霊?」
「えぇ、恐らくは。【廃精霊】かと思いましたが、まだ生きてますね。精神も」
「あなたも……せい、れい?」
「半分正解です。まだ生きる気力はありますか?」
そう聞くと、彼女はどこか上の空のように、目の焦点を合わせることなくティアを向いた。
よく目を見ると、瞳孔が開き切り、動く気配がない。
目が見えていないのだ。ティアの方を向けているのも、魔力に反応したに過ぎないのだろう。
「……シオン、その子どうするの?」
「そうですね……私はどうする気もありません。彼女が何も望んでいませんから」
「……たすけて、くれるの?」
私の言ったことに、弱々しく彼女が答えた。だらりと気力の失われていた体が僅かに動き、その細く儚げな腕が、手が、私の服をしっかりと掴んで、放さなかった。
「さぁ、どうでしょう」
だから、私が彼女の願いを叶えてやる義理は無いのだ。本当は。
「……わか、った。じゃぁ、たすけ、なさい……わたし、を、ここから……」
それは一瞬のうちに彼女にも伝わったのだろう。
彼女は私にお願いするのではなく、命令をした。自分を、助けろと。この生き地獄から、解放しろと。
それは懇願の様でもあったが、確かなる命令だ。
「はい、承りました。命令なら、従うしかないですね」
だから、彼女はここから解放してあげよう。それが彼女の命令であり、願いだ。
その後どうなるかなんて、私に関与することではない。
だから、結局彼女を逃がせればいいのだ。
「ではティア。この子をお願いできますか? 私は少し、こいつらの相手をしなければいけませんから」
「これ、全員? 独りで?」
「ええ、そうでもしないと気が納まりませんし」
「……じゃあ、わたしの右側に居るあいつら五人、あれは残して。それは絶対」
彼女は自分の右側、壁に貼り付き悶える男
「……存分に、
「うん」
強く、だが低く、彼女は頷いた。
ティアに抱えていた精霊を預け、私は他約三十体に目を向ける。
部屋を一周するように、私はこいつらを
「さぁて、楽しもうじゃないか」
一閃、仄かに照らされ、ある程度の視界が確保できるくらいの薄暗い部屋の中、よく目立つ紅い線が、歪に折れ曲がりながらある場所を通過する。
だがその線は、既に残光だった。
線が通ったのは、
「さぁて、どうしよっかなぁ」
踊る気持ちを抑制し、昂る殺意を見え見えにする。
今からどうなるか考えると、興奮してしまいそうで仕方がない。
「じゃ、お前からにしようか」
「な、なにっ……何なの、何なのっ⁉」
「その程度で喚くなよ、もっといい声で鳴かせてやるからさ」
動揺と恐怖、そして意味のない怒りに既に支配されているメス、
「じゃあまずは――――――【波動拳】」
技名を小さく言い名がら、拳を引き絞り、眼の前のメスに
波動、力の
激しい内部浸食と、尋常ならぬ苦痛を味わう、こういう時にもってこいの技。
「ぐはっぁ」
大量の吐血、だけどこの程度じゃ死ぬことはない。死ぬことは許さない。
「次は、普通に」
メスが履いている靴と靴下を脱がし、露わになる足。それを掴んだ。
「ねぇ知ってます? この世にはいくら死ぬような目に遭っても、死ぬことが出来ない人がいるのですよ」
「な、なにをっ、いって……」
「私はそれの経験者でしてね、何度も酷い目に遭いましたよ」
それは呪いの世界での出来事、いくら死ぬと思われることでも、絶対に死ねなかった。
泣き喚きたい程の苦痛を味わい、叫ぶことすらできない地獄を知り、
混沌に満ちる世界の中で、何度も何度も殺される。
でも死ぬことはない。ただただ痛みが残るだけ、ただただ記憶として残るだけ。
ただただ、終わるのを待つだけだったのだ。
その逆もまた、然り。
襲ってくる人間どもを殺し、苦しめ、し返した。
何度も何度も悲鳴を、絶望を、恐怖を、煩いくらいに轟かせた。
だから知っている、何が痛くて、何が苦しめ、何で人が恐怖を感じるか。
「まず一枚」
「え、いや、やめ、ぎゃぁぁぁぁぁっ⁉」
静止など露知らず、私はこのメスの爪を、剥いだ。
あえて歪に、あえて残るように、苦しみやすいように、痛みを感じやすいように。
「はい次」
「あぁぁっぁぁっ⁉」
そして次、次、次と剥いでいく。
その度に轟く絶叫、痛みに苦しむ声、許しを請う憐れな豚の願い。
それら無視して、続ける。
後からこれ以上に酷い目に遭わせるつもりである他の物どもが、恐怖に滲み、『嫌だ嫌だ』と声帯の残る物が叫ぶのが聞こえる。
気持ちよかった、心地よかった。それらすべての事柄が。
「あ、爪なくなっちゃった。じゃあ次は指ね」
「イヤァぁぁっぁ⁉ やめてぇっ! やめてぇっ!」
一本一本、二回に分けて握り潰していく。
その度に迸る悲鳴、つんざくような声でさえ、今は不快にすらならない。
それに、この声は他の物を恐怖させる材料になる。
ブチッ、バキッ、肉が飛び散り、血があふれ、骨が砕ける音まで聞こえる。
「あはっ、ははははっ、ハハハハハハハッ!」
楽しい! 楽しい! 楽しすぎる!
興奮する! 喚く姿を見て、もっと酷くしてあげたくなる!
あぁ、いい! いいぞ! 最高だ!
叫び声が音楽のように美しく思える! 潰す感触が気持ちい!
久しぶりだ! ここまで楽しんでいるのは!
指を潰し、足を折り曲げ、砕く。
関節と言う関節を外し、また付け直してまた外す。
手を変形させ、指が宙を舞い、更には周りが段々と
「そおぉれっ!」
「ぐはぁ」
だが、それを最後に悲鳴が止んだ。
体がとっても軽く、だらりと磔のまま前に倒れ、血が少ない。
つまらないことに、もう死んだのだ。
「はぁ、弱いなぁ。じゃあ、次にしようか」
「――――っ! ぃ――――ぁ!」
声帯が焼き切られ、出血すらできない。
そんなことで死なれては、全く面白くないのだ。何も感じない出血死など。
「お前は叫べないもんなぁっ、じゃあ少しやり方を変えようか」
ぶんぶんと首を振っている、擦れきれている声で『嫌』を連呼している。
だが、糞の要望など、叶えてやるわけがない。
「ねぇ知ってます? 人間の内臓って、慎重に取り出せば、どうなるか」
普通はこんな質問に答えられないだろう。そもそも端から回答など希望していない。
磔にしているこのオスを一度壁から解放してあげる。
オスの表情が一瞬安堵に染まった。だがそれを一瞬で絶望に変える。
床に、磔にした。
「答えは、内臓が取り出される痛みを感じる、で~した、ふふっ」
これは何度もやったことがある。
悲鳴が上げられないのなら、丁度良いのだ。
まずは四肢を根元で斬り離し、焼くことで止血。
そして、肩と骨盤に四肢の磔に使っていた短剣を刺した。
完全に動きを封じ、暴れる事すらできなくする。
そして始める、地獄絵図。
鈍色の光が走ると、次第にオスの腹に一筋の血が浮かびあがる。
そこから皮を、肉を、慎重に剥ぐ。
痛いだろう、苦しいだろう。だが、死ぬことはない。
内臓が露わになり、汚らしいそれの内、うねるそれを優しく掴んだ。
慎重に、残酷なまでにゆっくりと、内臓が上昇する。
オスの目には涙が溜まっていた、見開いている目が揺れ動いていた。
思わず漏れ出る笑み、だがそれは失態だった。
力の加減を誤り、内臓を潰してしまったのだ。
「―――――――ッッッ⁉」
「あ、やっちゃった。けどいいか、他も潰しちゃえばいいし」
宣言通り、内臓を全て一気にひっぱりだし、まだ神経が切れていないうちに、順々と潰していった。
流石に死んだ。少しつまらないが、別にいいだろう。
「じゃあ、次はお前だ」
「嫌だっ、よしてくれっ、死にたくなんか――――」
声帯が死んでいないオスを見つめ、
「いいよ、死なないようにしてあげる」
今一瞬で、とても愉快なことを思いついたのだ。
「お前さ、そこのメスのこと、好きなんでしょ?」
私はあるメスを指差し、そう言った。
それは、このオスが先程から何度となく見ていたメス。恐怖に滲み、泣き喚くメスだ。
しかも良い偶然もあることだ。そのメスは今喋れる。
「な、何故それを!」
「ほらやっぱり図星だ。ならさ、条件に従うなら死なせないであげるよ」
「ほ、本当かっ⁉」
オスの表情が歓喜に満たされる。それだけ大事だろうか、死なないことは。
死ねない人だって、いると言うのに。
「うん、本当だよ。それで条件と言うのが――――そのメス、殴り殺してみろよ」
「なっ」
愛すべきものを殺す、何と悲しく、愉快なことか。
実に面白い
しかも
簡単になんて殺せないだろうし、簡単に死ぬこともできない。
このオスを磔から解放し、メスの下へと投げた。
「ほら、
「う……がっ……」
意味にならない声を出しながら、顔を行き場のない怒りに染め、のっそりと立ち上がり、そのメスを見据えた。
「え、嘘、やらないわよね? ね? そうよね?」
「……無理、だ。俺は、死にたくない……」
恐怖に目を見開き、絶望を色濃く感じ始めたのか、震える声で問うたことを、オスは切り捨てる。
「私だって死にたくなんか無いわよ! やめてよ! 何で殺されなくちゃいけないのよ!」
「うるせぇ! 黙れ! 俺が生きるんだ! お前なんか知るかぁ!」
極限で憤り、我を忘れたようだ。
オスは無我夢中になった。ただ殴り、殴り、殴り、殴り、殴り続けた。
顔を、喉を、肩を、腹を、胸を、脚を、股を、ありとあらゆる場所を殴った。
その度に上がる憤怒の声と、痛みに苦しむ悲鳴。
そこに重なるオスの狂った声と、壊れた高笑い。
「あぁぁっ、いぃ、実にいいぃ! 最高だ! たまらない! もっとだ! もっとやれ! 苦しめろ! 泣き喚かせろ! 絶望を与え、感じろ! それがお前等の酬いだ!」
あぁ、これは取り返しがつかないな。
内心そう思ってしまう程の、自分の狂いっぷり。
やがて、悲鳴が止んだ。
痣だらけの全身、潰れた顔。脳へのダメージが死因か。
「こ、これでいいんだよなっ、俺は、助かるんだよなっ」
「は? 誰が助けるなんて言った? そんなわけ無いじゃん」
そう言い放つと、こちらを向いたまま
「なにを……いって……」
「あぁ確かに死なないようにしてやる、だが、何時お前を助けると私は言った?」
「なっ……」
「死なない程度に
にっとりと笑い、暗く楽し気であろう自分の笑顔を見せてあげた。
だがそれは、此奴等にとって、死神の宣告のようなもの。
絶望の、象徴であった。
「ふざけるなぁァぁぁァァぁぁ⁉」
解放して動けるせいで、襲ってくるオス。
そのオスを難なく御して、床にひれ伏させる。
「じゃあお前は、同じく殴り殺しでいいや。安心しろ、秒間約三十発だ」
そのオスを空中へ投げると、始める連打。
約一分。計千九百発の連打がオスを消した。
一分間に亘った
心地の良い感触、温かな鮮血。
部屋に盛大に飛び散った、肉片や内臓のあまり、砕け散った骨。
たちまち広がった惨状、だが思うのは達成感とまた次を
「といっても、お前が生きるのは天界の地獄だけどな」
もう既に失せたオスに言い放ち、撃ち切った拳を納める。
「じゃあ、次だ」
私はまた、次の標的を定めた。
どうしてだろうか、やけに指が弾む。
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指が弾むのはそのお陰なのかな?