やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 解る人にはわかるし、わからないならそれはそれでいいと思う。

では、どうぞ


精霊、それは報復

 

「隠れてないで、出ておいで」

 

「!」

 

 一瞬大きく気配が変動し、それは直ちに納まって、揺らいだ場を落ち着かせた。

 その気配は、ただのものではない。恐らく、普通の人間が諸に受けたら後遺症をそれだけで残してしまうレベルのもの。それに、揺らぎと言うか、音なき鳴動がおかしい。

 それで彼女が何なのか、確信が持てた。だが、それだと少し説明が付かないことがある。

 

「大丈夫、私は貴女と同じような存在、何もしませんよ」

 

 自分と同じということで無意識の安心感を与え、更に何もしないと言うことで、意識的な安心感を与える。よく使われる相手を信じさせる詐欺の手口だが、こんなところで役に立つとは。

 

「あなたは……わたしに、こわいこと、しない?」

 

 小さな声が、背後から耳へ流れた。

 幼さが残りながらも、凛として研ぎ澄まされている声。だが、それは何処か弱々しい。

  

「そう思うなら逃げてもいいですよ。私は追いかけません」

  

「いや、わたしは一人じゃなにもできない」

 

 打って変わって、しっかりとした意志が伝えられる。後ろから段々と近づいてくるのがわかった。

 

「――――貴女は、精霊ですね。それもオリジナルの」

 

「……そういうこと、なのかな」

 

 その言葉に確証なんて響きは相応しくない。迷いと疑念が含まれていた。

 

「何故?」

 

 いろいろな意味を込めて、そう問う。

 

「わたし、本当は君の言うオリジナルだった」

 

「だった?」

 

「うん、だった。今はそうとは言えないかな。だって――――」

 

 そう言いながら私の横に座った精霊が、小さく竦まった、

 声の調子が段々と弱くなり、代わりに別の、負の感情は見え隠れする。

 

「――――わたし、穢されちゃったから」

 

「穢れる?」

 

 そう呟いたことが失態だと、すぐに気づいた。『何でもありません』と即座に訂正したが、もう遅い。精霊は答え始めてしまった。

 

「わたし、他の精霊の魔力因子を心理障壁を強制的に破壊されれて埋め込まれちゃったの。その時反魔力(はんまりょく)も吸収しちゃって、内側から壊されちゃった。力は勝手に上がったけど、わたしがわたしでなくなっちゃった」

 

「――――正直に言いますと、殆ど分からないので、要約を」

 

 『魔力因子』・『心理障壁』・『埋め込まれた』・『反魔力』・『壊された』

 重要と思われるところは抜きだせたが、解らなければ意味がない。

 

「つまり、わたしは精霊だけど精霊じゃない。半端者なの、君より酷い、ね」

 

「……私は精霊の力を使える人間です。ただし、その精霊の力は借り受けたもののようなので、彼女の気分次第で使えなくなってしまいますが。でも、精霊同士の特性は受け継がれています」

 

「それって?」

 

「『反応』。私は貴女との反応を感じませんでした。どういうことですか?」

 

 これが説明のつかないこと。

 この精霊が少し特殊なのはわかった。だが、そうだからと言ってこの現象が消える訳ではない。大なり小なり感じるはずなのだ。

 ゼロは、ありえるわけがない。

 

「わたし、君より酷いって言ったでしょ。どこがっていうと、いろいろなんだけど。一番大きいのが精霊の力が不安定だってことなの。感情が大きく揺らぐと力が荒れる。普通はある程度安定してるけどね、分不相応に力をもつとこうなるの」

 

 自身の力に耐えきれず、力に呑まれる。まるで呪いの様だ。

 だが、それだからどうだと言うのか。不安定だと反応しないと言う事なのか、それとも、力を持ち過ぎた者は、精霊という領域を外れてしまっているのだろうか。

 段々とわからなくなってくる。 

 

「くちゅんっ」

 

 辛気臭い空気になる中、子供らしいくしゃみが隣から聞こえた。

 当の本人は、体を(さす)るような動きをしていることが音で判る。

 

「寒いのですか?」

 

「うん、何も着てないから」

 

「全裸で街中を歩くなよ……はい、とりあえずは」

 

 私は上着を脱いで、隣の精霊に被せた。

 薄手でも風よけくらいにはなるだろうし、一応目は細かいから熱も保持してくれるはずだ。

 無いよりはましだろう。一枚程度で変わる訳がないが。

 

 そのとき、自然と見てしまった。 

 

 私は今まで目を瞑っていた。それが目が疲れたなどと言った理由ではなく、現実を見たくなかったから。

 始めの一言でわかっていたのだ、何かをされていたことは。

 それから逃げ延びたことも瞬時に分かった、でも、目を逸らしてすぐに忘れた。

 

 私はこの精霊を初めて視界に入れた。

 精霊は、声の通り女、いや、幼女だった。

 荒れくすみ、元は綺麗だったろうに、今は見るも無残な伸びきった銀髪。右眼を閉じ、その上に色濃く残る斬痕(ざんこん)が目立ってしまう顔。淀みきった碧眼は、隻眼であることも相()って彼女の今までを物語っている。

 視界下部に映るのは、惨状。ベルと同じく処女雪のような肌は綺麗と言えようが、その他がそれを打ち消す。切り傷から滲む血、変色した腹部と胸部。人の手形の(あざ)がくっきりと見える腕と腿。

 『首』とつく人体の場所は、一周するの黒ずんだ跡が色濃く残り、何ヶ所かに焼け入れられた『S031Y11』という文字列が何なのか、似たようなものを見たことがある私にはわかった。

 そして、判らせられる人間の糞さ。成熟もできていない体のはずなのに、生殖器官と繋がる場所の(むご)たらしさを見れば一目瞭然となる程までのものとなっていた。

 『穢れた』というのは、彼女が言った意味だけでは無かったのだ。

 

「チッ」

 

 思わず漏れる、禁じ得ない心情。

 同情なんてしてはいけないと思う、慰めなんて(もっ)ての(ほか)

 彼女が感じていた苦しみ、恐怖、それを想像すること自体が失礼に値しようか。

 

「……ね、一つ聞きいていい?」

 

 上着を着せ終えると、彼女は儚げな声音で消え落ちそうにそう呟いた。

 

「……どうぞ」

 

 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)、だがすぐに肯定を示す。

 何となくだが、何を聞かれてるかに検討をつけていながら。

 

「じゃあ、さ。わたしをみて、どう思った?」

 

「――――――」

 

 まるで彼女は、どう答えるかを解っているかのように聞いた。

 端的に、わかりやすく私の気持ちを答えられるし、彼女の思っているように答えることもできる。全てに絶望しているであろう彼女は、肯定より否定を求めているだろう。

『助けてあげたい』

 だが、確かにほんの微かな善意が私にそう思わせた。思わせてしまったのだ。

 でも、勝手なことはできないし、それ以前に私は彼女について無知と言っていい。

 何も、できないだろう。

 英雄でも勇者でもない私は、所詮無力でしかない。全てを救うことだってできないし、僅かに伸ばされる助けの声すら、見限って背を向けることしかできない。

 余計な真似なんて、できない。私は一言で、暗く淀んだ彼女という存在を切り捨ているしかできないのだ。

 

『見捨てるの?』

 

 突然彼女(アリア)がそう問うてきた。

 見捨てる、確かにそう言うことなのだろう。

 弁明をする気もないし、事実なのだから否定もできない。

 

『助けてあげないの?』

 

 無理だ、私には何もできない。

 第一、彼女がそれを私に望んでいるかすら知らない。

 

『じゃあ、望まれたら?』

 

 助けてあげる、のだろうか。

 でも、それを確かめる手段なんてない。

 彼女に直接聞くなんて、ただの押しつけであり、迷惑極まりないだろう。

 彼女は一人で何もできないと言ったが、衣食住を揃えることだって、彼女ならそう難しくはない。本人はうやむやにしたが、精霊ではあるのだ。ならばダンジョンで資金を稼ぐ程度造作もなかろう。

 助ける必要なんて、ない。

 

『うそつき、本当は分かってるくせに』

 

 一体何のことを言っているのだろうか。

 分かる? 何を。本当は? 本当って何のことだ。

 嘘つき? 私がいつ嘘を吐いたのだろうか。

 

『気づいてるわよね、この子が震えてること』

 

 そんなの、知らない。

 

『わかってるわよね、この子が苦しんでること』

 

 そんなの、わからない。

 

『もういいじゃない。助けてあげても』

 

 なら、どうしろというのだ。

 助ける? そんなのできっこない。助けようとしても、結局私は一色に染め上げることしかなできない。

 

 暗く汚い(あか)色に。

 

『それで、いいんじゃないの?』

 

 嫌だ、私だって本当は人間を殺したくなんかない。

 ただそうするしかなかった。ただそう言う風に動いた。

 ただその惨状(景色)が見たくて、そうしただけなのだ。 

 

 あ……れ?

 

『もう目を逸らすのは止めたら? もう貴方は普通なんて言えないの。はっきり言って異常なのよ。上辺だけでそう認めてるけど、心から、そうだってことをそろそろ自覚しないさい』

 

 あぁそっか、彼女は私の心にいるから、私以上に私のことがわかるのか。

 変な気持ちだ。自分より自分のことを知っている人がいるのは。

 

『助けたいんでしょ?』

 

 本当の意味とはかけ離れるだろうが、そうみたいだ。

 

『見たいんでしょ?』

 

 どうやら否定のしようがないらしい。私は本当に異常者(サイコパス)のようだ。

 

 長い長い沈黙の時間、一陣の風が髪を(なび)かせると、天を仰ぎ、呟く。

 

「――――新しい惨状(景色)をみたくなりましたね」

 

 正直に言うことは何故かできなかった、言っていることも理解されないだろう。

 

「……意味が解らないんだけど」

 

 (いぶかし)し気な目を向けられるが、それは無視だ。

 彼女の頭にそっと手を置き、ざらざらとした髪を数度撫でると、問う。

 

「貴女をそうしたのは、どこの誰ですか?」

 

 数瞬の間が空いた、それは理解できても現実を受け入れることが容易では無かったからだろう。 

 彼女にとっては、そうだったのかもしれない。

 

「……なんで、そんなこときくの」

 

 震える声、潤む瞳、色々な感情が濁流のようになっているであろう内心で、彼女はそう問うてきた。

 

「私の為にですよ」

 

 それにそっけなく答える。

 助けたい、でも助けることはできないかもしれない。だけど、結果的に助かった、ならあり得る。

 私は私のために人を殺しに行く。私は私のために愚かなる人間を駆逐し、似合った景色に変えてあげる。

 私は私の欲を満たすために、行動するのだ。

 

「……変な、人だね」

 

「私にとっては誉め言葉ですよ」

 

 皮肉にも近い言葉、でもそこには何故私がそんなことを聞いたかを理解している語気があった。張り詰めた何かが消えた、柔らかな声音が。

 (そら)では星々が光る中、私の隣では汚れたものを洗い流しているかのような、濁りを含む透明な雫が音なく流れ、滴り、あっけなく消えていく。

 止めどなく穢れを取り除いていく雫は、やがてその穢れを失い、澄み切って星々に負けない光を見せる大粒の涙となった。

 そして、何を言うことも無く、ゆったりと意識を落とした彼女が残った。

  

 見た目相応の、無邪気な子供のような頬を見せて。

 

      

   * * *

 

 文字通り、雲一つ現れない空。まだ暗くも日が昇ったら、さぞかし晴れ晴れとするだろう。そんな綺麗な蒼穹は、正直望んではいない。 

 簡単な話、私は曇りの日が好きだ。太陽が見えていないのが好ましい。

 逆に、快晴の日は大嫌いだ。暑いし、手などが簡単に日に焼けるせいで肌が痛痒(いたがゆ)くなる。

 幸い今は長袖もあるので、肌を左手と顔以外一切隠しているが。

 曇りの日は日焼けすることがない。お祖父さん曰く、日光に含まれる『しがいせん』というものが関係しているらしいので、曇りの日の『しがいせん』は、その影響に私の肌が耐えれる量だということだ。

 どうでもいいな、こんなこと。

 

 私は今、先日購入した鍛錬場、『アイギス』に居た。

 余談だが、『アイギス』と言うのはこの闘技場の名前であるらしく、語源は、兎に角硬いということから、神アテナの持っている盾『アイギス』が採用されたそうだ。

 というか、ネーミングの命知らずにも程があるだろ。

 この鍛錬場には何ともまぁ驚くことに、寝室と言うか、生活できるレベルの部屋があった。もうこの鍛錬場に引っ越しても問題ない程である。

 ホームで寝かせる訳にもいかず、だからといって外というのも些か気が引けたので、ここに辿り着いたという訳だ。

 落ち着いた寝息を立てる彼女を一瞥し、『そういえば』と、あることに思い至った。

 

『あーりあ』

 

『呼ばれて飛び出て何かしら?』

 

『忙しい人だな本当に……あ、そうそう。何を知っているのですか?』

 

 先程、彼女はこのぐっすりと眠っている精霊を助けるように促した。それが何故か気になるのだ。普段は私の行動にそういった口出しを自分からしないのに。

 ……いや、前にされたか。

 まぁそんなことはいい。普段しない行動を取ったのには、何か理由があるのだろう。そこで考えついたのが、彼女が何かを知っている可能性。

 

『いろんなこと。聞かれたら答えるわよ』

 

 逆手にとると、聞かれなかったら答えないと言う訳なのだが、答えてもらえるだけマシか。

 

『では、彼女の言ってた『魔力因子』・『心理障壁』・『埋め込まれた』・『反魔力』・『壊された』とは、どういう意味ですか?』

 

『まず始めに、『心理障壁』・『埋め込まれた』・『壊された』というのは、そのままの意味よ。『魔力因子』というのは、精霊が生まれながらにして持つ核のこと。そして『反魔力』というのは、私たちが私たちが普段使う魔力と違って、穢れた、そうね……簡単に言うと使えない魔力のことよ。そこら中に漂ってるわ』

 

 そのままの意味と言うことは、心理障壁は心の壁、この場合核を閉じ込まている心か。埋め込んだと言うのもその通り、壊されたと言うのもそのまま。

 つまり彼女は、他の精霊の核を心の壁を突破されて自分の核に埋め込まれて、そのときそこら中に漂っているらしい穢れた魔力が核と混ざって、結果して壊されたということか。

 何とも、勝手なことをする。本当に人間は愚かだ。

 いや待て、

 

『アリア、彼女をこうしたのは、人間ですよね』

 

『ほぼ断定してるじゃない。その通りよ、昔と変わらなければ』

 

 自分の勘違いでなかったことに安堵と更なるの殺意を覚えたが、それは喉に引っかかったものが打ち消す。  

 

『昔と変わらなければ?』

 

『ええ、二十五年前、これと同じような実験をしていた組織がいたのよ。尽く潰してあげた筈だったけど、まだ残っていたみたい』

 

 なるほど、今も昔もふざけたことを考える輩は後を絶たない訳だ。  

 全然平和なんかじゃない。

 というか、アリアが潰して回ったのね、お疲れさまだ。

 

『あ、そうです。その組織とやらが今も活動しているとしたら、何処に潜んでいると思います?』

 

『この子がオラリオに居るのだし、この中であることは確実だから……そうね、人口迷宮(クノッソス)かしら』

 

 と言われたが、聞き覚えの無い名称に首を傾げてしまう。人口迷宮といえば、『迷宮より迷宮してる』といわれるダイダロス通りしか考えられないのだが、名称が異なっているのだから別物だろう。

 

『半分は同じよ。人口迷宮(クノッソス)はダイダロスが()いた設計図からできているのだから』

 

『それはまた。と、話が逸れてます。それで、人口迷宮(クノッソス)は何所に?』

 

『真下、地下に広がってるわよ。ダンジョンの横に並ぶように』

 

 正直訳がわからないよ。地下に広がっているのは理解できたが、ダンジョンと並ぶ、ということは、阿保みたいに大きくなくてはならない。とても一生で作れる代物ではないはずだが……

 

 ダイダロスには、子孫が居る。

 

 その事実を思い出す。つまり、その子孫が造った、または造り続けていると言うことなのだろう。

 

『……ということは、ダイダロス一族がこんなことを?』

 

『その可能性は少ないと思うわ。あの一族は執念の塊よ、他に手を貸している暇なんてない。でも、協力関係ならあり得るかもしれないけど。あの一族、兎に角資金が必要だから、金に釣られたらもしかしたら、ね』

 

 理由は分からないが、アリアが言うのだからそうなのだろう。

 つまり、ダイダロスの子孫を殺す可能性もある、というわけだ。ただの資金収集だけで実験自体に関与してなければ殺しはしないが。私の理性が崩壊して、ちょっとばかり興奮したら巻き込んでしまい、殺してしまうかもしれないので断定はできない。

 

『さて、やることは決まりました。彼女が起きたら、ある程度情報をもらってから遊びに行くとしましょう』

 

『その遊び、世間一般では虐殺(ジェノサイド)というのよ』

 

 面白い言い方だ。確かに、虐殺でも良いだろう。

 本当は一瞬で雨を降らせようかと思っていたのだが、痛めつけ、泣き叫び、恐怖に溺れ、絶望にひれ伏した愚図共を見下すのは楽しいかもしれない。

 あぁ、これは認めるしかないな。紛れもなく私はイカレテる。

 いつからそうなったか大方見当はつくが、別にどうでも良いことだ。

 しかも今回はそのきっかけと思われる、例のアレで遊ぶつもりだ。

 

『待ちなさい、大体わかったわ。だから言うけど、それはダメよ。持たないわ』

 

『大丈夫ですよ、人間程度に超光速なんて出しませんから。それにあっちの方が破壊力がありますし、面白いことだってできます。血を吸ったり』

 

 そのほかにも、血を浴びて不快感を感じ無くなったり、暗闇が昼間のように明るく見えたりといろいろ便利なこともあったりする。

 だが、彼女はそれでも譲らなかった。

 

『相手は人間だけじゃないの。【廃精霊(アラヴィティオ)】、この子とは少し違う、自意識が実験中に消えて実験体から廃棄されたものもいるの。その子たちは実験体ではなく外敵を排除する道具として扱われているわ。戦闘力は十分にある。今もいるかは分からないけど、その子たちと闘ったら全力で仕留めるしかなくなるはず。私の言いたいこと、わかるかしら』

 

 要は心配しているのだ。だがそれも必要ない。

 

『私が人間に戻れなくなるのを案じているのですか? それとも、私の体がもたないとでも?』

 

『そうよ、貴方の体は今本当に不安定なの。その子に引けを取らないくらい。何度も何度も体が変異しているのだから、無理は駄目よ絶対。暴れるなら、そのまま、これは厳守よ』

 

『……はぁ、わかりました』

 

 【廃精霊(アラヴィティオ)】とやらが今存在しているかどうかは分からないが、もしもの時の為だろう。精霊の力は計り知れない。ちょっとまて、

 

『アリア、無粋かもしれませんが、アリアが見たその【廃精霊】は……』

 

『――――葬ったわ、ちゃんと、第一墓地に』

 

 やはりか。同じ精霊として心傷(しんしょう)ものだから、当たり前と言えばそうだろう。

 私も見つけたら、なるべく傷つけず、葬るべきか。

 

『というか、そこまで外道か、その組織は』

 

『えぇ、本当に。私も抑えられなかったから、あの時』

 

 それは二十五年前のことなのだろう。アリアの歳が少し気になったが、女性に歳を聞くものでは無い。それに、アリアほどの寛大な精霊でも抑えられないとは、当時も相応に酷かったのだろう。

 

『明日……いえ、今日中に終わらせてやりましょう』

 

『お願いするわ。最大級の助力はするから』

 

 目的は違えど、望む結果は同じ、殲滅。

 今まで最大級の結託を決め、それと共に聞こえてきたのは可愛らしい声。

 

「んっ……ふぁっ、あんっ……はぁ……はぁ……」

 

 いや、可愛らしい(あえ)ぎ声。

 

『――――目を瞑って耳を塞ぎ気絶しなさい』

 

『え、いきなりなんですか?』

 

『ダメよ、これは毒だわ』

 

 普通の欲求持ちし人間ならば、この時点で終わるだろう。毒とはよく言ったものだ。だが、彼は普通ではない。

 

『毒? ……あぁなるほど。安心していいですよ、私はこの子に手を出した糞共と違って、簡単に発情できませんから。意味の無いことはしませんよ』

 

 性欲なんて、いつぞやに言った通り、相変わらずのものである。

 

『……逆にこの子が可哀相に思えたわ』

 

『いや、同情の対象と理由がおかしいだろ』

 

 軽口を交わしているが、それは一体いつまで続くだろうか。

 彼女の今までを本当に知って、そのままでいられるのだろうか。

 

(そうでないと……いいのだけど)

 

 自分と同じ道を辿らないことを、そうするように促したのは自分ながらも、そう願うのだった。 

  

   

   




 あれね、闇派閥が現在求めているのは精霊ではなくアリアだからね? 

 次回:まっつりだまっつりだちまつりだ。

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