やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 ふはは、リューの扱い方を決定したぞ。

では、どうぞ


宴、それは一波乱

「あ、シオン、おかえりって、大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ、たぶん。自分の行動を振り返ってみて、少し後悔しているだけなので……」

 

 茜色の、雲雲から漏れ落ちる仄かな光がゆったりと街の空気を入れ替えていく中、音なく戻り、珍しくベットにへたり込んだシオンが、頭を抱えて(うめ)き始めていた。

 

「……また何かやらかしたの?」

 

「問題児みたいに言わないでください……実際そうですけど」

 

 神会(デナトゥス)での収穫はあるにはあったものの、肝心の二つ名を殆ど聞いていなかった。存在を消すと、後は本当に第六感しか頼れるものが無く、周りに気を配るなんて無理なのだ。

 その選択を取ったのも自分であるし、その選択に迫られる状況を作り出したのも結果的に私だ。せっかくの機会を無駄にして、後悔しないで何をしろと言うのか。

 

「ね、シオン。今日リリから【ランクアップ】のお祝いに誘われたんだけど、シオンも来る?」

 

「お祝いですか? 場所は?」

 

「『豊饒の女主人』」

 

 それには少し驚いた。てっきり、リリはシルさんに苦手意識を感じているのだとばかり思っていたのだが、まさか自分から会いに行くとは。いや、場所を決めたのはベルなのだろうか、それなら何も疑問を感じないが。

 

「では、私も参加させていただきます。この頃行ってませんでしたから」

 

 それも行く理由の一つなのだが、ベルが道中神々に狙われないとは限らない。一応その護衛でもある。あの場で、【神の力(アルカナム)】が行使されていないことを実質証明したのだ。なら秘密はベル自身にあると言うことになり、考えてみれば増々ベルが狙われることになるだろう。

 あぁ、なんで後先考えられないんだ……

 

「では、ヘスティア様に二つ名を聞いてから、行きましょうか」

 

「うん」

 

 その数十分後、二つ名とその意味を伝えられた二人がどのような心境となったかは、ご想像にお任せするとしよう。

 

 

   * * *

 

「なんで私が言うかは分かりませんが、とりあえず。ベル・クラネルの【ランクアップ】を祝して、乾杯」

 

「「「「乾杯っ」」」」

 

 ジョッキの鈍くも軽い音と、鋭く響くグラスの音が、その声と共に場を生き生きとさせる。

 透明な容器の中に揺れる薄橙の液体は、十八階層で採れる果実をふんだんに使い、それを氷で割った酒精無し(ノン・アルコール)のジュース。 

 ジョッキから喉へ運ばれている液体は、色は異なるもののどちらも酒精(アルコール)入り。

 広いテーブルの上に並べられるのは、色とりどりの料理。半ば強制的に、店で選りすぐりの高いものを頼まされていることもあり、見た目だけではなく、味も相応のものだろう。

 

「あの、シオンさん。シオンさんの【ランクアップ】は祝わないのですか?」

 

「祝う程のことでも無いでしょう? 私はベルみたいに偉業と言えるほどのことをしたわけではありませんから」

 

 ベルの【ランクアップ】の経緯は、()()()()()()()()()()()()()()()の撃破。

 対し私は単なる殺し合い、しかも人外で行ったもの。ベルのようにしっかりとした偉業とはいえない。

 これが資質の差なのだろう。私は単なる殺し合いで【ランクアップ】できる程度なのだ。元の器が小さすぎる証拠と言えようか。

 

「ねぇシオン、そういえば、なんでお酒飲まないの?」

 

「本当は飲みたいのですが、今日は少し無理そうでしてね」

 

 酒場に入って来た時から感じていたが、視線の集めようが凄い。私に対しても向けられているが、その視線がリューさん、シルさんにまで及び、しかも視線の色が変わってきている。

 恐らく何らかのきっかけで酔った奴の誰かが手を出してくる。そのとき私が酔っていたら、相手を最悪殺しかねない。冷静でいられるようにするためにも、酔う訳にはいかないのだ。

 

「あの、リリはお酒を飲みたいのですが」

 

「子供は飲んじゃだめですよ」

 

「ムキーィッ! これでもリリはベル様より年上なのですよ!」

 

「リリは体が成長してませんから、それに、お酒に弱いでしょう?」

 

「ぐっ、なぜそれを……」

 

「見れば分かります」

 

 リリは酒を飲んでいる訳では無いが、頬を赤らめさせ、座っていながらも軸がブレブレとなっている。酔っている証拠だ。つまり、リリは気化した酒精(アルコール)だけで酔っている訳だ。それが示すことはもはや自明の理だろう。

 それでも飲もうとしているのは、単にベルと同じものを飲みたいだけか。

 

「そうですベル、聞きたかったのですが、今後はどうするのですか?」

 

「え? どういうこと?」

 

「言葉が足りませんでしたね。ベルはLv.2になりましたが、ダンジョン攻略の方はどのようにするか、ということです」

 

 念のために聞いておくべきことだ。このままを継続すると言うのなら何も問題ないのだが、中層に行く気があるのなら、渡したい物もあるので、事前に知っておきたい。

 

「ん~、何日か上深層に留まって、その後中層に行こうとは思ってるかな。あ、でも、すぐにじゃないよ? 防具も壊れちゃったし、また買い直してから。他にもいろいろあるしね」

 

「そうですか、数日は期間があると言うことですね」

 

 それなら問題は無い。ベルも、下手を打たなければ問題なく中層を単身(ソロ)で潜れるレベルまで達している。過信して深く潜ったりしなければ、口出しすることはない。それに、準部期間があるなら()()の用意も追い付くはずだ。

 

「……クラネルさんは、中層に行かれる気なのですか?」

 

「はい、そうですよ?」

 

「……それは、シオンさんと一緒、という訳ではなく?」

 

「あ、私は中層ではなく深層に潜る予定もあるので、付き合えませんよ」

 

 リューさんはどうやらベルが深層に潜ることに乗り気ではないようだ。私に同行の有無を確認したことから、恐らく人数の問題を考えているのだろう。ベルは潜ることはできてもパーティは二人、スタイル上ベルが一人で戦うのが基本だ。つまり実質単身(ソロ)状態なのだ。

 私が参加するのも良いかもしれないが、ご生憎(あいにく)様私が次潜ろうと思っているのはその更に先、三十七階層である。道中留まる気も魔石を回収する気も無いため、ショートカットしながら進むのだからベルと共に進むのは、正直ベルが邪魔になるのだ。

 どうやら私の予想した通り、リューさんは中層の危険性とパーティーの有用性について説いていたが、それは突然止んだ。何故かと言えば、見るからに酔っている荒くれ者が、話かけてきたのだ。

 下心に満ちた下卑た目を、果てには私にまで向けて。

 

「【リトル・ルーキー】よぉ、パーティーを探してんなら、俺らの所に入れてやってもいいぜぇ」

 

「えっ⁉」

 

 ベルは突然の誘いに驚きを隠せないでいるが、どうか驚かないでほしい、この荒くれはベルが思っているような親切な人と言う訳では無いのだ。簡単に口先だけのことを言い、自分のことを中心に考える可哀相な類の人間。そういった種類だろう。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「ベル、そんなこと聞く必要もありませんよ。分かり切ってるではありませんか」

 

「お、何だ? 気づいちまったか! そうだその通りだよ、善意さぜん――――」

 

「こんな糞みたいな目のヤツは、善意なんか欠片も無いただの悪人だ。その腐れた目をまともにしてから話しかけてこい」

 

 少々気が上がってしまったか、少し口調が荒くなる。私は今現在かなり有名なはずなのだ、性別も含めて。それでもこういう目を向けるヤツがいる。嫌気が差しているのかもしれない。

 

「何だと? よく言うじゃなぇか。『世界最速記録保持者(ワーストワン)』だか何だか知らんが、調子こいてんじゃねぇぞ? これでも俺はLv.3だ、()()()()()より上なんだよぉ」

 

 流石にそれは私の頭にきた。身の程も弁えないとはこのことだろう。

 私は全て言い終えるのを待ってから動こうと思っていた、だが、その必要な無くなる。

  

「お前、今何と言った」

 

 私の隣から発せられる、彼女の本気と思われる鬼気によって。

 

「私の聞き間違えかもしれない、だから確認する。お前は今、シオンさんを、『なんか』、と言ったか」

 

「そ、それがどうし――――――」

 

 その言葉が続くことは無かった、寸前まで首に迫ったフォークの先によって。

 

「――ッ! シオンさん! 何故⁉」

 

「殺す相手と殺さない相手、殺す場所と殺す理由。しっかりと考えてから行動してください。私の言えたことではありませんが」

 

 そのフォークとは、リューの左手に刺突のように握られているもの。そしてそれは、首を貫くために放たれていた。だが、フォークは血もつくことなく磨かれたことによる銀の光を放っている。

 何故止まったか、それは彼女のフォークを握る手を見れば分かる。そこにはシオンの手が優しく包まれており、彼が何かをしたのは確かだった。

 

 動きは見逃さなかった、そして無神経かもしれないが、そこにしか痛みを感じさせず完全に勢いを殺せる点が無かったのだ。

 リューさんの手を包むような形となるが、仕方ない。右手をリューさんのての甲に添え、小指に本当に僅かな力を入れて、私の腕を経由して力を全て受け流し、殺す。

 フォークは寸前で止まり、リューさんの速度に間に合ってよかったと安堵した。

 

「さて、完全にビビっている荒くれものさん、Lv.3の貴方様が見えてすらいなかった攻撃を私は止めましたけど、どうします?」

 

「ふ、ふざけてんじゃね―――――」 

 

「――――どうします?」

 

 更に言い返そうとしていたが、流石に面倒なのだろう。もう関わりたくも無いと言う意も込めて、抜き放った二刀の刃を首に添え、更には殺意を籠めた目でまっすぐ相手の目を見つめた。

 その目は即座に恐怖で染まって揺れ動き、次に目は視界から消えた。

 無くなったと言う訳では無い、耐えきれなくなり逃げていったのだ。 

 

「付けは利かないよ!」

 

「ひゃ、ひゃいぃぃぃぃ!」

 

 静まり返った酒場に、硬貨の入った袋が落ちる重い音がやけに響く。

 それでも尚、冷静でいる()()

 

「さて、仕切り直しましょうか」

 

「はい、そうですね♪」

 

「おや、シルさん。先程より機嫌が良いですね。どうしたのですか?」

 

「いえいえ♪ リューがねぇ……ふふふっ」

 

 リューさんが一体どうしたのだろうか? そう思い見てみると、胸の前で左手に右手を被せて、俯いたまま口の中で呟く彼女の姿が視界に入った。

 

「リュ、リューさん? 大丈夫ですか?」

 

「ひゃっ……申し訳ございません、シオンさん。大丈夫、です」

 

 素っ頓狂な声をあげたことに対してなのか頬を赤らめているのを見ると、正直心配になるのだが、本人が大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろう。

 

「リューぅ、そんなに顔真っ赤にして、ど~ぅしたのぉ~?」

 

「な、何でもありませんっ!」

 

 シルさんの確実に裏のある言い方でそっぽを向いてしまうリューさんが、なんだか可愛らしく、思わず笑みを零してしまった。断じて気が変わった訳では無いが。

 

「あれれぇ? リューぅ?」

 

「うぅぅ……」

 

 それに更なる恥じらいを覚えたのだろうか、頬だけでは済まさず顔全体、果てには首の方まで真っ赤になっていた。隠そうと努力しているが、もう見えているのでその努力は実ることはない。

 

「……シオン、やりすぎじゃない?」

 

「あれくらいしないと、ああいった連中は止みませんから」

 

 と、ティオネさんが言っていたとアイズから聞いた。

 受け寄りの受け寄りであるが、それは正しいと思うので、私も実行している。

 

「さて、さっさと平らげましょうか」

 

「シオン、加減はするんだよ?」

 

「わかってますって、本気の四分の三ほどで終わらせますから」

 

「十分食べ過ぎだと思うけどな……」

 

 宴と言うものは、祝い、食べ、飲む、が本文だ。そのうち一つが封じられているのだから、その分食べるのは悪くないだろう。

 その為、私は遠慮なく食べまくることにした。加減はしたが。

 ワイワイと騒がしさを取り戻していく酒場、その中一層騒がしい私たち。

 

 今日は、少しくらい、楽しめたかな。

 

 

 以前と違い、胸の内にそう思えるようになっていた。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「ところでシオンさん、シオンさんの二つ名を聞いていなかったのですが、何になったのですか?」

 

「【絶対なる変わり者(アブソリュート・サイコパス)】。私にとても合っています」

 

「それは、どういう意味で?」

 

「これは偶々知っていたことなのですが、『サイコパス』という言葉は、異常者のように、正常から逸した人に使われる呼び方なんですよ。実に私らしい。神たちもよく考えたものです」

 

「……シオンさんは異常者なんかじゃないです……」

 

「ははっ、そう思って頂けるとは、ありがたいですね」

 

「い、いえ、そんな……」

 

「はいそこー、そういう空気を作らない」

 

「?」

 

「つ、作ってません!」

 

 

 

   

 


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