書き方が曖昧になってきた……
では、どうぞ
日常、それは生還
ゆっくりと上がり、数瞬を得て晴れる視界。
気絶しなれた所為か、気絶から覚醒への適応が早くなっている気がする。
本来慣れるべきことでは無いのだが。
この気持ち悪い感触、ベットか。
誰かが運んでくれたのだろうか。いや、確実にそうか。
薄暗く陰気臭い場所は一転し、穏やかな静寂に包まれた潔癖感を強く感じる白壁に囲まれた部屋。薄く仄かに光る魔石灯は、淡い光を部屋に振り撒いていた。
何処ぞで見たことのある、質素な部屋。いや、ティーセットが無いから違うか。
華美な装飾どころか、両手の指で足りるほどしか色彩が見られ無い部屋は、分かりやすくここが治療院であることを告げていた。
バベルの治療院ではない。あそこはもう少し適当、言ってしまえば粗雑だ。
これ以上寝ていたくないベットから跳び起きて、華麗に着地―――できなかった。
脚の関節が簡単に折れ、すらっと死に
『あんまり無理しちゃだめよ? 傷は無いように見えるけど、実際全身ズタボロだからね』
『そういうのは早くから伝えてください……』
床を押して、体を無理やり起こす。勿論足が耐えられずに崩れるが、分かっているなら対応はできるもので、腕を動かして重心の移動を行いベットの側面に背を預けた。
「ふぅ」
『曲芸師にでもなったら人気が出そうね』
『なるんだったら剣士か騎士になりたいです』
軽口を交わしながら、部屋を見渡す。
取り外されていた刀は私と同じようにベットに
もう一刀は、柄や鞘まで黒く、淡い光も力強く跳ね返していた。
そして、耐熱加工によって地味さを極める一刀は、少し痛んだ様子で眠っていた。
更に少しばかり視線を巡らせる。
見つけたのは、低いテーブルの上。白布の上に置かれる金属片と柄、添えられた鞘。
「やっちゃったんだよな……」
あの二刀での防御は愚行だってわかっていた。でも、そうしなければあの時に死んでいた。
「ありがとうございました。ゆっくりと、休んでいてください」
あの刀たちは、しっかり
私の失態なのだ、私が責を負わなければならない。
『別に、そこまで気負いする必要はないんじゃない?』
『ありますよ。あの刀たちは、意志をもっていました。誰に従うか、誰を殺すか、決めていたんです。それが振っている私には身に染みて伝わりました。アリアは……感じ取れましたか?』
意志を持つものを壊す。それは殺したことと何ら変わりない。
何かを殺す事には慣れてしまったが、別に何も感じないわけでは無いのだ。
自分が大事にしていたものとなればなおさら。
『ごめんなさい、私はそこまでわからなかったわ。一刀だけは、別だけど』
『ははは、それは吸血かな?』
『ご名答。私だって、死ぬのは怖いし、怖いものは怖いのよ』
呪いの刀を抜く度に、イメージが伝わって来る。
『非殺傷』は、何もかもを殺し、全てを殺した果てに見えてしまった、後悔。
『吸血』は、欲望のまま血を求めた吸血鬼の、成れの果て。
『強化』は、ひたすらに強さだけを求めた哀れな人間の、絶望。
『煉獄』は、全てが
一番酷く残酷で、言葉で表す事すらおこがましい程のものは、やはり吸血。
伝わって来るイメージは鮮明で、それはさながら実体験のよう。
死なないのに殺され、死ねないのに殺され、その所為で消えてしまう理性。
有のままで終わってしまう殺戮。いっそ無なら楽なのに。
『それ以上考えるのは止めて頂戴。蘇って来るから』
『あ、ごめんなさい。以後気を付けます』
流石のアリアとて、あれほどのものはきついらしい。
なら私はどうなるかという話だが、そういうものに関する精神力なら他の追随を許さない自信がある。
ただ一人を除く、という条件付きだが。
「また、ボコボコにされ、挙句の果てに刀まで失う。まだまだだなぁ、私も」
自嘲を含んだ独り言、ぽつりと消える、小さき嘆き。
侮ることは無かった、慢心もしていない。でも、自分のちっぽけな意地が敗北へと導いた。
でも、そのことが間違いだったとは思わない。
人間辞めて勝っても、意味なんて無いし、多分それで勝てても後悔していた。
それに吸血鬼化していたら、殺していたと思うから。消していたと思うから。
「次、また戦えなくなるのは、つまらないですから」
『それ、負けた貴方が言うこと?』
『こういう事を、負けた人が言ってはいけない決まりでも?』
『そうね、無かったわね』
たとえ決まりがあったとしても、私はこう呟いていただろう。
【
それが私に大きな影響をあたえていることは確かだ。無くなるのが名残惜しくなるくらいには。
「さて、とりあえず帰りますか。何もすること無いですし」
『帰れるの?』
『今ちょっと脚に力入れてみたら少しは入ったので、一回跳んで、そこから飛び続ければ何とか』
腿と足首、そして
『風はいる?』
『ばっちり使う予定です』
それは、しっかりと心の中の精霊さんが与えてくれる。ここが何処かは変わらないが、オラリオの中であることは確かだ。なら、たとえ端の方だろうと問題は無い。何とか飛べる、はずだ。
『それは分かったけど、身支度までに時間が掛かりそうね……』
『あはは、頑張ります……』
とはいったものの、実際かかった時間は三十分にも満たなかった。
いや、十分長いか、長いよね。
* * *
ホームへと戻り、荷物を背負って
それと共に、話かけて来る一つの声。
『私、空を飛んだのはあれが初めてだったわ。二度とゴメンね』
『いや、あれは私は悪くない。悪いのはあんなに高く塔を作ったダイダロスです』
跳躍後の風による飛行。それはただの成功で終わった。決して大成功では無い。
確かに飛べたし、移動もできた。しかもかなり早い。だけどそれが難点。
早すぎるがゆえに即座に止まれない。無理をすればできるけど、今は制御が覚束ない。簡単に自分で自分をミンチにしてしまう可能性があった。結果的に無理なのである。
別に問題なさそうに思えるが、今回は場所が悪かった。目的地であるホームは私が居た場所の反対側、私は後のことを考えず飛んでしまった。
結果、それは自明の理だろう。バベルに
即座に飛んで逃げたが、誰かに私の存在が目撃されていたらヤバイ。
ダイナミック入室した部屋は神々の部屋。下界の者が、許可なしに侵入してはいけない領域である。
無断なうえに破壊付き。罰金に牢獄入り、もしくは都市追放は確定だろう。
目撃されたらの話だが。
夜であることが幸いした。さらに言えば夜天は薄雲で隠れていたため、星を眺めに
『でも、飛ぶことは気持ちよかったですよね?』
『途中から視覚以外の感覚を切っていて、風の気持ちよさが感じられなかったわ。痛みも、ね』
『一人だけ逃げおって……結構痛かったんですから、何であんなに硬いのでしょうかね……おのれダイダロス』
千年以上もっているのだから、それ相応の素材を使うのは当然だが、衝撃で背骨がぽきっ、と鳴ってしまったので恨み言の一つや二つ、吐いたところで悪くはない。
『死人を恨んでも仕方のないことよ? 恨むなら生きている子孫にしなさい』
『子孫いたんですか? 初耳です』
名匠ダイダロス、奇人ダイダロスの方がまだ馴染み深いか。
お祖父さんにもダイダロスについての話は聞いていないから、詳しいことは知り様がない。
『あるじゃない、私。忘れないでほしいわね』
『おっと、忘れてました』
『酷いわね。じゃあ教えなーい』
『貴女最近子供のような態度になっていますけど全然似合ってませんからね?』
『えっ、そうだったの?』
おっと、これはかなりやばいタイプだ。自分のしていることがどういう風に思われているか自覚のない後で後悔するタイプ。あれだ、『くろれきし』というものを作るタイプだ。
『……教えてくれた代わりに、私も教えるわ。といっても、見分け方だけよ』
『けち臭いな』
『う、うるさいっ』
また幼子のような返答をしてくるが、これは意図的か、それとも素か。
素だったら本当に問題だぞ。
『ダイダロスの一族は、眼に『こんな』形の痕が見えるわ』
こんなと言われても、指示語で指すものが無いはずだが、それは脳に直接現れた。
『D』という形。文字かどうかは分からないが、これが目印と言う訳だろう。
だが、私はそれよりも気になったことがあった。
『アリア……何故私より私のスキルを使いこなしているのですか……』
『私がちょっと頑張って与えたスキルよ? 私が使えなくてどうするのよ』
『ちょっと待ってください。アリアが与えた? それはつまり、【
『根本は違うけれど、大雑把に見て似たようなものよ。そう捉えていても構わないわ』
それを聞いて、動く右手でガッツポーズ。
実にありがたいものだ、私はこの精霊さんからいくら恩恵を授かっているのだろうか。
風だけではなくここまでしてくれるなど……明らかに稀少な事例だ。
『そこまで感謝しても何も起きないわよ? 私はただ、外の世界をもっと明確に見て感じたいだけだから。自分の為に貴方にそれをあげたのよ』
『あくまで譲りませんか。本心ですか? それとも、あれですか? 所謂『くーでれ』ですか?』
『ち、違うわよ!』
『何ですかその過剰な反応は? 図星ですか? そうなんですか?』
『もう、知らない!』
ぶつっ、と糸が切れるような感覚が走る。無理やり切られたのだ。
なんともまぁ、いじり甲斐が出てきたではありませんか。
こちらだって、何時までも主導権を握られている訳にはいかないのだ。少しくらい攻めてやらなければ、あちらも飽きてしまうだろうし。少しくらいは楽しませてあげなければ。
私が楽しみたいというのもあるが。
「さて……どうやって体洗いましょうか……」
独りになったところで、今最大の問題を口に出してみた。
―――ほんとに、どうしよ……
* * *
時は遡り、日が沈むころ。
「フレイア様、ただいま戻りました」
致命傷まで負い、満身創痍となっていた彼は傷を癒してから、自らの戦いと、少年の冒険を『観ていた』主神の部屋へと現れた。
「フレイア様」
いつもならあるはずの返答が無いことに、少しの疑問を抱く。
深く一礼し、ゆっくりと部屋の奥へと踏み込んで、見た。
――――主神が、白目をむいて気絶していることに。
「フレイア様ぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
その絶叫は、はてさてどこまで響いたのやら。