やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 殆ど会話になってしまった。

では、どうぞ。


日常、それは大切なもの

 ホームから十数分走り、北西のメインストリートにあるギルドに到着。本気を出す必要もなく―――――と言うより出せなかった。

 ベルと共に走って来たが、途中からベルの息が上がり始め、現在は手を膝について、肩で荒く呼吸している状態だ。

 私が本気を出せなかった理由は、ベルとの【ステイタス】の差にある。私の敏捷値とベルの敏捷値とは大きく差があり、普通に走ってもベルの全力より少し遅いくらいだった。

 そんな差の中、同じスピード且つノンストップでここまで来たのだ。疲れるのは当然だろう。

 

「ベル、歩くことはできますか?」

 

「うん……大丈夫……」

 

「無理はしないでくださいね」

 

 そう言い、ギルドへ入る。午前中とは違い人は少なかった。

 ベルがついてきていることを確認し、エイナさんの所へ向かう。そして丁度良くエイナさんと会話していた冒険者が居なくなった。今日は少し運がいい。

 

「エイナさん。こんにちは」

 

「こんにちは……」

 

 私が挨拶をするとベルも続いて挨拶をする。疲れていても礼儀を欠かさないのは良いことだ。

 

「あれ、ベル君にシオン……(くん)。何かあったの?」

 

「何故間があったかは聞かないでおきます。エイナさん、冒険者登録をしに来ましたよ」

 

「え!? 数時間でファミリアに入って来たの!?」

 

「そうですよ。ちゃんと私もベルも入ってます」

 

 普通は何日もかけて手続きを踏み、漸く入団できるのだろう。だがそれはある程度の基準を達したファミリアだけであって、新生の我がファミリアにはそんなものなどない。というか、あの神は来る者拒まない、という性質(たち)にみえるから条件など付けなさそうだから、どっちにしろ即入団が可能なのだが。

 

「そう、なら大丈夫ね。二人とも、この書類に名前と所属ファミリアを記入してね」

 

「わかりました」

 

 ペンを持ちそそくさと記入する。簡単な読み書きと計算は、お祖父さんから教えてもらっている。ベルも呼吸を整え終わり落ち着いたのか、記入を始めていた。

 

「終わりました」

 

「あ、僕も終わりました」

 

「はい。では冒険者登録はこれで終わりです。後はアドバイザーですが、希望はございますか?」

 

「ありません。ですが、ベルの方には美人で世話焼きのいい優しいアドバイザーでお願いします」

 

「ちょ、ちょとシオン!? 何言ってるの!?」

 

 これは別に心配とかそういう類の配慮ではない。単にその方が面白そうだし、ベルも女性に対してある程度の耐性をつけられるようになるだろうから。

 

「あ、エイナさんとかそれっぽいですね。お願いできますか?」

 

「ちょっと! 勝手に話進めないでよ!」 

 

「あ、はい、わかりました」

 

「了承してくれるの!?」

 

「突っ込みが大変ですね、ベルは」

 

「誰のせいだと思ってんのさ!」

 

「私のせいですよね」

 

「やっぱり自覚あるんだ!?」

 

 怒濤(どとう)の突っ込みラッシュに思わず笑みを浮かべてしまう。良い反応速度だ、戦闘にも役立つだろう。

 

「シオン……(くん)のアドバイザーは……此方(こちら)で決めてもいいでしょうか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。その間を無くせる人であれば」

 

「あはは、ではシオン君。今度ギルドへ来た時にアドバイザーを紹介しますので私の所に来てください」

 

 苦笑を浮かべたが、それをすぐに取り繕って仕事の顔を作ると落ち着いた様子で述べる。どうにもエイナさんは、私相手だとペースを崩されるらしい。それ程やりにくい相手だろうか?

  

「わかりました。では、明日伺いますね」

 

「はい。それとベル君、これから私は君のアドバイザーになる訳だけど……そうね、明日、時間あるかしら?」

 

「デートですか?」

 

「ち、違います! ダンジョンについて教えておきたいんです!」

 

「ベルと二人っきりで?」

 

「そ、それはそうなりますが……」

 

 言及して出てきた肯定。それは実に面白いことに、少し別に意味に捉えることもできる訳で……

 

「よかったですね、明日はベルの記念日になるかもしれません」

 

 と、あえて明文化せず、あやふやな言い方をしてやる。

 ベルも想像力は非常に高い。どうその意味を捉えるのやら。

 

「ちょっと待ってシオン。それってなんの記念日?」

 

「ご想像にお任せします」

 

「シ、シオン君! 揶揄(からか)うのはやめてください!」

 

「怒られてしまいましたか」

 

 でも、それにしては少し顔が赤いような……

 それは彼女が純粋だからか、いや、純粋だったらこんなこと気づかないだろうか。ただ慣れてないだけかもしれない。それで受付嬢として大丈夫なのだろうか。ナンパも多いだろうに、エルフ……いや、ハーフエルフなだけあって美人なのだから。

 

「まぁいいでしょう。ベル、今日は帰りますよ。エイナさん、また明日」

 

「なんか疲れた……あ、エイナさんこれからよろしくお願いします」

 

「あ、はい。こちらこそ」

 

「それでは!」

 

 挨拶を終え、ギルドを出る。時間はもう夕日が見える頃になっていた。そして思う

 

 

―――――――――魔石の換金忘れてた。

 

 

  * * *

 

「ただいま戻りました」

 

 私たちは帰りは道を歩きで辿った。ベルに道を覚えさせるためだ。

 途中寄り道もしたが、何事もなく帰ってこれた。

 胸には仄かに湯気を放つ、かぶりつきたくなる見た目をしたものが沢山入った紙袋を抱えていた。伝わる熱は案外心地よい。

 

「おっかえりぃ! ベル君、シオン君!」

 

 帰宅早々ヘスティア様が飛びついて来るという事が起きる。私は難なく(かわ)せたがベルは反射的に動けず、抱き着かれ押し倒されてしまう。流石に押し倒されるまではいかなかったが、あたふたと戸惑っているのは目に見えたことだ。

 

「ヘスティア様、帰宅早々抱き着こうとするのはやめて頂きたいのですが」

 

「いいじゃないか、家族同士のスキンシップだと思ってくれ。それに、シオン君は避けたじゃないか」

 

「私ではなくベルのために言っているのです。ベルは女性に触られるのに慣れていないのですから」

 

 もっと言うと、彼女のその双丘がベルの顔を埋まらせて、いずれ圧死か窒息死でもしてしまいそうで気が気でならない。 

 いやね? 今にも死にそうで何度もヘスティア様の腰を叩いてるんだけどね?

 

「ん? その言い方だとシオン君が慣れているように聞こえるのは気のせいかい?」

 

「慣れてはいませんが耐性はあります。それと早くどいてあげてください」

 

「へ?」

 

 本当は、耐性がある訳では無く、興味がないということなのだが。そんじょそこらの有象無象になんて、正直どうでもいい。私が興味を持つ女性は、ただ一人だ。

 アホ面を浮かべるヘスティア様に、とうとう脱出できたベルが苦し紛れにやっと声を出す。

 

「神様、少し重いです……」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 乗っかかる形となっていたので、そりゃそう言われるだろう。体格的には小さいのだが、アレがな。分不相応にデカい、邪魔なくらいに。

 

「あ、あと手を洗ってくださいね。夕飯の代わりですが、じゃが丸くんがあります」

 

「本当かい!? 何個あるんだね!?」

 

「十個です。全部揚げたて塩味です」

 

「おお~! なら早く夕飯としよう!」

 

 相変わらず消えない元気を鬱陶(うっとう)しく感じないのが不思議と思いながら、買ってきたじゃが丸くんを持ち、そのままソファに座ったのだった。

 ぱくっと一口目から次を欲しくなるこの味、堪らんッ……

 

   * * *

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 美味しくいただいた塩味のじゃが丸くん。揃った声で食事の終わりを告げると、満足げに一息を吐くのは二人、ヘスティア様とベルだ。丁度二人が食べ終わったころなのだが、私はその随分と前に平らげている。

 

「いや~やっぱり揚げたてはおいしいね~」

 

「そうですね。あ、ベル、少し話したいのですがいいですか?」

 

「うんいいよ。で、話って?」

 

「今後についてです」

 

「今後?」

 

 抽象的で理解できないのは当たり前で、首を傾げているベルに対して、更に続けて言う。

 

「ええ。ベル、あなたはこれからどうするか決めましたか? 私はある程度決めていますが」

 

「決めてないけど……」

 

 弟の無計画性に若干浮かび上がった落胆を胸中に留め、かなり限定的に絞って問う。最も、これだけ聞ければよかったのだから。

 

「そうですか。なら、【迷宮(ダンジョン)】にはいつから挑戦しますか?」

 

 腕を組み首をかくっと傾げて、(うな)り声を上げながらあからさまに考えている風を装っている。実際(ほとん)ど考えてないだろうな。

 

「とりあえずエイナさんの説明を聞いてから、かな。シオンは?」

 

「私は一週間ほど剣の鍛錬と情報収集に励んで、その後挑戦しようと思っています」

 

 何が何でもまずはそれだ。ダンジョンに挑むにしても、結局は情報が無ければ私とて簡単に死ぬだろう。必須事項なのだ、情報収集と剣の鍛錬は私にとって。

 まぁ大半は情報収集となるだろう。ギルドに恐らく資料庫はあるだろうし、そこを漁るという考えだ。情報屋なんかもいるそうだが、不必要にお金を使いたくはない。

 

「へ~じゃあさ、一週間たったらさ一緒にダンジョンに行こうよ!」

 

「はい、わかりました。それより前に潜っていても構いませんからね」

 

「うん!」

 

 その時に、ベルがどれほどの実力を有しているか、どれほど成長できたかを確認すればいいだろう。

 昔っから臆病で碌に私へ斬り付くこともできていなかったが、モンスター相手に戦えるだろうか。外のモンスターで少し手間取っていたから心配なのだが、まぁ大丈夫だろう。

 

「話は終わったかい? じゃあボクから一つ相談なんだけど……」

 

「なんでしょうかヘスティア様」

 

 神妙そうな顔になり、腕を組んでその大きなものを意図せず強調しているがそれは無自覚のことで、一つ頷くと、覇気の(こも)る語調でいう。

 

「寝る場所って、どうする?」

 

「「あっ」」

 

 私たちが居る教会地下隠し部屋、そこにあり眠れそうなのは、ダブルベットとソファの二つ。誰かが一人床で寝るか、ベットで二人寝るか、と言うことになる。

 普通に忘れていた。どこでも寝れる私にとって寝床は気にしたことがない。嫌はあるが良いは無いのだ。好ましいものはあるがな。

 

「神様はやっぱりベットですよね」

 

「異議無し」

 

「えぇェッ!? そんな簡単に譲っていいのかい!?」

 

 即決の私たちに思わず驚くヘスティア様。彼女とてソファや床でなど寝たくは無かったろうが、自分だけが独占して一番良いと自分は思っているベットを使うのは気が引けるのだろう。

 

「当たり前ですよ神様。神様は神様なんですから一番眠りやすい場所で眠るのは当たり前です!」

 

「そうですね。私も同意見です」

 

 というのは話をややこしくしないための上辺だけであって、私はそんなこと露ほどにも思っていないのだが。

 

「……そうかい。君たちは優しいね」

 

「いえ、本音を言ってしまえば私はベットが嫌い、と言う理由ですが」

 

「あはは、そこは隠しておいてくれるともう少し感動に浸れたかな……」

 

 実際そうなのだ。私は初めてベットで寝た時からベットが嫌いだ。

 あれは九年ほど前、好かれていた一つ下の村長の娘に呼ばれてその屋敷に泊まったことがあったのだが、そのときに()()()()()のがベットだった。

 ベットは確かに暖かいし、柔らかい。でも何故だろうか、私は硬い床の方がまだよかった。体に沿う感触は気持ち悪くて、その日ずっと眠れなかった。

 しかもその日は半ばトラウマじみている。そのことも相俟(あいま)って、ベット自体に好ましい印象を持っていないのだ。

 

「では、ベル。あなたはソファで寝てください。私は壁に寄りかかって寝ますから」

 

「えっ! でもシオン……」

 

「気にしなくていいですよ。私の身長ではそのソファに収まりきらないというだけですから」

 

 見たところ、横たわってベルがギリギリ納まるレベル。私では足がはみ出てしまう、寝(にく)いったらありゃしないだろう。

 

「う、うん。そういうことなら」

 

「では、おやすみなさい」

 

「え、もう寝るのかい!?」

 

「えぇ、明日から色々しますからね。休息は取れる時から取っておきたいのです」

 

 ヘスティア様は正直言えばもっと新しい家族と話したいのだろう。親睦を深め、もっと親しくなりたいとか思っていそうだ。

 だが、私はそれほどでもないし、別に努めて親しくなろうとは思わない。

 それに、疲れた。精神的に。人が多すぎるんだよこの街……

 

「そういうことかい。じゃあ、お休み、シオン君」

 

「おやすみなさい」

 

 挨拶を交わし、腰に帯びていた刀を外して、抱きながら壁へ(もた)れかかると、静かに、瞼を閉じた。

 雑音同様に声を潜めて話し出す二人の会話を聞きながら、意識は次第に遠のく。

 案外、寝付くのは早くなりそうだ。

 

 

 

 

 


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