やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 前回の別視点なので、読まなくても全く問題の無い話でけど読んで頂けるとありがたい。

では。どうぞ


他視点、それは闘牛

 常に注意をして戦っていた。いや、戦えていたかは定かではない。

 ただリリに気が向かないように、ひたすらに斬りかかって、注意を向けさせていただけ。

 今のところ見上げた成果は無い。リリも起きないし、ミノタウロスを斬る事さえままならないのに、僕だけが段々と傷を負っていくのだから。

 またダンジョンが揺れた。もう三度目、あと何度続くのかは知らないが、その揺れが悪いものでないことを祈ろう。

 

「ベルさ、ま……」

 

 祈ったお陰か、それと関係がなくともそうなったのか、リリが目を覚ました。

 声には力が籠っていない、まだ意識が完全に戻っていないのか。

 

「リリ! 早く逃げて!」

 

 リリの意識を無理やり引っ張り起こすかのように大声で言った、 

 ピクンッと肩を跳ねさせるのが視界脇に映ったが、(なり)振りなど構っていられない。

 たとえリリが僕を怖がっても、リリが助かればそれでいい。

 今は、それが最優先事項だ。

 リリが大きく首を何度も振っている。明確な否定、何故かされた否定。

 

「早く!」

 

 でも、今はリリの意見に取り合っている時間がない。僕がいつまでこの状態で戦えるか分からないから。

 急かしても、一向に近くの逃げ道へ走り出す気配がない。それどころか、立ててすらいない。

 そう言う間も襲ってくる。間一髪の防戦が続くが、いつ崩れるか。

 誰かを護りながらだと、満足に戦えないのがこのとき身に染みて理解させられた。

 目の前の障害に専念できない、お陰で攻め切ることが出来ない。

 

「早く行けって言ってるだろっ!」

 

 焦燥が募り、声を荒げてしまう。普段の自分では考えられないことだ。

 でもそのことが、僕の気持ちをリリに伝えてくれたのだろう。

 悔しそうな涙が見えた、無力感に打たれる叫びが響いた。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 立ち上がって、やっと走って逃げてくれた。

 ダンジョンが揺れ、一度バランスを崩しても、またすぐ立ち上がって、逃げてくれた。

 

「これで……やっと……」

 

 自分が構う必要があるのは、自分を殺しに来る目の前の存在のみ、他は気にしなくたっていい。

 漸く、満足に戦える。やっと、

 

「お前を倒せる!」

 

 周りへの警戒を一切なくした。ただ目の前の存在に警戒を向ける。

 相手は僕より強い存在だ。侮っていい相手でもないし、全力、果てには本気で戦わないと、必死。

  

 両刀短剣(シュワイザーデーゲン)短刀(ヘスティア・ナイフ)をクロスして構え、正眼に大剣を何故か構えているミノタウロスの懐へ地を蹴り前へ跳んだ。

 敏捷だけなら自信はある。シオンにも言われた、それを生かした戦いをしろと。

 僕の長所を生かした戦い方、自分で勝手に考えた、僕の戦い方。

 

 止まることなく、斬り続けること。

 

 一撃離脱(ヒット&アウェイ)で戦うのはもうやめた。あれは自分以下の強さを持つものにしか通用しない。だから今の僕は走り続ける。逃げるようにでも別段構わない。ただ、勢いを付けられればいい。

 足を生かして相手の死角に入り斬り付ける、足を生かして相手の補足から逃れる。

 幸い、速さは僕が上だ。下手を打たなければ死ぬことは無くなったが、それだけ。

 厚く硬いミノタウロスの外皮は両刀短剣(バゼラード)の刃を通さなかった。薄く斬れる程度か、最悪弾かれている。何とか『ヘスティア・ナイフ』は通るが、一度斬っただけで執拗に警戒されている。

 その警戒は僕にとって痛手だ。実際、今僕がこのミノタウロスに決定打を撃てる手段はこれしかない。

 一瞬だけの攻勢、すぐに攻防戦に変えられてしまった。

 だがそれでも足は止めない、戦法は相変わらずの単純さだが、僕にできる最大がこれ。

 

 攻防戦は以前拮抗する、まるで変化を待つかのように、それはパターン化されていた。

 そして、待ちたくも無かった変化が訪れてしまう。

 それが相手にだったらよかった、だけど、それは自分にだった。

 

 懐に入った瞬時振り下ろされた大剣をプロテクターで受け流し、勢いそのまま攻めようとした。だが、足元を受け流した大剣が破壊した衝撃で浮き上がてしまい、無防備な空中で僕の左腕が、()()()()

 金属が砕ける甲高い音と、鳴ってはいけない低音が感触と共に耳に届く。

 

「あぅあっ⁉ ぐはぁっ……」 

 

 思わず漏れた、痛みを堪える悲鳴。左腕が(くわ)えられたまま数回振り回され、遠心力によって勢いを付けたせいで、放された瞬間地面に叩きつけられながら何十M(メドル)か飛ばされてしまった。

 左に握っていた短剣は落としてしまい、今や僕を護るものは無い。

 それでも立たなければ、戦わなければ、勝たなければ。簡単に死ぬ。

  

「あっぅ」

 

 立とうとしても、だらりと力が満足に入らない左腕の所為で、何度もバランスを崩し、止めどなく感じる苦痛が僕の行動を制限してしまう。

 必死の努力で立ち上がろうとして、漸く上体が起こせたとき、ふと頬に風が掠めた。

 それは日常でよく感じる、あったかくて、安心できて、それでいて鋭さを併せ持っている、不思議な風。

 ぱっと重い首を上げた、始めに映ったのは、輝く金の髪。次に映ったのは金の瞳。

 一瞬、本気でシオンかと思った。だが、違うことはすぐにわかる。

 

「頑張ったね、今、助けてあげるから」

 

 僕に背を、頼もしく感じてしまう背を向けて、最大の憧憬(アイズ・ヴァレンシュタイン)がそう言った。

 一度願い、すぐに否定し、絶対にそうならないようにと思っていたことが、今目の前で起きようとしていた。

 心の底から感じる、僕の気持ち。嫌だ、という否定。

 動かすことが出来なかった左腕に、しっかりとした力が籠った。

 脚も動く、腕も動く、意識もある。防具は無いけど武器はある。

 まだ、戦える。助けてもらう必要なんて、無い。

 だから!

 

 今すぐにでもミノタウロスを斬り付けそうなアイズさんの腕を、空いている左手で掴んだ。確かな意志を伝えるために、明確な否定を。

 

「邪魔、しないでください……」

 

 無茶苦茶なことを言いそうな気がしてきた。しょうもないことな気がする。

 でも、意志を伝えるには、十分なはずだ。 

 

「アイズさんの助けなんて、いりません。僕は一人で、勝てるんだ」

 

 驚き目を僅かに見開くアイズさんの顔を見ず、僕は彼女の腕を後ろへと引っ張った。

 

「僕はもう、貴女に助けられてばかりじゃ、無いんだ!」

 

 左手を放し、今度は僕が彼女に背を向けた。落とし、地面に突き刺さった両刀短剣(バゼラード)を拾い上げ、再度握り、アイズさんを警戒して攻撃を一時止めたミノタウロスと相対する。

 

『僕はもう、誰かに頼ってなんかいられないんだ』

 

『僕はもう、誰かを助けられる存在にならないといけないんだ』

 

『そのために、僕は初めての冒険をしよう』

 

『英雄となれる、第一歩を、踏み出してみよう』

 

 ゆっくりと、一歩ずつ歩き出した。

 足が地に着く間隔を段々と早くさせ、次第に走り出す。

  

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 叫びながら突進した。その僕に向かって正面から振り下ろされる大剣。二刀を交差させてその交点で大剣を受けとめ、右へと受け流すが、すぐに大剣を腕力だけで引かれて僕へとまた振り下ろされる。

 小さく横へ跳び、大剣が地面を大きく破壊すると反発も利用してすぐに振り上げられ、横に薙がれる。それをしゃがんで避けると、腹目掛けて斬り付けるが、余裕で回避されてしまう。

 

 正直キツイ、このままのペースでは五分も持たない。

 でも、やらなくちゃ、踏み出すって、冒険するって決めたんだから。

  

 何度も何度も弾き合い、何度も何度も受け返し、何度も何度も繰り返す。

 偶に大きく回避し、強く前へ跳んで一気に詰める。

 アイズさんがいる方向で何か聞こえるけど、気にしてなんていられない。

 新たな一手を、撃たなければ。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 懐に飛び込みながら、顔面への一撃。確実に当たった。

 だが、そのお返しとばかりに薙がれた大剣が、どれ程の効果があったかを教えてくれる。

 浅い、効いてはいるけど、かすり傷程度。外皮が厚すぎて内部に伝わってない。決定打にもならないし、目眩(めくら)ましにしては効率も悪すぎる。

 状況解析を行うも、結果は芳しくない。今も尚続いている現状は特に。

 薙がれた大剣には反応できたが、それは防御のみ。足が衝撃に耐えられずに浮いてしまったのだ。その所為で飛ばされ、石柱を一本破壊して跳ねながら床に転がった。

 左腕は更に酷く軋み、背中を始めとする全身の骨が動かす度嫌な音を立てる。

 立ち上がろうにもさっきと同じく(ろく)にバランスが取れない。痛みで悶えそうになるのを堪えてもいるのだ、立つことすら危うい。 

 

 やっぱり、僕には冒険なんて、無理なのかな……

 

 そう思えてきてしまった。弱音、感じてはいけないそれを、少しでも感じた。

 僕は、諦めようとしているのだ。

 

 そんなの、いやだ。

 矮小(わいしょう)な意地がそう漏らした。

 

「諦めてなんかぁ! やるかあああああああぁッ!」

 

 何かが、心の奥底まで響き(わた)る大きな声が、僕の小さな意地を膨れ上がらせてくれた。

 今思っていたことを全て否定した。次諦めるのは、死ぬ時だと今決めた。

  

「僕だって……諦めてなんか、やるかよ……」

 

 そう声を出すと、喉を込み上げてきて、何かが口から出た。

 かなりの量の吐血、肺も傷ついちゃったのかな。早く、終わらせなくちゃ…… 

 

 のっそりと立ち上がり、垂れさがる手を無理やり動かして、構える。

 ミノタウロスが動き出す前に、僕は地を蹴った。

 必死になれば、人間よくやれるものだ。 

 壊れかけの全身は、酷使することでいつもでは考えられない力を発揮できた。

 

 大剣はもう弾いてなどいない、全て躱して事足りる。

 しっかり攻められるようにもなった。致命傷までとはいかなくとも着々と傷をつけていき、深手を負わせられることも増えてきた。

 勝てる、無意識に希望が見えてきた。

 斬り付ける速度が段々と増す、相手の出血も普通の量ではない。

 筋肉の筋も斬ってやってる、さぞかし動かし難いだろう。

 

 そんな中、とある一刀が僕に振り下ろされた。それを両刀短剣(バゼラード)で逸らすと、嫌な感触が手に伝わった。それは手に持つそれが砕ける感触。

 だが、不思議と動揺はしなかった。極限だからか、する余裕が無かったのかもしれない。

 冷静に対処ができた。 

 大剣をギリギリ躱せる右横へ小さく高く跳び、回転して遠心力を乗せた『ヘスティア・ナイフ』を腕へと深々と射し込み、地面へと落とし込んだ後に、腕に力を思いっきり籠め、捻って嫌な音を立ててやった。

 ミノタウロスの悶えが聞こえ、抜くときに更に斬り付けてやりながら後退。

 腕を押さえながら立ち上がろうとしたミノタウロスは、上手く力を入れられないであろう右腕から大剣を零れ落とした。

 短刀(ナイフ)を持ち替え、それを、にべもなく奪い取る。 

 武器を奪われたことに流石に動揺したのだろう。目が揺らいでいた。

 

「はぁっ!」

 

 無慈悲と言われようがどうでも良い、そんなミノタウロスを中々重い大剣でがら空きの腹を二度斬り付けたやった。下手ということが解っていても。

 飛び散る血が顔にかかり一瞬目を塞がれるが、お構いなしに、よろけるミノタウロスを再度斬り付ける。魔石までは到達しなかったが胸を大きく刈り取り、腹にも深々と大剣を走らせた。

 そこで、腕が今までにない悲鳴を上げて、一時の限界を伝える。

 止む負えず止めた大剣が地を砕き、武器を失ったミノタウロスは、数歩下がった。

 いや、武器は失っていなかった。

 前傾の低姿勢、それが示す行動は必殺技(突進)

 ミノタウロス最大の武器が残っていた、それは片側を半ばまで失った角。

 

 これで終わる、瞬時にそう悟った。

 大剣を握る手に力を込める、最後なら、限界(悲鳴)なんて無視してしまえばいい。

 

 敵が、動き出す気配を感じた。初めての感覚だ、でも自然と従えた。

 その通り、ミノタウロスは僕に向けて全身全霊の突進を開始した。

 同時に僕も走り出す。真正面からの相対、普通にやったら負ける。

 だけど、僕が普通にやる道理はない。

 ぶつかる寸前、大剣を振りかぶって首横に全力で振り下ろした。それで大剣が砕け、前のめりになってしまうが足で支えて回転、その途中で遠心力を籠めた短刀(ナイフ)を腹に刺し込んだ。

 

「【ファイアボルト】」

 

 一撃、小さく呟いた魔法名で、切先(きっさき)から魔法を撃ち、内部爆発を起こさせた。

 

 でも、足りない。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 二撃目、叫び籠める魔力を増させて、撃った。

 

 まだ、足りない。

 

「【ファァイアァボルトォォォォォォォォォォォ】!!」

 

 三撃目、咆哮と共に全力の精神力(マインド)、魔力を使って切先から撃ち放った。

 

 やっと、足りた。

 

 内部爆発は内側から膨れ上がり、ありえない程ミノタウロスの上半身を膨らませた。次第に大きくなる膨れは、ある限度を持って、内部から火柱を上がらせて爆発した。

 熱風と爆風が頬を撫で、肉を貫いていた感触が消える。

 コトンッと、音が聞こえた。

 何なのかは分からない、だってもう、僕には意識が無かったから。

 

 

 

 

 


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