やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 次回は絶対時間かかる!

では、どうぞ



成長、それは戦闘

 ホームについて、ようやく思い出す。

 ヘスティアとベルが、今時ホームを留守にしていることに。

 

「急いだ意味無かった……」

 

 持っていた結構量の荷物を置いて、一息吐く。

 とりあえず荷物一式を仕舞い、中に入っている私服等必要な物を取り出す。

 服は通気性が良く、薄手で、伸縮性も戦闘衣(バトル・クロス)程ではないにしろ良い。

 デザインは主体的な一色に何かしらの装飾が過度にならなように付けられた程度。

 私の私服は大体がそのような系統の簡単なものだ。

 汚れている戦闘衣(バトル・クロス)諸々を脱衣所で脱ぎ、優秀な洗剤を数滴混ぜた水の入った桶にそれらを浸しておく。 

 

 因みに、優秀な洗剤と言うのは、潔癖症冒険者御用達の『血などの汚れはこれ一つで簡単に消える!』という長文が商品名の【万能者(ペルセウス)】作成の日用道具(アイテム)である。

 ただし、効果が強すぎるため少し間違えれば悲惨なことになる。

 

 すべて脱いで再確認するが、やはり体には傷一つ無い。

 指も驚くほど肌理(きめ)細やかで、手入れなど全くしていないのにこうなっているのは、吸血鬼化が原因か、将又精霊さんの影響か。正直どっちでも良いのだが。

 だが、やはり固まって浅黒く変色した血は肌にこびり付き、胸周辺は特に酷い。そこを中心に体が無性に痒い。

 さっきまではそうでもなかったのだが、実物を見て理解したため痒いと思う気持ちが自覚できる程になった、というわけか。

 堪える、ビリッと一気に剥した痛み。面倒でもゆっくりやるべきだった。

 痛みごと洗い流すかのようにシャワーから出るお湯を頭から浴び、所々に残る凝固した血を優しく慎重に剥していく。

 さっさと終わらせたところで、今度は髪だ。

 人それぞれで洗い始める場所が異なるらしいが、私は髪の毛から洗う。

 まあそんなことはどうでも良いか。

 ささっと丁寧かつ念入りに洗い終え、全身もくまなく洗っておく。

 そんなこんなで洗い終え、浴槽には浸からず脱衣所へ戻った。

 

 目に入った桶では、汚れが浮かび上がって溶けているのが見えて、そこに浸けておいた衣服を全て取り出してから絞り、ある程度の水気は飛ばしてから物干しに掛ける。

 天井から吊るされた二本の棒に(くく)り付けられた物干し棒は、更に近くに一本天井から垂れている棒があり、それは刀を括り付けられるように形状が整えられている。

 そこには『紅蓮』が丁度よく付けられ、水気を()で飛ばせるようにしているのだ。

 

 セッティングを終えると、さっさと着替えて髪の水気をタオルと風でふき取り、飛ばす。髪の毛をずっと濡らしているのは、なんというか気持ち悪いのだ。

 

 もう乾いた衣服を取って、脱衣所を後にした。

 洗い乾かし終えた衣服は全て金庫に仕舞い、ふぅ、と一息吐いていつもは座らないソファに座り込んだ。

 すると、そこで()し掛かるような重みに襲われる。

 知らぬ間に疲れていたのだろうか。思えば、何があっても一日中刀を振り続けたことなどなかった。予想より遥かに疲れるものだ。

 今日はこのまま休もうか、また明日頑張ればいい。

 昨日続けで疲れているのだ、少しくらい休んだところで、誰から咎められるいわれは無い。

 

 ゆったりと滑り込んできた眠気に抗わず、流されるように意識は彼方へ飛んだ。

 

 

   * * *

 

 何かに触られそうな気配を感じたのだろう。半覚醒状態のままその気配を掴み、不確定だが足元へ押し付け首と思われる位置にあるはずの頸静脈に手刀を添える。

 更に手首、両足首を押さえつけ、結果的に上に乗っかり完全拘束となった。

 驚いたような声が聞こえた、だがその状態は崩さない。

 半覚醒でぼやけた視界は、徐々に覚醒していくことで目の前の影を明瞭なものへと変えていった。

  

「あ……」

 

「……そろそろ放してもらえるかい、シオン君」

 

 手刀を崩し、やってしまった感の見える足取りで数歩下がる。

 完全拘束から解放されたことに安堵したように溜め息を吐く彼女も立ち上がり、どこか同情心が籠った目をシオンへ向けた。 

 

「おい、なんだその目は」

 

「口調替わってるぜ、シオン君。まぁ、その、なんだろうね。聞かないでおくよ」

 

 目には更に哀れみまでもが籠められ、憐憫(れんびん)を露わにしている所為で無性に感じるこの感情は―――ああそうか、あれだ。

 

「ヘスティア様、ちょっとイラついたので一発殴っていいですか?」

 

「ちょ、拳を引き絞りながら言わないでおくれっ、死ぬ、死ぬからっ」

 

「シオン、いくら何でも神様を殴るのは良くないよ。……何があったかは僕も聞かないからさ、ね?」

 

「ベル、……貴方は本心から何の疑いも無く親切心で言っているのですからヘスティア様より倍以上性質(たち)が悪いですね」

 

 ベルには悪意というものが存在しないといっても良いし、人に悪意があること自体も知らないかのような人間だ。その分、人を疑ったりしないし人に対して悪意などの負の感情を向けることも無い。

 よって、今向けられている本物の心配と憐憫の感情はヘスティア様と違って一部の悪感情も孕んでいない。

 こういうものは、何も言い返せなくなるのだ。本当に性質が悪い。

 

「で、ヘスティア様、さっきまでのことは措いておき、何故私を起こそうと?」

 

「あ、それはね―――」

 

 きゅるぅと音がヘスティアの言葉を遮った。苦笑する彼女は『こういうことさ』と目で伝えてきて、言葉の代りに鳴った音の意味から察する。

 つまり言うと、こういうことだ。

 

「――――作りますから準備してください」

 

「わーい! 三日ぶりのシオン君のご飯だぞー! やったな、ベル君!」

 

「はい! 最近食事が味気なくてどうしようかって本当に迷ってたんですよ!」

 

 一気にテンションが上がる二人を、暖かな緑の目と()め切った布下の金色の目が眺める。その温度差には自分でも驚くが、今はどうでも良いことだ。

 

「テンション高い、そして煩い。口を動かすのは噛むときだけにしてください」

 

 とりあえず二人を黙らせ、早々に料理を作ることにした。

 まぁ、作る料理はいつもと同じで手を抜いてるけどね?

 

 

   * * *

 

「あ、そうだシオン君、ベル君。今日にでも【ステイタス】を更新しておくかい?」

 

「僕は明日でいいですよ、シオンは?」 

 

「では、済ませておきましょう。かなり溜まっていると思うので」

 

「また異常なスキルとか発現したりしないよね?」

 

「今回は無いと思いますよ。何もしてませんから」

 

「じゃ、早速――――――――」

 

 

 

 

 

 

「―――――――どうしてこうなった」

 

「いい顔ですね。で、どれ程の異常が?」

 

「自分で見ておくれ……」

 

  

  シオン・クラネル

 Lv.2

 力:I 0→Z 8659

耐久:I 0→Z 7168

器用:I 0→Z 12058

敏捷:I 0→Z 9275

魔力:I 0→Z 6371

 

【鬼化】I

 

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

「これは……とうとう完全にニンゲン卒業ですかね」

 

「それ、ただ事じゃすまないよ……」

 

 

   * * *

 

 ルンルンの気持ちで屋根伝いに移動していく。

 異常に軽い体、少し間違えば町破壊になりかねない脚力、重さを全くと言っていいほど感じない。

 朝の内に全力で走ってみたが、オラリオ市壁沿いの侵入可能区域を一時間で約三周できた。自分の行いながら末恐ろしい。

 というか、それで息も上がらない自分が更に恐ろしい。

 今の自分の【ステイタス】は、【ランクアップ】の潜在能力増強(ポテンシャルアップ)を考慮してもLv.7、つまりはあの【猛者(おうじゃ)】と同等と思われる。

 

 今闘ったら、勝てるだろうか。

 

 そんな考えが過ぎった。領域は違えど同等の能力、いつほどか前のときとは違って、【ステイタス】差の不利(ハンデ)は無いと言っていい。

 私は超人レベルの剣技を扱えることを自負している。そのお陰で一刀加えられたのだ、ある程度の信頼を剣技に寄せている。といっても、私の信頼が信頼と呼べるかどうかは措いといて。

 【猛者】は私に剣技を見せていない。正直言ってしまうと実力不明、ただ頂上的な力を持つということだけが解っているに過ぎない。

 つまり、戦った場合勝負の分かれ目は剣技。

 どれだけ鋭いか、どれだけ洗練されているか、それだけ斬れるか。

 剣技とは何か一概に言えないが、斬るためのものという確定的な事実以外何とも言えないもので決まると言うのは、実に難しい勝負だ。

 極論、殺すか死ぬかの勝負になるだろう。

 

「はっ、こんなこと考えても意味は無いのですけどね」

 

 そう吐き捨て、意味の持たなかった思考を放棄する。

 既に足は中央広場(セントラルパーク)を越えており、一階層へ潜る螺旋階段は安定のショートカットでやり過ごした。

 漆黒のローブが風に音無く靡き、背を含め携えられた五刀が元気よく気配を揺らす。

 見かけたゴブリンは漆黒の手袋をはいた右手に跡形もなく消し飛ばされ、特注である光沢をもった茶褐色の靴は可笑しい程飛ぶ血を蹴った圧で飛ばしていた。

 そのお陰か、ローブの下に着る霞がかった淡黒(あわぐろ)の長袖と濃紺(のうこん)の長ズボンの戦闘衣(バトル・クロス)は一切汚れが見受けられない。

 

「そういえば、今日は【ロキ・ファミリア】が遠征でしたね……」

 

 ふと思い出したことが口に出た。

 軽く通り越した中央広場(セントラルパーク)には、何かを待つように立ち止まる一般人が点々と見受けられた。【ロキ・ファミリア】は流石都市最大派閥の片翼と言えようか、絶大な人気を誇っているのだ。良い意味でも悪い意味でも。

 つまるところ、【ロキ・ファミリア】のファンがこぞって遠征の見送りをしようと思ったのだろう。

 私もそれに参加したいが、アイズ以外の【ロキ・ファミリア】とは今現在関わり合いたくない。あれだ、何言われるか分かったもんじゃない。特にレフィーヤと駄犬あたりから。

 

「別に問題ないとは言いましたが……本当にどうしましょうかね……」

 

 今後関わっていく上で、この問題はかなり重要だ。

 真剣に検討しようか、今度な。

 

「今日はとりあえず気晴らし。狩るぞー!」

 

『おー!』

 

『貴方は狩れないでしょう』

 

『風で国一つを滅ぼすことくらいはできるのよ?』

 

『末恐ろしいなおい』   

 

『ちょー怖いのよ』

  

 気軽に割り込んで、できてしまいそうで更に怖いことをさらっとを口にする彼女は、やはり最近口調がおかしい気がする。 

 今心の中でふざけた笑いを浮かべてそうな彼女が、続けて口にする。

 

『でも、ここあたりじゃ狩りは無理そうよ』

 

『そんなことは気付いていますよ――――――どうしてこうなったのやら』

 

 今は七階層。上層だと言うことも踏まえても遭遇率(エンカウント)が低すぎぎる。

 本来ありえない静寂、人払いがされたかのように感じない人間の気配。

 

「さっさと下に行きますか」 

 

 とはいったが、別に走るわけでは無い。

 一応最大限の注意は払う、いくら【ステイタス】が上がったとはいえ、それによって慢心する気はもうない。それで前は負けたのだ。自分の力にはもう溺れないと決めたのだ。

 空振りに終わるならそれはそれでよし、何か起きたのなら―――真っ向から叩き潰すまでだ。

 

 落とした進行速度で七階層、八階層と下りて行き、九階層へ潜れる階段へ差し掛かった時に気づいた。

 先程までとは異なった、異様な静けさが立ち込めていることに。

 

「――――――」

 

 息を殺し、気配を完全に紛らわせ、警戒心を()()()。だが警戒は続ける。

 視界を消し、だが周囲は残すことなく捉える。緊張感も張り詰めたものでは無く和やかなものに。

 完全に周囲と同調させ、自分さえも自分の存在が分からなくなる程になる。

 これは、暗殺の技術。お祖父さんから教わった、使いどころを考える必要のある最高にして最低(外道)の技。 周囲と同化した無が感じる流れに抗うことなく進む。

 その流れが行き着く先、そこが恐らく今の状態の原因。

 厄介ごとであることは確かだろう。だが、何故か首をつっこみたくなった。

 いくつもの因子(ファクター)が集合した結果がこれなのだろう。自分で深く追求する気にはなれない。

 ゆっくりと着実に流れて、辿り着いた岸はルーム。

 そこの中央には、悠然と仁王で立つ一人の見るからに獰猛な猪。

 見た目は大剣のプロテクターなどの最小限の軽装。だが、そのあからさまな強靭(きょうじん)さを誇る肉体は、それ自体が金属鎧と等しい。

 2Mを超すその巨躯は、それ相応しいものを持っていた。

 気配は感じ取り難い、ここは慣れの差だろうか、私の方が隠密(ステルス)隠蔽(ハイド)も技術的には上だ。

 相手は恐らく私に気づいていない。今攻撃すれば相手がそれを防ぐのは容易ではなかろう。

 簡単にことはそれで終わる、でも、そうしたくはなかった。

 隠密(ステルス)を止め、自分言う存在を取り戻す感覚に見舞われる。

 すると、前方に佇む猪が、視線をこちらへ向けて、微かに口元の形を変えた。

 

「まだ未熟だな、気づけなかったぞ。久しいな、シオン・クラネル」

 

「気づいてたら本当にどうしようもなく私は死んでいたでしょうね。【猛者】」

 

 自然と圧が込められている言葉をぶつけ合い、互いが互いを本当の意味で認識し合う。

 

「貴方がダンジョンに潜るとは珍しいですね。Lv.7ともなれば、こんな浅層に留まる意味などないでしょうに」

 

「少しばかり用があったのでな。それと、ここらに居ればいずれ貴様とも出会えると思ったのでな」

 

 ゆったりと、背の一刀の大剣が握られた。それに同調するかの如く背の刀が握られる。

 

()る気で漲ってますね」

 

「少しばかり楽しみにしていたのでな。多少は気が上がる」

 

 互い見合い、不可視の『力』がぶつかり合う中、二人の気配は風に揺れ、一触即発の空気がルーム内に漂い始めた。

 何かの拍子で何かが起こる、だが何かは全くの不明。

 だが、それはふとした拍子に訪れた。

 

 コトッ、と掛けたダンジョンの石、それすら彼らには起爆剤となった。

 刹那、爆弾を遥かに超す暴風と波動が地を揺らし、二刀の刃が衝突した。

 

 挨拶代わりのその一刀は、どんな結果を齎したのだろうか。

 

 

 


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