キャラ崩壊起こしてそうで怖い。
では、どうぞ
夜街の屋根を伝う二つの影が、ある場所へたどり着くと共に動きを止めた。
そこには、『
「……今来て思ったのですが、多分誰かとっかかって来ますよね」
「うん。でも、ファミリアの
「流石にこれ以上【ロキ・ファミリア】に迷惑を掛けるわけにはいかないので、誰か声かけてきたら追い返しますか。問答無用で」
「わかった」
酒場の出入り口でそんな物騒な会話をしていたが、
その酒場に二人が入ると、喧噪は数瞬の時を経て、静寂へと一転した。
中で騒いでいた者たちは、堂々と歩く二人に見入っていたのだ。
酒場はやはり繁盛しており、空席は端の三席と、中央の一席しかなく、どちらもカウンター席。
端の三席を選び、アイズに隣が一つしかない端の席へ座ってもらい、その隣にテランセアが座った。
「さてさて~、どんな料理があるかな~」
正面にあるメニュー表を取り、それを開いてご機嫌の様子で眺め始める。
静寂に支配された酒場内では、元々聞き逃すことが難しい程の美声は、更によく響いた。
メニューには、如何にも荒くれ冒険者の料理、といった品が並んでおり、中にはゲテモノといわれる料理まで丁寧に挿絵付きで載せられていた。
「気になりますね」
「ダメだよ? 駄目だからね?」
視線で何について言っているのか気づいたアイズは、何故か二度言う程の念押しで止めてきた。
「……わかりました、これは諦めます」
その意味は分からなかったが、静止を無視してまで食べるようなものでもないので、簡単に諦めを付ける。
「では、私は蜂蜜酒とパスタ二皿大盛りで」
「私は、蜂蜜酒とじゃが丸くん三つ、ソース味をお願いします」
カウンターの前で待っていてくれた亭主らしき男性にそう伝えると、一礼してすぐに厨房と思われる場所へと向かって行った。
料理が運ばれるのを待っていると、酒場が次第に騒がしくなって、元の喧騒を取り戻す。
自然と耳に入って来る内容は、自分たちに対してのことばかり。煩わしいことこの上ない。
喧噪が回復する中、それに伴って下衆の卑劣で欲丸出しの視線を浴びるようになった。
だが、二人はそんなの意に返さない。
アイズはこういったものに慣れてしまっているし、テランセアはご機嫌の為、他人のことなど気づいていてもどうでも良いのだ。
「…………」
「お、きたきた」
数分待っていると、料理と酒が運ばれてきた。
無言の亭主らしき男性は、持ってきたものを置くと、一礼してすぐに定位置と思われる場所に戻って、食器を磨き始めた。意外と気の利く人だ。
「それじゃ、特に何もないですが、乾杯っ」
「乾杯」
祝うことでも何でもないが、ただしたくて乾杯する。
軽くぶつかり合い、木同士が堅い音を鳴らした。
「おー」
「……おいしい。久しぶりに、お酒飲んだ」
一口飲むだけで十分わかる。確かにこれは美味しい。
とろりと流れる舌触り、それと共に訪れる甘く、それでいてしつこくない蜂蜜の甘美な味。多く飲めるようにするための工夫なのか、少し温かくなる程度に調節された
これなら、一・二杯で酔うことは無い。
「――――こちらも中々美味しいですね」
酒と別に口へ運んだパスタも、雑な見た目にそぐわない美味しさである。
綺麗に盛り付けたら比較的安価であるこれは良く売れるだろうに、と思ったが、そこも工夫と言えようか。
冒険者が何かしら物を食べる場合、気合を入れて綺麗に盛り付けられていると大抵気後れしてしまうのだ。気楽に食を楽しむには、少し荒々しいくらいが丁度よい人が多い。
少し言葉を交わしながら、がつがつと量を減らしていくその様は、見た目とそぐわず面白いくらいだ。
小食のアイズに対し、大食テランセアは素晴らしい喰いっぷりだった。
「す、すげぇ……」
そんな言葉が誰かの口から漏れた。酒場の人たちは先程とは別の意味で唖然としている。
「……ふぅ。ごちそうさまでした」
「!――――――ごちそうさまでした……」
大盛り二皿を余裕で平らげたセアに、一瞬驚いた顔を見せると、アイズは半分程残っていたじゃが丸くんを急いでその小さな口に押し込み、しっかり噛まずに呑み込んだ。
少し苦し気な顔をしたアイズにの背を優しく擦りながら、微苦笑を浮かべてしまった。
「アイズ、そんな急いで食べなくても私は待っていましたよ」
「普通は私の方が速く食べ終われるはずなのに……」
何故か悔し気に頬を膨らますアイズを見て、テランセアはその顔が周りから死角になるように不自然に立ち上がった。
それにアイズが首を傾げるが、『名誉のため、アイズの名誉のためだ。他意はない……』と呟くのみ。
「じゃあ、セア、帰ろ?」
「ええ、何事も無く終わってよかったですよ。あ、これ1800ヴァリスです、お釣りは面倒なのでいりませんよ」
カウンターにお金を置いて、静かに酒場を立ち去ろうと出口へ向かう二人。
だが、そこに五人の男が障害として立ちふさがった。
「……はぁー。命知らずが」
思わず、心の中だけに
「おぅおぅ嬢ちゃんたちぃ。もう帰っちまうのかい? 暇なら少し遊んでいかねぇかぃ?」
先頭に立つテランセアと同じほどの身長を持つ、上半身をさらけ出した荒くれ者感を嫌と言う程感じる男が、下衆な笑みに似合った気色の悪い声音で、嘗め回すように声を掛けてきた。
「問答無用で
「はぁ? どうしたんだい嬢ちゃん。おかしなこと言っちゃって」
「煩いですね、一応警告しますよ。―――十秒以内に退いたら見逃す」
そう告げると、彼女はカウントダウンを始めた。九、八、七、と正確に発せられる秒刻みに、前にいた男たちは始めは笑っていた。だが、半分を切り、語気が冷徹なものへと変わっていることに気づいたのか、顔から段々と血の気が失われていく。
「ゼロ」
一番後ろの男が漸く逃げ出そうとしたのと時を同じくして、死の宣告はリミットを告げた。
瞬間、彼らが感じたのは、明確な『死』のイメージ。
体が粉々になるかのような、訳の分からない感覚。共に感じる絶対的恐怖。
それらは、彼らの耳に、カチンッ、という鞘と鍔が当たる音で聞こえるまで纏わり憑いた。
人生で二度体験することが無いようなことを受けた彼らは、全身を冷や汗で濡らし、床に這いつくばっていた。
「全身の神経を殆ど斬らせていただきました。綺麗に斬ったと思うので、
地に伏した五人を見下ろして言い放つと、興味を無くしたのように踵を返して、一枚の硬貨を投げ捨てながら酒場を後にした。
それを追うように、地に伏した男を飛び越えて、アイズも酒場を後にした。
静寂で包まれた酒場内。カウンターで鳴った硬貨同士がぶつかり合う音は、やけに響いた。
* * *
体がやけに重い。足取りがいつもより遅いのが実感できる。
首が曲がったまま上げられない。視界が半分塞がっている。
眩暈で度々倒れそうになるし、半身まで倒れてしまうと脚で支えられなくなる。
その都度腕を近くの壁に刺し込んで体を支えるも、今ではその腕すら力が入らない。
『焰蜂亭』を後にすると、帰路の中途でアイズと別れて休息のため市壁内部の部屋へと向かった。
その間、始めの内は屋根伝いに移動できていたのだが、だんだんと脚に力が籠らなくなり、地面を歩くようになってしまった。そして今は、階段一段一段上るのに多くの時を要している。
思考までもが曇り始め、視界が点滅を始めると、気合で動かしていたようなものである体は、踊り場で簡単に崩れてしまった。
何が起きたか理解はできたが、何もすることはできなかった。
襲い掛かる意識の闇に、されるがまま呑み込まれた。
ビリッと電気が走るような感覚で、スイッチを入れるかのように目を覚ました。
微弱な頭痛とねっとりする吐き気を覚える中、ゆくっりと立ち上がる。
その間視界に入ったのは、昨日とは異なった光景。
隙間からの月光が射し込む、魔石灯しかないスペース。
上りと下りの階段と繋がっていることから、踊り場であることは容易に理解できた。
「どんなところで寝落ちしてるのですか……」
『
誰もいない場所での独り言、自分に対する呆れのそれに返される言葉は無いはずだろうが、心の中に彼女がいることは忘れてはならない。
『おはようございます。それで、憶えてないとは?』
『……百聞は一見に如かず、部屋に戻って姿見の前にでも立ってみれば分かるわ』
疑問を覚えながらも、部屋へと向かう。
その間どういう意味かを考えてみたが、『あっ』と声を出して一つの心当たりに至る。
「あーあーあー……見るまでも無くありませんかね……」
発声練習のように声を出すと、もう、一つに絞られた結論の完全立証の為に部屋の姿見の前に立った。
その姿見に映ったのは、ポニーテールに纏められた銀髪では無く、ポニーテールに纏められた金と白の髪。金眼も左眼だけとなり、右眼には若葉のような緑眼。
大きすぎず小さすぎなかった胸部装甲は、鍛えたおかげでできた僅かな膨らみへと変わり、少し中よりとなっていた肩も元に戻っている。
『テランセア』の姿は『シオン・クラネル』へと戻っていた。
「やっぱりですか。戻れたのはいいのですが……原因は何でしょうかね……」
『自分で考えてみたら?』
『考えてますよ、ただ思い当たる節が無いのです』
一週間は放置しようと思っていたが、その前に戻ってしまった。何か意識的にアクションを起こしたわけでは無く、特筆して変わったことも起こしていない。
『仕方ないわね。ヒントを出してあげましょう』
『原因がわかっているのなら、さっさと教えて欲しいのですが』
『それじゃあつまらないもんっ』
『子供かよ』
思わず突っ込みを入れてしまう口調を使ったアリアは、突っ込まれたことを意に返さずに続ける。
『昨日貴方が飲んだもの』
『蜂蜜酒ですか』
『早いわよ! つまらないじゃない! ヒントあと三つ残ってるのに……』
『だから子供かよ』
ここまで来るとわざとだろう。少し可愛らしいが、アリアにそんなのは求めていない。
と言うか、ヒントが分かりやすい。昨日しか飲んでないものと言えば、蜂蜜酒しかないのだ。
『つまり、『焰蜂亭』の蜂蜜酒を飲めばもとに戻れると』
『もしくは、それに含まれている何か、ね』
『蜂蜜かアルコールか、それとも隠しで使われている何かか』
そのあたりの判断は今のところできないが、おいおい判明させていけばよいだろう。
問題を適当に結論付けると、コンコンコンッと三度戸が叩かれた。
「
「いいですよ」
セアじゃないけどね? と心中で呟くが、声には出さない。
戸を開け、入って来たアイズは、シオンの姿を確認すると、驚いた表情を見せてくれた。
「戻れました♪」
「そう……おめでとう」
少し残念そうに何故かしているが、どういう訳だろうか。
「もう少し触りたかった……」
その答えはアイズが呟いた独り言ですぐにわかったが、そこまで落ち込むほどのものだろうか。
「アイズ、あっちの体になる方法には見当を付けているので、そんな人形を捨てられた幼女みたいな顔をしないでください」
「私って……幼女に見えるの?」
「一見してはそうと言えませんが、深く見ていると時々」
一緒に居ると偶に見かける幼さは、可愛らしさと愛らしさも含まって、年上の彼女が五つは下の女の子に見えてしまうのだ。
「さて、私はさっさと着替えますので、アイズは先に上へ行っててください」
「分かった」
部屋からアイズが出たのを確認すると、クローゼットに勝手に仕舞った衣服を取り出す。
髪を纏めている漆黒の長布の結び目を解き、十分良いはずなのに悪く感じてしまう髪を手串で
着替えに必要な物を取り、素早く着ていく。見てわかるところで言えば、シャツは空色。
動きやすい服装だが、脚はあまり露出させたくはないので、膝まで届くブーツを履くことによってカバーする。
因みに、本人は気付いてないが、短パンは
刀は『一閃』だけ帯び、漆黒の手袋と腕輪を身に着ける。
最後に、左眼に眼帯を付けて準備完了だ。
即座に部屋を出て、階段を駆け上がり、まだ月明かりに照らされる市壁上へと出た。
「お待たせしました」
「ううん、全然」
一言交わし、胸壁に寄り掛かって座るアイズの隣に腰を下ろす。
そこで少し物理的な間を作ってしまうのは、勇気が足りないからだろうか。
手を伸ばせば届く距離、その間を保って西の夜空を眺める。
夜風が通る音が良く響く程、静かで落ち着いた時間。
誰かが来るまで一生続いてしまいそうなその時間を、ただ楽しんだ。
密かに緩む口元に、二人そろって気づくことなく。
衣服の名称が思い出せない……
そして、自分でわかっているが、コーディネートのセンスが無い。
それと、名前出して良いか悪いか判らないので、全ては出せませんが、Yさん、誤字報告本当にありがとうございます。