今回の伏線的なものですが、気になる方はどうぞ、一話前から。
今回の一言
フレイヤ様の扱いをしっかり考えておこう。
では、どうぞ
何度打ち込まれ、何度倒れそうになり、何度意識を刈り取られそうになっていたか。
だが、そんなことは関係ない。
今、少年は立っている。紛れもない、自分の足で立っている。
いつもならすぐに打ちのめされて軽く意識を飛ばしていた攻撃も、防ぎ、受け流し、反撃まで行っている。
いつになく真剣な形相で、惨めな姿を見せないために、必死で抗っている。
少年は、まだ負けていない。
大切な人に無様なところを見せたくないから、失望させたくないから。
必要のないことに怯え、少年は必死で闘っていた。
「頑張るんだベル君! 負けるなー!」
たとえ直撃を受けたとしても、その所為で意識が飛びかけても。
掛けられる言葉で背中を押され、意識を無理やり保ち、ひたすら闘っていた。
『あの子、頑張るのね』
『自分の気持ちに正直で、それに怯えて逃げているようなものですが。確かに、頑張ってますね。いつも以上に』
『でも、大丈夫なの? あと二時間も続けたら死ぬと思うのだけれど』
『それは私も薄々気づいていたので、本当にヤバくなったら止めます。多分、そんなことをする前に終わりますけど』
心の中でそんな会話している間も、少年は抗い続けていた。
だが、そこに変化が生まれる。
「ふぇ?」
そんな間抜けな声を出して、ベルが足を滑らせた。
自覚のない疲れが足に溜まって、踏み込みの力を見誤ったのだろう。
「ぐへっ」
突然の予想もしていなかったことに対応できず、受け身をとれなかったベルは顔面から地面に衝突し、小さく奇声を上げた。
『…………』
その光景に押し黙る一同。
惨めな姿を
「ふふっ」
別に期待していたわけでは無かったが、予想通りすぐ終わったことと、その終わり方に対して、自然と笑いがこみ上げてきたのだ。
「な⁉ 失礼な! ベル君だって頑張ってたんだぞ⁉」
「し、知ってますよっ、ですがね、これは……あははっ!」
口を押さえ、肩を震わせていたテランセアにヘスティアが取っ掛かるが、そんなの意に返さず笑いは大きくなっていくばかり。
ついには声を上げて笑い出し、ヘスティアの全く力のこもっていない拳を何度もぶつけられていた。
まるで昔の自分のような醜態で、兄弟案外似るもんだなぁ。とどうでも良いことも考えてしまい、何故か更に笑いがこみ上げて来る。
「……ふぅ、やっと納まりました」
そして数分が経ち、漸く笑い声は鳴りを潜めた。
「全くっ、どうしてそんなに笑えるんだいっ」
「いえいえ、別にベル一人のことに対してではありませんよ。過去にこんなことが私にもあったので、それを思い出したら、更に笑えてきてしまって」
盛大に笑ったことに対して、咎めはするものの怒る気は無いらしいヘスティアは、ふんっ、と鼻を鳴らした後に、ベルの元へと駆け寄った。
羞恥でなのか小さく縮こまっているベルに、優しく語りかけているが、言っている内容が逆効果にしか思えないのは見当違いだろうか。
「今日はもう、終わりにしようか」
「は、はぃ……」
発した声に、力は籠っていない。相当に、ヘスティアに言われたことが心にきているらしい。
日は既に沈み、美しい満月が、隠れるのを止めて星が輝く夜空に姿を現した頃合い。
街は夜の活気に
夕飯も取らずにいたので、そろそろ空腹を訴える音が聞こえてきそうである。
「じゃ、ベル君! さっさと帰ろうか!」
「はぃ……」
ヘスティアに従い、二人は市壁内部の階段へと向かった。
テランセアとアイズは二人を追う形で市壁内部へと向かう。
「アイズ、夕飯どうします? 私は食べに行くのですが、一緒にどうですか? 奢りますよ」
「いいの? でも……大丈夫かな」
「ファミリアの事ですか? 夕飯は取れないかもしれないと伝えていたのでは?」
「うん、伝えてる。……なら、大丈夫なのかな」
市壁内部の移動中、抜け目なく約束を取り次いだのは、相変わらずである。
余談だが、テランセアは今現在も金はとにかく沢山有る。昨日稼いだ約4000万ヴァリスもそうと言えよう。これだけお金があれば宿を取ることも可能だし、ざっといえば、中くらいの一軒家が買えてしまう。
ひとまずの独り暮らしは悪くないのだが、何故か虚しい気がしてならない。
手を繋いで、ゆっくりと進んでいた二人を追い越して、テランセアとアイズは先に市壁から外へ出た。
「――――――」
だが、その瞬間二人は足を止めた。目を見合わせ、ベルとヘスティアが追い付いたことを気配で確認すると、速度を落として歩き出す。
背後の二人との距離は常に一定に保ち、視線を巡らせること無く周囲を確認した。
「猫一人、小人四人、人三人、狼一人。内五人が手練れですね」
かき消えそうなほど小さな声を、隣に居るアイズに風に乗せたらギリギリ聞こえるレベルで伝える。
テランセアは、気配の在り様でそう判断した。
五人は完全に気配を消せているが、他四人はまだ足りない。
気配の形や大きさで、大体どの種族かは判別できる。
「手練れの狙いが私とアイズ、他四人はベルでしょうか」
「先制仕掛ける?」
「私の方に僅かに殺意が向けられています。私から仕掛けましょう。それと、ベルには二人ほど相手をさせてください」
「どうして」
「ただの実戦訓練ですよ」
彼女がそう呟くと、二人は同時に行動を起こした。
アイズは即座に抜剣しながら後退し、気の抜けたじゃれ合いをする二人の元へ。
テランセアは、前方で気配を消す五人に向けて、ただ殺意を放った。他四人を意に返すことはない。
本気を出せば常人が諸に受けたらショック死してしまうレベルの殺意を放てるテランセアだが、流石に殺すわけにもいかず、加減をするしかなかった。
だが、それだけでも効果は
「クソッ! なんだこいつ!」
悪態を吐きながら、
「知るかっ! さっさと
そんな声が聞こえると共に、屋根上から四人の
五人の手練れは、即座に得物を手に執り、テランセアに襲い掛かる。
「上等、闇討ちとか面白いですね」
「余裕カマしてんじゃねぇぞ」
一早く間合いまで詰めた
「そう言うのは、余裕をなくせる程の力があって言えるのですよ」
そう発すると共に、地面を砕く踏み込みと一寸の狂いも無く、超重量の刀が横一文字に振り斬られた。
青年はそれを槍を縦にして防いだが、それは間違った防御方法だ。
過重は、ものの見事に一直線の道の奥へと青年を吹き飛ばし、奥に立ち並ぶ家屋を破壊する音が響いた。
だが、それでは終わらない。
左右背後上空。そこから迫りくる剣、斧、槍、槌。
音も無く、目配せだけでそれを行ったのは、素晴らしい連携力だ。
だが、甘い。
「そいっ」
軽い声の
左右から攻撃は弾き返され、背後から攻撃は、受け流した力に刀の重さを加えて青年を吹き飛ばしたのと同じ方向へ吹き飛ばし、上空の攻撃は武器を断ち斬り、峰で地面に叩きつけた。
「うーん……あっ、思い出しました。【
気の抜けたように聞こえる声は、とても今の常人離れした所業を行った人物のとは思えない程のものだった。
後退する
「クソがっ、バケモノめ」
復帰した猫人の青年が、そんな悪態を吐いた。
着ている服はボロボロで、全身が埃で汚れている。体自体は耐久のおかげなのか、傷一つ無いが。
「バケモノで構いませんよ。自分がバケモノのように異常なことは理解してますから」
「そうかよっ、ならバケモノらしく黙って死ねっ」
そう言い捨てると、猫は跳んだ。
この猫は学習能力が高いらしく、真っ向から攻めて来るのを止め、縦横無尽に駆け回りながら長槍のリーチを生かして、果敢に攻撃を仕掛けてきた。
だが、それすらも危なげなく対応する。
相手の鋭い刺突、遠心力を乗せた切り上げや切り下ろし。薙ぎ、削ぎ落とす力を持った払い。
それら全てを一刀で片付ける。
反撃は全くしない。だが、相手は着々と傷を負っていく。
「俺たちもっ!」
「忘れるなよっ!」
「このバケモノめっ!」
「さっさと殺されろっ!」
状況が不利なのを理解したのだろう。闇から現れた【炎雷の四戦士】が連携攻撃を仕掛けてきた。
だが、それも無意味。
無慈悲な超重量の刀はやはり一刀で片付けてしまう。
流石に面倒だと思ったのだろう。反撃として【炎雷の四戦士】の残っていた武器防具を
「案外斬れるものですね」
自分の行いに自分で驚いていると言う可笑しな状態のテランセア。今までは、流石に『一閃』とてアダマンタイトあたりから斬れなかったのだが、硬さからしてアダマンタイトを含んでいる武器を細切れにできたのだ。それは驚くだろう。
分の悪さを思い知ったのか、ほぼ全裸の状態で後退する【炎雷の四戦士】。
「クソッ、完全に遊ばれてやがる」
「はぁ⁉ あれでかよ⁉」
「気づかねぇのか馬鹿が! あの女、左脚を一歩も動かしてねぇぞ。加減されてやがる」
青年が言った通り、テランセアは左脚を軸足としているだけで、一歩も動かしていない。始めの踏み込みを除いて、だが。
片や攻めようとせず、片や攻められない膠着状態が続く。
両者の間に衝突するのは、殺意と言う名の圧力。
せめぎ合う見えない圧力が、手練れであるはずの五人が安易に攻撃できない理由の一つと言えよう。
五人の殺意を、一人で全て抑えているのだ。それも、加減した状態で。
「【ファイアボルト】!」
動かない戦況の中に、炎雷を放つ叫びが響いた。
空中から
「面倒なことやりやがってっ、おいっ! 撤退だ! 退くぞ!」
「チッ、仕方ねぇか」
吐き捨てるように青年が叫ぶと、それに従って撤退していく。
闇の奥へと音を無くして消えていく様は、撤退と言う名目の逃げとしか思えない。
気配が探知外まで消えるのを待ち、確認を終えると、後ろで待っている二人と一柱の下へ向かった。
「どうでしたか? ちゃんと戦えました?」
「……テランセアさん、わざとですよね?」
「さぁ、何のことでしょうか」
納刀して、話かけた時の言葉は、安否確認では無く、戦えたかどうかの確認。
その確認で、テランセアが何を考えていたかベルは分かったのだろう。
「さて、私たちも逃げますか。ギルドか【ガネーシャ・ファミリア】が来たら本当に面倒ですし。特に身元確認とか。答えようがありませんからね」
「君は本当に何者なんだい……ま、ボクも面倒事は嫌いだから、ベル君、さっさと逃げようか」
「すごく悪いことした気分です……」
オラリオでも、よく今の様に闇討ちはある。ギルドに目を付けられないために、多くは偽装可能なダンジョン内での話だが。街での襲撃は、襲われた側も罰せられる場合があるのだ。
それは本当に面倒である。
「アイズ、このまま直で酒場にでも行きます?」
「うん、場所は?」
「『
「君たちは何を
ゆっくりと歩いてる二人に向けて、ヘスティアが大声で呼びかけるが、依然二人に変わりはない。
「あ、神ヘスティア。早く逃げたほうがいいですよ。私たちは追手程度簡単に追い返せますから」
「うぅ~。君たちなら本当にできそうだからな……わかったよ、ベル君、さぁ逃げよう!」
「少しは悪びれましょうよ神様⁉」
そう叫ぶと、ベルはヘスティアの手を引いて裏路地の闇へと潜んだ。
テランセアとアイズは、跳躍し、南のメインストリートへと屋根を伝って走り出した。
摩天楼に遮られながらも二人を照らす月光は、風に
「あの女神……何が目的なんですかね」
「女神って、あの女神?」
「そうですよ。あの色ボケ女神です」
「私、あの
「ははっ、同感ですね」
その二人がした会話を、その女神のファミリアの人間が聞いていたら、さてさてどうなっていたのだろうか。