ランキングに載っている人たちって凄いよね。
では、どうぞ
ここ、どこだ?
初めての時、そんなことを思っただろうか。
でも、その問いは、答えられることは無く、それ以前に聞くことすら叶わなかった。
今思えば、それが何処で、どんな状況で、何故そうなったか。全て分かってしまう。
忘れることのできない夢。知らなかったはずなのに、何故か見れた夢。
それは記憶から成されたものでは無く、血からなされたものだった。
血に刻まれたその記憶。それは、決して消えることの無い恐怖。
その恐怖を、私は感じているようで感じていない。
判ってはいるが、解っていないのだ。
取り残される者の喪失感、孤独感。それを私は知らない。
想像はできる。大切な人を失ったと思って、一晩中泣き喚いた少年を見たことがあるから。
何かを追いかけて強くなる。その気持ちは良く解る。
だが、彼女のその気持ちは、私と少し異なっていた。
ただひたすらに、隣に居ることを願って強くなることを望む私。ただひたすらに、独りになるのが怖くて、独り取り残されるのが恐ろしくて、そうなりたくないから、逃げるように追いかけて、強くなることを願い、望み続ける彼女。
その生き方は、酷く残酷な運命を残すことを知っている。
私も始めはそうだった。
彼女の隣に居たいから、誰にも盗られたくないから、次遇った時、彼女の隣を堂々と立てる存在になりたいから、彼女の剣に見合うだけの剣を持ちたいから。
だから、早く、早く、もっと早く。誰よりも、何よりも早く、強くならなくてはならない。
そんな強迫観念に囚われ続けながら剣を振るっていた。
それは、ある種の恐怖に近かっただろう。
嫌な現実を認めたくなくて、ただ逃げていただけのことだった。
追いかけているように見せかけて、全く違っていた。逃げていたら、偶々同じ方向を走っていただけに過ぎない。
そんなことでは、強くなるどころか、成長という二文字が消えていく一方だった。
『肩の力を抜け、張り詰めすぎるでない。アイズ・ヴァレンシュタインという少女は、簡単にとられる程安くは無いのじゃろう? だからお主は追いかける。逃げているだけじゃ、何も始まらんぞ?』
それは、私に成長の二文字を取り戻してくれた。
自分ですら気づけなかったことに気づかせてくれたお祖父さんには、感謝してもし足りない。
ずれかけた道を、正してくれた道標があったから、私は今ここに居る。
だが、今の少女にはそれが無かった。
私はそれを正してやりたいと思った。自らの剣を持って、濁った今でも鋭い光を放つ剣の濁りを、晴らしてやりたいと願った。
酷く残酷な運命から、少女を解放してあげたいと思った。
身勝手なのは百も承知。今のままではそんな大それたことをできないもの承知している。
だから、少しずつ、本当に少しずつ。変えられる分だけ、変えてあげようと思った。
まずは少女に寄り添うことから始めよう。
ただ追いかけるだけで済むように、その恐怖を消してあげよう。
失ったものを取り戻してあげよう、失わないように繋いであげよう。
最後には、彼女の望むとおりにしよう。
それが、今の私の願いだ。
* * *
ゆっくりと、暗黙していた視界に光が射した。
いっぱいに広がる
今は昼時の終盤を迎えた一時頃。胃がキュルキュルと訴えかけて来る声が聞こえてしまい、微量ながらも恥ずかしさを覚えて、その白く綺麗な頬を赤らめてしまう少女。
「……あはは、眠っちゃったのですね」
そんな少女は、自分の肩口を横目で見てそう呟いた。
少女の右肩、その上には、光を反射して輝く金髪と、その金髪の持ち主である少女の顔。
ささやかに立てる寝息、気持ちよさそうに瞼を閉じている彼女は、身を預けて夢の世界へと旅立っていた。
ついでなのか。別方向からも寝息が聞こえるが、それは聞きなれたもので、少年の寝息だろう。
「……
心配げに呟き、絡みの無い金髪にそっと手を添え、その手を優しくゆっくりと左右に動かす。
そうしたとき、少女の顔が少し柔らかくなった気がしたのは、気のせいだろうか。
「……んっ」
同じことを繰り返していると、少女からそんな声が漏れた。頭に乗せていた手を反射的に避けてしまう。別にやましいことをしている訳では無いのだが。
「…………」
無言のまま、少女は瞼を上げて預けていた姿勢を正し、きょろきょろと忙しなく周囲を見渡した。
何度も動く首が、肩口を先程まで預けていた少女を捉えると、その動きを止めて落ち着く。
「怖い夢は見てませんか?」
最初に掛けた言葉がそれだった。普通に考えれば可笑しなことだが、毎日のように記憶という悪夢を覗き見ている身からすれば、気にしてしまうことだ。
「ううん、見てない。大丈夫だよ?」
だが、そんな心配は無用であったようで、空振りに終わったことを安堵する。
「で、どうしてこうなったのですか?」
「寝てたこと?」
「ええ」
問いかけた少女は、金髪の少女が目を覚ます少し前まで夢の世界を漂っていたのだ。そして、寝る前まで金髪の少女と近くに寝そべって小さく
特訓と書いて、『しごき』と読むのかもしれないとどうでも良いことを考えてしまうが、別に関すべきことではない。
「……
理由を答えた少女は、どこか恥ずかし気に身を縮めていた。別に相手を眠くする力など少女には無いのだが、少女が心地よさげに寝ていたのが原因だろう。
そこに関してはもう何も言わないが、一つ言わなければならないことがある。
「アイズ、今の私はシオンではなくテランセア。一部にはもうバレてしまっていますが、あまり正体を晒すわけにはいかないのですよ。風評被害は困りものですからね」
「あ……うん、気を付ける」
思うところがあったのか、目を斜め上方向に逸らしてしまうアイズ。第一級冒険者である彼女は、憧れの対象であると共に、嫉妬の対象でもあるのだ。その所為で風評被害に遭うことも多々あるのだろう。
「あと、呼びにくかったらアキさんみたいに、セア、で良いですよ」
「わかった、セア」
すんなりと呼び方を変えられ、自分のネーミングセンスに疑念を感じ始めるが、それはどうでも良いことだ。
パンッ、とセアが手をたたき、自分の気持ちを入れ替える。
「さて、ベルをたたき起こして続きでも―――――」
だが、その入れ替えた気持ちは、すぐに崩れ落ちた。
言葉が途中で途切れた原因。それは、ある場所から鳴った可愛らしい音。
「セア……」
その音を鳴らした少女は、もう一人の少女に温かい目で見られてしまい、情けなさと恥ずかしさで頬を紅に染め、空腹も
「ごはん、食べに行こ? ね?」
「……はい」
少女は、掛けられる言葉が何故か心にきて、小さく呟くように返事をした。
* * *
今の状況を一言で言うと?
―――――ヤバイ。
「ベル君! 本っ当に君と言う子は! 君と言う子は!」
あの後、結局ベルを叩き起こして昼食を摂ることになった。
どうやらベルも空腹を感じ始める頃合いだったらしく、特に意見することは無かった。
そして、アイズに連れられ向かったのが、北のメインストリート。
この時から、少しは嫌な予感がしていたのだ。その為、気配を紛らわせることは欠かさなかった。
そして、それは案の定のこととなった。
到着したのはじゃが丸くんのお店、因みに頼んだのは『小豆ましましクリーム多め』の小豆クリーム味と、シンプルに塩味。
そして、その注文を請け負ったのが、ツインテールのロリ巨乳神。
勿論、主神のヘスティア様である。
ほぼ無心で注文した品を渡してきた後に、汗を心臓に穴をあけたときのようにだらだらと流すベルに掴みかかったのは、今の状況の始まりと言えよう。
因みに言おう、この間は一切干渉していない。
「で、ですが神様! 僕、毎日強く成っているんですよ!」
「知ってるよ! そんなのボクが一番わかってるよ!」
だが、流石にここまで騒がれるてしまうと、干渉しなければ色々不味い。主に視線が。
裏路地に居たとしても、ヘスティアの甲高い声は良く聞こえるのだ。表通りまで
「お二人さん。仲良く喧嘩は良いですが、あまり騒がないでいただけますか? 表通りから向けられる視線が、イタいものへと変わっていますよ」
ベルもそれに気づいていたのか、うんうんと強く首を縦に振っている。
だが、この場に居る常識崩壊人たちは気付かない。普通は何もないはずの所から現れた人に驚くはずと言うことを。
「……それはすまなかったね。で、君は誰だい?」
そういえば思い出す、ヘスティア様とはテランセアの状態で初対面なのだ。
「テランセアと言います。以後お見知りおきを、神ヘスティア」
その為、他人行儀に、最低限の知識を持っていると言う前提で話す。
でも、思い出した。神が自分たちの嘘を見抜けることに。
「うん、よろしくね。テランセア君。た・だ・し、ボクのベル君には手を出さないことっ、いいね?」
だが、この嘘は見抜かれることは無かった。
いや、そもそも嘘では無いのだろうか。
一応この状態ではテランセアという名前を使っているから、それが本名となっているのだろうか。
まぁ、そのあたりはどうでも良いだろう。
「ええ、私には愛して止まない人がいますから、安心していただいて結構ですよ」
会話を繋ぐために、言い放った言葉。
『――――――』
だが、その言葉の返答は返ってこない。
潔く言い放ったことに対してなのか、押し黙る一同。
一人はその堂々さに感心し、一人はただ唖然とし、一人は俯き長い髪で顔を隠している。
「どうかしました?」
「い、いや、何でもないさ。そんなことより! ベル君はテランセア君とヴァレン
何故かはぐらかされ、話題が別方向へと変わってしまう。
上目づかいで指を指しながら聞いてきたヘスティアに、若干後ろに下がってしまうベル。
「い、いやぁ……それは、その……何と言えばいいのか……」
「あの……私が戦い方を教えています」
誤魔化しが効く表現を探しているのか、言葉に迷っているベルを、支援するように事実を述べるアイズ。だが、それは逆効果だと言うことを、彼女は気付いていない。
「ふーん、そうかい。ヴァレン何某の言い分は分かったけど、テランセア君は?」
「私はいろいろ複雑な事情が絡み合っているのですよ」
「というと?」
「さぁ、言うと思います? でもまぁ、ベルにも分かるように言うならば、シオン・クラネルが関わっていますよ」
『⁉』
テランセアがそういうと、ベルとヘスティアは驚きと疑念の混じった顔で固まった。それにちょっと笑みがこぼれそうになるが、ギリギリ耐える。
今、シオン・クラネルと言う人物は行方不明という状態になっている。恐らく心配しているである二人は、テランセアがそれに関わっているとなれば、無理にでも情報を引き出そうと簡単には離れられなくなる。
ヘスティアとベルがそこまで考えているかは知りようがないが。
「……そのあたりこそ、話してもらいたいんだけど、いいかい」
引き締め、強張った表情でヘスティアは問うてきた。
「何故、シオン・クラネルという人物が行方を晦ましたのか、と言うことですか?」
「ああ、そこさ」
「端的に言えば、会える状況ではない、というのが理由です」
姿性別共に大きく変わっているのだ、シオン・クラネルの姿で会うことは叶わない。
この姿に文句を言う気は殊更無い。逆に感謝したいくらいだが、戻りたくない訳では無いのだ。できれば、何度でも替われる状態が望ましい。
だが、今現在その方法は不明である。仕方のないことなのだ。
「それと、シオン・クラネルに代わって言いますが、心配せず、気にしないで、と思っています。変に心配しても精神が削れるだけで良いことはありませんよ?」
心配されて悪い気はしないが、意味の無いことをやり続けているのはどうも見過ごせない。
「……一つ聞かせてくれ、シオン君は何事も無く無事なのかい?」
「何とも言い難いですね。ですが、余裕な表情で生きてますよ」
「そうかい……ならいいさ」
ヘスティアが閉まっていた表情を緩めると、隣で顔を緊張させていたベルも、その顔を緩めた。
「でも、ちょっと気になるね。ベル君、今日はついて行ってもいいかい?」
「え⁉ いや、でも……」
ヘスティアいきなりすぎる提案に、戸惑ってしまい、判断を仰ごうと思ったのかこちらを向いて来るベル。あえてそれを見つめ返して、黒い笑みを浮かべたつもりだったが、顔を赤らめ目を逸らされただけだった。
「純粋ですね」
「セアが可愛いからしょうがない」
その様子を見て、率直な感想を述べる二人。
本当はもう少し別の反応を見せてほしかったのだが、これも悪くはないので良しとしよう。
「で、どうしますか、アイズ」
「……巻き込まれないかな?」
「私が守りますよ。アイズがベルに与える加減した攻撃くらいなら問題ありません」
「じゃあ、大丈夫だね」
仕事が増えたみたいで、何かと面倒かもしれないが、まぁ、別にいいだろう。
「ですが、神ヘスティア。バイトは大丈夫なのですか?」
「大丈夫さっ! 今話を付けて来るから!」
とたとたと表通りへ出ていくヘスティア。だが、その後に聞こえたのは、容赦のない罵声であった。
「神相手に、よくもまぁ……」
そう呟いた少女がいたが、それは更なる罵声でかき消された。
* * *
カタカタカタッ、カタカタカタッ。その音が何度も繰り返される。
トントントントン。その音も間隔を狭めながら繰り返される。
部屋の灯りは仄かにしか光らず、光源の大部分は大窓から差し込む日光だった。
その日光も、日が沈みかけている今は殆ど射し込まず、部屋は薄暗い。
「……何かしらね、これは。嫉妬かしら」
だが、その中でも目に見えない光を放ち、薄暗い部屋でもはっきりとわかる
「何かしらあの銀髪は、私より綺麗気がするのだけれど」
「フレイヤ様、そんなことはございません。フレイヤ様こそがこの世の美、それより美しいものなどある訳が無いのです」
「ありがとう、アレン」
心から掛けられた全肯定の誉め言葉も、感情が高ぶっているフレイヤには全く気に掛けられない。
「それに、何であの子の魂も見えないのかしら。益々気に入らないわ」
「お望みとあらば、排除致しますが。どうなされますか」
「そうね……あの子とは知り合いのようだし、邪魔になりそうね。とりあえず、警告はして来て頂戴。消しても構わないわ。ついでに、あの子の邪魔をしているものにも警告をして来なさい」
「御意」
忠実な従者は、命令を受けると迷うことなく行動する。
音も無く青年が消えた部屋では、一人残ったフレイヤが、ただひたすらにイラついていた。
「魂が見えないのは、シオンだけで十分なのにっ」
女神の目は、実は節穴な可能性が浮上したかもしれない。