やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 さて、そろそろ無計画さが深刻になって来ました!

では、どうぞ


日常、それは後日談

 

「あれ、セア? 今日三度目ね、どうしたのって聞くのは可笑しいかしら」

 

「はは、無理もないですよ。普通に可笑しい状況ですから」

 

 ここまで来るのに、シオンは遮断(シャットアウト)の指輪を付けて、音と衝撃を殺し、アイズの気配も紛らわせながら走るという、頂上的な神経と技術を必要とすることを続けていた。

 何故か、と聞かれれば、アイズの名誉のためと答える。 

 アイズは今も尚シオンの背中で熟睡していた。その寝顔を誰にも見せたくないと言うシオンの独占欲が働いていたが、ここはどうしようも無いため、指輪を外して気配も普通に露わにしている。

 

「アキさん、アイズを自室まで運んであげて頂けませんか?」

 

「ごめんね、それはできない。ここを見張ってないといけないから」

 

「……どうしましょう」

 

 シオンがアイズを寝させた状態で運んできたのは、正門にいるアキに、アイズの自室まで運んでもらえるだろうと思っていたからである。

 シオンが黄昏の館に入ることはできないし、入れたとしてもシオンはアイズの自室の場所を知らない。

 更に言うと、自分の正体がバレるのが怖い。

 

「運べばいいんじゃない?」

 

「そもそも入れないでしょう」

 

「団長に許可もらってきましょうか?」

 

「ここから離れられないのではなかったですか」

 

「すぐそこに居るから大丈夫よ。じゃあ、行ってくるから、ここで待っててね」

 

 アキは、その返事を聞かずにそそくさと行ってしまう。

 どうすればいいのかわからないシオンは、言われた通りに待つことにした。

 

 

   * * *

 

「で、君がテランセアさんかい?」

 

「ええ、そうですよそうですとも。そうなのですが……どうしてこうなった……」

 

 シオンは今、かなり不味い状況に遭遇していた。

 正門で少し待っていると、アキが戻って来て、許可をもらえたと言う旨を伝えた。 

 多少疑問は残るものの、条件付きと言うことで納得したシオン。その条件とやらに従うために黄昏の館の中庭に向かったのだが、そこに待ち受けていたのが、今現在会ってはいけない人たち。

 例のドロップアイテムが置かれた中庭の中央に立つように促されて、それに従うと、やはりと言うべきか、即座に周囲を囲まれた。

 周囲には【ロキ・ファミリア】幹部と準幹部、シオンと見知った顔ぶれがそろっており、正面から時計回りに、

 フィン、ガレス、レフィーヤ、ベート、ラウル、アリシア、リヴェリア、リーネ、ティオナ、ティオネ

 と囲んでいる。

 正直突破できなくはないが、意味も無いことをする必要はない。これ以上不味い状況になったら流石に手段として選ぶかもしれないが。

 

「あの大きなもの……ドロップアイテムらしいね、何のモンスターだい?」

 

 フィンは、中にはの端に横たわっている例のドロップアイテムを指示しながら聞いた。それに渋い顔をしてしまうシオン。

 

「人型モンスターです」

 

「何回層だい」

 

「約十二階層です」

 

「十二階層にこれほどのドロップアイテムを落とすモンスターはいない。本当は何階層だい?」

 

「………」

 

 つい目を逸らしてしまうシオン。

 全て真実を述べているのだ。だが、信じられないのも仕方ない。

 そもそも、説明しようがないのだ。あそこ本当のことを言うと階層自体が不明であり、無理やりに定めたのと等しいのだ。

 それに、本当のことと言われても、シオンはそれを答える気など毛頭ない。

 

「何か疚しいことでもあるのかな?」

 

「はい、疚しいことしかありません」

 

「開き直っちゃった⁉」

 

 こういうことは、本当のことは堂々と言い、隠したいことはとことん黙秘すればいいのだ。

 

「じゃあ、話を変えようか。テランセアさん、君のLvはいくつだい」

 

「…………Lv.5です」

 

 答えるのが難しい質問を上手く投げかけるフィンにシオンは多少の苛立ちを覚えるも、それを隠して推定Lvを言う。

 実際、【ステイタス】的観点からして、シオンはLv.5前後である。

 

「団長、()()()嘘吐きました。断言できます」

 

「人をいきなりこいつ呼ばわりですか……一応初対面だと思いますが」

 

 と言いながらも、シオンは会ってもいない相手をアイツ呼ばわりしたことがある。

 

「団長が聞いてるのに嘘を吐く輩なんて、こいつで十分よ」

 

「まぁまぁ、落ち着きなってティオネ」

 

 怒気を孕んだ言葉を吐くティオネをなだめるティオナ。

 口を挟むと面倒そうなので、シオンはもうその二人を放っておくことにした。

 

「あの、早くアイズを自室に運んであげたいのですが」

 

 そして、面倒事を早く切り抜けるために、意見を申し上げる。

 

「あぁ、そっちについても聞きたかったんだ。君、アイズとはどんな関係だい?」

 

「人の友好関係に口出ししてはいけませんよ。忠告はともかく探るような真似は特に」

 

「やっぱり疚しいことがあるのかい?」

 

「ええ、それはもう。バレたら生活が辛くなるレベルには」

 

 主に風評被害的な面で。

 

「……仕方ない。じゃあ最後にしようか。君は何所のファミリアだい?」

 

「ふふ、秘密です」

 

「団長、こいつ殺しても良いですか」

 

「抑えろティオナ。本当にバレたらいけないことだらけなんだろう」

 

「話は終わりですね。では、私はアイズを運ぶので、自室の場所を教えて頂けますか」

 

 意外とあっけなく終わり、内心安堵の溜め息を吐くシオン。強硬手段に出る必要な無くなったらしい。

 

「私が案内しよう。なに、その間に疚しいこととやらでも聞き出してやるさ」

 

「できるものならどうぞご自由に」

 

 冗談とわかっていることを軽口で返し、リヴェリアの後について行くシオン。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 中庭からあと数歩で抜け出せるという時、背後から盛大な叫び声が響いた。

 何かと思いその方向を向く一同。

 皆が向く方向では、一人のエルフ、レフィーヤが指を指して固まっていた。

 

「どうしたの、いきなり大声なんか出して」

 

「あの人、あの人です! ようやく違和感が無くなりました!」

 

 指が示す方向は、他ならぬ銀髪の少女、シオンであった。

 そのシオンは、レフィーヤが叫んだ内容で、猛烈な『嫌な予感』を感じ取っていた。

 

「ベートさん! あの刀の携え方!」

 

「あぁ? 何言って……ハァァァッ⁉」

 

 更にベートまでもが叫びながら指を指し、シオンはその嫌な予感を確信へと変えた。

 

「ねぇねぇ、あの人って誰なの?」

 

「あの忌まわしきシオン・クラネルですよ!」

 

 その死刑宣告が聞こえると共に、シオンは背後に在る扉を勢いよく開け放ち、走りながら指輪を嵌めた。

 階段を駆け上がり、人の気配のない一室を見つけると、そこに飛び込み、壊れてしまった鍵を放っておいて陰へと潜む。

 アイズの気配を自分の気配を利用して周囲と同化させ、背から降ろして壁に寄り掛からせる。

 近くにあったモーフを掛け、アイズのポーチから羽ペンと羊皮紙を取り出す。

 魔道具(マジック・アイテム)である羽ペンは、血をインクの代用として使うことが可能だ。

 指から少し血を出して、羽ペンの先に浸けると、羊皮紙に共通語(コイネー)で文を綴る。

 羽ペンはアイズのポーチへと戻し、羊皮紙はモーフの上へ。

 急いで部屋の窓の鍵を開け、すぐさま飛び降りる。

 三階ほどの高さだが、手をつかず、音も無く飛び降りる。

 

「またこの逃げ方ですか……」

 

 昨日のことがフラッシュバックするが、それを振り払って逃げのを選択する。

 黄昏の館を囲っている壁を越えずに、あえて正面から逃げた。

 

 まぁ、アキさんに一応挨拶をしておくべきだと思ったからだが。

 

「はぁ……どうしてこうなった……」 

 

 分かり切ったことを呟き、シオンは風となって消えた。

 

 

   * * *

 

 今まで肌に感じていた温もりが、遠ざかって行く気がした。

 自然と上がった目が下がりそうになり、それを気力で保つ。

 視界がぼやけていたが、焦点が合ってはっきりとする。

 

「?」

 

 そして、少女の頭をまず疑問で支配した。

 少女は今まで緑豊かで、自然的な場所にいたはずなのだ。それが、今自分がいるのは茜色の光が射し込む質素な部屋。

 そこは、少女の自室であった。

   

「シオン?」

 

 と、一緒に居たはずの少年(少女)の名を呼ぶ。だが、それに応える声は無い。

 

「運んで……くれたのかな」

 

 だが、少女は取り乱すことは無かった。

 自分の左手に嵌めてある指輪をそっと触れ、落ち着きを保つ。

 掛けられていたモーフを剥いで、立ち上がると、紙が落ちる音がした。

 その紙を拾うと、文字が書いてあることに気づいた。

 

『ごめんなさい、不味い状況になりました。ちょっと逃げさせていただきますので、できれば沈めておいてください。無理ならやらなくても構いません。また明日、お会いしましょう』

 

 その紙には、整った文字でそう綴られていた。

 内容に疑問を覚えつつ、その紙を折りたたんでポーチへと仕舞う。

 彼女はフィンに帰還を報告しようと部屋の外へ出ると、どこか慌ただしいことに気づいた。

 

「ア、アイズさん⁉」

 

 と、そこに丁度よくエルフの少女がやって来た。

 

「レフィーヤ、どうかしたの?」

 

「は、はい! 今ファミリア総出でシオン・クラネルを捜索しています!」

 

 びくっ、とアイズの肩が跳ねた。

 ここで理解する、不味いことの意味を。

 

「ど、どうして?」

 

「団長が聞きたいことが増えたと言ってましたっ、それ以外にもいろいろありますけどっ!」

 

 何故か怒気の孕まれた声音でそう言うレフィーヤ。

 確定した、そして完全に悪いことをした。

 

 明日謝ろう。アイズがそう決意した瞬間だった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「やぁアイズ、僕の言いたいこと、分かるかい?」

 

「……分かりません」

 

「アイズ……お前は立場上他のファミリアの人間と過度に関われないのだぞ……」

 

「過度じゃない、適度です」

 

「アイズが、言い訳を、した……だと……」

 

「リヴェリア、アイズだって言い訳くらいするさ。でもアイズ、本当に適度かい?」

 

「……ちょっと少ない、かも」

 

「逆なんだね……」

 

  

   * * * 

 

 シオンは珍しく、目覚ましで起きた。

 その目覚ましは、小鳥のさえずりでも、風の吹く音でも、煩い叫び声でもなく、ビリッ、と体に電気の走る感覚だ。 

 立ち上がって体を伸ばし、ベットの上に置いてある服に着替える。

 

 真紅色のシャツに、昨日購入した女性用(レディース)である上下共に漆黒の戦闘衣(バトル・クロス)を着る。

 そして、これまた昨日購入した漆黒の長布で、自身の銀の長髪を布がリボンの形になるように後頭部の高い位置で結んで纏める。確か『ポニーテール』という留め方だ。

 今日は指輪の代わりに反射(リフレクション)腕輪を付け、右手にはやはり漆黒の手袋。

 やけに黒が多いが、別段問題は無い。

 刀も携え、準備完了である。

 

 用意を終え、『よしっ』と声を出すと、コンコンコンッ、と三度部屋の戸が叩かれた。

  

「シオン」

 

「入っていいですよ」

 

 シオンは別に声を掛けられなくても入って来てくれてよかったのだが、そこは礼儀と言うものだろう。

 部屋の中に入ったアイズは、戸を閉めるとシオンを見つめ、硬直した。

 

「……シオンがまた可愛くなってる」

 

「そうですか? 今はそう言われて嬉しいですが、男に戻った時に言わないでくださいね。心にきます」

 

 今は、自分が可愛いと言うことについて自画自賛となるが理解している。特にこの銀髪はそうだろう、昨日行った店の女性店員に羨ましがられた。だから、別に可愛いと言われて悪い気はしない。

 だが、男の時は可愛いと言われるのは正直嬉しくない。そもそも、見た目が男の娘だからといって可愛いカワイイと言う人たちは、言われる人の精神状態を理解してないのだ。

 

 あれ、結構辛いんだよ?

 

「あ、シオン。昨日は……ごめんなさい」

 

「バレたことを言ってるのですか? なら良いですよ。あれは防げなかった私が悪いですし」

 

 まさか、レフィーヤにばれることはシオンも予想していなかったが。

 

「ありがとう。それと……」

 

「……嫌な予感がしますが、何ですか?」

 

「さわって、いい?」

 

 やはり、と言うべきだろうか。目が完全に狙っていた。

 とりあえず、携えていた刀を外し、深呼吸をして心の(楽しむ)準備をする。

 

「……ほどほどに」

 

「ありがとう」

 

 その後は、昨日ほどではないにしろ、凄いことになった。

 まぁシオンからしてみれば、感触を楽しめたので良しとしている。

 

 それは三十分程続いたのだった。

 

  

   * * *

 

 乱れた服や髪留めを整え、アイズと共に火照る体を冷やしに市壁上へと出ると、そこには一人の白兎がちょこんと座り込んでいた。 

 

「あ、おはようございます。アイズさんと……」

 

 二人を見つけ、挨拶をする白兎。だが、銀髪の少女をなんと呼べばいいのか分からず、少女を見つめていた。

 

「テランセア、呼び方は自由で良いですよ」

 

「え?」

 

 銀髪の少女はそれに気づき、自身の名を名乗った。それに疑問を覚える少女を差し置いて。

 

「わかりました、テランセアさん」

 

「さて、アイズは今日()()と一日特訓ですよね」

 

「……あの、僕、名乗りました?」

 

 そこで、自分の失態に気づく。

 銀髪の少女ことテランセアは、ベルと一度会っているが、名乗り合ってはいないのだ。

 だが、シオンはベルと知り合っている。だから単純なミスを犯してしまったのだ。

 というより、癖に近いものである。

 

「……アイズから聞いていたのですよ」

 

 そのため、普通にあり得ることを理由とするしかない。普通はこれだけで疑われるだろうが。

 

「あ、そうだったんですか」

 

 何も疑われること無く、内心安堵する。ベルが人を疑えない人間だということが、この時は幸運だった。

 

「で、では、今日私は失礼しますね」

 

 この場に留まってはいろいろ不味いと踏んだシオンは、早々に退散しようとしたが、後ろを向いた瞬間に手を掴まれた。

 

「待って、シオ……テランセア。ベルの特訓を、手伝ってほしい」

 

「それは……」

 

 と、続きを述べようととしたが、ベルに聞かれては不味いので、耳元で囁く。

 

「私はベルに一応正体を隠しています。最悪、バレるかもしれないので、あまり留まりたくは無いのですが……」

 

「ダメ?」

 

「それは卑怯です……」

 

 渋るシオンに、アイズは上目使いでお願いしてきた。それにやはり弱るシオン。

 

「……居るだけですよ?」

 

「うん、いいよ」

 

 妥協点を提案したら、普通に通ったことにちょっと驚くテランセア。

 手伝ってと言ったのに、居るだけで良いとは中々可笑しい気がするが、別にそこの辺りは気にする必要はない。 

「あの、テランセアさんも、冒険者なんですか?」

 

 と、蚊帳の外にいたベルが、遠慮がちに聞いて来た。

 相変わらず、見ず知らずの人から一歩引いてしてしまう性格は治っていない。

 

「うん、そうだよ。とっても強い」

 

「実力があることはある程度自負してますが、今日は闘いませんよ。……あの、アイズ。少し鍛錬して来るくらいは良いですよね。二時間ほどで終わりますから」

 

 テランセアことシオンとて、一日でも刀を振らない日があれば、その力は格段に落ちてしまう。感覚と言うのはそれほど定まらないものなのだ。

 

「…………」

 

 だが、その返答なのか、所謂ジト目を向けるアイズ。  

 自分で提案したことと矛盾していることを理解しながら言っているため、それには苦笑しか返せないが、此処ばかりは譲れない。

 

「……わかった。でも、すぐ戻って来てね」

 

「ハイ、スグモドッテキマスヨ、タブン……」

 

 正直に言ってしまおう、シオン・クラネルという人物は、一つのことに集中してしまうと、それが終わるまで他が見えなくなる。

 そのため、すぐに戻ってこれる自身が無く、片言になってしまう。

 方向を一気に変え、逃げるように北側の市壁へと向かう。

 

「……今日はいろいろな意味で疲れそうですね」

 

 大きく溜め息を吐いてしまうシオン。その溜め息には、幸福感や疲労感など、様々なものが現れていた。 

 

『その倍楽しめると思うわよ。泣き顔見られちゃったシオ……テランセアちゃん』

 

『おい、殴られたいのですか? 今すぐにでも心の中に入ってその綺麗な頬に痣を作ってあげてもいいのですよ』

 

『やれるものならやってみなさい。この心は私の住処(すみか)よ、誰を入れるか決めるのも私なのだから』

 

『人の心を私物化しないでください……』

 

 話しかけてきたアリアに対して、呆れたようにまた溜め息を吐くシオン。饒舌になったアリアが、今度は生意気になりそうで、ちょっと怖い。 

 

「さて、なるべく早く終わらせますか」

 

『頑張りなさい、テランセアちゃん。ふふっ』

 

「あぁ、イラつく」

 

 そのイラつきをぶつけるように、抜き放った刀は、風を薙いだ。

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「ベル、あっちで何してるか、わかる?」

 

「……ただ移動しているだけにしか、見えないんですが……あれって鍛錬何ですか?」

 

「あれ、刀を振ってるんだよ」

 

「な……本当なんですか?」

 

「うん」

 

「へー、シオンみたいだなー」

 

「本当にシオンなのに……」

 

 

 

 

 




 
因みに、テランセアって言うのは、『変身』って花言葉も持つ花ね。
結構綺麗だよ?

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