やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 情報纏め回でも設けたほうがいいのかな……

では、どうぞ


不運、それは幸運

 

 瞼が上がる。だがゆっくりと下がり、また閉じてしまう。

 そしてまた上がる、今度は一瞬で下がり、その動きを何度も繰り返す。

 視界の焦点が合い、はっきりとするが、灯りが無いのか周りは暗い。

 背中の感触が気持ち悪い。触り心地からしてベットだろうか。

 何故か動かしにくい体を起こし、ベットから降りて、体を伸ばす。

 今は大体夜の十時くらいだろうか。五時間は気絶していたことになる。

 服の感触は変わらない、そのまま寝させられたのだろう。

 ベットを整えながら、少し周りを見てみる。

 規則正しく並べられた物、簡素なベット、端に置かれたティーセット。

 この部屋には見覚えがある、多分アミッドさんの部屋だ。

 ぶっ倒れた私を運んでくれたのだろう、元凶はそのアミッドさんなのだが。

 ベットの横に寄りかからせてあった『一閃』を腰に戻し、部屋から出ようとノブに手を掛けると。

 

『待ちなさい、シオン』

 

 と、静止の呼びかけをされた。

 

『どうかしましたか?』

 

()()、今の状態に気づいてないの?』

 

『はい?』

 

『……窓を見てみなさい』

 

 状況が理解できず、言われるがままに従う。

 夜の外が見える窓を見ると、そこにはうっすらと()が映った。

 

『……何となーく理解できました』

 

 そこに映ったのは、彼では無く、()()であった。

 それは、自分と似ているようで似ていない姿。

 髪が白と金の二色から、銀の一色へ変わっており、右眼の色が緑から金色へ変わっていた。胸部は大きすぎず小さすぎない膨らみを保有しており、下半身を探ってみるも、やはり無い。

 色々変わってしまったが、念のために眼帯を外してみると、そこには金の眼があったため一安心。

 

「あーあー」

 

『何をしているの?』

 

『声の確認です。予想通り変わってました』

 

 声はやはり女声となり、吸血鬼化の時とはちょっと違った声だった。

 

『また性転換ですか』

 

『もう慣れたものかしら?』

 

『慣れてはいけないのでしょうけどね。原因はあの薬、性欲は感じないので効果自体が異なったものだったのでしょう。性転換をさせる薬とは、恐ろしい物です』

 

『そうね。でも、どうやって戻るのかしら?』

 

 そこが問題なのである。 

 吸血鬼化時の性転換は、体からある程度の呪いを抜き、納刀すれば戻れたのだが、今回は戻り方が不明である。もう一度同じ薬を飲むと言う手もあるが、先のアミッドさんの様子から、あの一本しか性転換の薬は無かったのではないかと思われる。同じものがある可能性も無くはないが、部屋を見渡す限り同じ薬は見られ無い。

 

『薬の効果が切れたら戻れることを願いましょうか』 

 

『切れなかったらどうするの?』

 

『最高一週間待ちます。それでもだめだったらいろいろ試し始めましょうか』

 

『でも、それって大丈夫なの?』

 

『何がですか?』

 

『明日』

 

 一瞬何かが引っかかった。だがそれは消えていきそうになる。 

 それを掴むように記憶を漁ると、すぐに出てきた。

 

『マジでどうしましょうか……』

 

 明日はアイズとの鍛錬がある。この状態で会っても、『誰?』と言われかねない。

 

『それは大丈夫よ。反応があるでしょう?』

 

『だから考えを読まないでください』

 

 だが、それなら身元確認は大丈夫だ。

 

『っと、なら鍛錬に必要な装備はどうしましょうか……ホームの金庫に入れっぱなしですし』

 

『取ってこればいいじゃない。気配を紛らわせれば何とかなるでしょう?』 

 

『そうできるといいのですが、ちょっと気配が違っている所為で、少し慣れないと気配を紛らわすことが難しいのですよ』

 

 吸血鬼のときは、気配が全く違うものでも、あっちの世界で何度も戦って、自分の気配に慣れていたからできたことだ。今の気配は前の気配に近いから、少し時間を要せば慣れるだろう。

 

『流石にもう帰りますか。人の部屋にずっと居るのはちょっと気が引けます』

 

『外にいる女の子には何も言わなくていいの?』

 

『アミッドさんにこの姿を見られたら、多分失神されますよ。自分の薬で人を倒れさせてしまった上に、効果が全く違うものだったなんて知ったら、ね』

 

『気遣いはいいことよ、でも、その本人が消えたとなればどうなるかしら?』

 

 普通ならそれを、逃げたや消えた、と思うのだろう。だが、気配の状態と、外から微かに聞こえるすすり声から考えて、『死んだ』と思いかねない。アミッドさんの医者としてのプライドはズタズタだろう。

 

『置手紙でもしたためましょうか』

 

『人の部屋の物を勝手に使うのは褒められた手段では無いのでしょうけどね』

 

『以前も同じことしましたけどね』

 

 置かれているものの中から、羊皮紙と羽ペンとインキを取り(盗り)、『また今度お会いしましょう。できれば、その時までに同じ薬を作っておいてくださいね』と記しておく。

 その手紙をテーブルの上へ置き、その手紙を記したと分かるように、神聖文字(ヒエログリフ)共通語(コイネー)で名前を書き加えておく。

 

「これでいいでしょうかね」

 

『最後に気障(キザ)なセリフでも書いておいたら?』

 

『私にそんなセンスを求めないでください』

 

『そう? 指輪の内側に書いていたあのセリフは中々気障だと思うわよ?』

 

『酷いですね。私はあれを気障とは思ってません』

 

『あらそう』

 

 そもそも、気障なセリフを大好きな相手に残すほどの勇気がシオンにはない。

 

『じゃあ、私の言ったことを書いておきなさい』

 

『変なことで無いのなら』

 

『変ではないわよ』

 

 その後に続き、変ではないがギリギリ気障臭いセリフを言われ、一応書いておく。神聖文字(ヒエログリフ)でだが。

 

『ギリギリセーフだから何も言えません……』

 

『えっへん』

 

『子供らしくて可愛いいですね』

 

『褒めても風しか出ないわよ?』

 

『風でも出るなら十分です』

 

 インクの付いた羽ペンを置き、インキの蓋を閉めて、窓の鍵を開ける。

 ぴょんと跳んで外へ出ると、すぐに窓を閉める。

 

『月下の剣みたいね』

 

『英雄譚の話はいいでしょう、それに私が恋をしているのは、アミッドさんでは無くアイズです』

 

『酷いこと言うのね』

 

『現実です、それに私が主人公だとしても、得物は大剣ではありませんよ』

 

『ヒロインが使っていたのは刀よ?』

 

『私は女では……今はそうなのでした』

 

 そういえば、ヒロインの彼女も銀髪だった。意外とあっているのかもしれない。

 

「今日、何処で寝ましょうか……」

 

『北西部の市壁内部に住むには十分な場所があるわ。貴女が上っていた階段の途中、少し奥へ行ったところよ』

 

『朝の鍛錬もそこで行いますし、丁度良いですね。装備取って向かいますか』

 

 月下で屋根の上を踊る(シオン)は、月明かりに照らされながら、優雅に街を跳び回った。

 

 

  * * *

 

 バタンッ、と部屋の中から音した。

 顔を歪ませ、目元が腫れ、台無しとなっている端麗な顔を、彼女は勢いよく上げた。

 ゆったりと立ち上がり、おそるおそるノブに手を掛ける。

 少し空いた隙間から覗いてみても、光が少し射すだけで、部屋の全貌、ベットまで見えない。

 恐怖心が残る、でも確認しなければと言う感情が勝った。

 決心し、ドアを完全に開き、自室に入る。魔石灯を灯し、部屋の照らし出した。

 真っ先に()を寝かせておいたベットを確認する。

 

「ぇ……」

 

 だが、そこは綺麗に整えられていているベットしかない。誰も寝てなどいなかった。

 

「嘘……うそ、いや……なんで……」

 

 彼女はそれを見ただけで、正常な判断ができなかった。

 

「なんでっ!」

 

 怒りに任せ、彼女は全力で拳を振り下ろした。

 その拳は近くにあったテーブルを破壊し、上に置いてあった物を、音を立て散らかす。

 

「!」

 

 彼女の脳が、一瞬冷静になった。彼女はテーブルの上に何もおいていなかったのだ。

 不審に思い、音のした方向を見ると、インキが転がっていた。ガラス製では無かったから割れなかったのだろう。

 そして、その近くには、先端にインクの付いた羽ペンと、一枚の羊皮紙。

 それらを拾い上げ、律儀に元あった場所へ戻そうとして、気づく、

 

「なに、これ……」

 

 羊皮紙に文字が書いてあったことに。

 

「『また今度……お会いしましょう。できれば、その時までに……同じ薬を……作っておいて、くださいね』」

 

 判断が追い付かない思考状態で、彼女は書かれていたことを読み上げた。

 

「『シオン・クラネル』」  

 

 神聖文字(ヒエログリフ)共通語(コイネー)で記されていたその名前も。

 

「いき、てる……の?」

 

 思考が混乱する。オーバーヒートでもしてしまいそうなほどに。

 そして最後に書かれていた、神聖文字(ヒエログリフ)を読み上げた。

 

「『私は……死なないさ。君と言う……最高の、医者が……いるじゃないか』」

 

 彼女はその意味を理解する前に、雫を頬に滴らせた。

 枯れるほど流していたはずのそれは、今も尚流れ続ける。

 

 その日の晩。彼女は叫びは良く響いたそうだ。

 だが、その叫びに文句を言う人など唯の一人もいない。

 先程までのものと比べれば、それは微笑ましいものだったのだから。  

 

 

   * * *

    

  余談

 

『……アリア、今思い返したのですが、先程のあれ、告白ではないですか?』

 

『あら、それはどういうことかしら?』

 

『死なない、その理由が君と言う医者が居るから。つまり、医者がい無くなれば、私は死ぬ』

 

『確かに、そう解釈できるわね』

 

『ということは、医者と私は命を共にしている。こういう意味の言葉って、よくプロポーズとかで使われますよね』

 

『気づくのが遅いわよ』

 

『やっちまった……精霊に嵌められた』

 

『二股ね』

 

『私は悪くないんだぁぁっ!』

 

   * * * 

 

 ビリッ、と体に電気の走る感覚で目を覚ます。

 薄暗い部屋の端で壁に寄り掛かって寝ていたシオンは、淀みない動作で立ち上がり、両手を上げて体を伸ばした。

 

「いつも、こんな早くから来てたのですね」

 

 今の時間は、特訓が開始される時間より一時間は早い。

 冷たい夜風に晒されながら待っていたと考えると、申し訳なさが出てきてしまう。

 

「さっさと着替えますか」

 

 シオンがアイズに気づけたように、アイズもシオンに気づいているはずだ。そして、何故かアイズはシオンの居場所を反応があれば特定できる。

 今着ている服を脱いで、丁寧にたたむ。

 着替える服は、黒色のシャツに、白を基調として、ラインと刺繍が施されている伸縮性抜群の戦闘衣(バトル・クロス)。この服は、吸血鬼化時の体の変化にも耐えてくれた、かなり優秀な物だ。

 何故かある姿見で自身を見てみるが、不思議なことに、結構似合っている気がする。

 

 余談だが、彼は自分が来ている戦闘衣(バトル・クロス)女性用(レディース)であることに気づいていない。

 

『可笑しくないのがおかしいわね……』

 

『自分でもちょっと驚いているところです。でも、この銀髪は嫌ですね。何処ぞの色ボケ女神を連想させます』

 

『あら、フレイヤの事かしら。ダメよ、そんなことを言っては。あの神は執念深いのだから』

 

『おぉ、怖い怖い』

 

 自分がその執念深い神に興味を持たれていることを知っているシオンは、他人事でないため自身の身を案じてしまうのだ。大丈夫であることを解っていながら。

 

『アリア、アイズになんて説明すればいいと思います?』

 

『普通に、包み隠さず全部話すのはダメなの?』

 

『ダメでは無いですが……理由が不確定な状態での説明は良くないと思うので』

 

『なら、適当な理由を考えておきなさい。最悪、吸血鬼化の後遺症とでも言ってしまえばいいのよ。もう教えているでしょう? 吸血鬼になって性転換することは』

 

『教えてはいますが筋が通らないような……まぁ、一時回避には問題ありませんね』

 

 そう会話しながら、装備を整える。

 右手には漆黒の手袋、左手には薬指に遮断(シャット・アウト)の指輪。

 刀を一式帯び、レッグホルスターには包装された縦長の箱を入れる。 

 念のために、髪を手串ながらも()いておくが、その必要が無い程質感が滑らかで、柔らかかった。自分のものとは到底思えない。

 用意を終え、部屋から出て少し奥にある階段を上り、市壁の上へと向かって走る。

 冷える体を温めるくらいには丁度良い準備運動だ。  

 数秒の内に、まだ月光で照らされている市壁上部へと到達する。

 

「シオン」

 

 すると、到着と同時に名前を呼ばれた。金髪の少女が此方をはっきりとみて、だ。

 

「こんばんは、でしょうかね、アイズ」

 

「うん」

 

「……変に思わないのですか?」

 

「今のシオンに?」

 

「ええ」

 

 そもそも、今のシオンと元のシオンは八割ほど別人だ。そこに気づくの事態も容易ではないし、気づいたとしても、変と思うのは当たり前なのだ。

 

「大丈夫、カワイイから」

 

「そっちじゃないのですが……」

 

 アイズから褒められることに悪い気はしないが、褒められている内容の所為でちょっと複雑な気分となってしまう。

 そして、シオンが言う『変』とアイズが捉えた『変』は少し違った。

 シオンが言った『変』とは、『この状態がおかしいとは思わないのか』という意味の変で、アイズが捉えた『変』とは『外見や服装は大丈夫か』という意味での変だ。

 

「シオン、触っていい?」

 

「え、な、何を?」

 

 突然の謎の提案に戸惑うシオン。嫌な予感がして一歩程距離をとってしまう。

 

「シオンを」

 

「はい?」

 

 そして、その嫌な予感は的中した。どうなっているのか理解が及ばず、聞き返すが、

 

「ありがとう」  

 

 意味の解らないお礼の語が返って来て、同時にアイズが此方にに飛びついて来た。

 

「うおっと」

 

 それを反射的に避ける。飛びついて来たアイズが、着地と同時にまたもや飛びついて来た。

 その顔には『不服』という表情が浮かんでおり、シオンの疑問が増すばかり。

 

「なにをっ、しているのっ、ですかっ」

 

「なんで避けるの……」

 

 飛びつくアイズを何度も避け、その状態で現状の把握を図ろうとするものの、段々速度を増しながら、不満を隠さず飛びついて来るアイズを見て、思考が混乱してしまう。 

 

『止まったらいいじゃない』

 

『嫌な予感がするのでお断りします!』

 

 最近よく話しかけて来るアリアの提案を即お断りするものの、このままでは永遠に避け続ける破目になることはシオンも解っている。

 

『……酷い目には遭いませんよね……』

 

『逆に最高の状態になれるわよ』

 

 念の為に聞いてみたが、返答は予想と全く違うもの。

 アリアを信じ、今飛んできたアイズを避けて、止まる。

 

「ひゃぅっ」

 

 だが、アイズの方はいきなり急停止されたことに完全には対応できず、勢いを軽減はできたものの、衝突は免れ得なかった。

 可愛らしい悲鳴を出して、アイズはシオンへとぶつかり、シオンはその勢いを完全に殺すために、アイズを受け止めた状態で後方へと倒れ込んだ。

 

「あっ」

 

 そして気づく。今自分がかなりヤバイ体勢であることに。

 シオンがアイズの下敷きとなり、アイズが、シオンに体を任せているようにも見えなくはない体勢で倒れ込んでいる。

 そして、アイズの片手はシオンの胸元にあり、もう片方の手はシオンの顔の真横。

 

「床ドン?」

 

「どうしてそんな単語知っているのですか……」

 

 アイズが言った『床ドン』は、神々が地上に伝えた『胸キュン』というものの一種で、告白手段としても用いられることもあれば、『ラッキ―スケベ』ということも起こせるらしい。

 だが、今はそのらしいが本当になっている。立場も性別も間違っているが。

 

『こういうことですか……』

 

『半分正解、でもまだよ』

 

『は?』

 

 またもや意味不明なことを言うアリア。だがその意味がすぐに理解できた。

 

「もふもふ」

 

「ふにゃぁ!」

 

 思わず変な声を上げてしまう。アイズが体に巻き付き、色々なところを触り始めたのだ。

 

「ひゃぁ……ア、アイズ……ちょっと……まっ」

 

「きもちいぃ……」

 

「ふえぇ⁉」

 

 それは段々と激しくなり、変な声もまた出てしまう。

 更にアイズが変なことをいい、混乱状態が続くシオン。

 

『アリアぁ……たすけてぇ……』

 

『無理ね』

 

 その混乱は、無理と分かり切っていることに縋ってしまう程酷くなりつつある。

 

『アイズは昔から小動物が大好きなの』

 

『私って小動物ですか⁉』

 

『身長を除けば雰囲気含めて全部そうね』

 

『ふざけるなぁー!』

 

 と、心中で叫ぶが、実際今のシオンの外見は庇護欲をそそる小動物のようであり、本人以外はその印象を否定しないだろう。

 

「ひゃぅっ! ひゃぁ……」

 

「やわらかぁーいぃ」

 

 珍しく間延びした声を出し、これもいいな、一瞬思ってしまうが、新たに触られたことによってそんな思考は吹っ飛ぶ。

 

「も、もうむりぃ……ひゃっ!」

 

「まだだめ」

 

 市壁の上では、その光景が長い間、とにかく長い間続いたのであった。

 

 




 裏情報紹介コーナー!
 『月下の剣』
 英雄譚の一つに数えられるその物語は、『迷宮の神聖譚』にも記されており、詳細な内容を知っているのはベルはシオンなど数少ない人のみ。
 
――――――――――――

 詳細内容は書こうと思えば書けるけど……こっちの方がさらに疎かになりそうで、無理に近い。
 あ、興味本位でみたいという方が居られたら、一応書きます。居たら、ね……

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