やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 伏線回収したどー。

では、どうぞ



日常、それは気絶

 

 点々と浮かぶ雲が、空からの微量な明かりを隠し、火照った体を涼ませる夜風が吹く。

 市壁の上で、東の空を眺めて佇む影。その影が眺める方向からは、僅かな光が溢れ出し、次第にその片鱗を顕わにした。

 佇む影は、その明かりに踵を返し、西の方角へと向かって行く。

 

「あ、ありがとうございました……」

 

「うん、お疲れ様。凄く上手くなってる」

 

 影だった者は、その姿をくっきりと現し、会話をしている二人の元へと向かっていた。

 

「お疲れ様です。ベルはどうでしたか?」

 

「うん、凄いよ。もう少しまとまった時間があればもっとできるんだけど……」

 

 いくらアイズとて、頑張っても二時間という短時間では多少の事しか教えられない。だからこそこの提案なのだろう。

 

「い、いえっ! そんな! 悪いですって!」

 

「アイズがそう望んでいるのですから、受ければいいのですよ。どうせ、ベルは暇人でしょう?」

 

 と言うより、ベルだけでは無く、冒険者の大半は暇人だ。だから冒険者だとも言えなくはないが。

 

「そうだけど……その言い方なんかムカつく」

 

「じゃあ、何時にするの? 明後日?」

 

 睨みつけて来るベルを放っておいて、アイズが日付を提案してきた。

 

「妥当ですね。ですってベル、勿論大丈夫ですよね」

 

「そうだけど……本当にいいんですか? アイズさん」

 

「うん、大丈夫」

 

 ベルが大丈夫か、と問うことは、恐らく派閥間での関係や事情についてだ。だが、アイズが答えた大丈夫は、別の意味について言っている気がする。微妙に噛み合ってないのだ。

 

「さて、帰りましょうか。アイズ、明日はよろしくお願いします」

 

「うん、またね」

 

「さようなら、アイズさん」

 

 彼ら別れを告げ、市壁を去った。

 東の空から射す明かりは、街を段々と照らしていく。

 今日と言う日の始まりが、それで告げられているようだった。

 

「明日、楽しみだなぁ」

「明日が楽しみですね」 

  

 二人が呟いたその言葉は、お互いに届くこと無く風に運ばれ、消えていった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「…………」

 

「目が死んでますね」

 

「これ、本当に大丈夫なんだよね……」

 

「専門では無いので判りません。まぁ神ミアハならばなんとかしてくれるでしょう」 

 

「うん、ミアハ様なら大丈夫だよね」

 

 

   * * *

 

「おーい。ベルー、シオーン」

 

 中央広場(セントラル・パーク)、冒険者だけだは無く、様々な人が行き交うその場所で冒険者である彼らに声が掛けられた。

 抑揚の少ない、大きくも無い声。

 人だけでは無く、多くの声も飛び交うここでは、その声は小さすぎて、Lv.1の彼には聞き取れなかったようだ。

 だが、Lv.2でありながらも超人である彼には聞き取れた。  

 

「ベル、誰かに呼ばれてますよ?」

 

「え、うそ……ほんとだ」

 

 ベルもどうやら気づいたらしい。呼びかけてくる声が何度も続いていたからだ。

 

「どうします? 本来見送りだけで済ませるつもりでしたけど」

 

 超人ことシオンは、本来ここに来る予定が無かったのだ。

 先日言われた通り、一緒に行かないとダメ! とのことで、ベルを一人で行かせようとすると止められるので、途中であるバベルまで同行して、ヘスティアを騙す魂胆だ。

 

「うーん……話くらいは聞いておいた方がいいんじゃない?」

 

「ま、それくらいなら問題ありませんけど」

 

 向かう方向を変え、声を掛けてきた彼女の元へ。

 上衣の、左が半袖右が長袖という少し変わった格好をしている彼女は、胸の前で小さく手を振りながら、彼らを呼びかけていた。  

 

「えっと、おはようございます。ナァーザさん、どうしてここに?」

 

「うん、ちょっとね……」

 

 音を立てながらポケットを漁り始め、更に続ける。

 

「ベルかシオンを待ってたんだよ。ここにいれば、会えるかなって」

 

 そう言い終えると、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。

 

冒険者依頼(クエスト)。ちょっと頼まれてくれないかな……」

 

「ほほぅ、ギルドを介してではなく直接、ですか」

 

 普通、冒険者依頼(クエスト)はギルドが仲介役となり、その安全性と合法性が保証されて発注されるものだ。だが、それ以外の方法でも冒険者依頼(クエスト)は依頼可能である。

 今の様に、直接依頼するのがその方法の内の一つだ。

 だが、この方法の冒険者依頼(クエスト)は、受けることを推奨されない。

 態々ギルドを介さずに依頼すると言うことは、何かしらの裏があるからだ。

 危険性が高かったり、疚しいことがあったり、違法的な内容だったり。

 解りやすい例で言えば、あの黒衣の人物が依頼した冒険者依頼(クエスト)だろう。

 個人で依頼を行い、危険性は途轍もなく高く、情報規制が掛かることが普通に起きていた。

 と言う訳で、ギルドを介さない冒険者依頼(クエスト)は推奨されないのである。 

  

「で、その冒険者依頼(クエスト)の内容は?」

 

「『ブルー・パピリオの翅』を何枚か調達して欲しい……」

 

 ブルー・パピリオの翅と言えば、七階層に出現する『希少種(レアモンスター)』、ブルーパピリオのドロップアイテムである。

 遭遇率が他のモンスターと比べて低いモンスターの総称を『希少種(レアモンスター)』と言うが、ブルーパピリオはその中でも遭遇率が比較的高いため、簡単な方だろう。

 

「意外と簡単ですね」

 

「それはシオンだからでしょ……『希少種(レアモンスター)』だよ? 見つけるの大変じゃん」

 

食糧庫(パントリー)竪琴(キタラ)でも弾けばすぐ終わるでしょう」

 

「キタラ? 何それ」

 

「【万能者(ペルセウス)】作成の魔道具(マジック・アイテム)ですよ。値段はそれなりでしたが」

 

「買ったんだ……」

 

 まだ使ったことは無いが、あれは中々便利だと思う。

 狩りの効率も上げることができ、上手く使えば、モンスター同士を衝突させるという面白い遊びもできる。更にいえば、今回の用途のように、『希少種(レアモンスター)』を引き寄せることだって可能だ。

 

「で、どうします? ベルは受けるのですか? 私は受けませんけど」

 

「そこまで明確な案が出てるのに受けないんだ……」

 

「だって面倒ですし、今日は用事がありますし」

 

 何のためにシオンがアイズとの鍛錬を一日遅らせたと思っているのだ。

 それは下心満載の理由だ。鍛錬の後でデートでもしようと思っており、その計画(プラン)を立てるために今日中に下見でもしようかと思っていたのだ。

 

「うーん。僕一人じゃ難しいよね……でも受けた方が良いのかな……」

 

「報酬もきちんと出すから」

 

「……シオン、どれくらいの時間が掛かると思う?」

 

「私が行って先程提案した方法で行けば、帰って来るまで二時間かかりませんね」

 

 といっても、普通に行ってこの時間の為、本気を出せば一時間以内で終わらせられる。

 

「僕が行ったら?」

 

「往復路だけで六時間程、竪琴(キタラ)を使わないとなると、計半日以上はかかるのでは?」

 

 シオンとベルとでは【ステイタス】に天と地ほどの差がある。運動能力もそうだが、モンスターを倒す速度も段違い。つまり、圧倒的に必要時間が異なるのだ。

 

「……やっぱりシオンが行くのは」

 

「駄目です」

 

「うぅ……じゃ、じゃあ僕が代わりにシオンの用事を終わらせて」

 

「無理ですね。そもそも私の用事を知らないでしょう?」

 

「じゃあシオンの用事って何?」

 

「最適な場所を探す事です。例えば、美味しい料理が振る舞われる場所や、景色が綺麗な場所や、空気が澄んだ場所や、緑豊かで自然的な場所とか……」

 

 そこでふと、一つの場所が頭に浮かんだ。

 そこは十二階層最奥の更に奥。未開拓領域とされている場所に存在した、今あげた条件の殆どを達成している場所。

 シオンは以前アイズにその場所を教えると言った。

 道中で鍛錬も可能であり、それでいて最適な場所もある。

 

「条件クリア……」

 

「え?」

 

「用事が終わりました。案外あっけなかったです」

 

「じゃ、じゃあこの冒険者依頼(クエスト)は……」

 

「受けましょうか。報酬がケチられないことを期待して」

 

 本人に直接依頼する冒険者依頼(クエスト)では偶に報酬をケチったり、払わなかったりする輩がいるのだ。あの冒険者依頼(クエスト)ではいい意味でありえない報酬だったが、それは例外だ。

 

「では、ベルは普通にダンジョンへ潜っていていいですよ。後は私が終らせておきます」

 

「ありがと、って言うのもなんか変かな?」

 

「では、さっさと終わらせてきます。ナァーザさん、今日の夕方頃にお店の方へ伺わせていただきますので」

 

「うん、待ってるね」

 

 そう告げると、彼女は裏路地へと消えていった。

 

「ベル、今日は無理をなさらずに、運ぶ人がいませんから」

 

「うん、わかってる」

 

 一言ずつ交わし、シオンは風のように消えた。

 普通なら驚くだろうが、シオンの神業的所業に慣れているベルは、もう既手遅れな程の耐性がついている。

 驚くことのないベルは、ダンジョンへと再び足を進めた。

 

 

   * * *

 

 竪琴(キタラ)()が七階層で反響する。

 軽く、それでいて流れるように滑らかな音は、人間であっても引き寄せられそうな曲。

 付属の説明書に書かれていた、ブルー・パピリオを引き寄せる曲だ。  

 

「来ましたね」

 

 奏者である彼が、弾きながら呟く。  

 羽音の数からして、群れを引き寄せることが出来たようだ。

 そいつらが姿を現したところで、音を止ませる。

 

「気持ち悪っ」

 

 その感想と共に、ブルー・パピリオの翅だけ傷つけないように魔石を破壊する。

 ブルー・パピリオは個体として美しいとされているし、実際綺麗なのだが、それが二十や三十の大群となると、正直気持ち悪いのだ。

 ドロップアイテムが落ちて傷つかないように空中で掴まえ、持ってきていた袋に優しく放り込む。

 

「多いですね……」

 

 ドロップアイテムは十三枚の翅。『希少種(レアモンスター)』のドロップアイテムが一度にこれだけ採れるのは珍しい。

 考えてみれば、二十や三十の大群をなしていること自体が珍しい、というよりおかしい。

 

「偶々、なのでしょうね」

 

 だが、そんなことを気にしても意味が無い。ダンジョンは未知なのだ。常識は通用しない。

 

「さっさと帰りましょうか」

 

 そう言い残し、モンスターが一匹もいない食糧庫(パントリー)を後にした。

 

 

   * * *

 

 空が茜色に染まり、太陽が地平線へと消えようとしている頃。

 

「お邪魔します」

 

「お、お邪魔します……」

 

「邪魔するよ」

 

「ふにゃ~」

 

 変な声を出すリリと、それを右手で鷲掴みにして運ぶシオン。後ろから念のための同伴として付いて来るベルとヘスティアが、【ミアハ・ファミリア】ホームへと入店していた。

 

「あ、シオン。集め終わったの?」

 

「はい、十三枚集まりました」

 

「可笑しいでしょ……どうやったらそんなに集められんのさ」

 

「普通に?」

 

「うん、分かった。普通の方法じゃないんだね」

 

 もうお馴染みとなっている価値観の相違、何時になったら同じ普通を見つけられるのだろうか。

 

「シオン、その右手に掴んでる小人族(パルゥム)は?」

 

 リリとナァーザさんは今回初対面である。知らないのが普通だ。

 

「あぁ、精神異常患者です。神ミアハに治してもらいに来ました」

 

「そうなの? ミアハ様、シオンが呼んでる」

 

 カウンター近くに座っているナァーザが、店の奥側に向けてそう言うと、そこから落ち着いた足音がやって来た。

 

「久しいな、シオンよ」

 

「お久しぶりです、神ミアハ」

 

「先日渡した薬はどうであったか?」

 

「その件はありがとうございました。とてもよく効きましたよ」

 

 奥から出てきたミアハは、シオンから順に皆へ挨拶をして、二言三言交わす。

 

「シオンよ、それで、用件とはその少女か?」

 

「ま、そうですね。治せます?」

 

 そう聞くと、ミアハはリリの様子を見て、少し考える仕草を見せて答える。

 

「そうだな……こういうものならば、私よりはあの……」

 

「ふははははははははっ、邪魔するぞおおおおおおおぉー‼」

 

『⁉』

 

 だが、店のドアを蹴破る音と、呵々(かか)大笑の声で、ミアハの声が遮られる。

 店内にいた者は、一人を除いてその音に驚いた。  

 乱暴な入店を行ったのは、灰色がかった髪と(ひげ)を蓄えた初老の老人。その後ろには、控えている銀髪の美少女。

 

「シオン、適任がやって来たぞ」

 

「と言うと?」

 

「あそこに控えている【戦場の聖女(デア・セイント)】の方が適任だ」

 

 神ミアハが見ている先には、【戦場の聖女】ことアミッドさんが、呆れたような顔をしていた。

 確かに、アミッドさんは腕も本物の医者だ。これくらいなら簡単に治せるだろうが、一つ不思議なことが出来た。

 

「……適任と言うだけで、神ミアハ、貴方でもできますよね。何故そうしないのですか?」

 

 普通なら、利益を少しでも得るために、相手方を紹介したりはしない。

 

「なに、簡単なことだ。治るなら早い方が良いだろう?」

 

「……はは、そうでしたね」

 

 そう言えば、この()は本物の神格者であった。そして、ベルほどではないにしても、重度のお人好しだ。

 

「なら、そうさせていただきます」

 

「なにをこそこそ話しておる! もしや、また今月も払えんのかぁ⁉ 笑えるのぉ!」

 

「神ディアン・ケヒト。少し煩いので黙っていてください」

 

「なんだぁ⁉ 儂に命令するのかぁ⁉ おもしろ―――」

 

 ディアン・ケヒトがシオンを挑発しようとすると、後ろの控えていたアミッドが、鉄拳制裁を行った。

 

「な、何をするアミッド!」

 

「シオンに向かっての暴言等は見過ごせません」

 

「まぁまぁそんな怒らずに。アミッドさん、この精神異常患者をどうにかできますか?」

 

「できますが……そうですね、丁度良いです……」

 

「はい?」

 

 できるとの事ではあったが、何か嫌な気配を纏い始めたアミッドにたじろぐシオン。

 

「条件がります」

 

「ですよね~」

 

 もう解っているのだ。こういう雰囲気を纏う人は条件を出してくると。

 

「この薬を飲んでください」

 

「何ですか、これ」

 

 そう言って渡されたのは試験管。中身は、赤紫色をした粘性を持っている液体。

 

「シオンの為に作りました。これで性欲が戻せると思います」

 

『⁉』 

 

 その言葉に驚く一同、今回はシオンも入っていた。

 

「……別に性欲が無くてもいいのですが……」

 

「駄目です」

 

「どうして?」

 

「…………人間として、必要なものです」

 

「何ですか今の間は。ちょっと、目を逸らさないでください。あと、分かって言ってますよね、人間としてとか、分かって言ってますよね?」

 

 人間を辞めていることを彼女は既に知っている。それで言うとは、分かりやすく他意があると言っているようなものだ。

 

「兎に角、飲んでください。不味くはないはずです」

 

「…………私、耐異常を取得してないのですが」

 

「問題ありません。効果は少し弱めにしてあります」

 

「………」

 

 断る言い訳が完全に無くなてしまったシオン。強引に断って他に人にリリを任せる手段もあるし、リリを放っておく手段もあるのだが、無表情の中に不安が見え隠れしているアミッドを見て、それができるほどシオンは非情ではない。そして、放っておいたら後が怖いのだろう。

 

『アリア、アリア、聞こえますか』

 

 よって、自分の考えでは無く、第三者の意見に頼るのである。

 

『飲めばいいじゃない』

 

 と簡潔に返答される。勿論望んでいた答えではない。

 

『危険すぎません? 本当に性欲が戻って、淫獣と化したらどうすのですか。私の貞操はアイズにしか捧げませんよ?』

 

『精神力で何とかしなさい。それに、性欲が戻ったところで貴方にそれほどの性欲は無かったような気がするのだけれど』

 

『…………思い返してみればそうですね』

 

 あれは、約三年前のこと。昼間にランニングをしていた時に泉を通ったのだが、思春期を迎えたばかりくらいの少女たちが水浴びをしていたのだ。

 その時のシオンの反応は『無』。興味が無く踵を返して立ち去ってしまった。

 

「……いいでしょう、飲めば良いのですね」

 

「はい、お願いします」

 

 蓋を開け、何故か皆に見守られながら、一気に飲み干す。

 

「!」

 

 即効性なのだろうか、一気に異変が起きた。

 極度の眩暈。激しい頭痛。降りしきる雑音の嵐。辛さと甘さが気持ち悪いマッチングをした味。

 体が倒れていくのが分かった、反射的に足を前に出し、支えることはできたものの、それは一瞬。体から一気に力が抜け、地面にぶっ倒れる。

 

「また、か……」

 

 似たような症状を最近よく体験していた。明らかに気絶だ。

 それが解っている彼は、抗うのが面倒であるため、流れに任せて目を閉じた。

 

 

 


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