ベル君の扱いが酷くなるかもしれん……
では、どうぞ
「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」
「連射もできてますね。漸くスタートに立てましたよ」
「これでスタートなの⁉」
十二階層ルームに、炎雷と叫び声が今日も響いていた。
並行詠唱ならぬ並行発射をこなし、手以外からも問題なく撃てるようになって、漸くスタート位置。シオンがやろうとしていることは、そこからの発展なのだ。
「
「ぶはっ!」
今後の方針についても話そうとすると、何故かベルが口に含んでいた液体を噴き出し、咽せて苦しそうにしていた。
「どうかしましたか?」
「いや、どうもこうも、僕、まだ死にたくないんだけど」
「加減は心得ています。それに、私は攻撃を直接当てたりしませんから。あと、使うのは『黒龍』ですし、万が一にも当てることはありませんが、
その為に、今日シオンが装備しているのは『一閃』と『黒龍』の二刀に加え、
『一閃』を納刀状態で闘う手もあるが、尋常じゃない重さの『一閃』では、少し突くだけでもおぞましい威力になってしまう。最低骨折最悪死亡だ。
「……わかった。でも、闘うってどうやって? 普通に闘ったら死ぬ未来しか見えないんだけど」
「あぁ、ベルは魔法を一発でも良いですから私に
「攻撃するじゃん!」
「攻撃では無く指導です。あと、痛みは感じませんから。ちょっとした衝撃と違和感を味わうだけです」
非殺傷は相手に傷を負わすことも無ければ、痛みを感じさせることも無い。その代わりなのか物に対する切れ味はずば抜けているのだが。
「はい、さっさと掛かって来る。全然本気で良いですから」
「わかっ、った!」
返事と同時に漆黒の
「ほぃっ」
「……ッ!」
攻撃は流さず、威力をそのまま反転させて弾き返す。
ベルは手首を返してその攻撃をギリギリで向きを逸らし、反撃を仕掛けて来る。
速度を増してきた漆黒の
その反撃を、ギリギリで受け流していたが、次第に慣れてきたのか、受け流しが上手くなってきた。
攻防は完全にパターン化している。攻撃し、弾かれ、反撃され、受け流し、攻撃する。
流石にこのままでは意味が無いと思ったのだろう。
攻撃を受け流してすぐに、
「【ファイアボルト】!」
足元から撃ち上げるように魔法が放たれる。
「そうそう、そんな感じです」
そう言われながら、漆黒の刀によって相殺される。
良い線だとは思うが、完全な隙を突けていない。これではまだダメだ。
「せいっ!」
追撃として連撃を仕掛けるも、それも全て弾き返される。
「甘い」
「ぐはっ」
それによってできた隙を容赦なく突く。この連撃を行うと必ず左脇腹ががら空きになるのだ。修正しなければ、何時か必ず痛い目を見る。
痛みは無いだろうが、衝撃によって7M程吹き飛ばされる。恐らく、感覚の違和感で酔っている頃だろうか。
衝撃はあるのに痛覚が反応しない。これは確かな矛盾だ。この処理は、眩暈を起こすことが多く、酔いに近い症状となる。
数秒間地面に這いつくばっていたベルは、酔いから回復したのか、一気に仕掛けて来る。
「【ファイアボルト】!」
目くらましなのか、真正面から頭に撃って来る。
「ほいっ」
それは勿論当たることは無く、寸前で斬り払われる。
光で多少視界が白くなるが、視界だけに頼っているわけでは無いシオンはそんなことを気にしない。
背後を斬り付け、気持ちの良い金属音が鳴る。
作戦自体は良いかもしれないが、それが必ず利くわけでは無い。
「【ファイアボルト】!」
対応されることは想定済みだったのか、動揺することなく反撃を仕掛ける。
「まだまだ」
だが、そんな単純な方法が効く程シオンは弱くない。
焦りなく魔法を斬り払い、体勢が崩れているベルの鳩尾に一撃。
「ぐはっ……」
「何時でも油断も隙も無く。心がけましょう」
鳩尾へと衝撃を与え、更に押し出すことで後方へと吹き飛ばす。
「つぅぅぅッ!」
壁へと衝突し、痛みに堪えようと悶えるベル。
『黒龍』は、直接痛みや傷を与えることはできないが、間接的になら与えることが可能だ。
「もう終わりですか?」
「……鬼」
その罵倒は案外間違っていない。
シオンはやろうと思えば吸血鬼という鬼に成れるし、性格面で見ても鬼畜と言う鬼だ。
「いや~、ありがとうございます」
よって、今の罵倒は褒め言葉に聞こえるのである。
「褒めてないよ……うぅぅ……痛い」
「背中だけでしょう? 鳩尾は痛くないはずですが」
ベルは腹を押さえ、蹲っていた。『黒龍』で突いた鳩尾に痛みはないはずなのに。
「なんか痛いって感じるの。本当は痛くないんだけど」
妙な違和感が幻痛に近い症状を起こしているのだろう。仕方のないことだ。
「では、どうします? 終わりにします?」
「ううん、やる」
終了の提案を一瞬で断るベル。これで了承していたら、容赦なしの斬撃が飛んでいたところだ。
「そうですか。ならさっさと起き上がる」
「うん」
のっそりとした動作で、手放した漆黒の
その途中で、ベルが不自然に動いた。
「予備動作なしでできるなら尚良いです」
「……ッ!」
瞬間、急接近して斬り付けた。だが、刃は届かず弾かれる。
「さ、頑張ることですね」
そこから数時間。死に物狂いの兎と余裕な様子の鬼の闘いが見られたのであった。
* * *
太陽が中天を過ぎ、西の空から街を照らすこの頃。彼らはダンジョンから帰還し、ホームへの帰路を辿っていた。
傷だらけで背負われているベルは、
対し、ベルを背負っているシオンは無傷で、息も切れていない。完全に余裕の状態である。
『吸収速度、上達速度。両方高いんだけどな……なんで一発も当てられないのか……』
『始めからレベルが高すぎるのよ』
ビクッ、と肩が跳ね上がってしまう。
『いきなり
流石のシオンとて、完全無警戒の心の中から話しかけられると驚いてしまうのだ。
『ごめんなさい。貴方が分かり切った疑問を浮かべていたものだから』
『考えを読まないでください』
『嫌よ、そうでもしないとつまらないの』
『他に楽しめることとか無いのですか?』
毎度毎度考えを読まれて突っ込まれるのは御免なのだろう。他に楽しめるものがあるならそっちで楽しんでほしいのだ。
『無いわよ。ここには何もないから』
『……ならいいですけど、一回一回突っ込まないで下さいね』
『善処しておくわ』
『その言葉って本当に便利ですよね』
善処する。そう言ってしまえばたとえ間違ったり、約束を破ったりしても、『善処すると言っただけで必ずとは言ってない』。などの言い訳が通用するのだ。本当に
『あぁその話は措いといて、レベルが高すぎるとはどういうことですか?』
『さっきの事ね。言葉の通りよ、貴方とその子ではできることが違うの。その子にとって貴方に攻撃を与えることは、今の私が外に触ることくらい難しいことなのよ』
『それって無理に等しくないですか?』
『そういう意味よ』
シオンの心に住んでいるアリアは、引き籠り状態で外に出ることは不可能に近い。つまり無理なのだ。
そこでふと、シオンはとある疑問が浮かぶ。
『アリア、できるなら、私の心から出たいですか? 外の世界に触れたいですか?』
彼女がシオンの心に入ったのは、偶然であり、彼女が『そうして』と言ったわけでは無い。本当は『シオンの心になんて居たくない』と思っているかもしれないのだ。
『別にいいのよ? 気を使わなくても。私は望んで貴方の心で芽生えたの、だからここにいるのは私の意思で、私の勝手。気にされることではないわ』
『望んで芽生える?』
シオンは、予想もしなかった回答に、多少の戸惑いを覚える。望んで芽生える、つまり意識的に動いて自らの意思で心へ閉じ籠った、と言うことなのだ。
『貴方が私の精霊の血を体内に入れたとしても、私はそれを何の効力も持たないただの血にすることだってできたのよ? でも私はそれを望んでいなかった。そして、貴方に力を与えたいと思った。だから芽生えたのよ』
『初耳です』
『言ってないもの。当たり前よ』
今まで言わなかった結構重要なことを、聞いてしまえば平然と答えてしまうアリア。彼女には情報秘匿ができないのかと、ちょっとした心配の感情も浮かぶが、心の中にいる時点でそれ自体が秘匿と同一だと言うことに気づく。
『話を戻しますが、だったらどのくらいがベルのレベルに合っているのですか?』
『さぁ、貴方はそれを考えられない訳じゃないはずよ』
『……ですが、それだと物足りないです』
『全員が貴方のように、死に物狂いになるまで闘い続けようとはしないわ』
『でも、ベルは死に物狂いで闘いました。だから問題ありません。それに、己を鍛えるなら、手が届くか届かないか判らない目標があった方が、より良い結果が期待できます』
『貴方って、本当に鬼畜よね』
『それほどでも』
シオンにとっては鬼畜も褒め言葉だ。というか、鬼のつく罵倒は褒め言葉になってしまう。
『もう良いわ、会話はお終いよ。丁度着いたようだし』
『そうですね、到着です』
会話をしている間も足は進んでおり、ホームへと辿り着いていた。
『では、また今度。此方から話したいことがあれば話しかけますね』
『ええ、いつでもどうぞ』
そう言われたのを最後に、何かが無くなる妙な感覚を覚える、これが
今は静かな廃教会、次にまた煩くなるのはあと何分、何時間後だろうか。
そんなことを気にしていても、意味の無いことだ。耳障りなだけで無視はできる。
「今日の夕飯何にしようかな……」
つまらぬことしか考えることのない彼は、そんな呟きを吐いた。
* * *
余談
「シオン君、君はまた……」
「自己調整と自己管理のできないベルが悪いです」
「あはは、否定できないや」
「君たちは加減が無いのかい?」
「ありますよ。今日もばっちり加減しました」
「思いっきり本気でやりました」
「チートと準チートはここまで違ってくるのか……」