やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 伏線回~

では、どうぞ


日常、それは伏線

 

「【ファイアボッ―――――いったぁー!」

 

「はいはい、我慢我慢。実質やることは魔法名を発すだけなんですから、早くできるようになっては?」

 

「無理言わないで! うぅぅ、何でできないのかな……」 

 

 魔法名を叫ぶ声、痛みを堪える悲鳴。一名によって繰り返されるそれを、一人の青年が眺めている。

 ベルが行っていることは、並行詠唱に似たこと。

 ベルは魔法を放つときに、一回一回足を止めている。それは非効率極まりない、ベルの魔法の利点を最大限利用できていない使い方だ。

 そこでとある対策を考えたのがシオンである。

 速攻魔法と言う通り、速度重視の魔法であるため、速度は絶対落としてはいけない。ならば、並行詠唱が手っ取り早いだろう。と言うのがシオンの考えだ。

 

「魔力の収束が上手くできていませんね。感覚的な表現となりますが、魔力を血液だと思って、それが一点に集まるように想像(イメージ)すると良いですよ。血液は意識しなくとも流れます、なら魔力も同じはずです。さぁ走って、そして感じて、撃つのです。魔力の収束は感覚でわかりますから」

 

「う、うん」

 

 半信半疑で走り出す。といっても、加減されたマラソンレベルの速度だ。

 左手を突き出し、肘を右手で抑える。魔法発動の構えだ。

 

「急がずに、魔法名を発するのは、良いと言う確信が持ててから」

 

 先程とは異なり、ベルはすぐに魔法名を発したりせず、しっかりとした溜めの時間を取っている。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 魔法名を叫ぶと、左手から炎雷が飛び、空中で消える。 

 

「で、できた!」

 

 威力は乏しいし、発動速度が遅くなるという本末転倒状態だが、撃てたことには変わりない。

 

「とりあえずおめでとうございます。でも、今のままでは本末転倒なので、発動速度を上げていきましょう」

 

「わかってるってぇ」

 

 一発ほどで上機嫌になってしまうベル。何回かの苦労の末に漸くできたのだから、少しくらい喜ぶのも無理ない。

 

 突然走り出し、発動の構えをとる。

 走る速度、収束する魔力の速度。共に先程よりも早い。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 先よりの半分ほどの時間で放たれた魔法は、空中で消えず、ダンジョンの壁に命中し、多少なりと傷をつけた。

 

「どう?」

 

「さっきよりは全然マシですね。感覚掴むだけでこれとは、やりますね」

 

 と、言っているが、彼は感覚を掴む以前の問題で、並行詠唱を初発で成功させている。

 

「ですが、気になっていることがあります」

 

「なになに?」

 

「構えです。発動時に構えてしまうのは、何となく理解できますが、予測できてしまうのですよ」

 

 魔法発動の構えはどうしてもとってしまう。それはシオンも同じだ。だが、シオンは超広域殲滅魔法。狙ったところ一点に、と言う魔法では無いため、予測できても意味がないのだ。

 だが、ベルの魔法は構えの方向に撃っている。軌道が解ってしまうのだ。そして、対策もできてしまう。

 

「予測できても意味無くない?」

 

「いえ、ありますよ。試しに撃ってみます? 私に」

 

「うーん……」

 

「あ、私の耐久値から考えて死ぬことはありませんから問題ないですよ」

 

「そうなの? ならいいや」

 

 ベルが構えを取りながら走り出す。練習はやはりするらしい。

 シオンは手を腰の刀、『一閃』に添え、不動のまま。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 シオンの背後へと回ったベルが、魔法名を口にする。

 撃たれた魔法は、亜光速の速さでシオンへと一直線に向かって行く。視認はできても、その頃には着弾しているほどの速さだ。

 

「そぃっ」

 

 シオンはその向かってくる炎雷を、一刀の元切り伏せる。

 弾けるような爆発音。目を眩ますほどの光が刀を反射する。 

 飛んでくる場所、飛んで来る速度、飛んで来るタイミング。

 これらをシオンは既に理解している。だから簡単に対応できた。

 単にタイミングを合わせただけだ。そして、少し上の威力で抹消したに過ぎない。

 少し技術があれば簡単にできる技だ。誰にでもできる。

 

「なっ……」

 

「ね? 意味はあるでしょう?」

 

 シオンは何度も見ているから対応できた、と言えそうだが、彼でなくともできる。

 熟練の戦士ならば、相手の攻撃を一度見ただけで、それはもう通用しなくなる。二度目からは完全に対応されるのだ。最悪、あからさまなものであれば初めから対応される。 

 

「異常者」

 

「ちょっと待て、実の兄に向ってそれはどうなんだ? おい」

 

「あ、ごめんごめん。つい本音が出ちゃって」

 

「さらにダメでしょうが」

 

 シオンは自分が異常と言う自覚はあるが、自分と同じく十分異常な人に、しかも実の弟に異常扱いされるのは、流石にどうかと思っているのだ。  

 

「まぁいいや、シオンが異常なのは措いといて。どうしたらいいの?」

 

「そうですね……構えなくても魔法は撃てますか?」

 

「やってみる」

 

 リラックスした立ち姿で、魔力の収束を始める。

 集まる点は心臓の前、気持ちが入らないのか量は少ない。

 

「【ファイアボルト】」

 

 心臓前、数十Cのところに光が出現し、ベルから見て正面へ飛んでいく。

 だが、空中ですぐに消えてしまう。飛んでいた時の光りも弱々しかった。

 

「撃てはする、けれど弱い」

 

「イメージが難しくて……手から出すって考えたら、簡単に撃てたんだけど、()()()()()()()から撃つ、って考えるとね……」

 

「なら、何かあると思えばいいじゃないですか」

 

「は?」

 

 彼が考えたのは単純なことである。ないなら作れ、あるようにしろ。

 

「ではベル、今から私が指示するので、それに従ってください」

 

「どゆこと?」

 

「まぁ、いいからいいから」

 

「う、うん」

 

「では、想像(イメージ)してください。 頭蓋から生えた一本の角。………そこに集まる魔力。角に溜まった魔力は、先端へと移り、炎雷を出現させた。その炎雷は先から一条の光となって突き進む。さぁ叫べ!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

 何を、と言わずとも理解できたようだ。

 ベルの正面頭上から光が発生し、それは壁へと突き進む。

 威力は死んでいない。速度事態も十分な速さ。

 流石ベルだ、シオンはそう思った。

 ベルは昔から想像力が豊かで、想像(イメージ)は得意なのだ。だから、自己暗示紛いのこともしやすい。

 

「……なんか釈然としない」

 

「そんなのどうでもいいんです。ベル、今の感覚は忘れてませんよね?」

 

「うん」

 

「ならそれを反復練習。発動時間が、構えた時と変わりなくなるまでですよ?」

 

「うーん、わかった」 

 

 釈然としないと言った通り、上手くいきすぎているのが納得いかないのだろう。そんな表情をしている。

 

「納得できなくてもいいですから、頑張ってください」

 

「それだけは分かってる」

 

「なら、いいです」

 

 それから数十分間。十二階層のルームに炎雷の音が轟いた。

 

 

   * * * 

 

  余談

 

「ヒャハッ♪ ヒャハハハハッ♪」

 

「おー、テンション上がってますね」

 

「そうだね~。……この環境に適応している自分が怖い……」

 

「もう、このままでいいかな?」

 

「ミアハ様の所には連れて行くからね」

 

「はいはい」

 

   

   * * * 

 

 夕暮れの光が刺し込む部屋。窓辺のみが明るいその部屋は、その部屋の主の性格に似ず、派手に散らかっている。

 その当の主は、部屋の端に設えられたベットの上に、上半身を投げ出し、心地よさそうな寝息を立てていた。

 銀の長髪は乱れており、着ている服には皺がよっていて、端麗なその顔には疲れが浮かんでおり、目元には隈ができ、その者の徒労が窺える。

 

「……シオン」

 

 主は寝言で、とある人物の名を口にする。

 すると、主の右手が僅かばかり力を増した。

 その右手にあったのは、赤紫色の液体が入った試験官。中の液体は不透明で、粘性を持っているように見える。いかにも『怪しい薬』と言う感じだ。

 

「……ふふっ♪」

 

 謎の喜声(きせい)を発し、口角が僅かに上がる。

 何故そうなっているのか、どうしてそうなったのか、

 

「……シオ~ン」

 

 その原因は、やはりその名の人物にあった。

 だが、その人物は、このことを知る術を持ち合わせていなかった。

 

 

   * * *

 

「くしゅんっ」

 

 そんな音が静かな部屋で鳴る。

 太陽は丁度沈み、夜天に独り顕現する月が雲で見え隠れし始める頃。シオンとベルはダンジョンからの帰還を終えていた。 

 お荷物となったベルを背負い、換金を済ませた後、すぐさまホームへと戻ったのだ。 

 

「ん? 今のはシオン君かい?」

 

「ええ。ごめんなさい、毛が逆立つような寒気がしたもので」

 

 体温までもが下がってしまったのか、二の腕を両の手でさすっている。その寒気の正体には気づかないが、知らぬが仏、というものだろう。

 

「それにしても、可愛らしいくしゃみをするね。本当に女の子みたいだよ」

 

「それについては自覚はありますし、別に否定はしませんが」

 

 と言うより、刀を抜いて呪いを入れてしまえば。シオンは『みたい』では無くそれに成れるのだ。

 余談だが、このくしゃみは幼児時代のシオンの悩みであったりした。

 

「ねぇシオン君。ボクちょっとだけ考えてみてアリだと思ったことがあるんだけど……」

 

「それ、あんまり気が進まないのでナシでお願いします」

 

 ヘスティアが考えていること、それは話の流れから見て女性に関すること。大方、シオンに女装させたらアリかも、と言った感じだろう。

 

「まだ何も言ってないけど?」

 

「大方、女装とかでしょう? できなくはないですが、風評被害に遭う可能性が捨てきれませんので、お断りします」

 

「君はなんで神の心を読めるのさ……」 

 

「経験則と勘ですよ」

 

 (お祖父さん)の考えていることを悟る、と言うことは散々やっていたことだ。そこで経験は身についているし、勘はやはり精霊の血の恩恵だろう。

 

「それでさ、シオン君。どうしてベル君は精神疲弊(マインド・ダウン)になっているんだい」

 

「あーそれはですね。単にベルが魔法を撃ちまくった所為で」

 

 ベルは自分の努力を(さら)すタイプでは無く隠すタイプだ。ならば、不必要に教える必要ない。それに、ありのまま言ったら絶対怒られる。その根拠のない確証がシオンにはあった。面倒事は例外を除いて極力避けたいのである。  

 

「どうして止めなかったんだい?」

 

「頑張っている人を止めるのは見当違いでしょう?」

 

「それにも限度があるじゃないか」

 

「その限度に達してませんよ。まだまだです」

 

 因みにシオンの言う限度とは、魔法の場合でいうと、精神枯渇(マインドゼロ)になって2,3日は気絶するくらいだ。

 

「はぁ~。もういいや、言っても無駄みたいだし。じゃあ話題変えるけど、シオンく~ん。君凄い人気者になったね~」

 

「はい?」

 

「いやさ、君の噂が結構耳に入って来るものだからさ。『凄腕()()()冒険者キタァー!』とか、『偽装してんだろ、【剣姫】を抜ける訳がない』とか」

 

「はは、馬鹿共がほざいてますね」

 

 凄腕、の基準が今一分からないが、それは別にいい。

 ふざけているのか? シオンはそう思った。

 貼り出された情報には性別も書かれていたはずなのだ。それなのに書かれていた似顔絵でそう思うなど、阿保神以外の何でもない。

 だが、偽装の疑いについては仕方のないことだろう。

 最高とされていた【剣姫】ことアイズの記録を大幅に塗り替えたのだ。しかも、常識破りのことを幾つも行っている。

 大方、『実は前から冒険者で、冒険者登録をしていなかったから、所要日数が短くなったのではないか』とか思われているのだろう。

 

「ま、直接関係のないことですし、どうでもいいですよ。言うだけで何もできないのですから。噂を振り撒いたりしている奴らは」

 

 自分に迷惑さえ掛からなければ他人事なのだ、どうでも良い。そう思うのがシオンである。

 

「最悪、何かしてきたら追い返してやればいいだけですから」

 

 シオンは、このオラリオの大体の冒険者に勝てる実力はあると自負している。

 【ステイタス】だけで見てもLv.5相当。第一級冒険者と呼ばれても可笑しくない実力を持っているのだ。

 それに、【猛者(おうじゃ)】に一刀与えているのだから、それだけでも十分凄いと言われるであろう。

 

「手加減はしてあげるんだよ。見る人が見ればシオン君の常識外っぷりは理解できちゃうんだから、実力がバレないようにね。変に疑われるのも面倒なんだからさ」

 

「わかってますよ、善処はしますから」

 

 それでもどうにもできないのが【ステイタス】である。ただ踏み込むだけでも通常(そこら)のLv.2と比べれば歴然の差があるのだ。

 加減をしようにも、その最底辺自体が一般的に高い基準にある。こういうとき、どうにも実力が隠せないのが【ステイタス】の難点だ。

 

「では夕飯にでもしましょうか」

 

「さんせ~い」

 

「ベルも何時までも寝そべってないで、色々終わらせてください」

 

 ソファに寝そべっているベルに言い放つ。精神疲弊(マインド・ダウン)で寝かせていたが、意識が回復したのなら、全然問題ない。 

 あと、ベルは今装備以外何も手を付けていない。

 汗も流せていないし、着替えも終わらせていない。はっきり言って不清潔。

 

「あ、気づいてた?」

 

「夕飯抜きで良いですか」

 

「ごめんごめん! 直ぐ終わらせるから!」 

 

「はいはい」

 

 ダッタッタッタッタと急ぎで浴室へと駆け込むベル。それほど夕飯が食べたいらしい。

 

「まぁ、作るの面倒ですから手は抜きますけどね」

 

 料理に対しての姿勢は不真面目極まりないシオンであった。

 

 

 


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