二ヶ月経って漸くリュークロニクルを手に入れた私です。
では、どうぞ
「フレイヤ様、ご報告致します。シオン・クラネルが
「あらそう。ふふふ、世界最速じゃない、流石、と言うべきかしら。ますます欲しくなったわ」
とある塔の最上階。そこでは、一柱の女神と一人の
何時にもまして人を惑わすような雰囲気を纏っている女神は更に続ける。
「原因は分かる?」
「ギルドで公開されておりました情報は、とても詳細とは言い難いものでした。【ランクアップ】の原因として記載されていた内容は、あまりにも普通すぎます。あの者に限ってそれは無いかと」
「原因は何て書かれていたの?」
「超高速戦闘によって死に
「ぷっ、ふふふふ。そうね、超高速戦闘が普通かどうかは知らないけれど、ただ逆転して生還だけでは昇華は果たせない。神の認める偉業はそんな簡単なものじゃない」
従者である
「やっぱりあの子は変わっているわね。本当にそれが原因なら、また私の常識が崩されることになるわ。見えなかった魂は、少しだけ見えるようになったけれど」
「そうでしたか」
「そうそう、魂と言えば、あの子の方もよね。輝きが一層鮮やかになった。きっかけは魔法かしらね、どんなものか少し気になるわ。ただのきっかけ一つであそこまで成長するのだから」
「やはり見込みがありますか」
「ええ、当然よ。でもね、今のあの子じゃ無理だと思うのよ」
女神は、自分が見込んだ者が今まで素晴らしい成果を挙げていることを知っている。その象徴と言えるのが後ろに控えている従者だろう。
女神には人を見る目があった。だからこそ、僅かな問題を見出すことが出来る。
「と、言われますと」
「そうね、言うなれば淀み。足だけが埋まった沼から抜け出せないように留められた枷。それがあの子の輝きを邪魔している」
そこから女神は考える素振りを見せ、更に続けた。
「あの子の器は十分に大きい。それを支える主柱もしっかりしている。でも、その主柱ははっきりとしない。こう、靄がかっていて、曇って、見えにくい。邪魔なそれを払ってくれるものがないのよ。欠けているのか、それとも……ねぇ、オッタルは分かる?」
女神は結論に辿り着けず従者を頼った。
投げかけられた問いに従者は考え込み、一つの結論に辿り着いた。それは冒険者だから、武人だからこそ分かったのかもしれない。
「因縁かと」
「因縁……?」
「はい。フレイヤ様の話によれば、その者は過去にトラウマを作っておられます。例のミノタウロスの一件です。本人が気づかぬとも、それは
女神はその現場に居合わせた訳では無い。小耳にはさみ、そこから予想しただけだ。その一件がトラウマとなっていると従者が断定したのは、更に噂を集め、どれ程のものだったかを知っていたからである。傍から考えれば笑い話となろうが、本人からしてみれば、かなりの屈辱であろう。
「じゃあ、その荊を取り除くには、どうすればいいのかしら?」
「自らの屈辱、過去の因縁、
従者は、投げかけられた問いに、以前から答えが決まっていたかのような即答をした。それは、彼の考え、と言うより、彼の常識、の方が適切だろう。
「……さしもの貴方もそうだったのかしら?」
「男はみな轍を踏む生き物だと、自分はそのように愚考します」
「なら、あの子もそうだったのかしらね……」
女神は考えた、でもしない答えを。女神は知りたいのだ、自分が愛すものの全てを。
だが、まだ分からない。まだ知れない。
「ねぇオッタル。あの子たちはどうやったら引き入れられると思う?」
「様々な方法がありましょう。ですが、シオン・クラネルの方は手古摺るかと。あの者には魅了が聞きませぬ、実力行使を図ろうにも、生半可な戦力では返り討ちに遭います。手は限られるでしょう」
「そうなのよね……やっぱりまだ難しいかしら」
女神は諦めるつもりはない。欲深い神は、その中でも殊更欲深い
「でも、何もしないのはつまらないわね」
「どうなされますか」
「あの子たちは他の子たちと違う。成長度合いもね。少し経てばまた一段と強くなっている。でもね、時の流れに任せるのはつまらない。だから、また新しいきっかけを与えましょう」
「どのようなきっかけに致しましょうか」
「貴方に任せるわ」
「……どのような風の吹き回しですか?」
従者は疑問に思った。今までなら女神の詳しい指示の下に動いていたのだから、いつもと違った大雑把な指示に、しかも自分に一任するなど初めての指示に、多少の疑問を持つのは仕方のないことである。
「私は何もできないもの。それに、貴方も戦いたいのでしょう? あの子と」
「…………」
その問いに従者は答えない。ただ、頭に生えている少し垂れていた耳が、小刻みに動くようになっただけだ。
「うふふ、よろしくね。オッタル」
「はい」
部屋から巨体が消える。すぐさま行動に移したようだ。
「さて、私も準備しようかしら」
そして女神も行動を始めた。愛しい彼らを覗くために。
* * *
西の空から陽光がはみ出る。暗がりに包まれていた街に光が射した。
所々から聞こえる小鳥のさえずり、目を覚まし始める人々。
「今日は、終わりにしようか」
「は、はい」
市壁の上で行われていた戦闘も終わりを告げた。事前に約束していた時間となったからだ。
「明日も同じ時間、いい?」
「はぃ……わかりました……」
片や息も切らしていない。だが、もう片方は肩で息をしている状態。体も満身創痍に近い。
「大丈夫?」
「はい……何とか」
「ごめんね、教えるの下手で」
「い、いえ。シオンみたいに無茶なことが無かったので、全然大丈夫ですって」
「そう?」
教えるのが下手、と言っているが、それは仕方のないことなのである。
誰かに教えたことが無い。しかも、言葉より感覚で動くタイプ。
彼女はそれを自覚しているため、そう思ってしまうのだ。
「で、では。明日もお願いします、アイズさん!」
「うん、じゃあね」
「帰るのですか? 時間制限か何かで?」
「相変わらずの
「うん、日が出たら終わりって決めてたから」
誰もが初見で驚くシオンの
ベルはもう慣れているのだ。何度も同じことをやられているから。
「アイズは驚かないのですね」
「うん。気づいてたから」
それにちょっと驚いた表情を見せるシオン。彼は自分の
「流石ですね。あ、ベルはどうしますか? 帰りますか?」
「い、いや~。帰ることには変わりないんだけど……まだ、ちょっと、ね」
ベルは帰ると言うことに少々渋っている。それが何故かは、あの廃教会に近づいてみればわかる。
「では、少し私とも特訓します?」
「無理、死ぬ、絶対」
と、
「少し闘うだけですよ?」
「だからそれが死ぬんだって!」
シオンは死ぬようなことをするつもりはない。満身創痍にはなるだろうが、彼は村で行っていた模擬戦では、毎回そうなっていたのだから、仕方のないことだ。
「仕方ないですね……私は少し鍛錬していくので、巻き込まれないように気を付けてください」
「シオン、手伝う?」
「その申し出は物凄いありがたくて了承したいのですが、帰らなくて大丈夫なのですか?」
「あ……大丈夫じゃない」
しゅんとした表情になってしまうアイズ。小動物のようで可愛らしいが、そのような表情をしてほしくないのがシオンである。
「こ、今度お願いできますか?」
「うん」
一瞬で表情が変わり、分かりにくいが、喜んでいる表情となる。
その違いに気づいたシオンは、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「じゃあね、シオン」
左手を微かに上げ、小さく左右に振りながら彼女は去って行った。
「……ッ!」
シオンは目を見開いた。
彼女が振っている左手、青色の
紅の宝石が見えなくともわかった。あれが自分の作った指輪だと。
「また、今度。ありがとうございます、アイズ……」
シオンは二人に背を向けた。
彼が何故そうしたか、その後何をしていたのか。それを知る者は一人としていなかった。
* * *
余談
「……………」
「気絶してますね」
「そ、そうなんだ。大丈夫、何だよね?」
「罰が終わったら神ミアハの所に連れていきましょうか」
「う、うん」
* * *
何度か重なり、リズムなく鳴る金属音。度々聞こえる断末魔。
「ふぅ……どう?」
「意識はちゃんとしているようですね。まだまだですけど、頑張ってください。最初はそんなもんですから」
「うん」
二人はダンジョンへ潜っていた。珍しく、二人一緒で。
その理由は、ヘスティアが『ベル君を一人でダンジョンに行かせられない!』と煩いからである。
ベルは、以前ダンジョンに
「ベル、中層行きません?」
「無理言わないで、僕はLv.1なんだから」
「私はLv.1でも中層行ってましたよ?」
「僕はシオンと違うの。異常じゃないの、普通なの」
「いや、ベルもいろいろな意味で普通ではありませんからね?」
成長度合いもそうだが、階層の進出速度、持っている武器、育った環境、友好関係、持っているスキル。どれをとっても普通ではない。
「お、また来ましたよ。頑張ってくださいね~」
「緊張感が欠片もないね……」
ベルはそう言うが、シオンは全く油断をしてないし、緊張感だって持っている。
ただそうなっていると思わせない。これは中々役に立つ技術なのである。
相手は三体のオーク。二体は
鈍重なオークに向かって、ベルは持ち前の俊足で懐へ飛び込む。
紫紺の
前に出ていた一体が灰へと変わり、そこで漸くオークが攻撃を始める。
鈍重であろうと、力はある。技術のないただの力で振られた棍棒は、風を切る音が鳴るくらいの速度で振り回されていた。
それをベルは避け、稀に、拙くとも軌道を逸らしている。
少し時間を要しながらも、魔石を破壊せずに殺し終える。
死体から魔石の回収を終え、隙無き立ち姿のシオンの元へ戻る。
「お疲れ、と言うほど疲れてませんよね」
「うん、まあね」
「アイズとの闘いでの指摘もだんだんできています。その調子とは言いませんが、真剣に頑張ってください。そうすれば戦えるようになりますから」
シオンにそう言わたが、ベルは、うんともすんとも言わず思案顔になった。
「……ねぇシオン、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「答えられることならいいですよ」
「じゃあ聞くけど、アイズさんが左手に嵌めてたあの指輪って……シオンが作ったやつだよね?」
「そうですよ」
神妙な顔で聞かれたことを、シオンはそっけなく簡潔に即答する。別段隠すようなことでもなく、回答は決まっていることだ。答えない方がおかしい。
「てことはさ、シオンとアイズさんは、その……」
と、何か言いたげなのに、言うのを渋るベル。
「何ですか? 聞きたいことがあるのでしょう? 渋る必要はないですよ」
そう言われ、ベルは何故か覚悟を決めたような目になり、聞く。
「付き合ってるの?」
「ははは、面白いこと言いますね。残念ながらそうではないのですが、それってもしかして、指輪の位置で考えました?」
「う、うん」
「あれ、深く考えな方が良いですよ」
「へ? どういうこと?」
「私が指輪を渡した時、アイズは何の躊躇いもなく左手の薬指に嵌めました。普通なら何かしらのアクションはあってもいいでしょう? でも無かった。それはつまり、意味を理解していない」
あの時、シオンは『そこで良いのか』と思っていたが、アイズは首を傾げ『どういうこと?』と言っているようだった。それは意味を理解していないからこそだろう。
「じゃ、じゃあ……」
「はい。残念ながら、指輪通りの意味ではありません」
「よ、よあったぁ~」
ダンジョン内だと言うのに気の抜けた声を出し、べたぁと座り込むベル。
「やれやれ」
「……っていうかさ、シオンって何時アイズさんに会ったの?」
「ベルがプロテクターを渡された日の朝ですよ。あ、ちゃんと謝りましたか?」
「うん。エイナさんに止められるくらいは」
どんだけだよ、とシオンは思った。
シオンは誠心誠意謝れと言ってあっただけなのだ。それくらいならエイナに止められることは無いのだ。だが、止められたと言うことは、かなりのことをしていた。と言うこと。
「それなら良いです。ではさっさと進みましょうか。一時間以内に中層にでも……」
「行かないから!」
叫んだことでモンスターを呼び寄せてしまい。ベルが苦労することとなったのであった。