やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 リリが原作と大きく変わってしまうかも……。

では、どうぞ


日常、それは罰

 

 ぴょんぴょん跳んで、辿り着いたは【ヘスティア・ファミリア】ホーム。

 中には、既に用事を終えたのか、ベルがソファに座っていて、その隣には、リリ。

 

「ベル様ベル様。その後はどうなったのですか?」

 

「彼は最後に言葉を残して、その国から去ったんだ。『偽者の英雄は、君たちの願う英雄にはなれないのさ』って言葉をね」

 

「それが、英雄譚の中でも変わった話なんですか?」

 

 ベルは、どうやらリリに英雄譚を聞かせているらしく、リリもその話をちゃんと聞いていた。

 今ベルが話したのは、一風変わった英雄の話。

 彼は皆に願われ英雄となった。仲間と集い、力を手に入れ、最後には悪を絶った。

 最後に彼は英雄と言われ、崇め奉られるほどになった。だが、彼はそれを認めなかった。

『僕は何もしていない。僕はただ君たちと同じで救われただけだ。だから僕は偽者、君たちの言う英雄じゃない。偽者の英雄は、君たちの願う英雄にはなれないのさ』

 彼が国を去る前に言った正しい全文はこれだ。この物語は五回ほどしか読まれなかったから、流石のベルでも憶えられなかったのだろう。

 

「どうだった? やっぱり変でしょ?」

 

「えぇ……具体的にどのあたりかと言うと、彼は何故偽者なのかを言っていません。崇められる程なのに、どうしてそう言ったのでしょうか……」

 

「実際は言ってますよ。ただベルが全文を暗記していないだけです」

 

「……ッ!」

 

「あ、おかえりシオン。結構待ったんだよ?」

 

「もうベルは驚かなくなりましたね。あと、待った時間も有意義に過ごせたのでしょう? なら別に大丈夫ですよね」

 

 そう言いながら金庫にいろいろ仕舞って、代わりに『黒龍』を取り出す。

 『黒龍』は『青龍』より格が上の刀である。呪いの強さも違うし、物を斬る単純な切れ味ならば、私が持っている刀の中で一番鋭い。

  

「さ~て。ベル、席を外してもらえますか?」

 

「え? なんで?」

 

「リリにO☆HA★NA☆SHIがありますので。大丈夫です、死にはしません、酷くても満身創痍で終わらせます」

 

「ちょ、ちょっとシオン? 流石にそれは……」

 

「ベル、早くしてください。外にいるだけで良いですから。終わったら呼びます」

 

「う、うん」

 

 少しばかり声に圧を籠めて発したので、ベルも理解してくれたらしい。聞き分けが悪くなくてよかった。

 何度も振り返りながらも、とことこと階段を歩いていく。よほど心配しているようだ。死ぬことは本当にないから安心して欲しい。

 

「さて、リリルカ・アーデ。私の言いたいこと、分かりますか?」

 

「……ベル様にしたこと、ですよね……」

 

「はい、泥棒のことは、一応許します。被害者であるベルがそうしてくれって言いましたから」

 

 そう告げると、リリの顔に希望が見え隠れした。助かると思った反面、許してもらっていいのか、という後ろめたい気持ちがあるのだろう。

  

「ですが、私はリリを許しません」

 

「……え?」

 

「リリは警告を無視した。次は無い、そう言ったはずです。勿論憶えてますよね」

 

「……はぃ」  

  

「なので、リリには罰を受けてもらいます。異論反論抗議口答え一切認めません。ただし質問はいいですよ」

 

「その罰とは……どんなことですか……」

 

「選択制です、何個選んでもいいですよ」

 

 先日考えておいた罰。生と死が紙一重のものもあれば、簡単なものを用意しておいた。

 

「では、挙げていきます。絶食三日間、ダンジョン十八階層単身(ソロ)進出、ベルの下僕、三日間正座、神聖浴場への侵入、戦いの野(フォールクヴァング)への攻撃、ギルドへ自分の罪を自白、食糧庫(パントリー)竪琴(キタラ)を全通り弾く。どれにします?」

 

「……二つを除いて確定的に死にます」

 

「私は死にません。だから大丈夫、死んだらのならリリの実力不足が原因」

 

 実際、絶食&正座はやったことがる。まだ木刀を使っていたころだが、集中力の持続で耐えろ、とかでお祖父さんにやらされた。あれ、死なないけど結構辛いのである。

 

「絶食で水を飲むのは」

 

「禁止です。水でも腹は満たせます」

 

 結構酷いことを言っている自覚はあるが、罰なのだから酷いも人情も何もなくていいのだ。

 

「で、どうします?」

 

「……絶食と正座と……ベ、ベル様の、げ、下僕に……」

 

 おいちょと待て、何でそんなに恍惚とした表情になってるわけ? 正直気持ち悪いんだけど、なに、マゾヒスト? 君の表情見ても全く得しないんだけど。

 

「変態」

 

「だ、だれが変態ですか!」

 

「自分がさっきまで妄想していたことを思い出しながら考えてみてくださいな。直ぐに気づけると思いますよ」

 

「そ、それは……」

 

 はい、目を逸らした。邪な気持ちで罰なんて受けるなよ。

 

「では、絶食と正座を同時に行います。下僕はやっぱりだめです」

 

「そ、そんなぁ」

 

 あからさまにがっかりするなよ。ご奉仕精神が高まることは良いことだが、ベクトルを間違えてるぞ。

 

「他のやつはやらないのですか?」

 

「ギルドへの報告は刑罰くらいで済みますが、他は死にます。確実に、それはもう」

 

「神聖浴場以外は大丈夫だと思うのですが……」

 

「さっき自分は全部大丈夫だって言ってましたよね⁉」

 

「そんなことは言ってません。ただ、死なないとだけ言いました」

 

 侵入は罰せられるだろうが、吸血鬼化して女性になっていれば軽い罰で済むし、気配を紛らせていてれば、武神や何かしらの能力を持った神でない限り気づかれることは無い。

 あれ、できるんじゃね? やろうとは思わないけど。

 

「さて、今日から三日間ずっと不動の正座です。睡眠は構いませんが、正座を解いたら、また一からやり直しと軽い罰を与えます。初期状態は脚の上に漬物石を置いた状態です」

 

「し、死にます……」

 

「大丈夫です。人間ソンナヤワジャアリマセンヨ、最悪万能薬(エクリサー)がありますから回復できますし。脚の骨二・三本くらい折れてもいいでしょう?」

 

「駄目ですよ!」

 

「はい、アウト」

 

 即座に『黒龍』を抜き、普通だったら必殺の軌道を走らせる。

 

「がァ……」

 

 斬った衝撃でソファに押し付けられ、メキメキっと音を立てる。

 

「やば、壊れてませんよね」

 

 心配するのはソファの方、リリは生物なのだから斬り殺せるはずもないし、衝撃で死んだ様子もない。

 

「な、なに、が……」

 

「あ、体に力が入りませんか? 一応急所を斬ったので気絶しても可笑しくないのですが、意外に耐えますね」

 

 非殺傷は精神力と体力を吸い取る。それは急所、その中でも心臓に近ければ近い程強い効果を発揮する。今の一刀で急所を、心臓含めて三つ通った。それで耐えるのだから、意外と凄い。

 

「では外に行きますよ、さっさと立ってください」

 

 そう呼びかけるも、リリは立ち上がろうとしているだけで、立ち上がれそうになかった。

 仕方なく頭を鷲掴みにして持って行く。見た目通り軽いので苦ではないが。

 

「あ、シオンってええっ!」

 

「どうかしましたか?」

 

 外へ出ると待っていたベルが大声を上げて叫んだ。

 

「ちょ、ほんとに何したの?」

 

「何もしてません。今からするんです」

 

「犯罪宣言⁉」

 

 犯罪じゃねーよ。近いので言えば死刑宣告だ。まぁ死なないだろうが。

 

「そ、それで、何するの?」

 

「三日間漬物石を乗せた状態で正座を崩さず水なしの絶食。あれですよ、昔私がやっていたでしょう?」

 

「あれやるの⁉ あれはシオンだからできるんだよ! 普通は無理だって!」

 

「私は水を一回だけ飲んでいい一週間でしたがね」

 

 しかも睡眠禁止と来たもんだ。あれは本気で死ぬかと思った。

 

「あれは普通できないことくらい理解しています。なので、少し軽くしました」

 

「……ベル様、シオン様を人って呼んでいいいんですか?」

 

「それ、昔から解決できない難問だから」

 

 マジかよ。簡単だろ、答えは、人間辞めたけど一応人、だ。

 人は理性と心と本能があり、意思疎通ができる生物、って捉えてるから、吸血鬼化しても人ではあると思っている。人間ではないことに変わりはないが。

 

「さて、リリは何所で正座をしたいですか? 教会内ならどこでもいいですよ。できれば邪魔にならないように端でお願いしたいですが」

 

「では、あの隅っこでお願いします」

 

 そう言って指差したのは隠し扉の対角線上に位置する、廃教会入り口から入って左手に位置する角。天井に穴が開いていて昼時に日光がよく当たる場所。

 

「わかりました。ベル、リリをそこに置いて来てください。歩けないと思いますから、座る手伝い辺りまでお願いします」

 

「なんか、拷問の協力してるみたいで気が進まない……」

 

 安心しろベル。リリの方はその拷問すら志願するぞ。

 

「それでは、漬物石を取って来るので少々お待ちを」

 

 一旦隠し部屋へと戻り、キッチンに置いてある漬物石と、厚めの板を用意する。あと、凍死されても困るため、念のために掛布団を一枚。 

 外へ出ると既にリリは正座になっており、準備万端と言ったところだ。

 その上に容赦なく、板とその上に漬物石を置く。板は重さを均等に与える役割だ。

 

「お、重い……」

 

「それほどでもないでしょう。少し力の向きを変えれば苦痛でも何でもありませんし、一時間もすれば重さの感覚など無くなっています。リリの場合は、ベルからの罰と思えば気持ち良くもなるんじゃないんですか?」

 

「ちょ、シオン? それは無いんじゃ……」

 

「ベ、ベル様からの、罰……はぁはぁ」

 

「え?」

 

 現実とは非情なものだな。ベルも無意識のうちに半歩引いてるぞ。

 

「さて、今から三日です。ベル、水も食糧も与えてはいけませんからね」

 

「……わかった。それでいいんだよね、リリが選んだことなんだから」

 

「ふぁ、ふぁい~」

 

 ヤバイ、ものの十数秒で完全に逝ってる。麻薬レベルだ……

 

「ちょっと、見てると嫌悪感を覚えそうなので、戻りますか」

 

「う、うん」

 

 完全に逝ってる変態を背に、急ぎ足で隠し部屋へと戻った。

 あれ、肉体は耐えるだろうけど、精神は大丈夫なのか……

 

 

   * * *

 

 ~翌日~

 

「ははハハハハッ、ハハッ、ハハハハハはっ」

 

 完全に逝っている声が廃教会内から響く。

 その声は罰が始まってから止めど無く響いており、何故喉が嗄れないのかが不思議だ。

 体力も持っているのが奇跡と言えるレベル。同じことをやれと言われても、色々な意味で無理だ。

 その声は地下の隠し部屋まで響き、ヘスティアとベルは碌に睡眠がとれず、シオンに気絶させてくれとお願いしたほどだ。

 そしてその時、ベルは耳打ちで『明日、朝四時までに起こしてくれない?』とシオンにお願いした。その訳を彼は知らないが、何か事情があるのだろうと思い、尾行することにしていた。

   

「ベル、起きてください」

 

「う、うぅぅ……シオン? あ、そっか。ありがと」

 

「いえいえ、それより、早く用意をしては? 一応今は深夜三時ですから。何処に行くかは知りませんが、待ち合わせならば相手より早く行こうとするのが礼儀ですよ」

 

「うん」

 

 こんな会話中も響き渡る奇声。流石のベルも引いている感じが見て取れる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「はい」

 

 とんとんと階段を上っていくベルを見送り、準備開始。いつぞやの時のようだ。

 だが今回はフル装備ではない。漆黒の手袋に、遮断(シャットアウト)の指輪。そして『一閃』と、かなりの軽装である。

 漆黒の手袋は右手にはき、指輪を左手の薬指へ。『一閃』は左腰に帯びている。

 遮断(シャットアウト)がどれほどの効力かは不明の為、気配を紛らすことは忘れない。そして、直接姿を見ないように気を付ける。まぁ気配を追っている時点で見る心配はないが。

 奇声の根源は放っておき、走っていると思われる速度で移動する気配を追っていく。

 深夜、しかも三・四時あたりは、中心都市と言われるオラリオとて外に出て来る人が少なくなる。南東という例外はあるが、それは気にしない方が良い。

 それに、ベルが向かっているのは南東では無く十六方位で西北西の方向。メインストリートでは無く裏路地を辿っている。

 かなり入り乱れている道を、よく迷うことなく進むな。と思っていると、突如ビリッと電気の走る感覚。近くにアイズがいるのだろうか。

 だが何故だ? こんなところに来る意味は……

 そしてふととある考えに至る。

 ベルが向かっているのは、アイズの所。待ち合わせ相手はアイズ。

 いつの間にそんな仲に…… 

 ちょっとした嫉妬の感情を覚えたが、アイズの友好関係を決める権利はない。

 首辺りが痒いままで追う。ベルが途中でエルフに追いかけられていたが、地の利で振り切っていた。そして、遂に市壁へと辿り着き、たどたどしい足取りで市壁の階段を上っていく。

 その後に遅れて続く形で階段を上る。一段一段が少し高めで、往復を繰り返すだけでも体力のトレーニングに効果的と思える。

 追い付かないようペースを落としながら上っていくと、市壁の上へと到着した。

 

「おはよう、ベル」

 

「お、おはようございます。ヴァレンシュタインさん」

 

「……アイズ」

 

「へ?」

 

「アイズ、でいいよ。みんな私のことをそう呼ぶから。シオンもそうだよ? ……それとも、嫌、だった?」

 

 そこでは、アイズとベルが向かい合って話していた。まぁ片方は完全に仰け反っているが。

 

「い、いえ! そうでは無くて。僕なんかがそんな……おこがましいと言いますか……い、嫌ではないんですよ!」

 

「なら、いいよね」

 

「……はぃ」

 

 もう完全に押されているベル。何をやっているんだ我が弟は。

 

「それで、僕は何をすれば……」

 

「……何を、しようか」  

 

「えっ」

 

 この会話から、完全に無計画なことが理解できる。というか、本当に何しに来てるの?

 

「シオン、何したらいいと思う?」

 

「ありゃ、ばれてました?」

 

 おかしいな……認識阻害出来てるはずなのだが……アイズには効かなかったのかな?

 

「シ、シオン⁉ い、いつから⁉」

 

「そんなことはいいのですよ。それで、何のためにここへ? 目的が分からないので、何をしたら良いか聞かれても答えようがないのですが」

 

「特訓、ベルに戦い方を教える」

 

「どういう経緯で?」

 

「昨日ベルに渡した後、色々話して、そしてこうなった」

 

 うん、全く経緯が話せてない。流石にこれだけじゃわからんよ?

 

「全く分からないですがいいです。兎に角、ベルが戦い方を知れれば良いのでしょう?」

 

「うん」

 

「なら簡単です。まず始めに――――」

 

「ちょっと待って! シオンの案はダメ! 絶対死ぬ!」

 

 案を出そうとしたところで、断固拒否の意を示される。戦い方を知るなら有効的な方法だと思うのだが……

 

「どうしてダメなの?」

 

「シオンが考える案は、大体人間のできる範囲を超えてるんですよ。昔から、ずっと」

 

 そこまでかな? ただ普通に自分に合ったやり方で案を提示していただけなのだが。

 

「……では、レベルを少し下げます。ベル、アイズと闘ってください」

 

「へ?」

 

「アイズ、ベルのダメなところを指摘しながら闘ってください。格闘技もアリで。それと、気絶させても構いません。ベルの得物は短刀(ナイフ)なので、それをちゃんと使える戦い方を身に沁み込ませてあげてください」

 

「分かった」

 

「では、後は頑張ってくださいベル。私はちょっと離れたところで鍛錬をしてきます」

 

「え、ちょ、シオン!」

 

「それでは~」

 

 後ろから何かが聞こえるが、知らないふりをして、市壁の上を歩いていく。

 ベルとアイズがいるのが北西側の市壁。私が移動したのが北側の市壁。

 見渡しが良く、あちらも見ることが出来る。

 丁度ベルがアイズの回し蹴りで吹き飛ばされていたが、あれくらいが丁度良いだろう。

 

「さて、始めますか」

 

 市壁の上では、風と剣と兎が、倒し、踊り、倒されていたのであった。

 

 




5/13 加筆修正しました。

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