分かる人にはわかるけど、ニブルヘイムじゃないよ?
では、どうぞ。
満足感に浸りながら、ホームへと戻る。
現在は昼時の十一時。北のメインストリートが一番賑わう時間帯である。
用事があると言っていたベルは、ホーム内にいるはずもなく、私もそちらに向かおうと思ったが、途中から乱入と言うのは良くないことである。
と言う訳で、一昨日から予定していた。魔法の試射を行おうと思う。
装備はとりあえず魔法特化。
特殊効果付きの手袋。万が一の回復用に
今日は軽装。魔法を撃ちに行くだけなのだから、これくらいで十分だ。
昨日の内に憶えておいた詠唱式と魔法名を脳内で暗唱しながら、黙々と十二階層へと向かう。
バックパックは持ってきてないため、魔石やドロップアイテムを持ち帰る気は無い。その為、容赦なく魔石を貫いて、灰へと変わる前に通り過ぎていく。
そんなことをしていると、歩きで二時間もかからず着いてしまうのだ。
力試しに壁の破壊は素手を使ったが、見事に粉砕してしまった。手も全く痛くない。手袋の素材が良いのだろうか。
中は相変わらずだだっ広い。ここならぶっ放しても問題ないだろう。
後ろの壁が修復を終えたところで、ルームの中央に立つ。
超広域殲滅魔法だから、気を付けなければ自分も巻き込まれるだろう。
「さて、やりますか」
レッグ・ホルスターを開け、即時回復が可能なようにしておく。
打ち方は知らないが、想像で良いだろう。
右手を前に突き出し、唱える。
「【全てを無に
魔力の収束が始まる。何とも素晴らしいことに、魔力の流れが手に取るようにわかり、思い通りに動いてくれる。収束が殆ど意識をしていなくともできる。
「【フィーニス・マギカ】」
一次式完了。
私の魔法は段階魔法。ベルと同じで
一次式はどうやら準備段階のようだ。
「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ】」
第二詠唱開始。足元に超巨大な真紅の
「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」
魔力の収束が足元へ一気に逃がされ、準備が完了する。
「【
格好をつけて、パチンッと指を鳴らす。物語で見た
地面から紅蓮の劫火が飛び出て来る。ものすごい音にちょっと驚いてしまったりするが、自分の魔法に驚くと言うのはおかしな話だ。
劫火は自分を中心に視界内すべてを炎で包んだ。発せられた熱が自分にまで伝わり、出てきた汗を拭う。
すると突然、魔力の収束はまた始まる。
「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」
急いで詠唱を繋げた。一次式の時はこんなことなかったが、二次式と第三詠唱は中断もできないらしい。下手に終わらせると、
「【ならばこの終わりを続けよう。全てを
「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」
先程よりも多くの魔力が収束する。目の前の炎は少しずつ小さくなっているが、依然伝わって来る熱の量は変わらない。
「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」
収束していた魔力がまた一気に足元へと流れる。発動準備完了だ。
「【
物騒な魔法名を呟き、三次式が完成する。
発動した魔法は、属性が氷。それは燃え盛る炎を一気に覆いつくす。
一瞬で炎は消え、氷のみが残ると思ったが、その氷が盛大に爆発し、粉微塵となる。
何が起きたか理解できなかった。ただ、急激に下げられた温度に、体を身震いさせるのみ。
冷静に状況判断をすることにした。
視界内はの地形は、完全にまっ平らの平面になっており、ルームの端の方は、深く抉れている。
修復は始まっているが、あれほどだと十分はかかるだろう。
自分の魔法のだいたいの威力は分かった。普通に撃ってこの威力だと、本気で撃ったらかなりの威力になるだろう。だが不可解なことがある。
何故氷が消えた?
急激に冷やされたことで、炎が消えたところまでは理解できる。だが、何故氷が爆発したのかが分からない。
粉微塵となって破片が飛び散ることにより、威力が高まっているのは確かだが。
……メッチャ気になる。
氷も急激な温度変化による影響?
あり得るとすればそれだが、ちょっと矛盾してる気がする……
でもいいのか? 【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】ってことに沿ってるし。
炎と氷で二つの終わり。それがぶつかり一つの無と言う終わり、終焉ともいうのか。
なるほど、詠唱に忠実な魔法であることが確定した。ならばこれ以上追及しても意味が無いだろう。
「もうちょっと性質を調べましょうか」
右手を天に掲げ、呟くように詠う。
「【すべてを無に帰せし劫火よ、全てを有のまま止めそ氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」
魔力の収束は行われている。だが、
「【フィーニス・マギカ】」
そこで魔力の収束が一時的に終了する。このまま第二詠唱に入ると、【終末の炎】を撃てるが、あえて、詠唱をしない。
数分ほど待つ。体には何の異常もないし、魔法待機には集中力を必要とするが、全く集中していないのに
恐らく、ここで第二詠唱に入らなかったら、魔法を中断できるのだろう。
これはいい収穫だ。対人戦で使えるかもしれん。
じゃあ次は、本気の魔法の威力を確かめておこう。
魔法が発動される範囲は視界内全域。それはさっき撃ったことで理解している。
ならば、中心ではなく端で撃てば、かなりの威力が見込めるはずだ。
端へと移動し、荷物を自分の後ろに置いて、右手を正面に掲げる。
一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせ、集中力を高める。
「【全てを無に帰せし劫火よ―――】」
そして詠唱を始めて気付いた。魔力が全く収束しない。
どうしてか、少し考えてみれば原因は一つしか思い当たらない。
さっき一次式で終了したせいだ。ならばどうしたら解決できる……
その時、ある一つのアイディアが浮かんだ。これができるならば、これは本当のチートとなる。
「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は終わりの証として齎された】」
第二詠唱を始めてみた。そうしたらどうだろうか、魔力が収束しはじめ、足元に真紅の
予想的中&チート確定。
これは魔法の持ち越しができる、しかも集中していなくとも。原理は知らん。
「【ならば劫火を齎したまえ】」
収束する魔力を、さっきまでとは比べ物にならない段階まで上げる。これならば半端な威力で収まるはずがない。
「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」
そろそろ収束量がやばくなってきた魔力が、一気に足元へと流される。
「【終末の炎】」
やっぱり同時に鳴らしてしまう指。気持ちよくなったその音の後には、大轟音。
効果範囲である視界内は、完全にある一色で染め上げられ、地面から吹き出る火柱が天井まで届く。
威力はさっきと比べるまでも無く強い。実際に比較したとしても、約三倍近い威力がある。
「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」
中断しようとせずに、第三詠唱を始める。劫火は依然、衰えない。
「【ならばこの終わりを続けよう。全てを止める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」
顕現された露草色の
「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」
魔力の収束力が、堪え切れないギリギリのところまで上がっていくのが分かる。漆黒の手袋を付けていなければ、これほどまでの収束はできなかっただろう。
「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」
一気に魔力が流される。限界前に詠唱を終えられたことに安堵しつつ、気は緩めない。
「【神々の黄昏】」
そこで正面に掲げていた手を、振り上げる。こういう動作がある方が気持ち的に満足できるのだ。
出現した氷は、威力こそ上がったが、先程と同じように視界内の炎を完全に包み込む。
そして、爆発。爆風も冷気も飛んで来る破片の量も尋常じゃない。
急激に冷えた体の筋肉の動きが鈍るが、破片を斬り落としていく。
そうしないと、破片に一々体を貫かれる。痛みに耐えるのは慣れているが、痛み自体は嫌いだ。
飛んで来る全ての破片を斬り終わり、納刀すると、少し経ってから急激に襲われる徒労感。
急いで脚に手を伸ばし、一本の試験管を取り出して、飲み干す。
消えていく徒労感。崩れ落ちる前に地面につけた手。マジアブナカッタ。
今のは
余裕ができたところで、魔法を撃った場所を見る。
「………本気で撃つの、やめようかな」
そこには、そう思ってしまうほどの痕。
硬いはずの地面は7M程抉れ、広大だったはずのルームの端まで魔法の損傷が見られる。と言うか、端っこまでもが抉れてる。
壁は氷の破片が貫いた跡が所々に残っており、斬り落としておいてよかったと思わせてくれる。
人に撃ったら塵も残さないだろうし、自分への反動も相応。
本当の危機でしか使わない方が良いだろう。そう心に決めておく。
「さて、適当な
その後は、ルーム内が修復を終えるまで
* * *
「よし。完全に戻ってる」
一時間程経ってからルームへと戻ると、完全修復を遂げていた。
「どっちから試しましょうかね……」
彼が試そうとしていることは、並行詠唱と高速詠唱。どちらも同時に、という手はあるのだが、
「早口言葉感覚で、高速詠唱にしましょうか」
実際問題、そんな簡単な感覚でやっていいものでは無い。
そもそも詠唱とは魔力を収束するための工程であり、それを高速で行うと言うことは、それなりの集中力と魔力操作技術が必要となるのだが、元々集中力が高く、しかも魔力操作は手袋の効果が支援してくれるため問題ない。
「【全てを無に帰せし劫火よ全てを有のまま止めし氷河よ終末へと向かう道を示せ】」
「【フィーニス・マギカ】」
一次式の高速詠唱は問題ない。
だが問題は次だ。息継ぎ無しで詠わなければならなく、正直辛い。
まぁ本当の所は、息継ぎがあってもいいのだが。
「【始まりは灯火次なるは戦火劫火は戦の終わりの証として齎されたならば劫火を齎したまえ醜き姿をさらす我にどうか慈悲の炎を貸し与えてえてほしいさすれば戦は終わりを告げる】」
「【終末の炎】」
高速詠唱中でも指を鳴らすのを忘れないこのこだわり。深い意味はない。
「【終わりの劫火は放たれただが終わりは新たな始まりを呼ぶならばこの終わりを続けよう全てを止める氷河の氷は劫火の炎も包み込む矛盾し合う二つの終わりはやがて一つの終わりとにゃ――】」
噛んだ。
収束していた魔力が膨張し、脳内で『ヤバイ』と全力で何かが叫んでいる。
膨張している魔力を足元へ急速に流す。この手袋には感謝だ。
だが、それも完全には間に合わず、大爆発。
元々使っている魔力量が多いのだ。爆発量もそれ相応になる。
体内で爆発してたら、最高の回復方法である吸血鬼化もする暇が無かっただろう。
だが、爆発したのは足元。右脚が半分くらい吹き飛んだが、死んではいない。
地面からの爆風で体が宙を舞い、その間に『一閃』を抜く。
呪いを体内に入れる。そして強化する。同時に何故か瞼が下りる。
瞼を上げた。すると、足には地面の感触。二足で立っている。
吸血鬼化ができたのだろう。一部を除いてさっきより体が軽いし、目線も少し低いし、右脚下半分も生えている。
いつもこんな感じだ。変わった瞬間が分からない。 着地できているから、空中で変わったことは確かなのだが。深く追求しても無駄だろう。吸血鬼になれたのだからそれでいい。
「まさか、詠唱を噛んで命の危機にさらされるとは……情けない」
死因:詠唱を噛んで
回復も済んでいるため、吸血鬼化を解く。するとまた瞼が勝手に下がる。
瞼を上げた。吸血鬼化から戻ったのだろう。
だが、目に映る風景はダンジョンのそれでは無く、自分の心のような草原。と言うよりここは自分の心だ。
「もしかして、吸血鬼化する度に自分の心に連れてこられるのでしょうか?」
「いいえ、そうではない。ただ、いつまで経っても気づかないおバカさんに、直接引きずり込める吸血鬼化解除後に心へ連れてきて、お話しようと思っただけ」
何をどう気づけばいいのか、それは言われない。
シオンはそこは大して気にならない。だが、気に障るところがあった。
「誰が、おバカさんって?」
「貴方よ、何で気づかないかしら……」
二重の意味で言われたその言葉に、ちょっとムカつくシオンであったが、怒っても仕方のないことだと知っているため怒りはしない。
「それで、何ですか? その気づかなかったこととは」
「スキル、発現したわね。どうしてあれを使わないの」
「【
「簡単よ、対象を思い浮かべて、その人と繋がっていると思うの。集中力は使うけど、集中力が人並み外れた貴方なら問題ないわ。一つのことに没頭して、周りが見えなくなる程だもの」
「褒めているのか貶しているのかはっきりしてもらえますか?」
「どちらの意味でも言っているのだからはっきりはしてるのよ? それと、私が何を言いたいかわかるかしら?」
「【接続】を使え、と言うことでしょう。でもそれがどうしたんですか? と言うより、何に対してですか」
そもそも、何故アリアにスキルを使わなくて説教されるのかわからない。
「私に対してよ。一度使ってくれれば、今度から態々貴方を心に引きずり込む必要が無くなるのだし」
「それはどういうことですか?」
「【接続】に相互干渉っていう効果があったはず。それは、貴方が一回接続して回路を開けば、スキルを持っていなくても、集中すれば干渉された側から貴方に接続できるのよ」
それってつまり、かなり優秀な情報伝達方法なんじゃ……
「っとそれは分かりました。外に出たらやります。それで、何故そんなことを?」
「いろいろ理由はあるけど、一番大きな理由は、ここが暇なの。一応貴方の視界から外は見えるのだけれど、誰とも話せないの。だからお話相手が欲しいのよ」
「なにアミッドさんみたいなこと言っちゃってるんですか。まぁそんな理由でもいいですけど」
「ありがとう。それじゃあ、外に戻すわね。直ぐ避けるのよ」
「はい?」
視界が白光に包まれる。そして段々と暗くなっていき、瞼を閉じたときと変わらない暗さになる。
瞼を開ける。するとそこには爪。
「……ッ!」
咄嗟に右手で爪の力を横方向に受け流し、反対方向へ回避して立ち上がる。
左腰の『一閃』を抜き、即座に踏み込んで、『強化種』のウォーシャドウを斬り裂く。
幸い数は一体のみ、これ大群だったら多分死んでた。
集中力を高め、アリアの姿をイメージする。
『流石ね。よく避けたわ』
『殺す気ですか、そうなんですよね』
『あら? 直ぐに避けるように言ったはずよ?』
『その少ない情報で、起きたらウォーシャドウの『強化種』が爪を振り下ろしてました。なんて予想できる人がいると思うのですか貴女はっ』
『そんなことはいいのよ。実際生きているのだし、何の問題も無いでしょう?』
『結果論では確かにそうですけどねっ』
『そう怒らないの。今度心に連れて来た時に膝枕してあげるから』
『私はアイズの膝枕のが良いですし、膝枕はアイズのしか受け入れられません』
『頑なね。一途とも言えるかしら。まぁいいわ。今後話したいことがあったらこれで話しかけて頂戴。私からもそうするわ』
『わかりました』
そこで何かが切れるような感覚。地味にくすぐったい。
過程はともかく、結果としての収穫はあった。
今日はもう帰ろうか……いや、まだ
その後、詠唱を見事に成功させた彼が作った痕は、言うまでもなく凄いものであった。
魔法、恐るべし……
因みに、漆黒の手袋は片方だけである。