まぁ、想像に任せるとしよう。
では、どうぞ
「濃いコーヒー、それとパンケーキあんこクリーム味。粒あん、クリーム多めで」
「私は、紅茶とイチゴタルトをお願いします」
南西のメインストリート。
『ウィーシェ』着いて、前の時と変わらない店員の人に案内され、何故か一番周りから見られやすい席へと座らせられた。
そして含みのある笑みを浮かべながら、注文を聞いてきた。
「本日のおススメとしてカップル専用パフェがありますが、どうなされますか?」
注文を言い終えると、あの羞恥心を働かせるパフェを勧めて来る。
これでシオンは相手方の目的を理解した。
店内の一角には男神三人がニアニアしている。
グルだ。完全に乗せようとしている。
それより、おススメが専用の物って言う時点で、かなり強引な方法を取ってることに気づいて欲しい。
「今なら半額ですよ」
「では、お願いします」
半額、と言う言葉につられたのか、アイズが注文してしまった。
男神たちがハイタッチをしていることで、少しイラっとしてしまうシオンである。
だが、彼にとってはローリスクハイリターンの行動だ。得ばかりである。
「準備運動としては丁度いいですかね……」
彼はそう捉えることで、気持ちを落ち着かせた。
準備運動とは、この後の告白に近いことをする為の最後の心の準備である。
「シオン、一昨日は少ししか話してくれなかったけど、今日はいい?」
「何のことですか?」
「シオンが女になった理由。副作用としかいってくれなかった」
それは吸血鬼化の事。シオンは、二十四階層からの帰還後、アイズに話す事を約束をしていたが、周りが煩かったので、全てを話す事ができなかったのだ。
「今は確かに大丈夫ですね。では、どこから話しましょうか」
「どうやってなったか」
「それは簡単ですけど難しいですね……」
「どういうこと?」
「私のあれ、副作用と言いましたが、それは真実です。ですが、言葉を付け加えて、体に取り込んだ呪いを強化した時の副作用、となりますが。あの現象を私は吸血鬼化と呼んでいます。呪いを強化すると吸血鬼化はできるのですが、どうしてそうなるの、と聞かれても答えようがありませんし、どうして女性になるの、と聞かれても私の吸血鬼化の体が女性だったから、としか答えられないのです」
「つまり、よくわかってない?」
「はい」
何故呪いが強くなったら吸血鬼になるのかは、大体検討が付くが、どうしてあの世界の体になるかは答えられない。変わる仕組みそのものを理解できていないのだ。気づいたら変わっていた、という感覚。意図的に呪いを強化しても、自分の体が変わる瞬間のことは分からないのだ。
「あと、吸血鬼化って、吸血鬼になるの?」
「ええ、あの体はそもそも吸血鬼ですから。血を求めてますし、実際血を吸ったり、浴びるだけでもいいですが、そう言ったことで欲求を満たせます」
実体験なので、これは確かだ。吸血鬼の体で、今の体の倍以上の時を過ごしているのだ。あっちの体の事の方が、よく知っている。
「じゃあ、『魅了』も使えるの?」
「『魅了』? といいますと、英雄譚などに書かれている吸血鬼の魅了ですか?」
「うん」
英雄譚には、吸血鬼が、魅了の力を使って国を支配し、悪事を働いて、とある一人の
その物語では、破邪の剣と言う剣で吸血鬼を殺し、国を救った。と言う結末が描かれているが、実際はその国は寄る辺となる吸血鬼の魅了が消えた所為で、滅びている。
物語で語られてた吸血鬼の魅了と言うのは、美の女神の魅了に近い。
少し違うところは、対象を意志を持たぬ奴隷、人形ともいえる存在にしてしまうことだ。
「私はその対象がいなかったので何とも言えませんが、恐らく無理かと思います」
その物語では、数々の吸血鬼が出てきて、その吸血鬼は純血種である貴族と、
物語の発端となった魅了を使えるのは、純血種である貴族のみ、シオンの体となった吸血鬼は、断定はできないが
「そう……」
「お待たせしました」
と、早くも注文した品々が置かれていく。
そして、スプーン一つが置かれ、それ以外のスプーンやナイフ、フォークやマドラーまで持って行かれた。なんという徹底ぶりだろうか。
「別にそんなことしなくてもいいのですがね……時間が掛かりそうだ」
「シオン、先に食べる?」
「いえ、アイズが先に食べてていいですよ。できればパンケーキを美味しいうちに食べたかったのですが……店員さんの思惑で、無理そうです」
シオンはあえて大きめの声でそう呟いた。するとどうだろう、ナイフとフォークがテーブルに並べられたではありませんか。
「作戦成功。ではいただきましょうか」
「うん」
「「いただきます」」
シオンはパンケーキ、アイズはタルトを黙々と食べ始める。
シオンの食べるスピードはやはり早く、量が倍以上に違うのに、同時に食べ終わった。
「はい、あーん」
そしてパフェの『あーん』タイムである。
全く躊躇せずにスプーンを差し出せるのだから、恥じらいと言うものが無いのではないか、と錯覚させる程だが、頬が紅潮しているので、実際そうではないのだろう。
差し出されたスプーンを口に含む。
滑らかなクリームと、触感の好い小豆の甘さが見事に絡み合い、普通に美味しい。
こうやって味が分かるのも、少しは心の準備ができているお蔭だろうか。
「次、シオン」
スプーンを渡され、それに小豆とクリームを乗せ、ウェハースと言う、サクッとした触感が特徴の焼き菓子を半分乗せる。
「あーん」
動揺を見せないようにしながらそれをアイズの口元へ差し出す。
声は何とか隠せるが、恐らく顔は無理だろう。熱を帯びているのが分かる。
「もう一回」
「へ?」
「もう一回」
「あ、はい」
何故かアンコールされ、パフェを一掬いし、また差し出す。
「あーん」
言う必要も無いのについ言ってしまうのは何故だろうか。
差し出したスプーンを口に入れられ、ゆっくりとスプーンを抜く。
男神三人が騒がしいのは放っておいて、スプーンをアイズに返す。
「お礼、あーん」
と、何が狙いなのかわからない行動をされながらも、パフェを減らしていく。
何故か一度も自分で自分の分を食べることは無く、お互いに食べさせ合う状態が続いた。
パフェが全て胃へと収まったころには、『あーん』による羞恥心はきれいさっぱり無くなっていて、その後にしようとしていることへの羞恥心も薄れている。
「「ごちそうさまでした」」
「アイズ、ちょっと渡したい物があるのですが、いいですか?」
「どんな物?」
「これです」
そう言って。ポケットから指輪の入ったケースを取り出す。
「理由や建前はなんでもいいので、とりあえず、Lv.6おめでとうございます、と言うことで、プレゼントです」
渡せればいいのだ。指輪の意味は、いずれ理解してもらえればいい。
「私に?」
「ええ、受け取ってもらえますか?」
「うん。開けていい?」
「いいですよ」
貰ったものを本人の前で開けるときは、どうしてか許可を得ようとしてしまう。人間の心理なのだろうか。
「これって……指輪?」
「はい、そうですよ」
ケースから取り出した指輪を物珍しそうに眺めるアイズ。
「あ………」
と、ある一点を見て呟く。そこは、文字を刻んだ場所。
「シオン、これ………」
「解読はご自由に。そのまま意味を知らなくてもいいし、意味を知ってくれても構いません。私の口から意味を言うつもりはありませんから」
刻んだ文字は、
今時それを知る者は少ないが、アイズもその大多数の一人だろう。
「わかった」
「あと、ちょっと試しに嵌めてもらっていいですか? サイズが合っているかわからないんです……」
これはどうしようもなく情けのないことだ。後先考えずにやってしまう自分の性格が嫌になる。
アイズが首肯し、指輪を嵌めた。それは
「ちょ……それは……」
「?」
だが、シオンはサイズがあったことよりも、別のことを気にしている。
左手の薬指。そこは結婚指輪を嵌める位置とされている場所。
「どうしたの? シオン?」
「もしかして……今自分が何をしているか気づいてないんですか?」
「?」
どうやら、アイズは本物の天然らしい。それともこういうことに疎いのか?
「まぁ、私としてもそこに嵌めて頂けるのは嬉しいですし、何も意見したりはしませんが……」
「どういうこと?」
「お気になさらず」
「……わかった。シオン、ありがとう。大切にするね」
と、アイズは指輪を嵌めた左手を抑えながら言った。
その時に見せてくれた微かな笑顔に、シオンは幸福感と達成感を感じ、少しずつ取り戻せている彼女の笑顔に、彼は、自分と言う存在が彼女に良い影響を齎していることを知った。
『君の笑顔のために』
そしてシオンは、自分が指輪に刻んだ思いが、叶うことを願った。