面白味もない制作回
では、どうぞ
ホームへと帰り、道中で買った物をテーブルの上に並べ、今日の収入を金庫へと仕舞い、使いそうな物を取り出す。
準備物をテーブルに整理し終えると、紅い宝石を手に取り、それを『黒龍』で十六個に斬りける。
分けた内の一つ。紅く淡い、半透明で、薄く自分を映す宝石を手に取った。
それを、『黒龍』の切先で、ほんの少しずつ、慎重に斬り落としていく。
丁度よい大きさになり、大体の削りの作業に入った。
小さくなった宝石を、買ってきた『固定版』と言う、左右から板で押さえつける道具に挟みこむ。そして、これまた買ってきた、アダマンタイトを使っている、長く鋭く細い、
固定され、宙に
長い時間を掛けて終えると、次には、細かい削りの作業に入る。
用意していた水を入れ、削った時に砕けて粉となった宝石を洗い流す。
半丸やすりという、滑らかな曲面を作り出すことに適しているやすりを使って、楕円型のドーム状にしていく。
幸い、工具の使い方は概ね把握している。五歳の頃に、お祖父さんから教えてもらった。
気が滅入りそうな作業を続けることによって、満足のいく形状になる。
そして、磨き。まず削った所為で透明度が落ちているので、それを取り戻させる。
粉となった宝石を洗い落とし、別の容器に入っている液体に入れる。
その液体は、【
十秒ほど浸けて、取り出す。
再生速度が遅いと言っても、再生することには変わりない。削られていない部分を作るために再生するのだ。ほんの数MMでもいいし、何ならそれより少なくてもいい。
だが、保険は掛けるものだ。再生液をふき取り、透明度を取り戻した宝石を、磨いていく。
布を取り出し、優しく、ただ拭いていく。
この布もただの布ではない。完全艶出し専用の布だ。それなりの値段はする。
磨き終えると、楕円型ドーム状の、紅く淡い、半透明の、元より輝きを増した宝石が出来上がった。
第一工程終了、次に移る。
宝石はハンカチで包み、邪魔にならない所へ。
さきほど使った水は、流しに捨て、新しい水に入れ替える。
そして、取り出すのは、厚さ7MM程の
色が変わったところで、鍛冶で使う
少しずつ慎重に行うため、
最後の一打ちを終え、長くなってしまったので、不必要な分を切断する。
一旦水に浸け、取り出して水気を払い、今度は炙る。
色が変わってからまた水に浸け、取り出し水気を払って、今度は鉄心棒に押し付ける。
力を入れすぎて折れないように気を付けながら、形状をリング状に整えていく。
木槌で傷つけないように、角度を考えながら打っていく。リング状になったところで、鉄心棒から取り外し、つなぎ目となる隙間を平らに削って、また鉄心棒に通し、つなぎ目の隙間が無くなるように曲げていく。
あと少しでくっつきそうなところで止め、鉄心棒から取り外し、紙のように薄い
紙ほどの
水から取り出すと、はみ出た
そして、リングは完成した。第二工程終了である。
最後の、第三工程へと入る。
リングを固定板で固定し、接合部分の反対側である、少し幅が広く、厚い部分を抉り始める。
ピックを使い、余計に罅が入って、跡が残らないように気を付けながら、
抉り終えて、粉を落とし、抉った部分を綺麗にすると、そこに宝石を置いた。
抉ってできたスぺースは、宝石よりも少し大きく、ひっくり返せば外れそうなくらいの隙間ができている。その隙間を埋めるために、再生液を隙間に満たすほど垂らす。
中の液体が零れないように固定して、ピックを取り出す。
1MMにも満たない先端で、リングの内側に文字を刻み始めた。
慎重さを極めるその作業を終えたころには、既に宝石が再生して隙間が埋まっており、綺麗に融合していた。
布を取り出し、全体的に磨いてから、問題が無いかを確認する。
「完成……ですかね……」
「お疲れ、シオン」
シオンが呟いた言葉に、反応した者がいた。それはベルである。
「いや~凄い熱心だったね~。集中力が普通じゃなかったよ」
更に言葉を重ねてきたのはヘスティア。二人はもう帰宅を済ませていた。
現在時刻は夜の八時。やはり素人がやったらそれなりの時間が掛かってしまう。
「で、シオン君。その指輪を誰に渡すんだい?」
と、シオンがが手に持っている『指輪』を示して言った。
彼が熱心に作っていたのは『指輪』。誰に渡すか、そんなの一人しかいないだろう。
「私の恩人であり目標であり希望である人ですよ」
本当はもっとある。シオンが彼女に対し思っていることなど、言葉を尽くしても足りない。
だから曖昧なところで止めておく、そして、この時彼は気付いた。
「……指輪のサイズ……測ってない……」
作ったはいい。だが嵌められなければ指輪である意味がない。
大きくても落ちるだけだし、小さくても指が通らない。
彼は自身の失態に、ようやく気付いた。
「あちゃ~。流石シオン君だね……後先考えないでやっちゃう」
「……サイズ、合ってるといいんですが……」
別に、気持ちが伝わるだけでもいいのだが、作ったからには使ってほしい。
冒険には邪魔になるだろうし、実際邪魔なら外してくれても構わないと思っているが。
完全に矛盾した考えだが、それはシオンが決めることでは無く、彼女が決めることだ。第一、受け取ってくれるとも限らない。
「それより、シオン君……おなかすいた」
「ごめんシオン、僕も……」
「ごめんなさい、占領していた所為で食事がとれなかったんですよね。直ぐに片付けて用意します。お詫びとして今日はちゃんと作ります」
「ちゃんと作らないであの美味しさなの⁉」
「シオンが作る料理は昔から美味しかったですから、僕が六歳の時から作ってくれなくなりましたけど……」
会話の声が聞こえてくる中、シオンは一人作業を進める。
『マジで……大丈夫、だよな……』
渡すときのことを、不安に思いながら。
* * *
「神様、シオン。今日ちょっと来て欲しいところがあるんだけどいい?」
翌日の朝。【ヘスティア・ファミリア】の朝食中にベルがそんなことを言った。
余談だが、この日シオンは碌に鍛錬ができていなかった。
「何時頃何処にですか?」
「北のメインストリートにあるカフェのオープンテラスに十一時頃」
「ボクは大丈夫だよ。その時間ならバイトもお昼休みだしね、シオン君は?」
「私は無理そうです。その時間帯には用事があります」
今日は彼女との定期的な報告会を開く日だ。まだ初回の一度しか開けていないものだが。
シオンはその時に指輪を渡そうと思っているのだ。
「じゃあ、シオンは今度で大丈夫かな」
「それよりベル君、どんな理由で呼び出そうと思ったんだい?」
「あの、前に言ってたリリのことで」
パキッ、と音がした。その音を出した物は、二つに分かたれている。
「シ、シオン?」
「いま、リリと言いましたか」
「う、うん。言ったよ」
「完全に忘れてました、
彼は今思い出した。リリ、リリルカ・アーデのことを。
彼は警告していた、次は無いと。
ベルは許すと言った。だがら彼も盗みについては許す。だが、警告を無視したことは許さない。
「ベル、今度たっぷり時間を用意してくださいね」
「シ、シオン君。その笑顔が黒く染まっているように見えるのは気のせいかい?」
「いえ、実際そうなので気のせいではありませんよ」
シオンはこの時、頭の片隅でリリルカ・アーデへの罰を考えていた。
…………普通ので人間では耐えられないようなモノを。
* * *
時は過ぎ現在朝九時。
服装は、
ポケットの中にはケースに入れた指輪を入れ、腰に『一閃』を携えている。
お金は、念のため少し多めに用意してある。
落ち着かなくて早く出てしまった。そして既に辿り着いている。
北のメインストリートの最端に位置し、一つ路地を外れれば正門へ辿り着ける、黄昏の館。
「こんにちは、アキさん」
既に知り合いとなったアナキティ・オータムことアキさん。以前来た時も門番を務めていた。
「アイズさんかしら?」
「はい。でも自分で呼びますからいいですよ」
反応によって呼び出す方法。ちょっと集中力を使ったりする。
だが、風を操り始める前に、ピリッと電気が走るような感覚。
「っと、どうやら呼び出す必要はなかったみたいです」
丁度よく、アイズが正門から見える館口を開け、姿を現した。
白布に包まれた何かを抱え、すたすたと駆け寄って来る。
「おはようございます。アイズ」
「うん、おはようシオン。でも、どうして? まだ正午じゃないよ?」
「それは、ちょっと落ち着かなかったので、早く出てきてしまって。それより、アイズは何をしに?」
「これ、ギルドに行ったら会えると思ったから」
白布を少し解きながらそう言った。解かれた隙間から見えたのは、緑色の金属。
「あ、プロテクターですか。でも、まだ早いですよ。ベルは今日午前中は予定が入ってますから、早くても正午ごろに行くことをお勧めします」
「そうなの? どうしよう……」
「なら、今日は少し予定を早めて、『ウィーシェ』に行きませんか?」
手持ち無沙汰になりそうなアイズを、普通に誘う。デートに誘っているようで内心バクバクしてるし、その後にしようと思っていることを考えると、更に脈数が上がって、心臓が血圧に耐えられなくなって穴が開き、出血死してしまいそうだ。
「うん、分かった」
まぁ、ただ予定を前倒しするだけなのだから、断られることは無いと分かっていたが。
「それではアイズさん。行ってらっしゃいませ」
「アキさんに敬語ってなんか合わないです……」
「合うも合わないも礼儀なんだからやらないとダメなんです」
「知ってますよ。それでは、失礼します。アイズ、行きましょうか」
「うん」
黄昏の館に背を向け、二人並んで歩いていく。
普段は屋根を伝って移動するが、アイズと一緒に居られる時間は長い方が良い。態々早く移動できる手段を取ったりはしない。
さて、今のうちに心の準備をしておきますか。
原作と、アイズがギルドへ向かった時間が全然違いますが、そこはまぁ気にせずに、ね。