やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

45 / 162
  今回の一言
 詠唱考えるのに五時間かかった……

では、どうぞ


報酬、それは魔法

 黒衣の人物が去った後、シオンはホームに一旦戻り、言われた通りバックパックを持って、東地区にある『保管庫(セーフポイント)』へと向かった。

 

保管庫(セーフポイント)』とは、ノームが貸し出しを行っている金庫の総称であり、ギルドもその存在を認め、保護を行っているため、安全性は抜群と言えよう。

 だが、シオンのように、その金庫を利用しない人もいる。

 あそこは、金庫を貸し出すと言ってるだけあって、その分料金も取る。それは一ヶ月ごとに払わなければならず、更に言うと、金庫が大きければ大きい程高い。そして、収納量は、シオンがホームに作った金庫よりも少なく、利用すると、損しかないのだ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の時よりは格段に少なくとも、人が多いことには変わりない道は進まず、人がいない屋根の上を跳び回る。

 心地よい風を身で受けながら、格段に上がった潜在能力(ポテンシャル)に体を慣れさせながらも、かなりの速さで進んで行く。どれくらい上昇したのかが分かっているのなら、大体の加減はできるのだ。

 程なくして、シオンは目的地にたどり着いた。

 中に入り、番号分けされている内の、600番台の奥へと行く。

 ここの金庫の大きさは、番号の下二桁で決まる。

 基本的に、99が最も大きく、次に、33と66。その次に11,22,44,55,77,88が大きい。それ以外の番号は全て同じ大きさである。

 例外的に、ある四つの保管庫はその法則に当てはまらず、0番、1番、100番、1000番。は他と比べて大きく、番号が大きいほうが、金庫の大きさは小さくなる。勿論、金庫が大きくなる度に、料金は高くなるのだが。

 600番台の、最奥から一つ手前、そこに666番の金庫はあった。鍵を刺し込むと、しっかりと回すことが出来た。

 

「さて、どれ程の報酬でしょうかね」

 

 取っ手を引っ張り、軽く感じる金属扉を開く。これくらいの重さなら、一般人でも頑張れば開けられるレベルだ。

 完全に扉を開き、中を確認すると、シオンは扉を閉めてしまった。

 即座に鍵を抜き、そこに刻まれた番号と、金庫の扉に掘られた番号を何度も見比べる。

 

「これ、何ですよね……間違って…ませんよね……」

 

 シオンは何故か、金庫を間違ったと思っていた。鍵が刺さった時点で、間違っていないことに気づけるはずだが、シオンはそんなことにすら気づいていない。

 震える手で、また金庫に鍵を刺す。そして、ゆっくりと鍵を回し、開錠する。

 取っ手をまた掴み、引っ張って開けると、中身をまた見た。

 二冊の分厚い本。自分の頭より大きい、魔法石と思われる石。赤青緑紫に輝く大量の貴石。不思議な気配を放つ指輪や腕輪などのアクセサリー。それと、一通の手紙。

 

「……………」

 

 驚きで声も出せなくなる、彼は初めてそれを体験した。 

 その状態から時間をかけて回復すると、見やすい位置に置かれていた手紙を手に取る。

 漆黒の手紙の封を開け、書かれている内容を読むと、そこにか簡潔に、

 

『君の自由にしてくれて構わない』

 

 とだけ書かれていた。彼のもらう手紙が毎回短文なのは何故だろうか。

 

「あはは……まじですか……」

 

 彼は唯一常識に近かった金銭感覚が、崩れていくような気がした。

 金庫の中身全てを、持ってきたバックパックへ詰める。幸い、黒衣の人物は気が利くらしく、金庫の奥に、梱包材が置かれていた。

 全て包み込んで詰め終えるのに、軽く一時間かかってしまった。

 シオンは、何度も残りが無いことを確認し、扉を閉める。ここの決まりとして、使い終わった金庫の鍵は、受付のノームに返却しなければいけないのだ。

 

「はいよ、またのご利用を待っております」

 

 と、文法が整っていない敬語を背中で受けた後に、シオンは、警戒度最大かつ、最高速度でホームへと戻るのだった。

 

 

   * * *

 

 シオンはホームの隠し部屋へ戻るなり、即座に自作金庫を開け、そこへ報酬を慎重に入れていく。傷つけると価格が下がってしまう恐れのある物があるからだ。

 金庫への収納を終えると、彼はソファに座って考え始めた。

 

 さて、どうしようか。

 さっき見て思ったが、あれを全部売ると、軽く十億ヴァリスを超す。それを用意できる黒衣の人物……本当に何者なんだ…

 いや、あの人の詮索はしないでおこう。結果が期待できない。

 それより使い道だ。帰る途中で考えて、少しは決めた。

 あの分厚い本、恐らく魔導書(グリモア)だ。一冊は自分で使うことにした。

 貴石、あれは何個か残して売ることにする。装飾などに使えるかもしれない。

 アクセサリーと人頭サイズの魔法石はまだ検討中だ。  

 アクセサリーに付いている思われる特殊効果は、鑑定士にでも見せて、確認した後にどうするかを決めるとして、魔法石はどうしようもない。あれだけの大きさとなると、売るのにも一苦労なのだ。そこあたりの情報は、ミイシャさんから貰えばいいだろうが、加工して使うと言うのも手だろう。効率的な方を選ぶべきだな。

 さて、億単位の収入が入ることは確定したから、早速魔導書(グリモア)でも使おうか。

 

 シオンは慣れた手つきで金庫を開け、赤の表紙の魔導書(グリモア)を取り出し、すぐに扉を閉じて、施錠する。

 寝落ちすることは分かっているから、壁に寄りかかって、本を読み始めた。

 題名は、『魔法と魔導』。珍しいことに、それは神聖文字(ヒエログリフ)で書かれている。

   

『世界には法則がある。その法則は、崩すこともできなければ、変えることもできない。だが、干渉することはできる。それこそが魔法だ。世界に干渉する(すべ)のこそが、魔法と言われているものなのだ。そして、基本となる火、水、風、大地、光。この属性を使い、魔法を作り出すと言う考えこそが魔導である』

 

 呼んだ先から文字が消えていく。だが、読み手はそれに気づかない。吸い寄せられるように本を読み進めていく。

 

『魔導と魔法、この二つに大差ないと思うのは間違っている。これ等は根本から異なっているのだ。魔導は、誰でも努力さえあれば習得が可能である。だが、魔法はそうではない。精霊の血を与えられると言う例外を除いて、先天的なもの、いわば才能で決まるのだ』

 

 シオンは半目のままで本を読み進めていた。本人はそんなことも気づかない。

 

『ならば、魔導を得ればいい。魔法を欲するならば魔導を選べ』

 

『さぁ、始めよう』

 

 そんな声がシオンの脳内に響いた。彼は力なく本を手放している。

 

『君にとっての魔法は何だい』

 

『風、大切な人との繋がりの示してくれる、貰い物の力』

 

『魔法は何だと思う』

 

『法則に干渉するもの、なのでしょう? 魔導書(グリモア)さん』

 

『へ~、君面白いね。僕に気づくんだ』

 

 シオンに新たに視界が現れた。それ以外の感覚が無いのだから、違和感が消えないのは仕方のないことである。

 一枚の鏡のような物の、その奥には自分の姿をして、話かけて来る魔導書(グリモア)

 

『勘ですよ、ただの』

 

『それで、僕の考えはいいんだ。君の考えを聞かせて』 

 

『魔法は世界の全て。世界の始まりであり、世界の終わりでもある。曖昧で、不確定で、でも一つ言えることは、願いを可能にする力』 

 

『ふ~ん。それで、君の願いは何だい?』

 

『そうですね……彼女の隣に立てるだけ強くなる、ということでしょうか』

 

『君はもうその資格を得ている、君は彼女を超す強さを持っているじゃないか』

 

『あれは私の力ではない。私は同じ立場に立ちたいのです。人間を辞めて立っても、同じとは言えない』

 

『つまり君は、人間のまま彼女に隣に立ちたいんだ』

 

『ええ、その為の力として、魔導書(グリモア)、あなたを選びました』

 

『ふ~ん。いいよ、力をあげる。これからは君の力だ。扱えるかどうかは君次第、だけどね』

 

『上等ですよ』

 

『じゃあ、頑張るんだよ』

 

 彼の視界は白光で包まれ、瞼を閉じたような気がした、

 

 

 白から黒へと変わっていく視界。完全に黒くなったところで瞼を開ける。

 居慣れた場所からの、見慣れた部屋の光景。  

 どうやら魔導書(グリモア)を読み終えたようだ。膝上に置かれている赤い本は、既に中身が白紙と化している。

 後はヘスティアを待ち、【ステイタス】の更新をしてもらうだけだ。

 現在時刻は四時。何処に行ったかもわからないベルと、バイトのヘスティア様はそろそろ帰って来るだろうか。

 

「ただいま……」

 

 案の定、ベルが帰って来た。その声には力が無く、顔にも疲れが浮かんでいる。装備をホームに置いていたから、ダンジョンではないはずなのだが、何処へ行ってこんなに疲れたのだろうか。

 

「おかえりなさいベル。何があったのですか?」

 

「ううん、ちょっと空振りが続いて心身ともに疲れてるだけだから……」

 

 それは何かあったと言うと思うのだが……別に追及するつもりはないが。 

 

「そうでしたか。『魔石冷蔵庫』に疲労回復の効果がある果実を入れてあるので、それを食べてソファで休んでいると良いですよ」

 

「うん、ありがと」

 

 そう言って『魔石冷蔵庫』から、表面が緑と赤の縞模様をした果実を取り出す。

 

 因みに、『魔石冷蔵庫』とは、魔石の魔力で冷気を内側に発する食糧などの保管に適した入れ物である。魔石の交換は、一週間に一回ほどが推奨されている。

 

「シオン、【ランクアップ】の報告してきた?」

 

「ええ、ミイシャさんの泣き叫ぶ顔はとても素晴らしいものでした」

 

「あはは、で、その本は何?」

 

 苦笑いを浮かべた後、膝上に置いていた本を指さしながら聞いてきた。 

 

「あぁこれですか? 魔導書(グリモア)ですよ。先程読み終わりました」

 

「え……それホント?」

 

「勿論。何ならこの全頁白紙となった本を見てみますか?」

 

 そういって膝上に置いていた元魔導書(グリモア)を見せびらかす。

 

「いいや……それより、どうやって手に入れたの? すっごく高いんだよね僕も前読んじゃったけど……」

 

冒険者依頼(クエスト)の報酬で入手しました。もう一冊ありますよ」

 

「ほんとに! じゃあ!………ごめん、やっぱりなんでもない」

 

 欲しがっているように見えたベルが、表情を一気に変え、諦めたような表情を浮かべた。

 それで思い出す。もしかすると、という可能性の範囲でしかない推測が出てきた。

 

「どうしたんですか? 私はあの魔導書(グリモア)の使い道に困っているので、何か使い方があるのなら言ってください」

 

 一応ベルの考えを聞いてみる

 

「あ、あのさ、僕が前魔導書(グリモア)読んじゃったでしょ……だから代わりとしてそれを返せればなーって、持ち主も分かってないのに、無理だよね……」

 

 予想通り。やっぱり負い目を感じていたのだ。このお人好しめ。

 

「無理ではありませんよ。あの魔導書(グリモア)の持ち主は特定済みです。渡しておきましょうか?」

 

「どうやったの⁉ いやそんなことより、シオンがやっても意味無いじゃん」

 

「いえ、流石にベルをあの()に会わせるのは……」

 

「え、なに? そんなにヤバイ人なの?」

 

「派閥、性格、勧誘方法、全部がヤバイです」

 

 都市最強派閥の片翼、最悪の浮気者という性格、魅了して引き込むという勧誘。

 正直言ってヤバイ。しかもベルを狙ってることも分かっているから、もっとダメ。

 

「シオンはその人に会っても大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。多分……」

 

 私に魅了は効かない。【猛者(おうじゃ)】はともかく、他の構成員なら多分勝てる。

 神フレイヤに危害さえ加えなければ、【猛者】は攻撃してこないだろうし。問題ないはずだ。

 

「でもいいや。シオンに悪いし、自分で魔導書(グリモア)手に入れて、自分で探して渡すことにする」

 

 あまりそうしないでほしいものだが……ベルの意思は大体固いし、自由にさせておこう。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえりなさい、神様」

 

「ベルく~ん。ボクは君の笑顔が見れるだけで働いた甲斐があるよ~」

 

 ヘスティア様は、帰って来て早々ベルに抱き着いていた。それを軽くあしらっているベルは、完全に手慣れている。成長したな、我が弟よ。

 

「おかえりなさい、ヘスティア様。早速で悪いのですが、【ステイタス】の更新お願いできますか?」

 

「どうしてだい? 今日はダンジョンに行ってないんだろう?」

 

「そうですけど、まぁとにかく」

 

「う~ん。なんか怪しいけど、いいや、準備してね~」

 

 この間、ずっと魔導書(グリモア)を背中に隠しておいた。

 さて、反応は如何に。

 

――――――

 

ステイタス更新中……更新中…

 

――――――

 

「はい、魔法発現おめでとう。何をしたのかな?」

 

「反応がない、だと……」

 

 今回のヘスティアは違った。全く動じない。一瞬偽者かと思ったが、【ステイタス】の更新ができている時点で、本人であることは確定している。

 

「で、原因は?」

 

魔導書(グリモア)を読みました」

 

 今度こそ反応があるだろう。シオンはそう思っていた。

 

「ふ~ん、そっか。昨日言ってた冒険者依頼(クエスト)の報酬かな? まぁ強くなってくれて何よりだよ、はい【ステイタス】なんでダンジョンにも行ってないのに伸びるかな……」

 

 だが予想は大きく外れ、反応薄である。正直言って、

 

「つまらないです」

 

「面白さでボクを毎回叫ばせてたのか君はっ!」

 

「そうですそうです、その反応です。私が見たいのはその反応なんです」

 

「流石にあれだけのことがあればもうボクの常識は崩れたも同然さ」

 

「チッ、そうですか」

 

「それより、自分の魔法を確認してみたらどうだい?」

 

 

シオン・クラネル

 Lv.2

 力:I 0→I 24

耐久:I 0

器用:I 0→I 15

敏捷:I 0→I 83

魔力:I 0→I 59

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

【フィーニス・マギカ】

・超広域殲滅魔法

二属性段階発動型魔法(デュアル・マジック)

 詠唱式

【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】

 

・第一段階【終末の炎(インフェルノ)

詠唱式【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ。醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】

 

・第二段階【神々の黄昏(ラグナレク)

詠唱式【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ。ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む。矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった。その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

 

「一度使ったら憶えられますかね……」

 

 全部で合わせて、超長文詠唱。しかも特殊な二段階。憶えにくそうだ、と言うのがシオンの第一感想である。

 

「憶えてから使った方が良いんじゃない? 勿論ダンジョンでだけど」

 

「それくらい解ってますよ」

 

「シオン、どんな魔法なの?」

 

「すごく強い魔法です。詠唱からしてかなりヤバイと」

 

「へ~、今度みたいな~」

 

「見せられるような魔法だったらいいですよ」

 

 それは恐らく叶わないだろう。魔法は大体が詠唱の通りになる。魔法にかなり物騒な名前がついてる時点でもうアウトだけど。

 明日にでも試そうか、いや、明後日にしよう。明日は報酬の処理を済ませておきたい。

 一応場所は十二階層のルームにしよう。誰もいないのはあそこだけだ。

 

「シオンく~ん、おなかすいた~」 

 

「はいはい、作りますから待っててくださいね」

 

「わ~い!」

 

 今日はちゃんとした物を作ろうか。  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。