やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言。
 黒衣の人物ことフェルズの口調が書きにくい。

では、どうぞ
 


報告、それはギルド

 普段通り、愛刀を携え、屋根を歩くシオン。

 東の空から出てきた太陽が、姿を露わにし、点々と雲が浮かぶ空を悠々と動く中、彼はとある場所へと向かっていた。

 現在時刻は朝の九時、様々なお店の戸が開かれ始める時間帯だ。

 道行く人は、明るい活気を振りまき、聞こえる足音は、どこか軽快に思える。

 大通りを行きかう人々は、皆が皆、肩を逸らしたりと、ぶつからないように工夫しながら、進んでいた。

 彼にはその光景がとても非効率に思える。

 まぁ仕方のないことなのだろうとも、彼は思う。自分は【ステイタス】を授かっているうえに、魔力以外、普通のLv.5を優に超しているのだ。異常なことを自覚している彼は、自分と同じような移動方法をとれとは言わないし、実際とらないでほしい。単に自分の移動に支障をきたすからだ。

 幸い、今は誰も屋根の上を移動したりしない。おかげで、彼は移動が快適かつ素早い。

 目的地にはすぐ辿り着いた。そこは冒険者で賑わうギルド。

 中に入り、彼が向かうのは冒険者窓口。目的は担当のミイシャ・フロット。

 

「あ、シオン君。なになに、今日は何の情報が欲しいの?」

 

「あ~、とりあえず、あっちに」

 

 そう言って彼が指し示すのは、防音の個室。毎度のこと利用させていただいてる場所だ。

 

「うん、じゃあ先行ってて~」

 

「わかりました」

 

 彼女は相変わらずのスマイルでそう言う。

 あの顔が苦しみで染まると考えると……ちょっとぞくぞくするな…

 

 シオンは、自分が行うことが、結果的に彼女の苦しみを生むことを、理解していた。

 

 

   * * * 

 

「よいしょっと。さて、今日は何の情報が欲しい?」

 

「いえ、今日は情報をもらいに来たのでは無く、提供しに来ました」

 

 彼が個室に入ってから、数分経ち、彼女は部屋に入って来た。

 

「へ~、で、どんな情報? お金? 冒険者? 恋愛?」

 

「冒険者についてです」

 

 彼はあえて、それが誰なのかを言わない。ちょっとずつ蝕んでいく作戦だ。

 

「その冒険者は、昨日【ランクアップ】したんですよ。その情報を、ミイシャさんに教えておきたくて」

 

「【ランクアップ】なら後でギルドに報告に来るはずだから、別にシオン君が私に教える必要なくない?」

 

「いえ、ありますよ。まぁ続きを聞いてください」

 

 彼は、不審に思われたところを適当に返答し、話を進めていく。

 

「その冒険者の【ランクアップ】の所要期間が、凄いんです」

 

 あえて自画自賛をすることによって、自分だと思わせないようにする。

 

「へ~、どれくらい?」

 

「約一ヶ月」

 

「はぁ⁉ それホント⁉」

 

 興味を惹くことに成功した彼は、作戦の第一段階をクリアし、小さくガッツポーズ。勿論彼女の死角で行う。

 

「その冒険者の担当者はつくづく大変でしょうね。絶対的に神会(デナテゥス)のネタに上がりますから。資料制作、本人インタビュー、神々からの押しかけ……考えただけで同情レベルのことになることは必須でしょうね……」

 

「あ~大変そうだな……本当に考えただけで同情しちゃうよ……」

 

 彼女は暖気(のんき)にもそう言った。まさかその担当者が自分だと言うことは露ほどにも考えちゃいないのだろう。

 

「そして、その冒険者事態も中々面白いんですよ」

 

「どんなどんな!」

 

「容姿は完全に女性、でも性別は男。所謂『男の娘』なんですよ。そして、半月ほど前に、単身でLv.5を屈服させたんですよね」

 

「へ~、シオン君みたいだね」

 

 と、彼女は的の付いたことを言ってきた。無意識に勘の鋭い人だ。

 

「そして、その冒険者は、左眼を眼帯で隠しているんです。その下を見たことのある者は、限りなく少ないのだとか」

 

「へ、へ~。本当にシオン君みたいだね」

 

 ちょっと、疑わし気な表情を浮かべる彼女に、更に告げる。

 

「その冒険者の所属するファミリアは【ヘスティア・ファミリア】。立場的には副団長」

 

「そ、それって……」

 

 彼は、殆ど気づいた彼女に、追い打ちをかける。

 

「その人の名前は、シオン・クラネル」

 

「え、ちょっと待って……てことは、さ…」 

 

 そして、(とど)めに一撃。

 

「お仕事、頑張ってください」

 

 と、全力のドス黒スマイルで言い放つ。

 

「いやだぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 彼女の顔は、苦しみを通り越して、絶望に歪み、泣き叫び始めた。

 それを見て、一言。

 

「いい表情ですね」

 

最低(クズ)がぁっ!」

 

 言い返されたその一言は、シオンの心にかなり響く一言であった。

 

 

   * * *

 

「ぐすっ……ひくっ……働きたくない……」

 

「駄目です。働いてください」

 

 泣き叫ぶのを()めたのは、十分ほど経ってからだ。目元は赤く腫れ、声にも覇気が無く、ソファから降りて床に座り込んでいる。

 

「ミイシャさん。ギルドの顔とも呼ばれる受付嬢ともあろう者が、働きたくないなんてぼやくんじゃありません。意欲と誇りでも持ってください」

 

「うわ~ん! シオン君がエイナみたいなこと言うよぉー!」

 

 と、棒読みで叫ぶミイシャ。それを聞いて、何で彼女は、忙しいと分かりきっているギルドなんかで働いてるのか不思議に思う、シオンであった。

 

「……わかった」

 

「何が?」

 

「嫌なことは早く終わらせる。そして、すぐ楽になる」

 

 その考え方は実にいいものだろう。嫌なこと、つまり仕事を早く終わらせる。そしてその後に楽になる。だが、ミイシャは理解していない。仕事と言うのは、終わらせれば終わらせる程、次が増えていくものだと言うことを。

 

「シオン君、ちょっと待ってて、必要な物取って来る」

 

「あ、その前に、目元をちゃんと拭いた方が良いですよ」

 

 シオンは彼女を呼び止め、いつも携帯している、白色のハンカチを取り出して彼女に渡した。因みに、彼は、白色と黒色のハンカチを、一枚ずつ持っている。

 

「あ……ありがとう」

 

 それを素直に受け取り、言われた通り目元を拭いてから個室を出るミイシャであった。

 

――――

 

「さて、ちゃっちゃと終わらせよう!」

 

「何をですか? 私何も知らないのですが」

 

「え、言ってなかった?」

 

「言ってません」 

 

 ミイシャは個室に様々な書類を持って戻って来るや否や、いきなり始めると言い出した。何をどうするか全く聞かされてないシオンは、少々戸惑い始めている。

 

「いやいや、自分で言ってたじゃん」

 

「…………あれって、本当にやるんですか?」

 

「は? どゆこと?」

 

「さっき言ったこと、あれって殆ど想像で言っていたのですが……」

 

「凄い的を射た想像だね。まぁシオン君の想像力の異常さは置いといて」

 

 ミイシャは既に適合を始めていた。軽く受け流せるようになっているのだ。

 

「まず、【ランクアップ】おめでとうございます。クラネル氏」

 

 と、彼女は敬語を使い始めた、普段の軽口に似合わないその姿に、シオンは一言。

 

「気持ち悪いです」

 

「仕方ないじゃん! 私だってこんな口調やだよ! 普段通りの方が楽だもん! でもさ! こうしないとダメってエイナに言われてるんだもん!」

 

 完全に逆切れしているミイシャ。シオンはただ率直な感想を言っただけである、別にキレられる言われは無いはずだが、それを言うと、ミイシャのストレスが増すことが確定しているので、彼は言い返すことをしない。

 

「もういい! 普段通りにやる。シオン君、なるべく正直に答えてね。まず【ランクアップ】の原因から話して」

 

「いや~どれが原因で【ランクアップ】したか、正直わからないんですよ。【ステイタス】の更新殆どしてませんでしたから」

 

 シオンは、普通なら【ランクアップ】しそうな偉業をいくつかこなしている。

 『強化種』や『変異種』との戦い。

 呪いの世界からの脱出。

 睡蓮(人外)との超光速戦闘。

 どれも偉業と言っても過言とならない。普通ならできないことをやっているからだ。

 

「じゃあ、一番最近のやつ」

 

「ある男との殺し合いですね。()()()()()だったので、本当に生と死が紙一重でしたよ」

 

「ふーん、()()()()()か~。確かに、死にそうなところから逆転して【レベルアップ】した例は過去に何度もあるしね。ていうより、殆どそれだし」

 

 シオンとミイシャは気づかない。微かな誤解が生まれつつあることを。

 ミイシャは、情報を何かの用紙に記入していく。それに沿って質問が行われているからだ。

 

「じゃあ次、到達階層は何回層?」

 

「二十四階層ですね」

 

 シオンは、言われた通り正直に答える。勿論そこには他意はない。

 

「ははは、馬鹿なのかな~? 可笑しいよね? 絶対おかしいよね?」

 

「真実です。何なら『宝石樹』から採った宝石見せますか? まだ保管してありますから」

 

「いいよ、もぅ……はいはい二十四階層ね。常識外れにもほどがあるでしょ……」

 

「常識外れたら程なんて無いと思いますが」

 

「いいの! ただの愚痴に突っ込まない!」

 

「は、はい」

 

 彼はこの時学習した。誰かの愚痴には付き合わない方が良いと。

 

「次! おおよその稼ぎ。最高どれくらい?」

 

「九十万ちょっとですね。ほら、私が換金所前で叫んでいたことあったでしょう? あの時ですよ」

 

「もうヤダ……何なの、私の常識が崩れていく……」

 

「そういうときのおススメは、崩れた常識を完全に取っ払って、新たに常識を再構築するといいですよ」

 

「できるか!」

 

 彼は、実際に行ってきた対処法を話してみたが、どうやら受け入れてもらえないらしく、拒絶を示された。個室に入ってから、よく叫ぶが、喉が痛くならないのだろうか、と、見当違いのことを心配するシオン。彼はもう叫ばれることには慣れているのだ。

 

「はぁ……次。必須項目は終わったから、担当者からの質問。幾つかするから答えてね」

 

「わかりました」

 

「シオン君は、いろいろ常識外れだけど、何でそんなに異常なの?」

 

「それは私が聞きたいです。いうなれば、(ゼウス)のみぞ知る、でしょうか」

 

「なんでそこで神々の王で、元都市最強派閥の主神の名前が出てくるの……」

 

 シオンは思っていた。『お祖父さんなら、何か知ってそうだし』と。気楽なものだ。

 

「次、主神のことをどう思ってるの?」

 

「ヘスティア様ですか? まぁ駄女神の象徴とかいう異名が似合いそうですね。あと、どこかのフレイヤ(色ボケ女神)並みに、我が弟に恋をしているが、何もしない。なんという根性なしでしょうか。人の事言えた義理ではありませんが」

 

 あの堕落した生活。強制じゃなければ碌に働かないであろう駄目さ。実に似合う異名である。都市最強派閥の片翼の主神を、色ボケ女神と誰かに沿って言うあたり、実に命知らずである。

 

「色ボケ女神? どの神のこと? 心当たりがあり過ぎてわからないんでだけど」

 

「追及しない方が身のためですよ。次の質問は?」

 

「あ、うん。次はね……モンスターの撃破数は? 稼ぎからして結構気になるんだけど」

 

「おおよそでしか答えられませんが、五万は超しているかと。無差別に殺しまくっていた時がありましたから」

 

「一ヶ月ちょっとでその撃破数は可笑しいよね。流石常識外れ」

 

 何故か、常識外れでミイシャのシオンに対するイメージは定着しているらしい。いや、何故では無く、理由は確定しているのだろうが。

 

「次、【ランクアップ】の秘訣ってなんかあるの? これ必須項目じゃないけど、結構大事だと思うんだよね~」

 

「特にありませんよ。と言うより、私のやり方を参考にしたら、死人が今の倍以上に増えますよ」

 

「どんなことやってるのか逆に気になってくる……まぁいいや。これで質問終了、帰っていいよ」

 

「わかりました。それではミイシャさん、また今度。お仕事頑張ってくださいね」

 

「わかってるよ……」  

 

 もう彼女には効果が薄くなってきたようで、先のような面白い反応は見せてくれなかった。

 

 

   * * *

 

 用件を済ませ、ギルドを出た彼は、そのままホームへと帰ろうと足を進めたが、二歩ほどで止まる。

 そして方向転換を行い、一本の薄暗い裏路地へと足を進めた。

 少し奥まで行くと、その足取りを止め、暗器として隠し持っている短刀(ナイフ)を、陰へ投げた。

 投げられた短刀(ナイフ)は、一直線に進み、音もたてずに陰へと消える。

 その陰からは、右手にナイフを持った黒衣の人物が現れた。

 

「昨日ぶりですね、何の用ですか? 態々殺意なんか飛ばして呼び寄せるなんて」

 

 彼が裏路地に入った理由。それは殺意が自分に浴びせられたから。

 

「すまないね。誰にもばれずに君を呼ぶ手っ取り早い方法は、これしか思いつかなかったのだ」

 

「殺意のことはいいです。それより、何の用ですか。用件次第では」

 

 彼は腰に携えている『一閃』の鍔を上げた。それでどうするかは理解できるからだ。

 

「いや、今回も危害を加えるつもりはない。前に言っていただろう、冒険者依頼(クエスト)の達成報酬の場所を教えに来たのだよ」

 

「自分で取りに行く……と言うことは、保管庫(セーフポイント)ですか」

 

「ご名答だ。これが君への報酬の鍵だ、取りに行く際は、何かしらの入れ物を持って行くと良い。君の活躍を聞いて、少し多めに報酬を用意した」

 

 そう言いながら黒衣の人物は、金色の鍵と、投げた短刀(ナイフ)を渡してきた。それを受け取り、確認すると、鍵には、666の数字が刻まれている。確か、貸金庫の中で六番目に大きい金庫だ。不吉な数字であまり利用されない金庫である。

 

「凄い金庫に入れましたね……」

 

「すまないね、あの量を入れられるだけの金庫の空きが、その金庫しかなかったのだ」

 

「いいですよ。金庫の番号は気にしませんから」

 

「そうか、ありがとう。それと、【()()()()()()()()()()()、シオン・クラネル()。私はこれで失礼する」

 

 別れ際に黒衣の人物はそう告げた。それは彼の中に疑念を残すことになる。

 

「何故知ってるのでしょうか……」

 

 二重の意味で発せられたその言葉は、誰も聞くことは無かった。

 

 


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