やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 戦い無しえす。

では、どうぞ


新種、それは敵

 奥へと進んで行く。

 向かう方向が正しいのか、前方からは、モンスターの行列が断続的に襲って来る。

 そのモンスター達は、乱戦や精神力(マインド)の消費を嫌うアスフィさんの頼みで、()()()()であるアイズと、体力と精神力(マインド)を回復できる私が殲滅していった。

 さらに奥へと進んで行く。

 ある場所を境にして、周りの光景が変わった。

 樹皮で覆われていた壁面や天井は、その姿を露わにし、薄赤色の洞窟へと変わり果てた。

 これは食糧庫(パントリー)に近づいている証拠だ。ダンジョンが地形に使うエネルギーを減らし、食糧庫(パントリー)へと回している影響がこれなのである。

 モンスター大量発生の原因、それはこの先にあると推測されている。だが、感じる範囲内に、モンスターの気配は一切ない。近づいて来る音すらしない。

 今、そこに響いている音は、呼吸音と鼓動音。そして、微弱な風が横切る音。これ等の音以外は、消せる音の為、全員がそうしている。

 不気味な静寂が蔓延る中、その状態でしばらく進んだ。

  

「なっ……」

 

 そして、とうとう()()を目撃した。

 

「か、壁が……」 

 

「……植物?」

 

 目の前にあるのは、道を大きく塞ぐ植物のような大壁。

 一部蠢いていて、気持ち悪い色をした肉壁。周りの岩々とは明らかに性質が異なり、ダンジョンの自然物ではないように思える。

 

「アイズ、こんなもの私は知らないのですが、見たことありますか」

 

「ううん。見たこと無い」 

 

「……ルルネ、この道で確かなのですか」

 

「ま、間違いないよっ。私は食糧庫(パントリー)に繋がる道を選んできたんだ、こんな障害物は存在しない……筈なんだ」

 

 確かにその通りだ。私の記憶内の地図(マップ)でも、ここから食糧庫(パントリー)に迎えるはずだ。障害物など存在していなかった。

 

「アスフィさん。他の経路も調べてきますか?」

 

「貴方はダメです。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合、直ちに戻って来なさい」

 

 指示された大柄な虎人(ワータイガー)とエルフの青年は、頷き、行動に移す。分岐点まで見送ると、誰に言われること無く捜索し始めた。

 まず、肉壁の周りの石壁を調べ、異常が無いことを確認する。肉壁は、やはりダンジョンの異常で生まれたわけでは無いようだ。

 次に、気になっていた肉壁。異臭を放つそれは、近づけば近づくほど嫌悪感が増していくが、それを放っておいて、表面に触る。

 感触は一番近いので言えば、脳味噌だろうか。いつぞやの時に握りつぶした感触を憶えている。

 微かに刻む、鼓動のような律動。体温のような熱。それはまるで生きているよう。

 私と同じことを、アイズもしていた。それをルルネさんは「うわぁ…」と言いながら引いている。まぁ、仕方ないだろう。

 

 あ、そうだ。本当に生きてるか試してみよ。

 『黒龍』を抜き、肉壁を斬り付ける。無生物ならぱっくり斬れ、生物なら無傷のはずだ。

 そして感じたのは、体に何かが流れてくるような感覚。肉壁に傷跡は無い。

 結果は生物だった。

 これで少なくともダンジョンの一部でないことは確定した。

 非殺傷属性では、生きていると言われているダンジョンを傷つけることはできる。何故かはわからないが、そこの理由を考えては()りが無いだろう。

 つまり、この壁は作為的に作られた人工物。迷宮の異常事態(ダンジョン・イレギュラー)ではなく、ただの(トラップ)と考えるべきなのだろう。

 やったのは多分例の赤紙の女性……だけでは無いだろうな。組織か団体か……それは追々調べるとして、何が目的かが問題だよな。

 敵が赤紙の女性とわかっているなら、アイズを一人にさせる訳にもいかんし。ていうか、私も風の精霊(アリア)であるから、十分危ないんだけどね。心の中にいるし。

 さて、偵察隊が戻って来るのを待ちますか。

 

 

   * * *

 

「アスフィ、戻った」

 

「どうでしたか」

 

 そして、状況説明に入る。 

 どうやら、他の道も肉壁で塞がれているらしく、食糧庫(パントリー)へと繋がる道は全て塞がれているだろう、と推測したらしい。

 それを聞いて、アスフィさんは思案顔になり、状況を整理し始めた。

 

「どうやら、あのモンスターの大群は大量発生(イレギュラー)……ダンジョンから急激に産み落とされた類のものではなさそうですね」

 

「ど、どういうことだ?」

 

 どうやら結論が出たようで、アスフィさんは眼鏡を押し上げた。

 

食糧庫(パントリー)には腹を空かせたモンスターが階層中から集まってきます。もし、とある食糧庫(パントリー)入れない事態に直面したら……はるばる来たモンスターの群れは、次にどのような行動をとると思いますか?」

 

「あっ……」

 

「そう言うことですか」

 

「別の食糧庫(パントリー)に、向かおうとする」

 

 つまり、これは生まれた訳では無く、生まれていたのが集まって、集団となり、大量発生のように思えた、と言うことか。

 

「この北の食糧庫(パントリー)までやって来たモンスター達は、致し方なく残る南の食糧庫(パントリー)に進路を転じたのでしょう。ここ数日冒険者達を苦しめていたのは、モンスターの大量発生ではなく、モンスターの()()()です」

 

 この意見には、皆納得したようで、様々な反応で肯定を示していた。

 当たり前だが、これに偶々遭遇してしまった冒険者はとても気の毒なのだろう。私のような人は、嬉々として迎え撃つが。

 

「モンスター達が動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奥には何があるんだ?」

 

「少なくとも、良い物ではありませんよ。例えば、冗談では済まない程の強さを持ったモンスターとか」

 

 中層くらいの『強化種』や『変異種』だったら対処できるが、新種の、しかも『変異種』だったりしたら、もうアウトだよ、多分。

 

「この先は、碌でもなさそうですね」

 

「うぅ…アスフィ、ここからは…?」

 

「……行くしかないでしょう」

 

 アスフィさんがそう言うと、【ヘルメス・ファミリア】の面々が同時に溜め息。そして、ルルネさんが睨みつけられる。事の原因まで溜め息をしていたら、そりゃそうなるわ。

 

「入り口はやはりここですかね」

 

 そう言って示したのは肉壁の中心。花の花弁が折り重なったような、大型モンスターでも通り抜けられるほど大きい、入り口のような場所。

 待っていればいつか開いてくれるかもしれないが、流石に面倒である。

 

「確かに、『門』みたいだしな」

 

「やはり、破壊するしかなさそうですね」

 

「植物を思わせる外見から、炎が有効そうですが……」

 

「斬りますか?」

 

「斬り燃やしましょうか?」

 

「さらっと物騒なこと言うなよ……見てくれと全く違う性格してんなお前ら…」

 

 ありゃ?有効な手段だと思って提案しただけだけど?

 

「いえ、情報が欲しいです。魔法を試しましょう。メリル」

 

 アスフィさんに命じられ、前へ出てきたのは小人族(パルゥム)の魔導士。その少女が金属杖(ロッド)を構え、詠い始める。

 それは上位魔法、紡ぎ終えると、静かに魔法名を発す。同時に、炎の大火球が放たれ、着弾。

 入り口のように見えた場所は、焼け落ち、ぽっかり空いた通路となった。

 そこから奥へと進む。

 

「壁が……」

 

 全員が元肉壁を通り抜けると、気色悪い音を立て、通路が肉壁へと戻った。その修復速度は中々のもので、何処ぞの隠し通路並みだ。

 その光景を見て【ヘルメス・ファミリア】の人たちは、口を閉ざして、暗い表情をしていた。

 

「脱出できなくなったわけではありません。帰路の際は、また風穴を開ければいいだけのことです」

 

「その時は、私がやりますよ」

 

「お願いします」

 

 アスフィさんは、士気の低下を防ぐために声を掛け、気を張らせる。その効果もあり、誰一人として緊張と警戒を緩める者はいなかった。

 そんな中、周りを見渡す。

 壁、天井、地面。全てが緑色。それ等が生暖かさを放ち、脈打っているのだから―――嫌な記憶が甦って来た。

 それは、最近のこと。とある十二階層で起きたことだ。

 

 私の目の前には多数の『強化種』のフロッグ・シューターが現れた。

 そいつらは、別段強いわけでもないため、簡単に倒すことができた。

 一体、また一体と倒して行くと、不意にピキッと音が鳴ったのだ。

 その方向からは、一本のヌメヌメした何か。それは私の体に巻き付き、私をある場所へと向かわせた。

 そこには壁があった。それに叩きつけるように引き寄せられていくと、その壁から、巨大な顔が現れた。そいつは、大きく口を開け、止まる。

 その時は、とても嫌な予感がしたが、引き寄せる勢いは強く、ヌメヌメした何か――舌を斬ったのだが、引き寄せられた。

 そして、ぱくり。丸のみにされた。

 その後は脱出できたのだが、体に体液が付き、全身ヌメヌメになって……

 

 おっと、これ以上はもうダメだ。死にたくなる。

 

 私が思い出に耽ていると、アイズが緑の壁を斬っていて、その奥を確認し、思案顔になっていた。そして、アスフィさんから「行きますよ」と指示が出された。

 奥へと進んで行く。

 聞こえてくるのは、気色悪い音と、ルルネさん達獣人の呻き声。

 『未知』の場所である為、パーティ全体の足取りは慎重なものとなり、進む速度も必然的に落ちてゆく。

 そんな中、とある一人の獣人が、言葉を発した。

 

「なぁ、怖い想像してもいいか?もし、このぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の胃袋(はら)の中を進んでるんだよな?」

 

『おい』『よせ』『止めてくださいっ』

 

 そんなことを言った獣人、ルルネさんは、団員たちから、非難轟々の嵐が降り注ぎ、心身ともに縮こまっていた。

 ルルネさんの自己犠牲で、緊張は薄れずとも、緊迫した空気が若干薄れたようで、パーティから張り詰めたような顔色は無くなり、落ち着きながらも騒がしいやり取りが交わされていた。

 そんな空気のまま進んで行くと、分岐点に立った。

 そこには、領域内をうっすら灯す燐光。壁や天井から生えたしおれた花々。 

 その花は極彩色。アイズからこんなモンスターが居ると聞いた気がする。

 

「アイズ、この花はあの新種と同じものですか?」

 

「わからない。でも、似てる」

 

 花から目を離さず、アイズはそう言う。その時の双眸は細まっていた。

 

「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね」

 

 そう呟くアスフィさん。本来なら、食糧庫(パントリー)へ向かう道は複雑では無く、ほとんど直進か直角の角である。だが、この道は枝分かれ式になっているため、明らかに道が違うのだ。

 地図もない道を、アスフィさんは進んで行く。念のために来た道を憶えておき、アスフィさんの後に続く。

 光量が足りなくなり暗がりが増えていく通路を、さらに奥へと進むと、とある場所へと出た。

 そこには、正面、左右壁面、上方と、計四つの通路が存在し、入り組んだ構造となっていた。

 その光景に、全員が足を止める。

 

「ルルネ、地図を作りなさい」

 

了解(りょーかい)

 

 

 

 アスフィさんが指示を出すと、ルルネさんが羊皮紙と魔道具(マジック・アイテム)である羽ペンを取り出し、黙々と地図作成(マッピング)を始めた。

 その地図を覗き見ると、驚いたことに、寸法もしっかりしていて、かなり正確に書かれていた。私のとは段違いである。

 しかも、手慣れていた。

 

「凄いですね。私が作るのとは正確さが段違いです」

 

「シオンも、地図、作れるの?」

 

「はい、簡易の物ですけど」

 

「お前、マジでスゲーな。こういうことするのって、私みたいな盗人(シーフ)とか、専門の地図作者(マッパー)だけだぞ。なんで知ってるんだ?」

 

「一応、技術として持っていれば、役に立つ時があるかもと思いましてね。ルルネさん程上手く書けませんが」

 

「二人とも、すごいね。私は、全然できない……」

 

「気に病むことではありませんよ。できないのが普通なんですから。できる方がおかしいんですよ」

 

「それ、自分も当てはまってること忘れんなよ」

 

 わかってるから。自分がおかしいことくらい解ってるから。

 

「では、少しペースを落としながら進みます。ルルネ、頼みましたよ」

 

「わかってるって」

 

 さらに奥へと進んで行く。

 器用な手つきで地図作成(マッピング)をこなすルルネさんを見ながら、私は、『来た道に水晶の欠片を置いて』と頼まれたので、それを行っている。

 

「それにしても、この調子じゃあ、(リヴィラ)で買い込んだ血肉(トラップアイテム)隠蔽布(カモフラージュ)はつかわなそうだなぁ」

 

「そのようですね……ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 私は、前衛の彼女たちが止まったことを不審に思い、聞いてみたが、帰ってくる答えが無かったため、自分から前衛へとでる。

 すると、そこには散乱した灰と、所々に見られるドロップアイテム。

 モンスターの死骸で間違いないだろう。

 恐らく、あの肉壁を突破できた比較的強いモンスター達が、この辺りで殺されたのだろう。と、言うことは。

 私は『紅蓮』を抜刀した。

 

「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かに()られた」

 

 その発言で、察し良い者たちは、得物を抜き放った。

 アスフィさんの言いたいこと、それは、もう敵が近くにいると言うこと。

 気配を探る、すると、すぐに見つけられた。それは

 

「「――上」」

 

 私とアイズの重なった声に、はっと肩を揺らし、顔を上げるアスフィさん達。

 

「なるほど、これが新種ですか」

 

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!」

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 その叫びと共に、多数の巨軀の落下を回避し、戦闘が始まった。

 

 




 誰か、クエストの報酬をいつもらったか知っている人いませんか?できれば手段付きで、片方でもいいですよ。

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