戦い無しえす。
では、どうぞ
奥へと進んで行く。
向かう方向が正しいのか、前方からは、モンスターの行列が断続的に襲って来る。
そのモンスター達は、乱戦や
さらに奥へと進んで行く。
ある場所を境にして、周りの光景が変わった。
樹皮で覆われていた壁面や天井は、その姿を露わにし、薄赤色の洞窟へと変わり果てた。
これは
モンスター大量発生の原因、それはこの先にあると推測されている。だが、感じる範囲内に、モンスターの気配は一切ない。近づいて来る音すらしない。
今、そこに響いている音は、呼吸音と鼓動音。そして、微弱な風が横切る音。これ等の音以外は、消せる音の為、全員がそうしている。
不気味な静寂が蔓延る中、その状態でしばらく進んだ。
「なっ……」
そして、とうとう
「か、壁が……」
「……植物?」
目の前にあるのは、道を大きく塞ぐ植物のような大壁。
一部蠢いていて、気持ち悪い色をした肉壁。周りの岩々とは明らかに性質が異なり、ダンジョンの自然物ではないように思える。
「アイズ、こんなもの私は知らないのですが、見たことありますか」
「ううん。見たこと無い」
「……ルルネ、この道で確かなのですか」
「ま、間違いないよっ。私は
確かにその通りだ。私の記憶内の
「アスフィさん。他の経路も調べてきますか?」
「貴方はダメです。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合、直ちに戻って来なさい」
指示された大柄な
まず、肉壁の周りの石壁を調べ、異常が無いことを確認する。肉壁は、やはりダンジョンの異常で生まれたわけでは無いようだ。
次に、気になっていた肉壁。異臭を放つそれは、近づけば近づくほど嫌悪感が増していくが、それを放っておいて、表面に触る。
感触は一番近いので言えば、脳味噌だろうか。いつぞやの時に握りつぶした感触を憶えている。
微かに刻む、鼓動のような律動。体温のような熱。それはまるで生きているよう。
私と同じことを、アイズもしていた。それをルルネさんは「うわぁ…」と言いながら引いている。まぁ、仕方ないだろう。
あ、そうだ。本当に生きてるか試してみよ。
『黒龍』を抜き、肉壁を斬り付ける。無生物ならぱっくり斬れ、生物なら無傷のはずだ。
そして感じたのは、体に何かが流れてくるような感覚。肉壁に傷跡は無い。
結果は生物だった。
これで少なくともダンジョンの一部でないことは確定した。
非殺傷属性では、生きていると言われているダンジョンを傷つけることはできる。何故かはわからないが、そこの理由を考えては
つまり、この壁は作為的に作られた人工物。
やったのは多分例の赤紙の女性……だけでは無いだろうな。組織か団体か……それは追々調べるとして、何が目的かが問題だよな。
敵が赤紙の女性とわかっているなら、アイズを一人にさせる訳にもいかんし。ていうか、私も
さて、偵察隊が戻って来るのを待ちますか。
* * *
「アスフィ、戻った」
「どうでしたか」
そして、状況説明に入る。
どうやら、他の道も肉壁で塞がれているらしく、
それを聞いて、アスフィさんは思案顔になり、状況を整理し始めた。
「どうやら、あのモンスターの大群は
「ど、どういうことだ?」
どうやら結論が出たようで、アスフィさんは眼鏡を押し上げた。
「
「あっ……」
「そう言うことですか」
「別の
つまり、これは生まれた訳では無く、生まれていたのが集まって、集団となり、大量発生のように思えた、と言うことか。
「この北の
この意見には、皆納得したようで、様々な反応で肯定を示していた。
当たり前だが、これに偶々遭遇してしまった冒険者はとても気の毒なのだろう。私のような人は、嬉々として迎え撃つが。
「モンスター達が動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奥には何があるんだ?」
「少なくとも、良い物ではありませんよ。例えば、冗談では済まない程の強さを持ったモンスターとか」
中層くらいの『強化種』や『変異種』だったら対処できるが、新種の、しかも『変異種』だったりしたら、もうアウトだよ、多分。
「この先は、碌でもなさそうですね」
「うぅ…アスフィ、ここからは…?」
「……行くしかないでしょう」
アスフィさんがそう言うと、【ヘルメス・ファミリア】の面々が同時に溜め息。そして、ルルネさんが睨みつけられる。事の原因まで溜め息をしていたら、そりゃそうなるわ。
「入り口はやはりここですかね」
そう言って示したのは肉壁の中心。花の花弁が折り重なったような、大型モンスターでも通り抜けられるほど大きい、入り口のような場所。
待っていればいつか開いてくれるかもしれないが、流石に面倒である。
「確かに、『門』みたいだしな」
「やはり、破壊するしかなさそうですね」
「植物を思わせる外見から、炎が有効そうですが……」
「斬りますか?」
「斬り燃やしましょうか?」
「さらっと物騒なこと言うなよ……見てくれと全く違う性格してんなお前ら…」
ありゃ?有効な手段だと思って提案しただけだけど?
「いえ、情報が欲しいです。魔法を試しましょう。メリル」
アスフィさんに命じられ、前へ出てきたのは
それは上位魔法、紡ぎ終えると、静かに魔法名を発す。同時に、炎の大火球が放たれ、着弾。
入り口のように見えた場所は、焼け落ち、ぽっかり空いた通路となった。
そこから奥へと進む。
「壁が……」
全員が元肉壁を通り抜けると、気色悪い音を立て、通路が肉壁へと戻った。その修復速度は中々のもので、何処ぞの隠し通路並みだ。
その光景を見て【ヘルメス・ファミリア】の人たちは、口を閉ざして、暗い表情をしていた。
「脱出できなくなったわけではありません。帰路の際は、また風穴を開ければいいだけのことです」
「その時は、私がやりますよ」
「お願いします」
アスフィさんは、士気の低下を防ぐために声を掛け、気を張らせる。その効果もあり、誰一人として緊張と警戒を緩める者はいなかった。
そんな中、周りを見渡す。
壁、天井、地面。全てが緑色。それ等が生暖かさを放ち、脈打っているのだから―――嫌な記憶が甦って来た。
それは、最近のこと。とある十二階層で起きたことだ。
私の目の前には多数の『強化種』のフロッグ・シューターが現れた。
そいつらは、別段強いわけでもないため、簡単に倒すことができた。
一体、また一体と倒して行くと、不意にピキッと音が鳴ったのだ。
その方向からは、一本のヌメヌメした何か。それは私の体に巻き付き、私をある場所へと向かわせた。
そこには壁があった。それに叩きつけるように引き寄せられていくと、その壁から、巨大な顔が現れた。そいつは、大きく口を開け、止まる。
その時は、とても嫌な予感がしたが、引き寄せる勢いは強く、ヌメヌメした何か――舌を斬ったのだが、引き寄せられた。
そして、ぱくり。丸のみにされた。
その後は脱出できたのだが、体に体液が付き、全身ヌメヌメになって……
おっと、これ以上はもうダメだ。死にたくなる。
私が思い出に耽ていると、アイズが緑の壁を斬っていて、その奥を確認し、思案顔になっていた。そして、アスフィさんから「行きますよ」と指示が出された。
奥へと進んで行く。
聞こえてくるのは、気色悪い音と、ルルネさん達獣人の呻き声。
『未知』の場所である為、パーティ全体の足取りは慎重なものとなり、進む速度も必然的に落ちてゆく。
そんな中、とある一人の獣人が、言葉を発した。
「なぁ、怖い想像してもいいか?もし、このぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の
『おい』『よせ』『止めてくださいっ』
そんなことを言った獣人、ルルネさんは、団員たちから、非難轟々の嵐が降り注ぎ、心身ともに縮こまっていた。
ルルネさんの自己犠牲で、緊張は薄れずとも、緊迫した空気が若干薄れたようで、パーティから張り詰めたような顔色は無くなり、落ち着きながらも騒がしいやり取りが交わされていた。
そんな空気のまま進んで行くと、分岐点に立った。
そこには、領域内をうっすら灯す燐光。壁や天井から生えたしおれた花々。
その花は極彩色。アイズからこんなモンスターが居ると聞いた気がする。
「アイズ、この花はあの新種と同じものですか?」
「わからない。でも、似てる」
花から目を離さず、アイズはそう言う。その時の双眸は細まっていた。
「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね」
そう呟くアスフィさん。本来なら、
地図もない道を、アスフィさんは進んで行く。念のために来た道を憶えておき、アスフィさんの後に続く。
光量が足りなくなり暗がりが増えていく通路を、さらに奥へと進むと、とある場所へと出た。
そこには、正面、左右壁面、上方と、計四つの通路が存在し、入り組んだ構造となっていた。
その光景に、全員が足を止める。
「ルルネ、地図を作りなさい」
「
アスフィさんが指示を出すと、ルルネさんが羊皮紙と
その地図を覗き見ると、驚いたことに、寸法もしっかりしていて、かなり正確に書かれていた。私のとは段違いである。
しかも、手慣れていた。
「凄いですね。私が作るのとは正確さが段違いです」
「シオンも、地図、作れるの?」
「はい、簡易の物ですけど」
「お前、マジでスゲーな。こういうことするのって、私みたいな
「一応、技術として持っていれば、役に立つ時があるかもと思いましてね。ルルネさん程上手く書けませんが」
「二人とも、すごいね。私は、全然できない……」
「気に病むことではありませんよ。できないのが普通なんですから。できる方がおかしいんですよ」
「それ、自分も当てはまってること忘れんなよ」
わかってるから。自分がおかしいことくらい解ってるから。
「では、少しペースを落としながら進みます。ルルネ、頼みましたよ」
「わかってるって」
さらに奥へと進んで行く。
器用な手つきで
「それにしても、この調子じゃあ、
「そのようですね……ん?」
「どうかしましたか?」
私は、前衛の彼女たちが止まったことを不審に思い、聞いてみたが、帰ってくる答えが無かったため、自分から前衛へとでる。
すると、そこには散乱した灰と、所々に見られるドロップアイテム。
モンスターの死骸で間違いないだろう。
恐らく、あの肉壁を突破できた比較的強いモンスター達が、この辺りで殺されたのだろう。と、言うことは。
私は『紅蓮』を抜刀した。
「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かに
その発言で、察し良い者たちは、得物を抜き放った。
アスフィさんの言いたいこと、それは、もう敵が近くにいると言うこと。
気配を探る、すると、すぐに見つけられた。それは
「「――上」」
私とアイズの重なった声に、はっと肩を揺らし、顔を上げるアスフィさん達。
「なるほど、これが新種ですか」
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!」
「各自、迎撃しなさい!」
その叫びと共に、多数の巨軀の落下を回避し、戦闘が始まった。
誰か、クエストの報酬をいつもらったか知っている人いませんか?できれば手段付きで、片方でもいいですよ。