やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 TS?あり。

では、どうぞ


日常、それは安息

 覚醒する。その意識が持てるのは瞼が上がり、思考がはっきりしてからだ。

 

「ようやく起きたか、本当に大丈夫だったみたいだな」

 

 近くには黒い刀を持っている青年が居た、えっと…確か…

 

「草薙さん?ですよね…」

 

「おう、そうだぜ」

 

 どうやら本当に()()に戻れたらしい。確か、此処は五階層、だったか…

 

「お前、六時間くらいぶっ倒れてたぜ。そのままにするわけにもいかんから、枕は敷かせてもらったが」

 

 どうやら頭の下にさっきからあった柔らかい感触は枕だったらしい…なんの?

 

「お、なんのって顔してるな。それはな、とある魔道具作成者(マジック・アイテムメーカー)が作った携帯用枕でな、中に魔石を入れると、丁度いいサイズに膨らんで、高級枕並みの柔らかさになるんだよ。面白いだろ?」

 

 なんでそんな物買ってるんだよ…少し欲しいけどさぁ…

 

「んで、どうだった?」

 

「興味あります?」

 

「当たり前だ。こんなことしようと思ったバカは、シオンしか知らんからな。興味があるに決まってんだろ。もったえぶらずに、さっさと言え」

 

 あんまり人に話すようなことでもないんだが…試すついでにはいいか。

 

「じゃあまず、起きたことですが、呑み込まれて、正気を取り戻し、とある精霊()と会い、また呑み込まれ、そこで何十年か過ごして、やっとのことで出てきました」

 

「おいちょっと持て、今、何十年って言ったか?」

 

「はい。いいましたよ」

 

「……シオン、今何歳だ?」

 

「さぁ?()()に年齢を聞くものではありませんよ」

 

 ここで気づく、自分の発言の失態に。

 

「シオン。お前今、女性にって言ったよな。つまりお前は女性ってことか?」

 

「違います。断じて違いますよ草薙さん。今の私は女性ではありません。確かに何十年間の間は女性――幼女の時もあったが――でしたが、今は違うんです。誤解しないでください」

 

「おい、墓穴掘ってるぞ」

 

 あ……まぁ、仕方ないよね。うん、事実だし、結構気に入ってたし…

 

「まぁいい。んで、力は手に入ったのか?」

 

「その言い方、悪者みたいですね…いまから試してみますよ。草薙さん。刀、貸してもらえますか?」

 

「おう、いいぜ」

 

 素直に渡してくれる草薙さん。もう少し躊躇いを持った方がいと思いますよ?

 その刀と、ずっと握っていた『一閃』を持って、念のために数歩下がる。

 左手に持った草薙さんの刀で自分の右腕を少し()()()

 

「お、おい…」

 

「大丈夫です」

 

 草薙さんが戸惑った声を上げる中、左の刀を置き、『一閃』に集中。右手からは、何かが入り込んでくるような感覚がして、それがだんだんと全身を巡っていく。その感覚が止まったところで、右腕の傷を見ると、瞬く間に癒えていった。吸血鬼の自己修復能力。自己再生能力とも言うか。まぁそれだ。

 

「はは、もう人間辞めたも同然じゃねーの?」

 

 その光景を見ていた草薙さんは苦笑を隠さずさらけ出していた。仕方のないことだ。騒ぎ立てないだけまだましである。だが、問題ない。

 

「呪いの効果は刀を手放す、または納刀するのどちらかで消えると思います。なので、大丈夫だと思いますよ」

 

「そうかよ。ったく、お前はどんだけ常識破りなんだか」

 

「いいや~それほどでも~」

 

「褒めてねーからな?」

 

 

   * * * 

 

 あの後、草薙さんと『始まりの道』まで競争、と言うことで勝負したのだが、二人とも本気(ガチ)でやったので、通り道は悲惨なことになり、すれ違った第三級冒険者たちは腰を抜かしていた。お気の毒様である。

 因みに、勝ったのは一分差でシオンだ。スキルと呪いと魔法を贅沢に使っていたため、当たり前の結果である。

 

―――Lv.1がLv.4と勝負しているということは置いといて…

 

 とりあえず、記憶の中で擦れてきた地図を、懸命に解読しながら、ホームへと向かった。

 帰路で、『懐かしいな~』などと、思ってしまうのは仕方のないことだ。

 一応、勝負の対価として、じゃが丸くんを奢ってもらった。

 ホームに到着し、待っていたのはヘスティア様とベルであった。久しぶりの再会だ。私の主観でしかないが。

  

「お帰り、シオン」

 

「ただいまです、ベル。なんだか懐かしいですね」

 

「え?どういうこと?」

 

 おっと、口が滑った。

 

「お気になさらず。それより、じゃが丸くん食べます?」

 

「あ、一個ちょうだい!」

 

「ボクもボクも!」

 

 二人とも、もらった瞬間にさっさと食べ始める。腹が減ってたのかな?別にいいけど。

 私も残りの八個あるじゃが丸くんを、塩を付けて、頬張る。イモと油と塩の味が口の中に広がり、やはりじゃが丸くんはいいと、久しぶりに思うのであった。

 

 その後は何事も無く睡眠。あっちの世界では宙吊りや串刺しのまま寝ることが多々あったので、壁に寄りかかって寝られるのは、安息としか、言いようが無かった。ほんと辛かった~。ちょっと楽しかったけど…

 

   * * *

 

 起きた時間はいつも通り朝の四時。起床時刻はあっちでも変わらなかった。

 呪いの世界(あちら)今いる世界(こちら)では変わることが無かったものがいくつかある。

 起床時刻、剣の鍛錬、何かを殺す。

 事細かなことを上げればもっとあるだろうが、これが大きなことだろう。

 そのお蔭か、感覚的には剣の技術が落ちた気はしない。それどころか、上がった気がする。

 剣の鍛錬が終わり、こちらでは確か、朝食だった気がする。

 久しぶりの日常。そんな感じがして、なんだか心が和む。それは可笑しいのだろうか。

 まぁ他人の意見などどうでもいい。自分が可笑しいと思わなければよいのだ。

 

 朝食時に聞いたところによると、今日、ベルはダンジョンに潜らないらしい。何でも、リリがファミリアの集会で行けないのだとか。別の理由もあるだろうが。

 私は、今日の予定として、吸血を使い慣れるために、一狩り行こうと思っている。久しぶりである、十二階層のあそこにだ。

 装備は、『一閃』と隠し短刀(ナイフ)。サポーター顔負けのバックパックに戦闘衣(バトル・クロス)と超簡易装備――第一級武装が簡易かどうかは気にせずに――である。

   

――――――

 

 と言う訳で、やってきました十二階層。この道すら懐かしい。 

 道中のモンスターはもう雑魚同然だった。技術が上がった証拠だろうか。

 そして、ここに来てやっと『吸血』を自身にかけることが出来る。

 抜刀し、右手に集中。呪いの循環を考えて、操作する。

 全身に巡り、操作が終わったことを認識し、気は緩めずに、操作を手放した。

 それでも呪いは安定していた。内心安堵しつつ、モンスターを探す。

 少し歩いた所で、道からモンスターが現れた。接近には気づいていたのでバックパックは既に下ろして、準備は万端だ。

 突撃してくるモンスターはハードアーマードの『強化種』。特徴は甲羅に棘が無数に生えていて、腹も、普通のハードアーマードの甲羅並みに硬い。と言うところだ。

 硬さなど、刀の前では無力なので、魔石を斬らぬよう、一刀両断。即死亡。

 同じような奴が何体もやって来るが、容赦なく斬り付ける。でも魔石は傷つけない。

 視認してから、十秒と、いや五秒とかからず、殲滅した。

 感想を言おう。実感が無い。

 もう少しどど~んと強くなるものかと思ったが…それほどだな。回復力はまぁ凄いが。

 暴れてみれば少しは分かるだろうか…やってみればいいか。

 

 

――――――

 

 

 八時間後。

 私は魔石回収などせずに、ひたすら暴れ回った。

 魔法は使わず、刀だけで斬り殺して、気づけば全身血だらけだ。自分の血も少しは含まれているだろうか。

 何故このタイミングで止まったか、それはある変化に気づいたからだ。

 目線が低くなっており、歩幅に聊か違和感を感じる。

 歩くたびに、少しの重さがかかり、少し動きにくくなっていた。

 そして、刀に反射した自身の顔を見た。するとどうだろうか。

 

―――見覚えがあるが、あるはずの無い顔がそこにはあった。

 

 髪は長く伸び、赤みのかかった黒。眼は、鮮血のような赤。唇は鮮やかな紅。そこから剥き出しとなった鋭利な歯。無表情に近い表情を持っている顔。

 それは、あちらの世界での私の顔だった。

 自身を見ると、大きな胸部装甲もあり、全体的にバランスが取れ、筋肉により引き締まった体。

 どう考えても、あちらの世界の私の体…

 と言うことは…私って今、吸血鬼状態?

 

「……おかしい」

   

 声も完全に女声。確定である。マジかよ…でもマジなんだよ…。

 どうやったら戻れる?戻れないと完全に不味いぞ…

 

 あ、呪いを解除すれば戻れるかも…

 

 その考えが浮かぶと同時に行動開始。

 刀を持つ右手に集中し、呪いを操作する。

 順調に呪いは動き、刀へと戻っていく。その過程で気づいたが、呪いが始めとは比べ物にならない程格段に強くなっていた。

 呪いの移動が終わると、全身に力が入らなくなった。その所為で、ぶっ倒れる。

 瞬間、意識を失った。

 

――――

 

 はっと、意識が戻る。最近気絶が多すぎないか…

 多少の目眩と吐き気に耐えながらも立ち上がると、またもや違和感に襲われる。

 

――目線が高くなっていた。

 

 最終確認のため、刀に映った自身の顔を見る。

 金と白の髪に、緑と金の眼。この特徴が合うのは、他ならぬシオン・クラネルと言う人物である私ただ一人。

 どうやら一応戻れたらしい。

 良かったと安堵しつつも疑念を抱えた。

 

――何故私が吸血鬼になっていたか。

 

 私は、刀に呪いを戻すことで私へと戻れた。

 ならば原因は当たり前のように呪い。その呪いがどう作用したか…

 確か、呪いは各段に強くなっていた。なら原因はそれしかあるまい。

 呪いが強くなりすぎると、あの吸血鬼、もう一つの私になる。と言うことか。

 つまり、呪いを強くすれば何時でももう一つの私になれる。

 

 これは大収穫だな…態々体の感覚を覚えなくてよかったのか。

 

―――それ自体が、だいぶ気持ち悪い行動だけどね?

 

 

   * * *

 

  余談

 

「はいよ。92万760ヴァリス」

 

「いよっしゃぁぁぁぁ!!」

 

「またかね…」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「シオン君、随分ご機嫌だね~」

 

「あ、分かりますか?今日はかなりの収入がありましてね」

 

「へ~、どれくらいなんだい?」

 

「90万ヴァリスくらいです。凄いでしょ?」

 

「Lv.1の稼ぐ額じゃないよぉ…」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅲ

 

「ねぇ知ってる?最近夕方ごろのギルドで、大声を出して喜ぶ()()なヒューマンが、偶に見れるんだって~」

 

「へ~面白そうじゃない。今度見に行く?」

 

「いいの?フィンと一緒に居る時間が少なくなるよ?」

 

「あ、さっきの誘いはなしで良い?」

 

「うん。別にいいよ~」

 

 

 

 

 




  いつの間にかUA5万突破。ありがとうございます。

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