やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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今回の一言
 タイトルって考えるの難しいですよね…

ではどうぞ。


定まる思い

「アイズ、終わったか?」

 

「うん。終わった」

 

 私たちは今、ロキの命令で、とある村の近くに群れを成していたモンスターの群れの駆除をしていた。

 ギルドへ、村の人たちから依頼されたらしい。その依頼が【ロキ・ファミリア】に回ってきたそう。

 そして今、駆除を終わらせたところ。

 

「それでは帰るとしよう、報酬はギルドからもらえるそうだしな。アイズも早く迷宮(ダンジョン)に潜りたいだろ?」

 

「うん」

 

 実際、こんなところまで来るより、迷宮(ダンジョン)に居たかった。

 私は強くなりたい。自分の中のその悲願(おもい)を遂げるために。

 でも、誰かが助けを求めているのに、それを放ってはおけないのだ。

 

「オォォォォォ!」

 

 帰ろうとリヴェリアの後をついて行っていると、モンスターの吠声(ほうごえ)が少し遠くから聞こえた。

 

「まだ残っていたか。アイズ、先に向かってくれるか? ベートを呼んで後を追う」

 

「わかった」

 

 言われた通り、声が聞こえた方へと向かう。魔法は使わず、木々の間を縫うように走った。

 私の魔法は時間が周りを巻き込むと言う自覚がある。ましてや、こんな道すらない森で魔法を使えば、破壊活動を働くようなもの。そんなことできない。

 根が隆起し、土も踏みしめずらいが、それでも止まることなく進む。

 そして、見つけた。モンスターは一人の少年を襲っていた。今にも殺そうと武器を振り上げている。

 振り下ろした時、抜剣。ギリギリでモンスターを横一文字に斬る。魔石を両断され、モンスターは灰となって、あっけなく消えた。

 今斬ったモンスターの他にもいる。その数三。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリエル】」

 

 すぐに終わらせるため魔法を使う。後ろに居る少年が怪我をしているからだ。

 剣に風を纏わせ、踏み込む。

 一体のモンスターの首と四肢を胴体から切り離す。

 一体のモンスターを上下に分かれさせ、さらに細かく刻む。

 一体のモンスターの肩から脇腹に剣を走らせ、四つに分かれさせる。

 そして、三体が灰となる。

 魔法()を解き、剣を鞘に収める。

 それと同時にバタンッと音がした。

 音のした方を見ると、さっきまで襲われていた人が地面に倒れ、その呼吸は荒く、細い。今にも消えてしまいそうなほど。

 近寄って気付いく。左脚が半ばで切断されていて、周りには血が飛び散っていた。

 出血が酷く、放っておけば恐らく死ぬ。

 こんな怪我を治すには万能薬(エリクサー)か回復魔法を使うしかない。

 

「リヴェリア!」

 

 呼んだが返事は無い。万能薬(エリクサー)を持って無い、ならリヴェリアの回復魔法しか頼れるものがない。

 倒れている少年は瀕死。そして、リヴェリアはいない。

 一刻を争う状況、どうすればいいか考える。

 周りを見る。もう半分の少年の左足が、木の根と木の根の間に挟まっていた。

 それを取り、少年のことを持ち上げる。

 【ステイタス】によって強化された筋力により、自分より体の大きい少年も持ち上げられた。

 急いで辿ってきた道を戻る。魔法()を使いたかったが少年が耐えられない可能性もあるから、使えなかった。

 そして、さっきモンスターを駆除した場所に出る。丁度良くリヴェリアとベートさんがその場所に戻ってきた。

 

「リヴェリア!」

 

「どうかしたか?アイズ」

 

「この人に、回復魔法」

 

 そう言いながら連れて来た少年を地面に降ろし、脚も置く。

 目を見張るリヴェリアと、感情の読みにくい瞳で少年を見下すベート。いつもみたいに、『雑魚』とこの少年を見ているのだろうか。

 

「これは……かなりの重傷だ。ベート、確か来るときに乗った御者台に高等回復薬(ハイ・ポーション)を置いてきたよな? 直ぐに全部持ってきてくれ。それまで魔法で持たせる」

 

「チッ、わかった」

 

「助かる、アイズ切れた脚を切断面で合わせておいてくれ。向きを間違えないようにな」

 

「わかった」

 

 斬れた脚を持ち少年の左足にくっつけ、押さえる。そしてリヴェリアが回復魔法の詠唱を始めた。

 

「【集え、大地の息吹―――――我が名はアールヴ】」

 

「【ヴェールブレス・ブレス】」

 

 詠い終わり少年を透明な膜が覆う。リヴェリアの魔法。本当は防御の魔法だけど少し回復効果がある。

 

衰弱(すいじゃく)しかけているが、これで多少体力が回復するはずだ。傷も止血くらいはできよう」

 

「ありがとうリヴェリア」

 

 私がもう少し早く気づいていれば、群れが一つじゃないことも疑っていれば、この少年は傷を負わずに済んだのだから、私の落ち度。被害者であるこの少年は、どうあっても助けてやらなければ、心の片隅に僅かな(わだかま)りを残しそうで怖い。

 

「何故お前が礼を言う。それに、まだ助けられたとは限らんぞ」

 

「え?」

 

 思わず声を出して首を傾げてしまう。あとはベートさんが持ってくるであろう高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲ませればいいだけのはず。

 

「血が足りてないかもしれん。それに、怪我は脚だけではないようだしな」

 

「助かる?」

 

「最大限の努力はしよう。それで出来なかったら、残念ながらそれまでだ」

 

 そして、静寂が訪れる。聞こえるのは浅いが荒い少年の呼吸する音。

 その静寂を破るように足音が段々と近づいて来た。

 

「おい、持ってきたぞ」

 

「ありがとうベート。ではそれを、この少年に何本か残してかけてくれ。残したものは飲ませてやれ」

 

「こんなに掛ける必要あるのかよ、明らかな無駄じゃねぇか」

 

 その疑問は当たり前、ベートさんが持ってきた高等回復薬(ハイ・ポーション)は全部で二十本、数本残しても十五本はかけることとなる。一度にそんなに使うことは普通無い。

 それに、この高等回復薬(ハイ・ポーション)はギルドからの報酬紛いの前払いのようなものだ。今ここで使ってしまえば利益が無くなると考えたのだろう。

 

「必要だ。この少年は【神の恩恵(ファルナ)】を持っていない。あまり知られてないが【迷宮都市(オラリオ)】で売られている回復薬(ポーション)の大半は【神の恩恵】に作用し、効果を増幅させているんだ。【神の恩恵】を持たぬ人が【神の恩恵】を持つ人と同じ回復力を得られるわけではない」

 

 と、その疑問をあえなく断ち切る。流石勤勉なリヴェリアなだけはある、こういった情報も専門外のはずなのに知識として持ち合わせているのだから。

 

「初めて知った……」

 

「まぁそうだろうな。さぁ早くしろベート」

 

「チッ、めんどくせぇ」

 

 文句を言いながらもベートさんはしっかりとやってくれる。やるなら文句言わなければいいのに……

 

「飲ませんのはあんたがやれよ」

 

「やるなら最後までやればいいものを」

 

「うるせぇ」

 

 そして、ベートさんは少年に高等回復薬(ハイ・ポーション)を掛け、リヴェリアは少年の口から高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲ませる。

 二人の作業が終わると少年の怪我は治っていた。脚も切断面からくっついた。でも、不可解なことがある。

 

「リヴェリア、この子まだ冷たい…」

 

「……やはり、血が足りんか……高等回復薬(ハイ・ポーション)で何とかなると思ったんだが……」

 

 先程の懸念はどうやら肯定され、少年がまだ生死の狭間を漂っている状態であることを知らされる。

 

「おい、どうすんだよ」

 

「確か、近くに村があったよな。そこに行けば輸血するための道具があるかもしれん」

 

「輸血?」

 

「アイズは知らないか。なに、簡単なことだ。血を分け与えるのだよ。問題は誰の血か、ということだがな」

 

「じゃあ、私の血を分ける」

 

 そういう事なら、私がかって出るべきことだ。

 私の責任であり、失態なのだから。

 

「はぁぁ!?」

 

「アイズ、それは……」

 

 私の言ったことに二人は驚いていた。何故? と首を傾げる。するとリヴェリアが答えてくれた。

 

「アイズ、血を分けるということは自分を差し出すようなものなんだぞ……普通、見知らぬ人にそんなことはしない」

 

「……でも、あげなかったらこの子が死ぬ……」

 

 自分を安く見るつもりはないが、血くらいは分けてもどうとも思わない。それに、死に際の相手にそんなことを気にしてなどいられないのだ。どっちにしろ。

 

「アイズ、何故そこまでする」

 

「……私がもう少し早くこの人を助けられてたら、この人は怪我なんてしなかったと思うから……」

 

「……はぁ~。どうせ駄目といったところであきらめないのだろう……」

 

「うん」

 

 それに頷く。やっぱりリヴェリアは私に甘い。

 『あめとむち』みたいな言葉が合った気がするけど、その体現者のように思えるくらいだ。

 

「わかった、この少年をその村まで連れて行くぞ。ベートこの少年を運んでくれ」

 

「はぁ!? なんで俺が!」

 

「じゃあ、アイズにやらせるぞ」

 

「ぐ……わかった」

 

 何故か渋々承諾するベートさんは明らかに面倒そうに顔を(しか)めていた。私が運ぶのに。何か問題でもあるのだろうか。

 

「御者台に乗って向かうより走った方がおそらく早い。全力で走るぞ」

 

 そう言われると、私たちはベートさんのペースに合わせて走り出した。

 

 暗き森は月夜とはいえず、黒雲から漏れ出るように光が射すのみ。

 それはさながら祝福のように、何かを運び込む道のように、ある場所、村を照らしていた。

 

 

   * * *    

 

「……ここは」 

 

 見覚えのある天井、何時だったか、大怪我をしたときにここに来たことがあった。

 でもどうしてだ? 私は森に居て、薬草を取って…

 そうか、モンスターに襲われたんだった……でも、あの子が助けてくれたのか……

 

「目覚めたか、シオンよ」

 

「あっ、お祖父さん」

 

「傷は治っとる。起きても大丈夫じゃよ」

 

「……どうやら、そうみたいですね。脚もくっついてますし。どうやってくっつけたんでしょか?」

 

 体を起こし見てみると、怪我は無く、斬られたはずの脚も綺麗にくっついていたのだ。疑問に思うのは当たり前だろう。

 

回復薬(ポーション)でも使ったんじゃろ」

 

回復薬(ポーション)ですか。なら納得ですね。あの、お祖父さん。いきなりですが聞いてもいいですか?」

 

 この村に回復薬(ポーション)は一応存在する、話に聞く万能薬(エリクサー)とやらは流石に無くとも、これくらいはできるのだろう。

 

「なんじゃね?」

 

「『あの子』……金髪の女の子は、まだこの村に居ますか?」

 

 その疑問はどう捉えられたか。今一番気になり、心から知りたい、(はや)る気持ちすらあるこの質問。

 

「女の子か? あぁ、あの子のことかの。もう行ってしまったわい」

 

「そうですか……いろいろとお礼をしたかったのですが……」

 

 そのほかにも、聞きたいことがあったし、話しても見たかった。結局は一瞬のうちの出来事だったけど、それは無限に等しく引き伸ばされて私の心に焼き付いている。

 

「安心せい、お礼はいらんと本人が言っとった」

 

「そうですか……少し話もしてみたかったんですけどね……」

 

「話をか? なんじゃ、惚れたか?」

 

「……確かにそうですね。惚れたのかもしれません」

 

 今自分の中にあった、(うず)くようなこれは、惚れた―――つまりは恋をしたということか。

 そのことを自覚すると、何かがこみ上げて来る。表現し難いそれは、(おも)いというものか。

 

「ほぅ、一目惚れか。いいのぅ、男らしいわい。で、どんなとこにじゃ?」  

 

「……剣」

 

 聞かれ、答えたのは、焼き付いた光景の中、一際鮮烈なそれ。

 あの鋭く、速く、輝いていた、唖然とするほどの剣技。

 私は、彼女の剣に惚れ、惹かれていた。何も知らない私でもわかるほど美しく、研ぎ澄まされたあの剣技に。

 

「……ハハハハハッ! そうかそうか。剣に惚れたか! 面白いのう!」

 

「お祖父さん。私は本気でそう思ってるのですから馬鹿にしないでください」

 

 高笑いを浮かべるお祖父さんに、むすっとした表情を返す。これは本気で言ったことなに、なんだか馬鹿にされているように思えて。

 

「馬鹿にはしとらん。ただ、シオンらしいと思っての」

 

「私らしい? 私は今まで剣なんて握ったことありませんよ?」

 

 可笑しな発言だ。そもそも、この村に剣なんて限られた人しか持って無いのに、私がそれを見る機会すらないと分かっているはずだから。一層変に思える。

 

「そういうことじゃないわい。お前はいつも変ったことをしてたからの。剣に惚れるなんて変わったとこが、お前らしいと思ったのじゃよ」

 

「私、今まで変なことしましたか?」

 

 首を傾げそう問う。自分で言うのも何だが、真面目に生きているのだ。自分に誠実でいて、変なことなどしている筈はない。

 

「してたじゃろ。木に手を使わずに登ろうとしたこともあったし、手だけで野菜を切ろうとしていたこともあったじゃろうが」

 

「それって変なことですか?」

 

「普通はそうじゃよ」

 

 あっけなくそう返されるが、納得いかない。

 

「でも、英雄譚に出てくる英雄は軽々とやってました」

 

「そうじゃの。でも、英雄は普通じゃない。言ってしまえば変わっているから英雄に成れたのじゃ」

 

 酷い言い草だが、それで納得しているのだから何ともいえない。

 

「……そうですね。初めて気づきました、私って変なんですね……」

 

「そう落ち込むな。英雄は他と違った。そしてシオンは他と違う。つまり、英雄に成れるということかもしれんぞ? 英雄に成るお前の夢が叶うかもしれないと言うことじゃ」

 

「英雄はそう簡単に成れるものじゃないですよね……まぁ、私はもう英雄は目指しませんが」

 

 英雄なんてもう止めだ。憧れているが、それに成ることは望まない。

 

「ほう。じゃあ何を目指すのじゃ?」

 

「言ってしまえば、剣士、ですかね」

 

「ほぅ。剣に惚れたからかの?」

 

「はい。私は彼女の剣に惚れました。ですから私は、彼女を剣で振り向かせたいのです」

 

 身勝手なことだけど、自然と、こうしようと思った。

 それは独りよがりになるかもしれないけど、私はそれでもやるのだ。

 

「そうか。なら、強くならんとな」

 

「はい。ですが、この村には私が使える剣なんてありませんし……教えてくれる師もいません……」

 

「その考えは間違っとるぞ、シオン。この村には剣もあるし師もいる」

 

「それは本当ですか!」

 

 思わず声を上げて詰め寄ってしまった。それに若干引かれるが、知ったことでは無い。

 

「あぁ。剣は家にある。そして、師は儂じゃ」

 

「お、お祖父さん。剣が使えたんですか!?」

 

 興奮気味になってしまい、少し上擦る声。

 

「まぁの。じゃあ明日から稽古(けいこ)じゃ」

 

「はい! よろしくお願いいします。師匠!」

 

「やめんか、いつも通りお祖父さんでいいわい」

 

「はい! お祖父さん!」

 

 そう声高に放ち、硬い感触の気持ち悪いベットから降りる。

 ぐいぃと背を伸ばして、違和感の感じる体を動かす。

 

「では、帰るぞ。ベルが待っとる」

 

「あ! そういえばお祖父さん。ベルの熱は」

 

 その違和感が気になるが、突如思い出したベルのことでその違和感を気に掛けることは無くなった。

 

「もう引いたわい。薬草を使わずともな」

 

「はぁ、私が薬草を取りに行った意味、無かったですね……」

 

 思わず出た安堵(あんど)と気苦労の溜め息。森の奥深くまで潜ると言うのは、意外と疲れるし気力も使うのだ。

 

「よいではないか。おかげで出会えたのじゃろ?」

 

「ははっ、そうですね。意味はちゃんとありました」

 

 言われ気づく、確かに無駄ではなかった。彼女に会えた。恐怖と怪我の代償は、彼女との出会いと言うべきか。

 そういえば彼女の名前聞いてないな……

 

「お祖父さん。彼女の名前を知っていますか?」

 

「知っとるぞ。あの子の名はアイズ、アイズ・ヴァレンシュタインじゃよ。思い人の名じゃ、忘れるでないぞ」

 

「もちろん。当たり前です」

 

 そして、私の道が始まる、長く、狭く、今では終わりの見えない道が。

 

 

 

 




 ベートって本当はこの時別ファミリアにいたけど、そのあたりは、ね。

7/5 加筆修正(暇つぶし)

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