やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 見た目は子供頭脳は大人、頭脳は子供見た目は大人、どっちを選ぶ?

では、どうぞ


あくまで事は穏便に

「……お前等、そろいもそろって馬鹿なのか」

 

「ほんっと、今回ばかりはごめんなさい……流石に反省してます」

 

 突然ベルがさらわれたとの一報が届いたのは、フィンさんに頼まれていた予算案の一例を考えていた時であった。焦るように私を呼んだティアに連れられ向かったホーム、迎えたのは見事な姿勢で床へこすりつけられた頭であった。

 

「んで、どうすんの。放っておく、助ける?」

 

 状況は詳しくしらん。正直そこは関係ないのだが、今重要なのはこの二者択一だ。

 即ち――ファミリアで抗争するか、否かである。

 相手は今のところ()()()()()我がファミリアよりも格上だ。そんなところに喧嘩を売るのは社会的に危うい。主に私が、という限定付きなのだけれど。

 

――聞くに、ベルが攫われた。

 

 それだけではない、あくまでうちに()()()()()()立場である(ミコト)さんもだ。ダンジョン内で腕試し程度に団員全員でダンジョンに潜ったそうだ。

 だがしかし、そこは自由奔放な眷族たち。途中途中で上層に飽きた団員はさっさと帰ってしまったのだ。本当に困った人を選んでしまったと半ば後悔させてくれる。

 恐らく、この()たちがいれば、聞くような強硬策には出られなかったはずだ。

 だからこうして土下座されている訳で、本気で反省しているわけだ。

 

「相手は【イシュタル・ファミリア】でしょう? まったく、面倒な限りですよ。狙いが何だかは知りませんがね、ほんっとに困るんですよ勝手なことばかりされちゃぁ。君が起こしてきた問題、今まで解決していたのはだれでしたか、え?」

 

「お姉ちゃんとシオンです……」

 

「そうだよ、昔っから変わらんなぁ。人に迷惑ばかりかけてくれちゃって」

 

「悪いが、それはお前も変わらないぞ?」

 

「自慢じゃないが、一番の問題児は私だと思っている」

 

「ダメじゃん」

 

 なんてほのぼの会話している訳にもいかないのが、今の急かされる状況だ。

 最悪、フレイヤが動いてしまう。示すのは言うまでもなく地獄絵図(カオス)だろう。

  

 正面玄関(エントランス・ホール)に、動ける構成員が集結した。二人欠けているが片方は夜が滅法ダメな猫だから仕方ないとして、もう一人はどこへ行ったのやら。

 まぁ、この戦力であればたとえ攻め込むこととなろうと余裕だ。むしろ過剰。

 

「おーい、全員聞け。正直こんな戦力はいらない、だからとりあえず、ティアはここでヘスティア様の護衛兼監視約に任ずる。レイナとリナリアは私と来い。戦闘はあるかもしれんが本気は出すなよ。そしてそこの凹凸二人は隠密行動しながらホームへの潜入、あくまで見つかるな。戦闘も避けろ」

 

「はいはーい! ねぇねぇシオン、ルーちゃんと命ちゃんが必ずホームにいるとは限らないんじゃない?」

 

「そうだな。だから私たちは王道から逸れた脇道を片っ端から潰していく。だが、ホームにいる可能性が高い。広いし、逃げ道多いし、高いし」

 

 歓楽街のほぼ八割以上を占める派閥【イシュタル・ファミリア】のホームは巨大且つ複雑であると耳にする。なにせ、小物から大物まで様々な人がこっそり訪れガス抜きする場所だ。バレちゃ不味い人だっている。『金の泉』を受け入れるためにもそうなったと聞くが、そんな中で見つかるか正直心配だ。

 人員を増やすべきか……いや、必要ないな。

 

「さて、決まったら即行動だ。摑まって何されていたら堪ったもんじゃないだろうし。よし、十分待て。ちょっと腹ごしらえしてから行こう」

 

「そんなことしている場合ですか! ベル様が大変なことになっているかもしれない時にぃ……自分は暢気(のんき)に夕食ですか! 人でなし、それでも実の兄ですか!」

 

「いや知らんよ。お腹すいちゃあ動きたくないし、仕事後で疲れてるんだもーん。別に、二人はもう出ててもいいですよ、どうせ時間かかりますし、むしろ急いでください。私たちは近道しますのでそう時間はかかりませんから」

 

 ぎーぎーがみがみと喚く小煩い凹を、少し大人な判断ができる凸が引きずり玄関を通る。彼はベルともはや深いかかわりを持つ人間だ。動きたくて仕方なったのだろう。私のようなテキトー人間を措いてでも。

 それほど急ぐ必要なんてないのだがな。

 

 私の目的は最悪の回避、ベルを救う事でも命さんを救う事でもない。

 今回の最悪とは――フレイヤが動くことで、理不尽な被害の助長、更には死人の山が築かれる惨状の現実。あの人は容赦も分別もなく平等を選ぶだろう。だからこそ恐ろしい結果が待つ。

 それが堪らなく嫌だ。何がなんて具体的に表せないけど、嫌だ。

 

 そんな嫌悪の正体を知る必要はないのだろう。知らないように、防ぐのだ。

 そうして私は自分を守る。逃げだと、解っていたとしても。

 

 

   * * *

 

 

 ころんころりん。奇怪な球体を体で転がし、弄ぶその様は異様に成り果てていた。

 なにせその球体、まさしく眼球。それを不思議な分厚いものが包み補強している。腐敗を防ぐための加工だろう。なんとも(おぞ)ましいことだと見る度に感じるこの眼球は、『ダイダロスの血族』が受け継ぎし執念の呪いにより生まれながら持つ力の根本。

 壊すと刃こぼれが怖い超硬質金属を好き好んで切ろうとは流石の私も思わない。代用手段があるのならば喜んで選ぶのが私の性格だ。

   

「なんか悔しいなぁ、オラリオに長くいるはずなのに、私全然知らなかったもんこんな場所」

 

「当たり前でしょう。多分まだ闇派閥(イヴィルス)の残党がそこいらにいる危険区域ですよ。そもそも公然にはないもの扱い、知ってる方が可笑しいはずなんですよ。ね、レイナ」

 

「私は流石に知っていたがな。まぁ、前に遊び半分で潜ったことがある程度だが」

 

「え、なに、私だけ初見? なんかちょっと寂しい」

 

 緊張感も圧迫感も欠片だって見当たらない、それほどまでに気の抜けた雰囲気。

 圧し潰されてしまいそうな、色のない規則正しい方形の道。つまらないまでに一定で並ぶ灯りに、気が狂いそうになるほど変わらず、空しき反響を繰り返す遠い音。

 狂人たちにより生み出されし、人を狂わせる空間。そんな空間であるのに、彼等は一片たりとも恐怖というものを見せていなかった。

 それもそのはず。一人は構造をよく理解し、迷宮ながらも迷うことを知らない。絶対的信頼を寄せる相手がそんな安心できる要素を持ち合わせているのだから自明、彼女たちが怯えることもないはずだ。

 

「【イシュタル・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)に何かしらの関りがあるのはもう確定していることです。噂程度で確信は持てませんでしたが、先程の出口がもはや証拠でしょう」

 

 私たちは既に主要な娼館のうち一つを完膚なきまでに潰して来た。死人は無に抑えられたはずだ、そう私は信じている。  

 あくまで誰も殺さない、死なせない。臆病な私の腰にはやはり『黒龍』がさげられていた。

 

「『人口迷宮(クノッソス)』を経由しベルが運送されたならば、中々に厄介なこととなります。大前提として、それをなしとしましょう。でないと()りがありませんからね。んで、今が恐らく歓楽街のちょっと外れたくらいのところで、もう少しで次の目的地にたどり着けます」

 

 歓楽街の娼館はあまりにも多い。種類が多すぎるというかなんというか……まぁ理解できない訳でもない思想のお陰で、滅多矢鱈に増えたせいだ。しかしそれに非を浴びせる気にはなれず、丁寧に一つずつ潰すほかない。

 だがしかし、私たちは正直言ってそこいらの輩に負けないくらいには強い。こんなお掃除みたいな簡単に終わるお仕事、走ればそれこそ分単位で終わらせることができるのだ。

   

「ねぇシオン……ちょっと空気の読めないこと訊いていい?」

 

「どうぞご自由に」

 

「……じゃあ、あの、さ。どうしてこんなことばかり知ってるの?」 

 

 酷なことをきいてくれる。

 こんなこと。私はそんな曖昧を、何故だか責めているように聞こえた。重苦しく響く足音に重なり、ずしりと強制力を持って批難しているように、私を苛む。

 少し、寂しく感じたのはどうしてだろうか。

 

「ちょぉっと、まきこまれ体質なだけですよ。それ以外でも、なんでもないです」

 

 無理やりにでも正気を(つくろ)った私の声は、つい音のない失笑を零すほど力ないモノだった。なんと憐れな様だろう。 

 私が常に事件に巻き込まれるのは、巻き込まれるなんて受け身ではない。つい首を突っ込んでしまう。ほっとけない、なんてカッコの付く理念がある訳でもなんでもない。

 昔から異常なまでに強かった好奇心、自制が利かないまでのそれが今までの根本的動力であった。こどもだなんて、うち開けたら言われるかもしれない。実際肉体的には子供なのだけれど、私は一応成人超えているのだ。子ども扱いされるのはダメージが大きい。

 

「よしっ、気晴らしにぶっ飛ばしに行くか! 走るぞ!」

 

「おいシオン、私はこう見えても600を超えている。あまり急かすな」

 

「じゃあオバサンでいい?」

 

「……はい、頑張ります」

 

 この人は、私と逆みたいだね。

 そういえば、私はレイナのことをよく知らない。相手は知っている風なのに、どうしてだろうか。今までこの疑問を放置していたが、もしかするとかなり重要なことなのかもしれない。

 今度――否、先延ばしは良くない。この事件を治めたらすぐに、訊かせてもらおう。

 

 

 

    * * *

 

 

「ふぅ、まだまだ残ってんなぁ。どうします? 見たところまだ大騒動にはなってないようですけど、この数潰しているので時間の問題です。ベルと命さんが出る気配もありませんし……もういっそ、ホームに乗り込みます? ()きました」

 

「同感、もういいじゃん、多分もうあの二人も潜入してるだろうし」

 

「レイナは?」

 

「……正直、もう少し漁りたいが、いいぞ。だいたい1億は稼げた、これで一年は気兼ねなく暮らせる」

 

 1億でたった一年かよ……なんて驚愕が二人を襲うとともに、疑問も浮き上がった。

 一体何のことを示しているのか。 

 そんな二人の口にしない疑問を感じ取り、彼女は漆黒のコートの内側から布袋を取り出す。何の変哲もない、ただの地味な布袋。

 

「なに、それ?」

 

「自慢気な顔されてもわからんわ」

 

 無表情な彼女にしてはわかりやすく、呆け顔となってしまう。

 まさか、それほどまでに有名な代物なのか……!? リナリアと合わせた目、二人はそろって「いや、ないな」と即座位に疑いを切り捨てた。

 頷き合って合意するそんな様子に、一人寂しくしゅんとなるレイナはぼそぼそと、覇気なくその袋を説明を始めた。

 

「……知らんのか。これはエルフの奇才『アルタイル』が創った『びっくり袋』という便利アイテムだ。二つセットなのだが、入口から物をいれると出口に抜ける――正確には転送される仕組み。(かさ)()らないが入れたものはここからでは取り出せない。盗みにぴったりの逸品なのだ」

 

「因みに容量は?」

 

「無限に等しいほどだな。ただし欠点は 袋の口を通るものしか入れられない」

 

「充分としか思えん。それください」

 

「やらん」

 

 わーわーぎゃーぎゃーそこからひとしきり奪い合ったが、結局シオンは諦める。 

 よくよく考えてみれば、エルフなんかより優秀な魔法技術を持つ存在がいるじゃないか。ふっ、こんな欠陥品よりすんごい物つくって腰抜かしてやる……

 

「ねぇ、馬鹿やってるのは良いけど、なんか入り口で爆発おきてるよ?」

 

「……ヤバイ、動きやがった」

 

「……? 私たち以外にも、襲撃する人間がいたのか」

 

「うん、いる。というかこれは本気で不味い! 急ぐぞ、死人が出る……」

 

 それを聞いて即座に反応する二人。私が始めに言いつけた『死人は出すな』という厳命をすぐに思い出してくれたようで、私の動きに遅れることなくついて来た。

 何十メートルもの高さをもつ制圧済みの塔を飛び降りる。

 黒煙が昇るのは歓楽街の入り口、その一つ。半ば混乱気味となる通りなんて経由できず、屋根伝いに飛び跳ねていく。

 

「リナリア、レイナ。二人はもう本命に向かってくれ、私はあいつらの()()に向かう」

 

「……シオン、私も付き添おうか?」

 

「いらん、むしろ邪魔だ。ひっこんでろ、巻き込んで怪我させちゃうだろ」

 

「あははっ、シオン変わんないなぁ」

 

 一笑されたがそれでもいい。ここにもしもだが、あの武人が来ているというのなら、被害は恐ろしいことになる。戦えば、という限定になるが。私が手を出せば必ずあの人は逆襲する。

 今回ばかりは刃を交えることを控えたい……いくらぶっ壊しても修復するダンジョンとは異なるのだ。それに、人も多い。被害は考えたくもないな。

 まぁ恐らく、他の人は大抵すぐに戦闘不能にできるだろうから……私が気にするのは、目撃されないこと。そして死人を出さないこと。

 

「よし、行ってこい! ただし顔を見られるなよ」

 

「「了解」」

 

 フードを目深にかぶり、別方向に飛んでいく二人。身軽なレイナに対し、少々見劣りするリナリアの立ち回り。やはり、そこの経験の差が見られた。よかった、リナリアを独りで行かせなくて。

 おそろいのフードを目深に被る。視界半分遮られても関係ない、足並み崩さず無音で向かう先、またも爆発、上がる黒煙。安穏な空を乱すように黒煙は空を覆った。降り注ぐ不安の嵐、度々上がる絶叫がそれを反撥する。

 無差別殺人でも起きそうに勢いに、私は更に、ギアを上げた。

 

  

 

 

 


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