思ったのだが、原作で聖夜祭や収穫祭、正月などは描写するのだろうか。
でが、どうぞ
「……はぁ、態々招待状をよこさなくてもいいのに。どんだけ寂しがり屋さんなんだよ」
何となく郵便受けを開けてみれば、そこに在ったのは緻密な
呆れたものだ、人の家まで知らぬうちに知っているなんて。いや、ここ周辺は住宅街にしては開けている。人を捉えることに関しては秀でているフレイヤのことだ、どうせまたバベルの屋上から監視されていたのだろう。ひぇ、こわいものだ。
「シオン、どうかした? というかそれなに、真っ黒」
「招待状ですよ、
「……ッ!? フレ、イヤ……?」
はて、なんだろうかこの過剰な反応は。名前に反応した……? オラリオの世に出て、この名に関わることは何度となくあっただろうに、何故に今更――いや、知らないのも道理だ。そう当たり前だと思うあまり、私はフレイヤに関しちゃ何一つ教えていない。
だがしかし、現状で彼女がフレイヤを知らない、と言うのは無理がある。
――――戦慄き、空間が鳴動した。
「――!?」
「……いやッ、いやぁ……もう、やだ、ヤメテ、ナンデ、イヤ、イヤ、イヤ――――」
考えている場合では無かった。
閉じこもるように己を抱く。怯えて上擦る声が私の
そんな声、もうキキタクナイ。
「大丈夫、君は今、自由だよ。よしよし、こわくなぁい、こわくないっ」
子をあやしているみたいで、なんだか不思議な感覚だ。悠長なこと考えてしまうが、これでも大真面目にやっている。
世界という外敵から、彼女を少しでも守ろうと――彼女が守られていると、錯覚でもいいから感じられるように、横から優しく包み込む。その程度でティアの不自然な発作は治まったりしないけど、語り掛けるには丁度よかった。
彼女がこうして荒れることは何度かあった。それは一様に、彼女の情緒を荒らすほどの過去に関する記憶を刺激したとき――つまり、
「君を侵害しない、できる者なんていない。だから安心して。荒れることなんてない、自分から壊す事もない。自分を保って。ほら、ここは怖い人も、だぁれもいないよ」
ゆったりと解してやればいい。なにも急ぐこともないし、焦ることもない。少しは驚きもするけど、私が怯えるほどのことでもないのだから。いや、怯えてはならない、この方が正しい。
私にはこの子を救済し続ける責任がある。それが、一度手を貸した者の償いだ。
「……よぉしよし、落ち着いたか」
きょろきょろと周りを確認する。
周囲に破損は無し。今日は対処が早くて良かった。前なんてそれはもう片付けが大変だったものだ。自宅があんなことになっていた可能性があった――うぅ、怖い怖い。考えるだけで頭が痛くなる。
「……ごめん、シオン。わたし、また、なっちゃった」
残念ながら、ティアはこうして自分が荒れていたことを理解してしまう。そして、周りに迷惑を掛けているということを。ひどくそれで落ち込むのだ、仕方のない事なのに。
「気にしなさんな」
その度こうして軽くあしらってやる。深くうだうだ言うより、こうして軽く払ってしまった方がお互い楽で済むから。
正直、このことに関しては少し追求したい気持ちはある。なにせフレイヤという名を聞くたびにこうして発作を起こされては、迷惑は私の周囲だけには収まらない。街中へ広がり、それはギルドへ――最悪追放だ。そればっかりは至ってしまったが最後、どうにもならん。だから未然に防いでおく必要があり、対策も立てたいのだが……この様子じゃ無理だな。
「―――うん、そっか。ねぇ、ついてっちゃダメ?」
「あー、だめ。悪いけど、多分行ったら殺される。あの人容赦しないからなぁ……許可はしない」
絶対ついて来るんだろうなぁ。厳命できない辺り、私も甘いことを自覚する。
自分のトラウマを自分から掘り返そうとする、それは相当に勇気のいる行いだ。人の勇気を踏み
彼女は私の人形ではない。自由意志があるし、判断能力だってある。難点は融通が利かない所と、ちょっと頑固なところ。一度決めてしまったら簡単に変えちゃくれないのだ。
残念ながら、諦めている。
「……あ、そうそう、こればかりは覚えておいてください。
「――ッ! あはは……なーんだ、シオン、正直じゃないなぁ……」
はいはい、そうですよ。正直じゃなくて悪うございました。
手紙をポケットに突っ込み、念のために無殺の刃を持つ『黒龍』を腰に据えた。これでたとえ暴動が勃発しても、最低限身を守ることはできよう。
さて、と。手紙の内容は途中で確認するとして、差し入れ何にしようかなぁ……
* * *
「粗品です」
「……あなた、流石にそれは無理があるわ。どう見たって上等品じゃない! こんな
――無神経も、ほどほどにしてほしい。
極東の特殊文化を真似してか謙遜しているように彼はいう。しかしそうして差し出したものは、繊細な彫刻を施された、魔力の籠る『指輪』。一級品、それ以上の格付けができないのが惜しいと感じる上等品だ。
しかも、気配から魔力、においや音まで消せると。そこでシオンが提示した可能性は、私の『魅力』も隠蔽する事ができるかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。それより今は、異常な程に胸が高鳴っている。手をあてなくてもその拍動が感じられるまでに、私は今高揚しているのだ。
彼に深い意図がないのはわかっている。残念ながら、彼には恋人がいて、その気持ちが私へ転換されることがないことも重々承知だ。しかし、しかしだ……こんな不意打ちはないだろう。
ようやくやって来たといつものように部屋に通せば、招待の返礼としてこんなものをいきなり出した。
――――念のためにいうが、フレイヤだって永遠の乙女である。
何度も求婚を迫られたこともあれば、強制されそうになったことだってある。だがしかし、それらすべては判り切っていたことで、驚くほど心は底から灰色であった。
繰り返そう、不意打ちは卑怯であると。
「――嵌らなかったら、どうするのよ」
整理なんて到底できず、荒れる感情の中、ようやく絞り出した言葉がそんなつまらない場のつなぎ。あぁどうしようか、目も向けられない。自分がどんな顔をしているのか、純粋を映す彼の瞳の前では見えてしまうから。
「嵌りますよ、絶対。ふふっ、なぁに恥ずかしがってるのかなぁ。てっきり慣れているもんだとばかり思っていましたが、案外初心なところもあったのですね」
「な、なによ、その馬鹿にしたみたいな言い方! いいわよ、ならこうしてやるわ!」
怒りか羞恥か、珍しく頬を
立ち上がった彼女は見せつけるように私に左手を出して、その細く華奢な指を開くと、薬指の先に白金の指輪が添えられる。人差し指を親指で優雅に支えられるそれは、抵抗なく彼女の指を通し、そして止まった。
「うそ……本当にぴったり……」
「それは良かった」
――自動調節機能付き、なんて言えないよなぁ。
ティアが嵌めた時から気づいていたが、この指輪、小さくなる分にはいくらでも調整可能らしく、私より明らかにほっそりとした彼女の指が通ることは確定していたことだから、何一つ心配はなかった。
ただ、それを知らない彼女からしてみれば、感動的事象であるのだろう。苦笑いを堪えるのが必至だ。
本当に驚いた様子で、左手をしげしげと眺めるフレイヤは、どこか楽しそう。そんな姿が見れただけで、この指輪をあげた対価としては十分としようか。
「……それで、何を見せつけたかったのかな?」
「うっ……な、何でもないわよ!}
あら可愛い。というか、そんな大事そうに隠さなくても奪ったりしないから。
さて、思考を切り替えよう。
しっかり探れ。端から私には『魅了』等の効果は無に等しいが、少しその気になってみれば感じるものはある。例えば、彼女は気配のレベルから『美しい』わけで、そう簡単に変わる訳もない気配ですらも、『魅了』の効力が無くなればもしかすると変貌しているかもしれない。
――あ、うん。変わってるわ。
「あの……どう?」
「力が強すぎるからかねぇ、一瞬では消えないみたいです。まぁ、どうせあなたは『魅了』が切れても美しい存在ですから、指輪があったところで身を隠す必要はありますけどね。ローブとかは持ってますよね、それを使えば万全だと思います」
「そう……ありがとう、シオン。でもどうしてそこまでしてくれるのかしら? 私は貴方に何かしてあげられたわけでもないのよ……?」
「それは……まぁ、いろいろお世話になりましたから。ほら、この前とか……」
あぁ、ちょっと思い出して恥ずかしくなってきた。正直この差し入れも、その件のお礼に加えて、自分への戒めであるのだ。粗品と言ったが高級品、あのような歪な関係を続けるのならば、今のように高級品を渡さなければならない。財政難はお断り、というわけで結果戒めに繋がる訳だ。
「――それなら、釣り合ってないわね。貴方の損失が大きいわ」
「い、いや、全然そんなことは」
無いとは言い切れないが……しかし、こうでもしないと戒めにならない。
だがそれを明かしてしまうと、彼女の気分を害すことくらい私は察せる。
「ねぇ、シオン。今日は少し『オハナシ』するだけで終わらせようと思ったのだけれど……変更しましょう」
何処か意識を彼方へと誘う、とろみがかった甘い声。
彼女には今、
偽りのない美しさ、ただその一点を見れば、アイズが凌ぐ――ということが嘘になってしまう。何故だか非常に悔しい。
「抗わなくていいのよ……貴方は自制心が強すぎるの。もう少し気楽に、自由になっていいのよ……」
「フレイヤ……」
椅子に座る私を正面から包みこむ彼女が私をあらぬ方向へ誘う。それに私も乗せられてしまうのか……客観的な理性がそう冷静に判断している中で、動物的本能は彼女の腰に手を回している。
嬉しそうに、満足げに、したり顔で彼女は微笑んだ。
「――フレイヤ様、【イシュタル・ファミリア】が動き始めました」
「……オッタル、もう少し空気を読むことを覚えた方がいいわ」
私は助かったけどな……いや、本当に危なかった。この人もしかしたら、魅了の効果がない方が危険人物なのかもしれない。
困ったものだ、なら私はどうすればよかったのかと不安になるではないか。
彼の【
「……はぁ、仕方ないわね。ごめんなさいシオン、また今度しっかり時間をとってしましょう。今度は以前よりも、段階を進めても私は構わないから、忘れないで頂戴」
「私が構うわ……というか、歓楽街の一大派閥の動向がどうしたって? 何故に監視つけた」
「イシュタルは昔から何かとちょっかいかけてくるのよ。呆れちゃうほどしょうもないものばかりだけど、一応かまってあげているの。でも今回は、ベルを狙っているみたいだから、こらしめてあげようと思ったのよ」
「おいおい、貴女まさか……まだベルのこと狙ってたのかよ。懲りないなぁ」
「あたりまえでしょう? いい魂がそこにあるのだもの」
はいはい、貴女もちゃんと神でしたね、忘れてました。
ぶち壊された雰囲気というものは、たとえ元がどんなものでも気まずいものへと変わってしまう。だが濃度という概念が付いてきて、今は最大限に濃い。具体的には、物理的距離を大きくとってしまうくらいに。長身の従者様はどうやらこの状況を不審に思っているようだが、原因はつかめていないらしい。この人、もしかして戦闘できてもそれ以外からっきしなアイズタイプではないか?
試しに訊いてみた。
「オッタルさんって、料理できるんですか?」
「……多少は心得ている」
「え、うそ。じゃあ掃除洗濯は?」
「問題ない。慣れている」
「うっそーん」
料理をするオッタルさん――あぁ、あらぬ方向に進んでしまう。ミトンとエプロンを装備し、均等に並んだクッキーを乗せるオーブン天板なんて持っている姿がまっさきに浮かんだ。
失礼だが、言わせてもらう……ちょっと寒気がした。
この調子で訊いていくと、なんだか私が抱くこの人の像が崩壊してしまう恐れがあるので終了だ。自分の従者を自慢するようににたにた笑むフレイヤが見られたことだし、悪くない区切り。
「んじゃ、全然いられなかったけど、帰ろうと思います。『招待状』を見る限り、そこまで急ぎ話す事でもないのでしょう。では、またの機会に。あ、そうそう、指輪はなるべく外しておいた方がいいですよー」
「あっ、ちょっと、シオ……ン。早いのよ、いっちゃうのが。一緒に街を歩きたかったのに……」
「呼び戻しましょうか」
「いいわよ、あの子のこういうところ、嫌いじゃないもの。さっ、オッタル。行きましょう。おいたが過ぎる人には、灸をすえてあげなければならないわ。準備を進めましょ」
「はっ」
気づいたらもう何処かへと消えているシオンを追うなんてつまらないことはしない。彼はそうして自由にするからこそ面白いのだ。下手な縛めはそんな彼の面白味を奪う邪魔である。
だからフレイヤは気に入らなかった。
人の魂――その器が表す色が見える彼女の『
彼は何かに縛られている。その鋼色の、まさに鎖とでもいおうそれが示す事象まで、フレイヤは理解できない。だが、酷似した魂を覗いたことがある彼女には判断ができる。束縛されているのだと。
彼女はそれを語れないことを悲しく思っていた。何もしてあげられない無力感、だが自分は彼に多くを貰い、多くを借りている。それがどうしようもなくもどかしい。
「……ここまでされてしまったら、もう私に立場がないじゃない」
指輪を陽に
左手の薬指――天界ですらも許すことのなかったその指を通す指輪。はしたなくも笑みが零れる。
あぁ、名残惜しくも、これをもう外さなくてはならない。
掴むと抵抗なく抜けた指輪を、簡素で何の特徴も挙げられない箱に仕舞う。彼が渡してくれた箱、あまりにも普通なものだから、このせいで不意打ちを受けたのだ。
大事に保管しようかしら、これも。
「ふふっ、嫉妬されちゃうわね、これじゃあ」
誰にでも平等に、それが美の女神としての威厳。心がけを忘れちゃいけない。
頑張れ、私。
* * *
確かに、似ている―――あの朽ちた魂で生きる精霊に。
シオン曰く、精霊は神を基に形作られるそうだ。ならばそれも道理というよう。『あの男』もよく見つけたと、流石の執念に感服しながら怒りを覚える。何故それだけで飽きないのか。
狂った人間の思想は理解しないほうがいいそうだ。これ以上は考えたくもない。
ところで、あの人はいつまでシオンから貰った指輪を大事そうに眺めているのだろう、腹立たしい。あの指輪は、実のところ単なる貰い物の受け流しであると教えてあげればどれ程絶望してくれるだろうか。少し興味があるが、先程からずっと気づかれているのは承知だ。ここで手を出せば
我慢のしどころだ、それを覚える事もまた重要。
それでも今日この行動には収穫がある。
今まで不明瞭に『名だけ』を恨んでいたわたしの思想は一変する。存在を認識した、性格をみた、その上で再度固め直す。
わたしはこの人――フレイヤと言う神の存在そのものを、これから怨み、憐れむだろうと。
数々を蹴落とし、至上の孤高を気取っているこの神が後に受けるであろう『見返り』の数多たることか。楽しみで仕方ない、その様を是非、見届けたい。
つい、漏れた邪気に反応された。
「ぁう―――目が、めがぁ……いでぇ、これはづらい……」
ぶっつりと切れた視界。鳥の視界を
殺気で野生動物を気絶させるなんて、本当に何者なのか、あの男は。
すこしばかり、復讐に時間をかけてしまいそうだ。