やがて我が身は剣となる。   作:烏羽 黒

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  今回の一言
 どうでもいいけど、結局黒髪が大好き。

では、どうぞ


葛藤

 一週間というものは何気なく過ぎる。平穏と平常があることがどうにも落ち着か中ですら時間というものは止まることを知らないのだ。

 家に住む二人も習慣の基礎をつくり始めているように思える。朝起きる時間だってバラバラになったし、食事の時間となれば十分前には素直に居間へやって来て、卓を囲み食を楽しむ。

 こうして落ち着いて生活できているからだろうか、様々な場所に余裕が生まれ、私自身に『生活感』が表れるいるらしい。どうにも、今まではそれが欠落していたそうな。

 私はその余裕を、どうにも埋めないと落ち着かないせっかちさんであるようで、自然と自分でやるとこを増やしてしまった。例えば料理、(いち)()に出て態々食材を見たり、道具を追加してみたり――そうだ、メニューなんてものも現在制作中だ。今のところ一面一頁換算で十六ページほど書き終えている。まだまだあって、自分でも今までの生活の中、どうやってそこまで覚えたのか不思議になってきた。

 その他にも、フィンさんから雑用の手伝いを頼まれるやら、ヘスティア様の借金騒動が起きるやらと、相変わらず賑やかな日々。一日を長く感じてしまった。それが七日も続いたのだからそりゃぁ……

 

「もうだめ、づ~が~れ~だ~」

 

 一人でこれくらい愚痴をこぼしたくもなるもんだ。

 ひんやりとする床でごろんごろんとのたうちまわり、心配になるほどの軋む音を立てるが、この家は最悪壊れたとしても修復できるように対策をとっている。だいたいは完全に元通りとなるから、こんなことをしたって何ら問題ない。

 

「はぁ、今日で締め切り……明日にでもどれだけ入団したか、見に行ってみようか」

 

 残念ながら、二人くらいは確定しちゃってるからなぁ……残念ながら。

 どれだけ隠密を心がけたってどうせ共闘し、結託されて摑まってしまうのだろう。ならば始めから堂々正面、なにも疚しい事なんて無いのだ。

 うん、私が正しい。

 

 

   * * *

 

 真昼間、私がいるのは正門。あと数歩前へ進めば我らがホームに侵入するわけだが、どうにも入りたくない。

 何故かと言えば、ここまで届く声と、上がる騒音。

 

――女三人寄れば(かしま)しい。

 

 たしか極東にそんなことわざがあったか。まさかっ、なんて笑い飛ばしたこともあったけれど、今現実にそれがある。ただ迷惑でしかない。

 声でうち二人が、ティアとリナリアということはすぐにわかる。だがもう一人、見当はつくが正直現実であってほしくない。だってイメージが、想像が……あ、うん。たった今、一撃で粉砕されました。エルフって、怒るとやっぱり怖いよね。

 

「はぁ、止めるか」

 

 

 

 

 

 

 

 朝から【ヘスティア・ファミリア】はギクシャクしていた。何が原因かといえば、ここ一週間全く顔を見せない副団長様である。訊けばある程度の情報は得られるのだが、それもティアの知る限り。

 不思議に包まれる副団長――シオンについて彼女たちは、異なるが一様に強く一途な想いを持っていた。だからこそこんなすれ違いが起きてしまう。

 今まではちょっとした口論程度で済んでいた。慣れない環境、若干の緊張と無意識的に一歩引く感情が抑制剤となっていたのだろう。しかし慣れてしまえば意味なんてない。

 

「もっう我慢できない! シオンの住んでるとこ教えて!」

 

「申し訳ございません、あくまでいち()()()に過ぎないわたくしめには、そのような権限が存在致しませんので、どうぞお引き取り下さい」

 

「ほんっとムっかつく!」

 

 余所余所しくあしらうティアと、しつこく退く気のないリナリアによる口論。それが今回のけんか理由。どこから当のエルフ――レイナ・イニティウム・アールヴが介入するかと言えば、それは一度別れ、三時間後にまた再沸騰した彼女たちの怒りが、シオンとやけに親しいような言いぐさをするレイナにも向けられた時であった。なんとも理不尽なことであるが、理不尽と言うものは町中の凡人並みの穏便性、気づかぬうちに迫って来るのだから。

 

――すると、皆の予想を裏切る事態になった。

 

 レイナがハイエルフで相当な年月を生きているということはファミリア内で共通認識となっていたからこそ、彼女が幼稚なこの喧嘩を止めてくれると願っていた。ところがどっこいそんなの知らんと、それどころか彼女が最も憤慨する事態に陥ってしまったのだ。

 

「――私は、お前等とは、違う。数年程度でできたまやかしと一緒にするなッ!!」

 

 そこからはもう質量体や魔法がまるで意思を持っているかのような光景が続いた。もう誰にも留められず、ホームの壁を突破し中庭を荒らし始めるまでに至る。ヘスティアやベルたちがその光景を目撃した時には既に、榴弾やレーザー砲など、物語の中でしか出会えない代物がぽんぽん出てくる地獄絵図(カオス)が成っていた。

 流石にヘスティアも構いきれないと、現実逃避をしたまでだ。

 

「はい、終了」

 

 爆音騒音絶叫――ありとあらゆる音に呑まれたその音を、聞き分けた人間はどれ程いただろう。

 いなかったはずだ、その後に追った、強烈な破壊音に。

 何メートルもの高さまで昇った土煙にせき込みながらも、ベルは状況を何とか把握しようとその中をのぞいた。見えた影は不可解にも四つ。そのうち一つの影がゆらりと揺れた気が――その意識を書き換えるほどの暴風。驚きのあまりに視界を塞ぐ。腕を避けたその先にはもう邪魔な土煙はなく、あったのは死体に見紛う倒れ方をする幼女少女高年エルフ、そして悠然と立ち後頭部に手を当てて呆れるのは恐らく、この事態を物理的に解決したシオン。

 

「ったく、お前らは何をやってるんだ……聞いてて恥ずかしい内容ばっか叫びやがって、恥を知れ恥を。ご近所に自分の想いをぶちまけるな、傍迷惑だ。自重・節度を学べ。特に黒エルフ……貴女は一番年長者でしょうが、何やってんだ」

 

「……腹が立ったから怒った、それだけだが。第一、君が悪いのだからな。君がいつまで顔を出さないからこんなことになる。私が態々このファミリアに入った理由、わかっているだろう」

 

「いや知らんから。確定事項みたいに言うのやめてくれます?」

 

「……なんだ、まだ思い出していないのか。兆候があると思ったのだが……」

 

 はて、どうしようか。本格的にこの人の言っていることが理解できなくなってきた。兆候とかなにそのまるで私に秘めたる力が備わっているみたいな言い方。胸躍るけど理性は泣いて悲しんでいるぞ。

 予想外のことだったのだろう。だが少し考える様子を見せたら、よしと頷きもう先を決めてしまったようだ。また変な予想をして的外れにならないといいが。  

 

「……仕方ない。この件は私の非を認めよう。だがしかし、今後はしっかり顔を見せてくれ。私は君と会えないと少し寂しいぞ」

 

 どうして私はここまで気を向けられているのだろうか。関りなんて、オラリオに来たばかりのころ、偶然ギルドで出会って、ちょっと話したことがあるくらい。所詮その程度、深いどころか浅く、それを関係とすら呼べるのか正直怪しいところなのだ。

 

「はいはい、こんな問題一週間おきに起こされちゃたまったもんじゃないですしね。さて、ティア。ちょっとティア、起きてください。貴女たちが壊したホーム、私が修復すると時間が掛かるので」

 

 因みに、一ヶ月くらいである。建材・道具の購入から始まり、塗装で終わりだ。達成感しか得られないそんなことしたところで、率直に言って無駄で面倒。ティアに数分かけて修繕――というより復元してもらった方がよい。

 

「……争いの種が自分で争いを治めちゃうって、それなんなの?」

 

「呆れて結構、だが直せ。私はちょっとあのバカを叱ってくる」

 

「えーそれ多分ご褒美にしかならないよー」

 

「うそぉん……私、あの()をそんな変に育てた覚えない……親じゃないけど」

 

 薄々感じてはいたが、性格ずいぶんと改変してるんだよなぁ。愛らしくて、甘えっ子だったあの頃がひどく懐かしい。実に濃厚なオラリオの生活を送っていても薄れることのない記憶、こっそり立っていた二人の少女。昔はよかった、誰も悲しまなくて、誰も失うことなんてない。いつも私だけ削って、失って、損ばかり抱えて――

 

――態々そんな奴らに、構う必要があるのかい。

 

「……チッ」

 

 最近、妙な思考が()()()()。あぁ、それはまるで別人のものであるかのように。私の『心』と仮に命名した非現実的抽象世界には確かに三体ほど、私とは別離した存在が共生または寄生しているのだが、彼女たちの思考が私に介入する際には『声』で判別することが可能なはずだ。だがしかし、最近のコレはどうもその三人とは違う存在なのだ。

 そう、近似するのは私自身。可能性として考えられるのは――多重人格?

 

「いや、まさかな」

 

 馬鹿らしい、多重人格を自覚できるなんて稀有な例まで具えているなんて堪るか。

 笑い飛ばしながら、寝顔が相変わらず愛らしいリナリアの首根っこを、ついでに黒エルフの首を掴んでさっさとホームへ連れて行く。いつまでも留まっていては、ティアの作業の邪魔にしかならない。

 

 そのあと、二人のことをちょっと叱ったら、何故だかひどく怒られた。そして色々と強制的に確約する羽目になった。私なんにも悪くないはずなのに、聞いていれば何故だか丸め込まれてしまったのだ。恐るべし、()()()よ……。

 本当はもう、ホームに戻りたくないと強く思っています。

 

 追記、どうやら結局入団したのは、四人だけだったようです。

 

 

    * * *

 

「たっだまー」 

 

「最近種類増えましたね……おかえりなさい。どうでしたか、ギルドの情報収集」

 

 すると彼女は興奮気味ににたりと笑い、万歳とともに跳びはねながら私の視界にやって来る。煮立つ音に遮られないよう蓋を閉め、充実した食器棚から数枚の平皿を取り出すと、その興奮が冷めないうちに話し相手になってやろうと問いかける。

 

「すっごく楽しかった! あのねあのね、ギルドで堂々と誘拐しようとしてきた人がいたの!」 

 

 ガチャッ、つい持ち上げていた食器を投げるように置き、ティアをまさぐるように全身隈なく調べ上げる。あぅあぅとくすぐったそうにしているが、問題ないと判断できるまでは許してほしいと容赦はしない。

 オラリオにはそんな変質者が多いから困るんだ、こんな幼気な子供、そりゃ誰だって誘拐したくなる程だよ……あぁ、もう可哀相に、大丈夫だっただろうか……

 

「そんな心配そうな顔しなくても、ちゃんと半殺しで止めたから……」

 

「いや、そっちの心配じゃなくて……あ、うん、そうだよね。誘拐されるほど無力じゃなかったよね、精霊だもんね、一応」

 

 ふぅ、見た目が子供だもの、つい騙されてしまう。一週間毎日一緒に生活していると、どうしてか子もいないのに我が子供のように思えてしまうのだ。何年か後に、アイズから生まれるのもこれほどかわいい子だったら……なんて何度考えたことやら。

 

「あと十分くらいで夕食の用意、終わりますから。やること終わらせてきてくださいね、ついでにアイズを呼んで来てくれると助かります」

 

「りょーかい」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるように居間を出た彼女は、だがその後騒がしさがない。一人抜ければ一転してここには、お腹を空かせる音しか響かない。

 なんて寂しく、色のない空間なのだろう。

 

――寂しいなんて、随分と変わった感覚だな。

 

 そんなことを思ってしまうまで、私は周囲への依存心を残しているのか。そんな不必要で、むしろ無駄で、邪魔としか言いようがないものを、どうして残してしまったのだろうか。

 それとも、今更蘇ってきたのだろうか。

 

「まっ、どっちもいいけどな」

 

 感情なんてものを不用意に詮索しない方がいい。深くへ深くへと、幾らでも進めてしまう。だけど天井の位置は変わることが無くて、引き返そうとすることは容易じゃない。深い泉に沈めば、その膨大な水という質量に圧し負け、もがき苦しみ、ようやく出てこれたとしても満身創痍。要するに、非効率。

 だけど、人間らしく生きることを選ぶのならば――それも、いいのではないか。

 

「シオン、いい匂いがする」

 

「ふふっ、今日は少し、奮発したモノですから。期待してくださいね」

 

 随分と気を許した、ゆったりめの格好でアイズが席に着く。

 そんな彼女を見ながらふと考えてしまうのだ。果たして、私のような半端者が、彼女に選ばれていいのかと、彼女を選ぶことが許されてよいのかと。

 実に不毛な自問だとは端から気づいている。だがしかし、せずにはいられない。

 私は決断を迫られているのだ、自分を一体、何と定義するのか。  

  

 いつまでも苛まれる難問に、悩み続けるも誰に言うことすらできない。

 一人で抱え込み、独りで苦しみ続ける。それが、私のやり方。誰にも迷惑を掛けない、最良の判断。

 そう、思い続けていたい。そう切に願う私の心は、今どんな色をしているのだろう。

 

 いま、どんなカタチであるのだろう。

 

 

 


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